開演(4)
「なんだ、嬢ちゃんはアンデルのこと知らないのか?」
ウェイクの言葉に、カチュアは首を傾げる。
「物凄い魔力量の持ち主で、平和のために魔術を使う道を開拓した凄い方だと・・・」
カチュアは確かに学院の教師がそうアンデルを評していたのを聞いていた。さきほどの舞台で見た魔術の行使から見ても、並大抵の力量でないことはたやすく理解できる。
「そもそもなぜあんな上級魔術を観客の目の前で使えると思う?」
アンデルから逆に問われて、カチュアは自分の考察を素直に吐露する。
「それはアンデル先輩が高度な精密操作で、観客に被害が及ばないよう調整していたのでは・・・?」
「それは違う。」
カチュアの後方から否定の言葉がかけられた。そこにはいつの間に部屋に入ったのだろうか、薄く青い髪の少女が立っていた。その手にティーカップを持ちながら。
「ありがとうエバ。」
エバと呼ばれた少女は、アンデルの声にこくり、と頷くとカチュアの前に湯気のたつティーカップを置いた。
「飲んで。」
「あ、ありがとうございます。」
「アルの魔術は巨大な化粧箱。」
「ア、アル・・・?」
エバの脈絡の掴めない唐突な言葉にカチュアは再三首を傾げる。
「そんな説明じゃわかんないわよ。ね、アル?」
イムカに促されたアンデルがこほん、と咳払い。
「まあ論より証拠だ。ヨットハム嬢。触れてごらん。」
そう言うと掌サイズの火球を生み出し、浮かべた。
「え?ファイアーボールに触れるなんて・・・」
アンデルの余りにも突拍子も無い提案に、カチュアが二の足を踏んでいると、
「大丈夫。」
エバに手を掴まれた。そしてカチュアの手もろとも火球へと突き出す。
「あっつ!・・・くない?」
確かに火球に触れていると言うのに、カチュアの手には火傷の一つもつかない。精々が人肌程度の温度と言ったところだ。
「俺の魔術は欠陥品なんだ。」
理解が追いつかないカチュアにアンデルは続ける。
「俺の魔力は確かに人並み外れた量だ。だが、魔術に付随する現象は起きても、結果がなぜか伴わない。火属性は生ぬるいし、水属性は物を湿らす程度、風属性では髪の毛を揺らすのが精々だ。」
カチュアは唖然とする。事象にはかならず結果がついてくる。火という現象に対しては燃焼という結果がついてくるのだ。その因果関係は魔法でも変わらない。それなのに熱くない火など、それこそアンデルの言う通り欠陥品だ。
「でも、上級魔術を使っても疲れを見せないほどの魔力量という才能を持っているじゃないですか!」
確かに見た。巨大な炎の蛇や氷壁、巨大な岩石や光球が次々と舞台上を飾ったことを。あんなに大きな魔術を立て続けに使って魔力切れを起こさない魔術師などカチュアの知る限りでは存在しない。
「どんなに大きな皿があっても、そこに乗っている料理が小魚一匹では腹は満たされないんだよ。」
二の句が継げないカチュアに、アンデルは諦観の篭った笑みを浮かべながら独りごちるように呟いた。
「俺は学院始まって以来の落ちこぼれさ。」