その男、生徒会長
生徒会の財務を担うメルクリウス・D・コンセンテスが生徒会室に入ると先客がいた。
いつもオリヴィエが座って仕事をしている執務机に何やら書類を広げて、ぼうっとそれを見ていた。
「これは……生徒会長様」
自分達がいつも仕事をしている時に失踪しては、副会長であるオリヴィエを悩ませている張本人である生徒会長だった。そんな彼がこの時間帯にここにいるのは珍しい。そうメルクリウスが思ったのが伝わったのか、目の前にいる彼はふっと微笑むと机に広げた紙を掴みメルクリウスに渡す。
「ボクがここにいるのが珍しいとでも言いたげだね、メルクリウス?」
笑っているのに鋭く冷たい眼光を向けられる。どうにもこの人の気迫には慣れないものがある。そう思うと同時に、背筋がひやりとした。
「いえ、そんなこと思うはずがありません」
「嘘はやめておくれよ。ボクだってこんな時間に生徒会室にいるのが違和感ありまくりなんだ」
そう言い、彼は笑った。メルクリウスも笑おうとするが、顔が強張っていてどうにも上手く笑えない。
「オリヴィエがサインしていた書類なんだけどね、面白いのを見つけたんだ」
「それはどういうものでございましょう?」
メルクリウスがそう聞くと、彼はにやりと笑った。
あぁ、この顔。
メルクリウスは彼の表情を見た途端、そう悟る。生徒会長がこんな顔をするのは本当に久しぶりのことで、大抵は何かしようと模索している時なのだ。
前回にこの表情を見たのは……第一次委員会戦争の時だったか。
「これ、魔獣学の校外学習の参加申込み用紙だね」
「ええ……近いうちに迷宮近くで校外学習を行うそうです」
校外学習の参加用紙にも生徒会のサインが必要になる。生徒を代表して生徒側からの許可、という体裁だが本当は教師たちが学院長に会うのが面倒で生徒会に仕事を押し付けているようなものだ。
実際のところ、教師よりも学院長と繋がりが深いのは生徒会の方なので教師がそうした手続きをするより生徒会が担う方が効率的である。おかげで生徒会の『権力』は強くなる一方なので、メルクリウス的には面倒だが有難い作業だ。
生徒会が権力を握り、学院を牛耳ることが出来るのも少しの辛抱だ。
後は邪魔な武闘委員と文化委員をどうにかすればいいだけの話。
「気になる名前を見つけたんだけど……アストレア・リラ・リエールとキルケ・フォン・ジルバーンって図書委員の2人じゃない?」
「ええ、そうです。2人も参加するようで」
メルクリウスは図書委員を力ずくでも生徒会の傘下に入れれば良いと思っている。あんな弱小委員会、足掻いたところでどうせ喰われるに決まっているのだ。権力争いの激しいこの学院で、生徒会でなくても他の委員会に吸収されるだろう。
同じ植民地化にされるなら生徒会の方が良いはずなのに、あの委員会は往生際が悪く、この前も校外学習を行うなどといった悪あがきをしている。生徒会長はそんな図書委員を無理矢理、傘下に入れるつもりはないらしく見守ろうとしている。メルクリウスからしてみれば、じれったいことこの上ない。
「そっかぁ……校外学習なら何か起きる可能性もあるもんねぇ? ほら、例えば魔物に襲われて、とか」
生徒会長の意味深な言葉にメルクリウスは一瞬で把握する。そして、大仰に片膝をつき頭を垂れる。これは命令を受けた時の仕草だ。
「かしこまりました、ぜひこのメルクリウスに」
「ありがとう、知らせを楽しみにしているよ。ああ、それとアストレア嬢は水の魔法士だからねぇ。水の魔物とかいいかも」
「御意。ラジエル殿下」
そう言い、メルクリウスが顔をあげると彼はにっこりと微笑んだ。
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