潜入
「よーし、出来た! 我ながら良い腕だ、がはは!」
アストレアとキルケは2人揃って、文化委員の部屋に訪れていた。
椅子に座らされ、ミネルヴァに化粧を施してもらっているのだ。
理由はもちろん、風紀委員潜入の為の変装。
ミネルヴァの腕は自負するだけあって確かに良いものだった。少し手を加えただけで、華やかで大人びた貴族令嬢に変わっている。鏡を見てアストレアは驚いたものだ。
しかし、キルケの方は不満なのだろう、声に気持ちがにじみ出ている。
「あの、ミネルヴァ先輩……」
「ん、何だキルケ!」
「僕、女装する必要ありますかね?」
そう、鏡に映るのは2人の少女だった。アストレアはストロベリーブロンドの髪が目立つ、と言われ麻色のかつらを被り、実年齢より少し上に見せる為の化粧をしてもらっている。
一方のキルケは、銀色の美しい髪は金髪の長髪に、そして中性的な顔立ちは誰が見ても女性に、そして女子生徒の服を着ていた。
誰がどこから見ても女性だった。
「何を言っているんだ、お前はアストレアの侍女なんだ! 侍女が男だったら問題あるだろう!」
「だからって侍女にしなくても……」
「それだけの素質を持ちながら使わないのは勿体ない!」
「それってミネルヴァ先輩の欲望じゃないですか……」
項垂れるキルケに、アストレアは内心申し訳ないと感じつつ、よく似合っていると思った。女性であるアストレア自身よりも鏡に映る彼は美しい。隣にいるだけでも圧巻するのだ。
元から顔立ちは整っているが、ここでもそれを見せつけられたような感じがして、アストレアは少し壁を感じた。
(わたしもキルケのような美しさがあれば……隣にいても良い、って思えるかしら)
アストレアは麻色の髪になった自分を見やる。アイスブルーの瞳には悲しみと迷いの色が混じっていた。
「アストレアはどう思う?」
急にミネルヴァに話を振られ、しどろもどろになっていると、彼女がもう1度聞いてくれた。
「キルケの女装について、アストレアはどう思う?」
「あ、そうね、似合っていると思います」
「ほらぁ、姫様からのお褒めの言葉だぞキルケ」
アストレアを見るキルケは照れているのか、心なしか顔が赤かった。女装姿がやはり小恥ずかしいのだろう。
「ア……アストレア嬢がそう言うなら、僕はこの姿のままでいきます」
「単純だな~! がはは!」
「からかわないで下さい、先輩!」
いつの間にか仲良くなっている2人に驚く。
「さて、お遊びはここまでだ。今からもう1度確認するぞ」
「はい」
先ほどまでの楽しそうな表情から一変、険しい顔になり、同時に部屋の空気も緊張感が漂い始めた。
「アストレアは『アリス』という令嬢、そしてキルケは彼女の侍女『ケリー』。2人は風紀委員に入りたい1年生という設定でいく。そして、2人には“記憶虫”を付けてもらっている」
記憶虫というのは、その場の光景を見たまま、映像で記憶し後で見返すことが出来る魔獣だ。擬態する事が得意で、今はアストレアのかつらの中に潜り込んでいる。
それを使って風紀委員の揺らがない証拠を取る、というのが今回の作戦だ。
ミネルヴァに風紀委員の部屋があるという場所の近くに途中まで案内してもらう。
「あたしはこれ以上行けないが、何かあったらすぐに逃げてくれ」
「はい」
「健闘を祈る」
そうしてミネルヴァに別れを言った後、キルケもとい、ケリーを引きつれアストレアは本館の地下へと降りて行く。
「不思議ね、委員会の部屋が地下にあるなんて」
「ここなら誰も来なさそうだ」
そうこうしているうちに、階段を降りた先に扉があった。
まるで秘密の部屋に通じていそうな薄く、ぼろぼろになった扉を叩くと、中から声が聞こえてくる。
「どうぞ~」
声を合図に、アストレアは意を決し、扉を開いた。
扉の向こうには、薄暗い部屋が広がっていた。広くもなく、狭くもない至って普通の構造の部屋だが、壁に一列に並んで俯く生徒達の姿が異様さを物語る。
不気味な部屋にぽつりとある執務机に向かって座っている奇妙な格好をした男子生徒が、おもむろに立ち上がり、アストレア達の元へやって来た。
「話は聞いているよ、えっと風紀委員に入りたいひと?」
「そうです、アリスと申します。こちらが侍女のケリー」
「……」
キルケは黙って静かに頭を下げる。声は女性にしては男らしいので、あまり喋らせないように気を付けているのだ。
しかし、顔に装飾品を付けた奇抜な彼はキルケに興味はないらしく、一瞥もしなかった。
「ぼくはね、風紀委員長のニュクスだよ。ニュクスって呼んでいいよ」
事前に聞いていた情報ではアストレアよりも年上だったが、むしろ年下のように感じさせる雰囲気を持っていた。言葉を選ばずに形容すると子供っぽい。こんなあどけない性格をした彼が、生徒を使って実験をするという非人道的な事をしているのかと思わず疑ってしまう。
しかし、もしそうだとしたらとんでもなく恐ろしい人だ、とアストレアは思った。
だが、この後すぐに裏付けする出来事が起きるとは、この時のアストレアは思ってもいなかった。
ニュクスと呼ばれる彼は、壁に沿って並ぶ生徒達を見ながらアストレアに説明した。
「これがぼくのコレクションなんだ!」
「コ、コレクション……?」
「そう。ぼくの魔法は影虫っていう魔獣を操ることが出来るんだ。きみ、影虫って知ってる?」
名前は聞いたことはないが、アストレアのかつらの中にいる記憶虫と似たような存在なのだろうか。
「影虫はね、影に潜む虫なんだ。だから人はみんな影虫を持っているんだよ。普段は寝ているんだけど、ぼくは起こすことが出来るの。影虫は、ぼくの思い通りに動かすことは出来るんだけど、夜は駄目なんだ」
「どうして夜は駄目なのです?」
「影虫は夜行性だからだよ。だからぼくの魔法は虫の意識に負けちゃう。勝手に宿主を動かしちゃう。でもね、だからこそ実験は面白いんだよ!」
爛々と輝く彼の瞳を見て、確信する。
彼は、自分の行っていることが悪いことだとは微塵も感じていない、と。
むしろそれが良い事だと思ってさえいる。純粋な狂気を持った心の歪んだ人なのだ。
アストレア達が返事をしなくても構わないらしく、ニュクスは次々と説明を続けた。
「影虫は宿主の心の闇を食べながら生きるから、夜には宿主の心の奥を映した行動をさせるんだよ。例えば、虐められている人が夜中に自分を虐めている人を探したり、家族写真を刻んだり……」
ニュクスは項垂れている1人に近づく。
「ぼくの新しいコレクションのグレーテルはお気に入りなんだ。魔法はまだ上手くないから操っても兵隊には使えないけど、この子の闇は自分自身で夜になると自分で自分の手首を斬るんだ。ぼくは自分でぼくを傷付けよう、なんて思ったことが無いからとても面白いんだ」
狂ってる。アストレアはただそう感じた。吐き気が込み上げてくるのを必死に堪えていた。
この異様な空気感に動かない生徒、風紀委員の闇は思っていた以上に深いようだった。
「で、ぼくはアリスに影虫を入れてみたいから、アリス。動かないでね」
そう言い、アストレアの方に近づくニュクスに、声を出さないようにしていたキルケが叫んだ。
「止めてください、お嬢様にさせるなら自分に!」
いつも美しい声が、擦れていて悲痛な声だった。必死に守ってくれるキルケに嬉しく思いながらも、恐怖で動かない自分を呪っていた。
一歩、また一歩とニュクスが近づいてくる。
止めようと彼に近づいたキルケは、後ろに黙って並んでいた生徒達に羽交い絞めにされてしまう。
この時ばかりは、ユリウスに出てこないよう指示したことを悔やんだが、ここでユリウスがいても指示を出せる自信も無かった。逃げなければ、それしか頭に浮かばないくせに弱虫な足は震えるばかり。
やがて近づいてきたニュクスはアストレアの顔を覗き込み、呟くように言う。
「きみの闇を見せて――?」
目をぎゅっと瞑り、これから起きるだろう事に少しでも耐えようとするが、いつまでたっても何も起きる様子は無かった。
おそるおそる目を開けると、ニュクスが満面の笑みを浮かべていた。
「凄い……ぼくの魔法が効かない!」
普通は落胆したり悔しがったりするものなのだろうが、彼は逆だった。
今にも飛び跳ねそうなくらい喜んでいる。
「ぼくの魔法は心が強い人ほど効かないんだよ。ニュクスの魔法が効かなかったのは、ラジエル以来だよ!」
ニュクスの言葉にアストレアは思わず聞き返しそうになった。
ニュクスはアストレアの手を取ると、きらきらと瞳を輝かせて言う。
「ぼく、強い人が大好きなんだ。虫を入れられないきみを風紀委員には入れてあげられないけど、いつでも遊びにおいでよ、アリス」
*
文化委員の部屋に戻った2人は疲労困憊していた。
「危なかった……アストレア嬢に何も無くて良かったよ」
「ええ、わたしも思うわ。次からユリウス様も連れて行かなくちゃ」
「それが良いよ。今日みたいにニュクスに操られている人に捕まったら僕は君を助けられる自信が無いよ……」
ユリウスは見える人には見えるので、万が一ニュクスが彼に気付いてしまったら、アストレアだと気付かれてしまう可能性があったのだ。
正直な所、ユリウスがいなくても逃げることくらいは出来るかも知れないという根拠のない自信もあったのだが。
「本当に危ない所を済まなかったな、アストレア、キルケ」
2人の化粧を落とす為の準備をしていたミネルヴァが部屋にやって来た。
「ええ、そうですよ、ミネルヴァ先輩。アストレア嬢に何かあったら責任取ってください」
「体で、か?」
意地の悪い彼女の物言いに、キルケだけでなく、アストレアも飲んでいたお茶を吹き出してしまった。
はしたない、と思いつつ布で口を拭いていると、
「先輩みたいな力の強い人は好みじゃないので。僕はアストレア嬢みたいな華奢な子が好きなんです」
「キ、キルケ……そ、それって……」
「おーおーおー、お熱いねぇ。ヒュー!」
ミネルヴァの言葉さえも届かないほど、アストレアは頭に血が昇った。
穴があったら入りたい、とはこの事だろう。おそらくそれは、キルケも思っていることだろう。
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