新星現る(3)
「どうだい大将の料理は!」
「ああこりゃ宮廷料理人にもひけをとらないぜ!食ったことねーけど!」
まるで三日間何も口にしていなかった遭難者の如く、ウェイクとオットーはウサギのシチューに貪りつく。
「品がないわよあんたたち・・・あら。」
それを窘めたイムカもまた、一口掬って口に運ぶと、無言で匙を動かし始める。アンデルがちらりと厨房を振り返ると、料理人とは思えないほどに鍛えられた筋肉の大男が片手をあげ、ニヤリと破顔して厨房の奥へと消えていった。アンデルもごろりと入った兎肉を匙で掬うと、頬張る。
「美味いなこれは・・・」
筋張っているはずこ兎の肉が口の中でほろりとほぐれる。そして兎肉の臭みはまったく感じさせない。粗暴そうな外見とは裏腹に繊細な仕事だな、と本人には聞かせられない失礼な事を考えつつアンデルは一心不乱にシチューにかぶりついた。
「あーもう終わっちまったよ。」
パンで皿に残ったシチューをきれいに拭き取るウェイクが愚痴る。みっともないからやめなさい、とイムカが叱る。アンデルも会話を忘れ食事に夢中になってしまった。終始いつも通りだったのはエバだけである。
「あら、きれいに売れちゃったわね。」
女将がカラカラと笑いながら食後のお茶を持ってくる。
「ええ、こんなに美味しい料理は初めてかもしれません。」
アンデルが素直に述べると、そうだろそうだろ、とオットーが鼻を高くする。
「あら嬉しい事言ってくれるわね。」
「兎特有の臭みが無くて、驚きました。」
「うちの主人、ああみえて草花が好きでね。色んな香草に詳しいのさ。それになんと言ってもオットーの腕がいいからね。」
「オットーの?」
アンデルはオットーをちらりと見やる。
「オットーは内臓を傷つけずに急所を一撃で仕留めるし、血抜きの手際も良いからね。」
そう言って女将は皿を下げる。オットーは胸を張っている。
「狩人としても一流、か。」
アンデルはお茶を一口呷り、カップを置く。このお茶にも何らかの花が入っているのだろう、微かに甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「さて、余りに美味しい食事で中断してしまったが、話を続けようか。」
アンデルがそう言うと、オットーはにやにやとアンデルを向き直る。
「君の言う森の危険についてだが・・・」
するとオットーの表情が引き締まる。
「一体何があると言うんだ?」
オットーはうつむくと、重々しく口を開いた。
「動物達がフィアーしている。森がざわついているんだ。」
「森が?何か魔獣でも住み着いたのか?」
アンデルの疑問にオットーはかぶりを振って答える。
「わからないんだ。わからないけど胸騒ぎがする。虫のインフォメーションとでも言うのだろうか。」
虫のインフォメーション?とウェイクがイムカに尋ねると、虫の知らせってことじゃない?とイムカが答える。
「でも理由がわからなくては村人達も森へ入る事を控えないんじゃないか?」
「そうなんだ。誰も僕をビリーブしてくれなくて・・・」
アンデルは思案する。イムカもエバも、何処か期待した目でアンデルを見上げる。そしてアンデルは意を決したように口を開いた。
「よし、森を調査してみようじゃないか。俺達が手伝うよオットー。」
「君達が?いいのかい?」
オットーが不安げに顔をあげる。
「こんなうまい飯を紹介してくれたんだ。恩は返すぜ!」
ウェイクがオットーの背中をばんばんと叩き、オットーは咽せる。
「よし、早速森へ向かうぞ。」
ーーアンデル達は村から程なく行った森の中にいた。
「随分静かだな。」
静まり返った森の中に、アンデルの声が響く。
「近頃は動物達もハイドしちゃって、この通りさ。」
風が吹くと木々が揺れ、葉が擦れざわざわと囁いているようだ。
「なんだか不気味ね・・・」
「魔獣の姿も見えないな。」
イムカとウェイクが警戒しながら一行を挟む。
「大物は僕がデストロイしてるからね。」
「一人でか?」
「オフコース!」
アンデルは改めてオットーの非才さに感心する。
「なんか聞こえない?」
不意にイムカが口を開いた。皆は耳を潜める。
「何も聞こえねえぞ?」
「いや、聞こえるわ。何か打ち付けるような・・・断続的な音。」
イムカは目を瞑り、聴覚に集中する。アンデルとオットーは顔を見合わせお互い首を横に振る。
「あっち。山の方ね。」
イムカが指差す方向には、山が聳えていた。
「よし。あの山を目指そう。」
「なあおい、もう大分登ってきたぞ?音なんて聞こえねえんだが。」
ウェイクが大剣を背負い直して愚痴る。
「聞こえないの?耳悪いんじゃない?」
イムカに憎まれ口を浴びせられ、ウェイクは声を荒げる。
「ああどうせ耳も口も育ちも悪いよ!」
「顔もでしょ。」
ぐぬぬと地団駄を踏み始めるウェイク。ウェイクも、ワイルドでかっこいい、と舞台を楽しみにするファンがいる程度に整った顔立ちなのだが、イムカやエバ、アンデルといった端正な顔立ちの面々に囲まれているためイマイチ自信は持てない。さらに現在は言動こそ変わり者だが、女性に人気のでそうな甘いマスクをしたオットーが同行している。
「アンデルが雷をぶっ放してから耳の調子が悪いのかもな!」
「俺のせいにするなよ。俺だって聞こえてないんだぞ。」
ウェイクの矛先がアンデルに向かい始めたところで、オットーが口を挟む。
「確かに聞こえるよ。ニアだね。」
アンデルがオットーへ向き直ると、その耳が緑に光っていた。その後ろを歩いているエバの耳も同じように光っていた。
「よし、先を急ごう。」
ーーアンデル達は、山の中腹にぽっかりと空いた洞穴の前に立っていた。
「この中から聞こえるな。」
今ではアンデルとウェイクの耳にも確かに断続的な音が聞こえていた。
「灯りはいらなそうね。」
洞穴はところどころ崩れ、隙間から光が射し込んでいる。
「落盤があり得るな。気をつけよう。」
「ぺしゃんこは勘弁だな。」
ややあって、アンデル達は音源を突き止めた。
「音の正体はこれだな。」
そこには轟々と音を立てて流れ込む河が広がっていた。
「なんでこんなところに河が・・・」
「元は源流となる小さな川だったんだろうな。あれを見ろ。堰きとめられている。」
アンデルが指差す方向には、落盤によって落ちた岩石があった。それが川の流れを堰きとめ、不自然な河を作り出している。茶色く濁った激流によって押し流された大木が、その岩石に激しく打ち付けられ大きな音を出していた。
「一月ほどまえのロングレインで落盤したところにレインが流れ込んだんだ・・・」
「ちょっとこれ、決壊したらどうなるのよ!」
「鉄砲水が土砂崩れを引き起こして麓までなだれ込むだろうな。」
「村は!彼らはどうなるんだい!?」
オットーが焦りを隠さずにアンデルの肩を掴む。
「エバ、被害を予測できるかい?」
「岩にヒビが見える。もってあと三日。幸いこの山は勾配が緩いから村までは届かないと思われる。」
その言葉を聞いて、オットーは安心したようにへたり込む。
「オットー。君が森への道を塞いでいたのは正解だったな。君は村の救世主だ。」
「でも、この事を話しても皆はビリーブしてくれるかどうな・・・」
アンデルは顎に手をあて考える。
「うん、何も正確な事実を伝える必要はない。しばらく森を忌避してもらえればいいだけだ。」
「うん?それってどういう・・・?」
オットーが言い切る前にアンデルはエバに向き直る。
「エバ、今回は悲劇を書いてもらうぞ。」




