開演(5)
学院始まって以来の落ちこぼれ。そう自虐したアンデルはにこっと笑った。
「宮廷魔術師はもちろん、薬師や魔道具師を始めとした魔術関連の就職先なんてなかった。他の道を開拓したなんてとんでもない、この道しか残されていなかったんだ。」
カチュアは閉口したままアンデルの顔を見る。決して悲観したわけではない、だがどこか諦めの表情を浮かべるアンデルに何といっていいのかわからない。
「実技で合格の取れない俺は、落第はたまた退学か、というところで、追試に合格してかろうじて卒業できたんだ。」
「その縁で俺と知り合ったわけだ。」
ウェイクはどこか自慢げに鼻を鳴らした。
「そうだな。ウェイクの助けを借りて追試に合格したんだ。いや、ウェイクだけじゃない。今はどこで何をしてるかわからない当時の団長に拾われて、この劇団でイムカやエバやみんなに助けてもらって俺がいるんだ。決して尊敬なんかされる器じゃないよ。」
自虐、ではない。本当にそう思っているのだろうアンデルの言葉を、カチュアは飲み込んだ。
「がっかりさせてしまったかな?」
「やっぱりアンデル先輩はすごいです!」
カチュアの大声に、アンデルは目を丸くする。そんなアンデルに構わずカチュアは続ける。
「自分の力が足りないって認められて、仲間の力をちゃんと認められて、それってすごいことだと思います!魔術の才能がある人間って、どうしてもプライドが高いっていうか才能に溺れるっていうか・・・だからやっぱりすごいです!」
「カチュアはよくわかってるじゃない」
当事者でもないイムカが、誇らしげにカチュアの頭を撫でる。憧れのイムカに撫でられ、にへら、と意識が飛びそうになるカチュアであったが、ふと気づく。
「あの、見かけだけの魔術だというなら、舞台上の水蒸気は・・・?あの炎では氷を蒸発させることができないのでは?」
「それがこの劇団の団員の技術の高さだよ。これが何かわかるかい?」
アンデルは懐から小さな丸薬を取り出した。
「・・・わかりません。」
この小さな玉が自分の疑問にどう答えるのか、カチュアにはさっぱりわからない。
「これをこうすると・・・!」
アンデルが玉を床に投げつけると、もうもうと煙が立ち込めてきた。
「これはスモークキャットという魔獣がもつ器官で、衝撃を与えると煙が噴き出るんだ。その煙に紛れて身を隠す習性を持っている。」
「すごい・・・!そんなの授業でも習ったことありません!」
「俺もだよ。この劇団には元冒険者が何人もいてね、彼らの知識と手先の器用さは重宝しているんだ。岩石が落ちてきた演出があったろう?あれも彼らがはりぼてを作ったんだ。」
わあ、とカチュアが感嘆の声を漏らすと、ウェイクが口を挟む。
「かく言う俺も元冒険者だがな。アンデルに言われて伝手を回って集めたんだ。」
確かに服の上からでもわかるウェイクの鍛えられた筋肉は、一介の役者のそれとは一線を画している。となるとカチュアにはまた新たな疑問が浮かぶ。
「ではアンデル先輩も冒険者の方々みたいな並外れた身体能力を?」
「いや、俺は魔術師然とした平々凡々な身体能力だよ。」
「ではどうやってあの岩の下から魔王の後ろに?」
確かにカチュアは見た。岩に押しつぶされた賢者が、魔王の後ろに回り込んだ上に高速の突進を見せたことを。風魔術の恩恵を受けられないアンデルには不可能な動きだ。
「ああ・・・それはね。」
絶対に秘密だよ、と前置きしたアンデルが指を鳴らした。