束の間の平和
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「いやぁ、姫君があんなに凄い水魔法士だとは思わなかったぜ……。コロセアム中を覆い尽くすような大波を生み出すなんて。しかも、媒体なしに。加えて突然現れた水魔獣にも何かすげぇ魔法で倒しちまうし」
生徒会室の執務机に寝転がるロランは、作業が出来ないと怒るオリヴィエをものともせず、アストレアを褒める。
「い、いえ……あの時、無我夢中で。それにキルケの声が届かなかったらきっと負けていたと思います」
「えっ、僕の?」
不意打ちで名前を呼ばれたキルケは、驚き自分を指差す。その2人の様子に頬を緩めるロランとアレス。
「ヒュ~、お熱いねぇ姫君と騎士さん」
「若いっていいなぁ」
「アレス様も十分若いのでは……」
武道委員会の面々がそういうやり取りをしているなか、オリヴィエが険しい顔でさっさと調印しろと急かしてくる。これ以上、生徒会室にロランを入れておけば仕事量が増えるだけだと考えたのだろう。慌てて、オリヴィエの言う通りに書面に調印する。
実技大会で図書委員は、会長の言う条件の通り革新派に勝利した。そして、今、武道委員とお互いに戦いをしないという不戦条約を締結しているところだ。生徒会長は今日も仕事から逃げるように失踪しているらしいが、どこかできっとこの結果を楽しんでいる気がする。
「しかし、コーネリアスの件については俺にも責任はある。これは口約束にはなるが、何かあれば力になろう。本当に今回は申し訳なかった」
そう言い、頭をさげるアレス。ここぞとばかりに言うのも何だか気が引けるが、図書委員はたったの2名しかいない。人手は多い方が出来ることがたくさん増える。
「あの……青空教室の修繕、手伝ってくださいませんか?」
「はいはーい、オレ様やる! 姫君の手となり足となります!」
アストレアの言葉にロランが机の上で飛び跳ねる。長身の彼が机に立って飛べば天井に頭をぶつけてしまう。案の定、天井で頭を強打した彼は気絶しフェデルタに引きずられていった。
「馬鹿のせいで書類がめちゃくちゃに……」
「す、すまない副会長……」
「アレス! お前の保護責任に問題がある!! 大体、何でロランまで連れてくる必要がある!」
「勝手について来たんだ! 俺には何の問題もない」
「……部下の尻拭いは上司の役目。アレス、暫く生徒会の仕事を手伝え」
「ええ!? そんなめちゃくちゃな……」
「アレス様、ワタシは図書委員の方を手伝ってまいります」
アレスに向かって一礼し、アストレアとキルケを連れて生徒会室を出るフェデルタに、「裏切り者~」と泣き叫ぶ委員長の声が響く。まるで何事も無かったかのように、フェデルタはアストレア達の前を歩き始めた。
「あ、あの、フェデルタさん。コーネリアスやフレイはどうなったんですか?」
前を歩くフェデルタに、キルケがそう聞く。フェデルタは、そっと立ち止まるとこちらを振り返ることなく、感情を押し殺した声で答えた。
「コーネリアスは破門、革新派のメンバーで図書委員の妨害をした生徒は全て謹慎処分。フレイは自分から辞めた」
「……そうですか」
キルケは、フェデルタの言葉にそう答えるしかなかった。それ以上は2人とも何も言わない。
「だが、フレイは生徒会直々の推薦で新聞委員に入ったよ。あそこは、生徒会の傘下だから独立した委員会とは違うけど、おそらくフレイは将来、生徒会と新聞部の伝手で良い所に就職出来るんじゃないか」
明るく笑おうとするフェデルタの言葉にアストレアは気持ちが軽くなる。
(それだったらいつか、家を建て直すことも夢じゃないわね)
新しい環境で奮闘する彼の姿を想像しながら、アストレアはふと窓の外を見やる。いつもの薔薇園だ。なぜか、そこにユーリがいる気がして立ち止まる。
「アストレア嬢?」
「ごめんなさい、先にフェデルタさんと図書塔へ行っていて」
そうキルケに言うと、アストレアは薔薇園へと向かった。
暖かい日差しが薔薇園の緑のカーテンから差し込んでくる。今日もユーリは同じ場所にいた。
「ユーリ、こんにちは」
「あ、アストレア~。久しぶり」
いつものように挨拶を交わすと、アストレアは問題が全て解決したことを説明しようとする。しかし、ユーリは彼女の唇の前に人差し指を立てるとウインクした。
「言わなくても分かるよ~、全部知っているよ」
「本当に?」
「武道委員と無事に不戦条約を結べたんでしょう~?」
今まさに言おうとしていたことを先に言われ驚く。本当に人の心を読めるのかもしれない。そう思っていると、楽しそうにユーリは言った。
「顔に書いてあるよ~、分かりやすいよね。アストレアは」
「そ、そうかしら……」
「うん。それより一件落着して良かったね~」
「ええ。色々と相談に乗ってくれてありがとう、ユーリ」
今まで何か躓いた時にここに来ると的確なアドバイスをくれたユーリ。彼のおかげで壁を乗り越えることが出来たのも事実だ。
「良いんだよ~、面白かったし」
ユーリはそう言うと立ち上がった。そして、アストレアの元へ近づいてくる。
「ユーリ……? 近いのだけど」
彼は目の前にまで距離を縮めてきた。戸惑うアストレアの顎を片手で上げ、ゆっくりと顔を近づけてくる。彼の吐息が肌にかかるほどだ。
「このままキミにキスをしてしまえば、キミはボクを見てくれるのかな?」
「じょ、冗談はやめてよ」
「あはは~、赤くなっているアストレア嬢可愛いなぁ」
「もう!」
自分をからかったのだと知ってアストレアは怒る。しかし、そんな様子でさえも面白おかしいのかお腹を抱えてユーリは笑う。ひとしきり笑った後、急に真面目な顔になってユーリは言った。
「アストレア嬢、騎士様が待っているよ」
「あ、そうね。あまり待たせちゃ悪いし、わたしはもう行くわね。ありがとう、ユーリ」
「どういたしまして~」
彼にお礼を言い、アストレアはやってきた方へきびすを返す。
「でも、これからなのよね。頑張らないと」
空を見上げ、アストレアは頬を叩く。
「ひぅっ……叩きすぎた……」
赤くなった頬をさすり、図書塔へ向かう。
図書塔では、キルケが何やら備品箱をいじっていた。
「何か探しもの?」
「アストレア嬢、おかえり。青空教室に使う黒板と椅子と机の材料、何かないかなって。今さっき、フェデルタさんが武道委員で使わなくなった備品を探しに行ってくれているんだ」
「なるほど。わたしもお手伝いするわ」
「ああ、良いんだよ。備品箱の中に何が入っているか分からないし、もし危ないもので指を切ってしまったら大変だろう? アストレア嬢は座っていて」
キルケの気遣いは嬉しいが、それでもアストレアの気持ちが収まらない。キルケ達がせっせと動いているのに、何もしないで座って見ているのは申し訳なさすぎる。
「それじゃあ気がすまない、って顔しているね」
「そんなことないわ……」
やはりユーリの言う通り、分かりやすいのだろうか。思わず頬を押さえてしまうアストレアを、キルケは面白そうに見つめる。
「それじゃあ、僕の話し相手になってくれる? アストレア嬢のお仕事」
「そんなことでいいの? ううん、そうね……あ、生徒会長ってわたしまだ見たことないのだけど、どんな人?」
備品箱を探りながらキルケは返事する。
「1年生の時に生徒会長に就任した凄い人なんだ。炎の神マルスに愛された“炎のアマデウス”でもあり、ユーリエフ王国の第2王子でもあるんだって」
「ユーリエフ王国の……ってことは、ラジエル殿下!?」
アストレアの出身でもある北の国ユーリエフ王国の第2王子、ラジエル・セファー・エノク・ユーリエフ。実際、会ったことも見たこともないのだが、容姿端麗で頭脳明晰、剣も魔法も使える完璧人として社交界で名高い。ユーリエフ王国の令嬢達は、みなラジエル王子との結婚を切望するほどだ。
まさかそんな人物がこの学院の生徒会長だったとは。
『だが、私のアストレアも凄いぞ』
ふと、聞こえてきた声にアストレアだけでなく、キルケまでも驚く。
いつの間にか現れていたのは、水の神でもあり7月の守護神でもあるユリウスだった。
「えっと、ユリウス様……?」
『そうだ、可愛い水のアマデウスよ』
そう言えば色々なことが立て続けに起こり過ぎていて忘れていたが、あの実技大会での事件でキルケを助けようとした時に現れたユリウス。
そして彼が告げた“水のアマデウス”だということ。
「わたしが……水のアマデウス? アマデウス!? えぇ!?」
『何をそんなに驚くことがあるのだ』
「い、いやだって、アマデウスって言ったら人々から信仰される凄い存在で」
『そうだ、その存在こそがアストレア、おまえだ。何がともあれ、ようやく私の可愛いアストレアが私に気付いてくれて嬉しい』
ユリウスはそう言うと、ぎゅっとアストレアを抱きしめてくる。
そんな様子にキルケが真面目な顔でユリウスに問う。
「えっと、ユリウス様は男神でしょうか、女神でしょうか?」
『男神だ』
「い、今すぐアストレア嬢から離れてください、紳士の嗜みとしてどうかと思います!」
『嫌だ。何故私が人間の規則や模範に従う必要性がある?』
「教育に悪いです!」
「落ち着いてキルケー!」
こうして賑やかに図書委員の日常は始まった。
第1章はこれにて完結です。第2章の執筆まで少々、お時間を頂戴いたします。どうか、温かく見守ってくださればと思います。




