開演(2)
「わぁ・・・。すごかったなぁ・・・」
我を忘れて拍手をしたせいでじんじん痛む手をさすりながら、たった今閉幕した劇の余韻に浸る少女。今までの劇とは全く違う、特殊効果の入り乱れる臨場感とリアリティのあるこの真新しい劇が王都の民の心を魅了して久しいが、ここにまた一人その虜になった少女がいた。
「あんな上級の魔法をあんなに観客の近くで使って、被害どころか影響もないなんて、なんて精密な魔力操作なんだろう・・・」
「君がヨットハム嬢かな?」
少女が舞台上の魔法の派手さに想いを馳せていると、後ろから声をかけられた。慌てて振り向くと、そこには先ほどまで舞台上で魔王と激しく戦っていた賢者がいた。
「あ、はい!あの、あっ王立魔術学園から来ました、カチュア=ヨットハイムです!本日はよろしくお願いします!」
少女の慌てふためく姿に賢者はにこにこと顔を綻ばせながら、
「当劇団の団長を務めます、アンデルと申します。本日は我がマクスウェル劇団にようこそ。」
と、右の手のひらを胸に当て深々とお辞儀をした。
「あっはい、よろしくお願いします!」
「当劇団の演目をたいそう気に入ってもらえたようで嬉しいよ。」
団長のアンデルのその言葉に、先ほどまで食い入るように舞台を見つめていたことを思い出したカチュアは、顔が真っ赤になっていくのを感じた。
「あの、すごかったです・・・」
自然と語尾が小声になってしまうカチュアに対し、アンデルは満足そうに頷く。
「それでは、我が劇団の裏側を見ていただこうか。」
そう言って舞台の横の扉へと歩を進めるアンデルの後ろを、カチュアは小走りでついて行く。舞台の背景などの大道具や小道具が乱雑に置いてある細い道を二人で進む。
「団長が女連れとは珍しいなおい!」
と、下品な野次が大道具の片付けをしている男達から投げかけられる。
「こら、こちらは王立魔術学院から職場見学にいらしたお客人だぞ。失礼なことを言うな。」
「あっカチュア=ヨットハイムと申します!本日はよろしくお願いします!」
アンデルの言葉に応じるように再びカチュアが頭を下げる。
「苗字持ち!?貴族様かよ・・・やべぇ・・・」
ここグラシエル王国で苗字を持つものは、王族以下、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の王侯貴族及び、騎士爵とそれに連なる者のみである。苗字を名乗ったカチュアに対して、軽薄な態度を取ってしまったことに男達は青ざめる。
「「「申し訳ございませんでした!!!」」」
皆一様に床へと額をこすりつける。その異様な光景に、当事者のカチュアがおろおろとアンデルへと視線をむけると、
「学院に在学する者は皆身分を同等とのものとし、貴族の子弟も一時的に平民とする。そういう規則があるから心配するな。」
と、鶴の一声がアンデルよりかかり、皆安堵したようにへたれこむ。
「びびらせんなよ団長!」
「寿命縮まるぜ・・・」
と各々仕事に戻る男達を尻目に、アンデルは奥へと歩を進める。
「粗暴な奴らだが、舞台を組む技術は確かな奴らなんだ。悪く思わないでくれ。」
「いえ・・・」
アンデルの言葉にカチュアは苦笑いを返すことしかできなかった。