薔薇の香りと暗い影
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悩んだ時に訪れる薔薇園には必ずと言っていいほど、彼がいた。
「やあ~、こんにちはアストレア嬢」
「ユーリ……」
間延びした彼の声を聞くと不思議と落ち着いた。それだけじゃない、何となくユーリには話してしまおうという気持ちになる雰囲気を持っている。
きっとそれが心地いいからアストレアは薔薇園へ向かうのだろう、と思った。
「何か悩み事~?」
見透かしたような左右異なる色の瞳でアストレアを絡め取る。
その不思議な瞳に吸い込まれそうになりながら、フレイのことを話した。
「ちょっと助けたい子がいるの。でも、彼は違う委員会所属だから容易に手を差し伸べることが出来ないの……だけど黙ったままっていうのもわたしには出来ないし、何か“きっかけ”があれば良いなって考えているんだけど」
ユーリはふわりとした微笑みを浮かべながら優しく頷く。
彼はアストレアが話している最中に決して口を挟んだりしない。話し終わるまでずっと待っていてくれるのだ。そうした気遣いがまたアストレアの心を許すのだろう。
(自分でも変だと思うけど彼には話せるのよね……キルケとは違う感覚だわ)
ユーリは理解してくれる友人だと感じている。実際、悩んだ時に適切なアドバイスをくれ事態を回避できるのはユーリの機転のおかげだったりするのだ。
(じゃあ……キルケは? わたしにとって友人?)
「アストレア嬢~? 聞いてる~?」
ぼうっとしていたアストレアを見てユーリはふくれっ面になる。
「あっ、ごめんなさい。それで、えっと……」
「その子のきっかけ、でしょ~? 別の委員会なんだったら簡単だよ。『戦争』を仕掛ければいいんだ」
「戦争?」
この場合は委員会同士の戦争だ。しかし、武道委員会と図書委員会が争ったところで何の利益も出ないはずだ。ユーリの考えていることが分からなくてアストレアは眉をひそめる。
「戦争と言ってもアストレア嬢が考えているような内容じゃないよ。何も武道委員会と図書委員会が争わなくても良いんだ。ボクが言っているのは、武道委員会の一部の人間と取引をするための戦争、だよ」
「つまり?」
「紛争、って言えば良いかなぁ? ほら、この大陸でも稀に起きるでしょ」
戦争は、国同士の対立によって起きる武力抗争だ。紛争は争い事で対立する武力抗争だ。だとしても、武道委員会と図書委員会は争い事などしていない。
まだユーリの意図がつかめず首を傾げていると、そっと彼は微笑む。
アストレアの反応をまるで楽しんでいるようだ。
「今、キミは武道委員会と対立なんてしていないって思ったでしょ?」
「なっ、何で分かるの?」
「あはは~、キミってば分かりやすいんだもん。あのね、よくよく考えてみなよ。本当に武道委員会は図書委員会に何もしていないと思う?」
そうユーリに言われ、アストレアは記憶をさかのぼる。青空教室に落ちていた獅子の紋章、そしてヨモギが言っていた苦情。コーネリアス、フレイ。
そこまで考えを巡らせてようやく答えに辿り着く。
ユーリの顔をまじまじと見つめると彼はふふっと笑った。
「ユーリ……貴方は一体何者なの?」
どうしてそこまで知っているの、そう続けなくても彼にはきっと分かる。
「さあね、秘密。ほら騎士様が待っているんじゃない?」
アストレアはそっと頷くと席を立って薔薇園を出ようとする。しかし、その時にユーリに腕を掴まれた。
ユーリの指は細い。いや、手も体も凄く細い。それなのにアストレアが振り払うことも出来ないほどの力で握ってくる。いつもと違う彼の纏う空気にそっと身震いをした。
「アストレア嬢……」
立ち上がったユーリはそっとアストレアを後ろから抱きしめる。
彼の吐息が耳に、髪にかかって抱きしめられた腕から息遣いをそのまま感じる。
「ボクはね、キミみたいな強い女の子が好きなんだ。だから、待っているよ。キミがボクの所にやって来るまで。ボクは玉座でキミを待つ」
「ユーリ……?」
振り返ろうとした時、ぱっと彼の手が離される。
「なあんてね~、さあ行きなよ」
「……ええ」
囁かれた耳がこそばゆい感じがして思わず手で触れた。心臓が嫌に鳴っている。キルケの時とは違う鼓動の早さにアストレアはこれ以上いてはいけない気がして、足早に去ろうとする。
“かわいい私のアストレア”
ふいに聞こえてきた直接頭に入ってくるような声に、思わず振り返る。だが、そこにはもうユーリの姿は無かった。
(ユーリの声じゃないわよね……気のせいかしら)
それよりも今はキルケに伝えなければならないことがある。アストレアは転ばないように注意しながら走った。
* *
薔薇園に残ったユーリは小走りになるアストレアの後ろ姿を見つめていた。
「ねえ、マルス」
『何でしょう、我が主』
彼以外、誰もいないはずの空間に突如現れた人物にユーリは微笑みかける。
「アストレア嬢って本当に面白いよね」
『……左様でございますか』
紅蓮の炎を思わせる色の髪と目を持つマルス、と呼ばれた人物は首を傾げる。
「キミだって気が付かないわけないだろ?」
『……』
悪戯っぽくユーリが笑いかけると、マルスは黙り込んだ。
「アストレア嬢……ボクはキミが大好きだ。この学院の中で初めてこんなにも知りたいと思った人物はキミだけだよ」
風が吹く。ユーリの艶やかな金の髪がなびいた。
「キミが来てからボクの退屈だった時間は回り始めた。キミとのこれからが楽しみだよ、アストレア嬢……」
『我が主はお妃にしたいと?』
「それもいいね。顔も可愛いし、性格も好きかな」
『失礼ながら意見を申し上げさせて頂きますと、あのご令嬢は我が主の事は眼中にないと思われますが』
マルスの言葉にユーリは頬を膨らませて怒ったフリをする。ぷっとふき出すと美しい笑みを浮かべて言った。
「そうだとしても、ボクを見るしか出来なくしてあげるだけだよ」
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一章は次回から展開が動き始める予定です!




