最弱の委員長①
アストレアがコント・ド・フェ学院に編入できるまでおよそ一週間かかった。それでも父は迅速に動いてくれた方で、入学式にこそ間に合わなかったが他の新入生と大差なく学院に入ることが出来た。
「君が編入生だね? 学院長から聞いているよ、僕は治癒魔法学を担当しているアイグレ。医務室で怪我など治療するのも僕なんだ。後は君みたいに編入生や新入生のサポートも行っているよ、よろしく」
女子寮に荷物を置いて一息ついたところに、アイグレと名乗るいかにも“教師”な身なりをした男性が丁寧に学院内を説明してくれた。父の古くからの友人である学院長は、アストレアに何かと融通をきかせてくれたらしい。編入しやすいように、実際に学院生活を送る前にこうして学院を案内するように言ってくれたのも学院長である。
「コント・ド・フェ学院は共学としても珍しいと言われているけれど、授業も変わっているんだ」
コント・ド・フェ学院は4つの国に囲まれたどこの国家にも属さない中立地区にある唯一の学院である。隣接する国々のそれぞれの良いところを吸収した目新しいシステムが話題を呼び、今では性別も関係なく、色々な身分の生徒が通っているという。その中には王族もいたり、年に2回ある特待生試験に合格した平民層の生徒もいたりするのだ。
「どんな授業なんですか?」
アストレアがそう聞くとアイグレは自慢げに答えてくれる。
「この学院の授業は全て生徒が選択して受講するんだよ。決められたカテゴリーで、卒業に必要な単位を修得すればどれを選んでも構わない。アストレア嬢の興味のある授業を取れるんだ」
「確かにそれは珍しいですね」
前に通っていたリリー女学院では、立派な淑女を育てるという教育理念のもとで既に決められた授業を行っていた。そのため、この学院のように自分で好きな授業を選択できるのは、アストレアにとっても珍しく嬉しいものだ。
それに何より、アイグレに手渡された授業表にはアストレアの興味のあるものばかりだった。魔法学や薬草学、アイグレが担当する治癒魔法学や魔獣学。冒険者を目指す生徒向けの冒険学や迷宮探索講座までもある。豊富な授業に早くも心が躍る。
「加えてもう1つ、特徴があるんだよ」
アイグレに案内されたのは、開放感溢れる部屋だった。床には柔らかく、色が綺麗な赤い絨毯が敷かれている。部屋の中の調度品はどれも古いが、高価なものだと一目で分かる。
「ここは、生徒会室。君も委員会に入るならよくお世話になるんじゃないかな?」
「委員会、ですか」
「そう。学院のもう1つの特徴である“委員会”。ここでは、ほとんどの生徒が委員会に所属しているんだ」
何のために? と首を傾げるアストレアを見てアイグレは微笑む。彼女の反応が面白いのだろう。
「この学院では、委員会を1つの模範国家として扱っているんだ。つまり、委員会が国として考えられているということだね」
「委員会を国として……? どうしてそんなことを?」
「我が校は、4つの国に囲まれた中立地区にある。そして、それぞれの国からは王子や、貴族の令息、令嬢が集まってくる。例外として平民出身の特待生もいるけれど、彼らは卒業すれば王や、大臣といった本当の国を導いていく存在になる。学院時代から立場の重さや責任を感じてもらおうという意図で、委員会を作っているんだよ」
アイグレ曰く、委員会をまとめるということは、この学院での1つの国家勢力をまとめるということになるらしい。委員会に所属、或いは委員長として仕事をこなすことで、学生時代から組織を束ねることに慣れておき、将来に備えるという目的があるのだ。勿論、委員会を1つの国として見ているので委員会同士の衝突や、同盟、条約締結など認められているらしい。それを行うのに様々な規約があるらしいが、アイグレはアストレア嬢も所属すればきっと分かるよ、と言ってそれ以上は言わなかった。
「ほとんどの生徒が所属しているということは、何か生徒にとってメリットがあるということでしょうか?」
「おお、さすがアストレア嬢。聡明なお嬢さんだね。そうなんだ、委員会に入ると幾つかのメリットが生徒にはある。委員会に入ることで僕たち教師とのパイプが出来る。この学院では、教師の存在が大きいんだ。就職などに関わって来るからね、貧民層出身の子達にとってはこれ以上ない出世のチャンスなんだよ」
そして、とアイグレは付け加える。
委員会によって就きやすい職業が異なるらしい。例えば、学院で一番大きな勢力である生徒会では国の宰相など、大臣クラスの職に就きやすくなるそうだ。
ただし、とアイグレは指を立てる。デメリットもあるんだよ、と。
「委員会自体が問題を起こせば、関係がなくても評価が下がる、とかね」
黙り込むアストレアに、アイグレは笑って言う。
「まあ、この学院生活はアストレア嬢の好きなようにするといいよ。委員会に所属するなり、しないなり自由だし。別に委員会に入らなくても、この学院は行事も面白いしね。校外学習、武闘祭、迷宮探索とか。楽しみ方は色々だからアストレア嬢の思い思いに過ごして欲しいな。何か困ったことがあればいつでも頼っておいで」
「ありがとうございます、アイグレ先生」
「うん、慣れないことだらけだろうけど、陰ながら応援しているよ。ちなみに僕は保健委員の顧問をやっているから、気が向いたら入ってくれると嬉しいよ」
アイグレの言葉に頭を下げるアストレアは、部屋の扉が閉まると同時に息を吐いた。
「委員会……」
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