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FAIRY WARS ~最弱は最強を打倒する~  作者: Sissy
第2章 戦の準備
30/35

女傑 ミネルヴァ

 保健室の扉を開けて入ってきたのは、輝くようなプラチナブロンドを持つ、勝気そうな美女だった。

 そんな彼女にククルカンはまるで知己にでも会ったかのように、顔を輝かせる。


「ミネルヴァじゃないか、どうしたんだ?」

「久しぶりだな、ククルカン。学院内でも滅多に会わないからな」

「俺は大体、保健室で昼寝しているからな」


 初めてみるその人物にアストレアはキルケに目線を送る。

 そんな2人のやり取りに気付いたのか、ミネルヴァと呼ばれた彼女はアストレアの方へ近づくと、笑顔を浮かべて自己紹介をした。

「あたしはミネルヴァだ。文化委員長をしている」

「文化委員長さん! わたしは図書委員長のアストレア・リラ・リエールです」

「噂は聞いているよ、図書委員長さん」

 そう言い、ミネルヴァは手を差し伸べアストレアと握手をする。


「ミネルヴァ先輩はククルカン先輩、アレス先輩、ラジエル殿下と共に四重奏って呼ばれていてね、『女傑』の異名を持っているんだよ」

 四重奏とは学院の中でも優秀な生徒の事を評する渾名だ。


 彼女が女傑と呼ばれているのも何となく納得できる。溢れ出る威厳はまさにそれにふさわしいのだ。


「でも、文化委員長さんが何故ここに?」

 彼女は図書委員を探しにやって来たはずだ。構成員も多く、序列も武道委員会に次いで高い委員会だ。そんな彼女が最弱である図書委員に用とは全く想像できない。


 彼女はアストレアの側に立つと、静かに話し始めた。


「今、学院で教師傷害事件が起きているのは知っているか?」

「いいえ」

「学院内で何者かが教師に斬りかかる事件が発生しているらしくてだな。その犯人が図書委員の構成員だと噂が流れているんだ」

「そんな! わたし達は何もやっていません!」

 耳を疑った。自分達は何もやっていないのは明白だ。しかし、反論するにも証拠が少ない。アストレアは頭を抱えた。同時にあの教師達の冷たい態度、怯えたような仕草に合点がいく。


「あたし個人の意見だけど、学院戦争で直接対決を命じられた図書委員が教師に盾突くなんてあまり考えられないんだ。顧問がいないのに教師に悪印象を与えてどうするんだ、ってね」

「確かに言う通りだな、図書委員に何のメリットも無いし、動悸もない」

 ミネルヴァの言葉にククルカンも賛同する。少なくともこの2人が味方でいてくれることにほっと胸を撫で下ろす。


「本来、学院のこうした事故や事件は風紀委員や生徒会が解決するべきなんだがな。生徒会はともかく、学院内の風紀を取り締まるはずの風紀委員が動いていない事にあたしは怪しいと睨んでいるんだ」

 風紀委員は一応、独立した委員会として認められているが、実際は生徒会の保護委員会という位置づけになっている。生徒会が保護する代わりに、風紀委員の委員長権限を一部譲渡する、という形だ。

 つまりは傀儡委員会になっている。


「風紀委員は一応、独立した委員会ですが委員長ってどんな人なんですか?」

 この間、行われた委員長会議でも出席していなかった。

「変わった奴だよ、というか委員長が問題なんだ」

 ミネルヴァは初めて眉をひそめ、険しい表情になる。


「風紀委員の委員長ニュクスは、ラジエル殿下とも繋がりがあってね。あの委員会は人に魔法実験を行っているという噂があるんだ」

「そんな事をしたら学院側も動くはずじゃ……」

 おぞましい事実にさぁっと顔から血の気が引いた。


「だけどね、風紀委員は生徒会と密接に繋がっているから揉み消す事なんて朝飯前なんだろうよ」

 ミネルヴァがそれを快く思っていないのは明白だった。


「あたしはね、風紀委員を潰したいんだ。そして今回の事件を解明すればきっと奴らの尻尾が掴めるはずだと、そう踏んでいるんだ」

「ミネルヴァ、気持ちは分かるがそうしたら文化委員も生徒会に潰されるぞ?」

 最もな感想をククルカンがぶつける。アストレアもそれは薄々感じていた事だった。


 しかし、ミネルヴァは首を横に振ると柔らかく、そして挑戦的な笑みを浮かべる。

「大丈夫さ、文化委員の結束は学院一だと思っている。みなで乗り越えれば生徒会も怖くないさ」

 その言葉に同じ女性として強く彼女に憧れの念を抱く。

 芯が通っていて、仲間を信じ、先頭に立って引っ張っていく。自分もそうでありたい、と彼女を見てアストレアは思った。


「ですが、ミネルヴァ先輩はどうやって風紀委員を?」

 ずっと黙ってやり取りを聞いていたキルケが問う。

「潜入しようと考えている」

「風紀委員に潜入……ですか」

「あいつらは人で魔法実験をしている。半端な奴じゃ精神崩壊させられて終わりだ。だが、あたしが行こうにも顔が割れてしまっているんだ」

 ミネルヴァが言いたそうな続きをキルケが付け加えた。


「それを図書委員にしてもらおう、っていう事ですね」

「……ああ」

 真っ直ぐに向けられる彼女の瞳は、嘘偽りない。

「しかし、無理強いはしない。さっきも言った通り、潜入行為は非常に危険だ。だが、君達がやってくれるというのなら成功した暁には、同盟を結ばせてもらおう」

 つまりは報酬として、文化委員と同盟を結ぶということだ。こちらとしても、序列2位の武道委員と条約を交わし、序列3位の文化委員と同盟を結べると言う事は非常にありがたい話である。


「同盟を結べば、学院戦争の時も力を貸すぞ」

「やります」

「アストレア嬢!?」

 暫く考え込んだのち、アストレアは自分から言い出した。

 危険は伴うが、構成員は2人しかおらず、今から増やすにも難しい現状で、少しでも援軍を期待できる方が得策だと考えたからだ。

「それは駄目だ、危険すぎる! 第一、アストレア嬢は怪我人じゃないか! 僕が」

 キルケの猛反対も織り込み済みである。

 アストレアは、静かにキルケを見やるとそっと手を握った。


「何も“わたしだけ”とは言っていないわ、キルケ」

「アストレア嬢……」

「確かにこれは危険な賭けよ、わたし1人で出来る事だと微塵も思っていないわ。それに優しい貴方はきっと自分が行こうとする。でも、わたしも同じ気持ちなのよ、キルケ。わたしも貴方と同じ、貴方が心配なの。だから2人一緒なら問題ないでしょう?」

 暫くアストレアを見つめていたキルケだったが、大きくため息をつくとミネルヴァに向かって言い放った。


「僕と彼女でやります。でも、危険だと判断したら抜けますがそれでも良いですか」

「勿論だ、潜入して風紀委員の真相を押さえてくれればそれでいい。証拠さえあれば問題ないからな」

 だが、とミネルヴァは不敵に笑う。


「2人とも目立つ容姿をしているから、変装はした方が良いな。それはあたしらに任せてくれ! 学院祭の舞台で鍛え上げられたメイクアップ術を披露しよう」

 ミネルヴァはそう言うと、快活そうに笑った。


「ならばそう言う事で。申し訳ないですが、ミネルヴァ先輩、ククルカン先輩。ちょっと2人にしてくれませんか?」

 キルケがそう申し出ると、ミネルヴァはにやつきながら、ククルカンは優しく微笑みながら保健室を出て行った。


 何を話そうとするのだろう、と思った矢先、後ろからキルケが抱き付いてきた。


「ちょっと、キルケ!?」

「動かないで」

 そっと回される長いキルケの腕。彼の吐息が首筋にかかる。

 ふわっと香る、キルケの匂いに頭がくらりとした。


「火傷、まだ痛い?」

 優しく添えるように横腹に彼の手が回される。心臓が早鐘しながらも、アストレアは頷く。

「大丈夫?」

 何が、とまでは聞かなかった。

「大丈夫……じゃないわ」

 彼が聞いたのは、傷を負ってしまったアストレアの心なのだ。


 体に醜い傷を持った令嬢の末路は決して幸せなものではない。家によっては、使い物にならないと娼館に売られたり、家を追い出されたりする。

 アストレアの家は、姉であるラーズグリース以外、きょうだいがいない。男子もいないので、必然的にアストレアが次期当主になる為、捨てられたり売られたりすることはないだろうが、婿養子は貰いにくくなる。


 何よりも、自分の体に傷がついたことに心が叫んでいた。


「僕はこうなるって分かっていたら君に委員長をして貰わなかったはずなのに。あの時の僕はどうしてもっと頭を働かせなかったんだろう……」

「でも、貴方が委員長に誘ってなかったらわたしはアマデウスとして覚醒していなかっただろうし、みんなにも出会えなかったわ。それに、キルケにも」

 後ろを向くようにキルケの横顔を見やる。芸術を思わせるような端整な横顔は、何かを耐えているようにも感じられた。


「ごめん、僕のせいで……君を傷付けた」

「キルケのせいじゃないわ。わたし、逆境になればなるほど本領を発揮するの」

「でも……」

「確かに体に傷がついたのは凄く辛いわ。でも昔の人は体にある傷跡を競い合ったのよ、戦いに勝った勲章だってね。わたしのこの傷も勲章よ」

 そう言い、笑いかけると彼は大粒の涙を零した。


 自分を責めたてているのだろう、アストレアの体に火傷の痕が残るかもしれない、彼女を危険にさらしてしまったということに。


「ねえ、キルケ。危ない事をしないで生徒会に食べられるのは、わたしは嫌なの。2人の努力の証を易々と失うわけにはいかない。そこには、わたし達の楽しかった思い出も入っているの」

「そうだけど……君が傷付くのは見たくないんだ」

「さっきも言ったでしょう? わたしも同じ気持ち。キルケが傷付くのは見たくないの」

 アストレアを抱きしめる腕に力が入ったのが分かった。2人の体が触れ合うほどに距離は縮む。


「わたしを信じて。図書委員長ではなく、ただのアストレアを信じて」

 キルケは優しい。優しいからこそ、アストレアを鳥かごに入れて大事にしようとする。だが、それではキルケの自己満足だ。それでは、キルケを心配するアストレアの気持ちは無視してしまうのだ。

 傷付くことを恐れていては前に進めない。空を羽ばたくことも出来ない。彼の手の中に収まるのではなく、彼と共に飛びたい、とそう強く思った。


「そうだね、僕が過保護過ぎたかもしれないね。これからは傍で見守るよ」

 そう言い、キルケは身を引いた。その時、頬に柔らかい何かが触れた気がしたが、アストレアは何も言わなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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