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FAIRY WARS ~最弱は最強を打倒する~  作者: Sissy
第2章 戦の準備
29/35

それぞれの想い

活動報告の方でSSを載せておりますので

よろしかったらそちらもぜひ。

「――うっ!」

 ラジエルの大剣は人の身を『斬る』ことはない。だが、斬るのは刃ではなくその身に纏われた炎。

 アストレアは熱を持った横腹を慌てて水で冷やす。焼け焦げた臭いと千切れた制服。それらを見ればあの剣でどうなったかなど一目瞭然だった。

 火傷は心臓の鼓動と共鳴しているかのように痛みだす。


「……くっ」

 泣くまい、と必死に溢れ出てくる涙を堪える。令嬢たるもの、体に傷など作ってはならないと散々周りから言われてきた。自分の体にかすり傷や切り傷が出来ても気に留めなかったが、大きな火傷である。痕が残るかもしれない、キズモノになってしまったという恐れがアストレアを包みこむ。


「アストレア嬢、火傷しちゃったの?」

 必死に零さないように涙を溜めていたが、ラジエルはそんな葛藤も気にする風もなく顎を持ち上げ、無理矢理に目線を合わせる。

 滲む彼の顔はどんな表情をしているのだろうか。だが、どこか満足そうな声音さえ届けば表情など容易に想像できる。


「傷のある令嬢なんてどこの貴族も欲しがらないよ。残念だったね、アストレア嬢」

「……ッ!」

 彼の言葉はアストレアの心を抉るナイフだった。何度も、何度も執拗に心を刺しては抉る。残虐そのものだった。


「でも、大丈夫。ボクは傷のあるアストレア嬢でも問題ない。だからボクの所においでよ、たくさん愛してあげるよ」

「殿下は……真っ直ぐに愛された事がないのですね……」

 声が震える。涙と一緒にこぼれた声は頼りなかった。

 ラジエルは無表情になると、もう一度体験を振りかざした。


(ああ……今度こそ、大やけどを負ってしまう)

 頭上に掲げられる大剣に客観的に感じる。


 彼がどんな環境で、どんな人々に囲まれ生きてきたのかは知らない。

 だが、彼の心が歪んでいることだけは分かった。同時にそんな彼を可哀相だ、と同情する自分もいた。


「アストレア嬢――!」

 キルケの叫ぶ声がする。喉がちぎれそうなくらいに叫んでいた。

(キルケ……)

 そっと目を閉じ、覚悟を決める。そして、耳元に大剣が風を斬る音が響いた。



「邪魔をするな、ククルカン!」

 熱さを感じず、何か不思議だと思いうすらうすら目を開けるとラジエルの大剣をあのククルカンが止めていた。

 普段、紫の髪をしている彼だが今は雪のような真っ白な髪になっている。おそらく、ラジエル同様、神格化をしているのだろう。証拠にあの大きな剣を片手で押さえているのだ。

 大剣が小刻みに震えている。


「保健委員としてはな、怪我しないがモットーなんだ、北のお坊ちゃん」

 いつも優しい声のククルカンだが、今は底冷えするような低い声だった。そこでようやく彼が怒りに震えていることに気付く。

「うるさい! 南の蛮族どもが何を偉そうに!」

 ククルカンを前に、人が変わったように罵倒を浴びせるラジエル。観覧席にまでは声は届いていないらしく、突然のククルカンの登場に生徒達は困惑しているようだった。


「国はここでは関係ないだろう、それよりだ。やりすぎだろう? どう見たって」

「何だよ、彼女は生きているんだから何か文句でもあるのか?」

「そりゃあ、生きているだけいいけどな。校内で死人を出されても困る」

 ちらりとキルケの方を見る。キルケも苦戦しているらしく、オリヴィエ優勢に思えた。そして、甲高い音が響いたと同時にキルケの手から剣がはじかれた。

 あちらもあちらで決着がついたらしい。一安心なのは、オリヴィエがラジエルのように戦意喪失したキルケをいたぶる様子が無い事だった。

 自分のことよりもキルケに怪我がないことにアストレアはほっとする。


「この前の校外学習、先月の実技大会の魔獣なんぞどうせお坊ちゃん達の差し金だろうが? ああ?」

「はっ、何の事だか。証拠はあるのかな?」

「とぼけやがって……おい、お坊ちゃん。これ以上の戦闘は危険だ、キルケ坊ちゃん達も決着がついたんだ。もういいだろ」

 ククルカンにそう言われ、ラジエルはようやくオリヴィエの方を見やる。戦闘が始まってから1度も彼の方を見た事が無かった。


 恭しく頭を垂れるオリヴィエにラジエルは冷静さを取り戻したのか、また微笑を顔に貼りつけると、神格化を解き普段の姿に戻った。

「アストレア嬢……ボクは諦めないからね」

 そう一言、告げるとオリヴィエを引きつれ、彼は闘技場を出て行った。


「待て、ラジエル殿下!」

 試合は終わりか、と思われた時キルケがラジエルを呼び止める。

「何かな~?」

 いつもの調子に戻っているラジエルにキルケは鋭い声で制した。

「殿下、アストレア嬢に怪我をさせるとは一体どういうおつもりですか」

「ボクのだ、って印をつけたんだよ~。何かいけない? キミのじゃないだろう?」

「貴様っ!」

 拳を作り、ラジエルに殴り掛かろうとするキルケをククルカンとオリヴィエが寸のところで止める。離せ、と叫ぶキルケから普段の彼が想像できないほどだった。


 温厚な彼が怒りに任せて行動をするほど、ラジエルの行動は惨い。

 同時にこんな状況に似つかわしくない温かい感情も抱いてしまう。

(わたしの為に、だったら嬉しいわね)


 実技大会は生徒会側の勝利ということで幕は閉じた。

 途中、ククルカンが割って入ったことや、その後支えられるようにして出て行ったアストレアの事は観覧席にいた生徒にも分からないように事実は伝えられなかった。



 *


 保健室に運ばれた後、マルバスを召喚し治癒をしてもらったが、黒獅子が告げたのは残酷な言葉だった。

『これはマルス神の纏う聖なる炎の傷。そこいらの火傷とは意味が違うのだ、我でさえも痕が残らぬよう治癒してやるのは難しい』

「やはり、神は最高位の精霊……ということか」

 苦々しく呟くククルカンに、マルバスは首を横に振り光の粒になって消えて行った。

 そっとラジエルに負わされた火傷に触れる。マルバスに治してもらったのだが、完全に治癒出来たわけではなく、まだ痛みと熱を持っていた。少しジクジクしていて、水膨れになりつつある。


『すまない、可愛いアストレア。私というものがいて。なお怪我をさせてしまうとは……情けない、実に情けない! こんなものでは神失格だ!』

 寝台に腰かけるアストレアに泣きつくユリウス。あれからずっと、こうして自分を責めながら泣いているのだ。


「大丈夫です、ユリウス様。今回はわたしの実力不足が原因ですし」

 相手の力量が上回った、という原因が招いたのがこれだ。試合の最中によそ見をしていたのも悪い、集中力を途切れさせてしまったのも悪い。反省するべき点は幾つでも挙げられそうだった。


 あれからキルケは一言も発することなく、無言で保健室の床を睨んでいる。普段と違う空気を纏う彼に、何て声を掛ければいいのか分からないままだった。


 重苦しい空気の中、アストレアは意を決して口を開く。


「あの、ククルカン先輩」

「何だ?」

「わたしを……弟子にしてくださいませんか?」

 急に言い出す彼女に、ククルカンだけでなくキルケも驚いた顔をする。


「今日の試合で分かったんです。わたしは、水のアマデウスなのに『神格化』が出来ないということに。アマデウスの本当の力はあの神の力を自身に宿す能力なんですよね、きっと。ならば、わたしは『神格化』が出来ないとラジエル殿下には勝てない」

「でもって、何で俺なんだ、お嬢ちゃん?」

「ククルカン先輩もおそらく神格化をされていたからです」

 すっと紫の瞳が細められた。


「よく見ていたな、お嬢ちゃん。正解だ。精霊も訓練すれば神格化することは出来る。最も、神を宿すアマデウスには到底及ばないが、お嬢ちゃんはアマデウスだ。神格化が出来れば、ラジエルのお坊ちゃんにだって匹敵するだろうな」

「……僕は反対です」

 声を挙げたのはキルケだった。


「キルケ? どうして?」

「これ以上、君を危険に晒したくない。委員長は僕がなる、そうしたら君が学院戦争に出なくて済む」

「でも……」

 彼を説得しようとする言葉を紡ぐ前に、ククルカンが遮った。


「でもな、キルケ坊ちゃん。ラジエル王子が『委員長は交代したので彼女は無関係です』と言って、『はいそうですか』ってなる人間だと思うか? 坊ちゃんも見ただろう、あいつは手段を選ばないし、そこにある理由にだって興味を持たない」

 それに、と彼は続ける。

「アマデウスとしての力を開花させていて悪い事はそんなに無いぜ。身を守る選択肢は多い方が良い。せっかくユリウス神に愛された子なんだ、能力を磨くこと自体は危険なことじゃない」

 ククルカンの正論にキルケは何も返せなかった。


 彼の気持ちも分かる。アストレアもキルケが傷つけられるのは見たくない。

 反対したのはアストレアのことを考えて、のことだ。


 アストレアは寝台から立ち上がると、キルケの手を取りその不安そうに揺れるラズベリーの瞳を覗き込む。

「大丈夫よ、キルケ。わたしは貴方と図書委員をやっていきたいの。心配してくれていることは凄く嬉しいけど、キルケの隣に立ちたいの。……ダメかしら?」

「アストレア嬢……」

 心なしか彼の頬が赤く熟れていっている気がした。


 そんな空気を破るかのように、勢いよく保健室の扉が開いた。


「失礼するよ! 図書委員はここかい?」

 扉の向こうに立っていたのは、美しいプラチナブロンドを編みこみにした美女だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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