武道委員会
キルケと共に武道委員会の委員長室にやって来ると、すぐに委員長を呼んでくると言われた。言われた通り、椅子に座って出された紅茶に手をつけていると、どこからか口論の声が聞こえてくる。
委員長室の奥の扉から長身の黒髪で青い瞳をした男性と、鮮やかな赤い色の髪を紐で束ね黄色い瞳を鋭く光らせながら言い合いをしている生徒がいた。
「いい加減にしないか、ロラン! 校内でナンパをするな、と何度言えば分かる!!」
赤い髪の生徒が黒髪の飄々とした態度の生徒に食ってかかるように怒鳴る。しかし、相手は全く気にすることなく、むしろ面白そうに目の前の生徒を見下ろすだけだ。
「フェデルタは分かってないなぁ、オレ様がナンパしたんじゃなくて、相手から来たわけよ」
「だったらなぜ、我が委員会に苦情が来るのだ!」
「さあ? 振られたのがショックでその腹いせなんだろ。って、カワイ子ちゃん発見!」
2人の口論を黙って見ていたアストレアの方に気付いたロランと呼ばれた男性が、一瞬で距離を縮めてくる。そっと彼女の手を取り、膝を床につけ上目使いで見つめる。
「え、えっと……」
「初めまして、オレはロラン・ド・ブルターニュ。美しい姫君よ、今夜オレとぉおおおぶ!」
彼が最後まで言い切らないうちに、ロランと口論をしていた生徒が彼の脳天に剣の柄を押し付けていた。
「失礼した。ワタシは武道委員、副委員長を務めているフェデルタだ。そして、そこで悶絶しているゴミは同じく副委員長のロラン。以後お見知りおきを」
「ゴミって……言うな……てか、フェデルタ……オマエ、下痢ツボ押すのは止めろ……。明日、オレ様が下痢になったらどうするんだ……」
「知るか。自業自得だろう」
目の前で繰り広げられる光景に、自己紹介をする機会を失うアストレアとキルケは2人見合って唖然とした。
「おい、お前らまた喧嘩か? 客人の前で大人しく出来ないのか」
先程までロランを剣の鞘で殴っていたフェデルタが彼を見た瞬間、姿勢を伸ばす。奥から出てきたのは、どうやら委員長らしき人物だった。
「すまないな、こいつらが……。俺は武道委員の委員長、アレスだ。図書委員がどういう用件でここへ?」
「あの、わたし達“青空教室”って言って貧民街の子供達に読み書きを教える校外活動を行っているんです」
アストレア達の前に座ったアレスに、フェデルタが淹れたての紅茶を差し出す。
「へえ、図書委員がそんな校外活動を」
アレスは感心したように頷いた。後ろで控えているフェデルタも興味深そうにアストレアの言葉を聞いている。
「しかし、この間、学院の何者かに荒らされたんです。それで現場にこれが……」
キルケが差し出した獅子の紋章を受け取ると、アレスの表情が強張った。それを後ろから覗き込むようにして確認したフェデルタも驚きを隠せない。
「これは確かに武道委員会の紋章だ……だが、どうしてこれが?」
「それを知りにわたし達はやって参りました」
アストレアが真っ直ぐとアレスを見据える。そんな中、フェデルタの攻撃からいつの間にか立ち直っていたロランがアストレアの肩を抱き寄せながら紋章を指差す。ぐっと近くなった彼との距離にアストレアは身をよじるも、相手は男性だ。アストレアがどれほど離れようとしてもビクともしなかった。
「ねえ、姫君。本当にこれ、現場に落ちていたの? 姫君達の策略じゃなく?」
ロランの言い分は予測出来ていた。図書委員が何かしらの手段で武道委員会の紋章を盗み出し、自分達で青空教室を壊してそこにあったと嘘をつく。
そうすれば、武道委員会を生徒会に訴えることが出来るし、武道委員会は図書委員に対し不平等な条約を結ばされる可能性だってあるのだ。
そう言いたげなロランの顔を見上げて直視し返す。ここで動揺してしまえば、変に疑われてしまう。
「いいえ。わたし達が武道委員会を敵に回すような、そんな危険なことはしません。万が一、武道委員会を陥れようとわたし達が自作自演をした所で生徒会にバレてしまえば、それを理由に傘下に入れられてしまうかもしれません。今、生徒会にきっかけを与えるわけにはいきません」
アストレアの返答に肩を抱いたまま、ロランは賛同した。
「そうだな、姫君の言う通りだぜ。図書委員は学院で最も弱い委員会なんだからなぁ。生徒会の傘下に入れ、って言われているくらいだろ? それを序列2位の武道委員と渡り合おうなんてそんな難しい話にはしないよなぁ」
「口を慎め、ロラン」
「はいはい、フェデルタさんよ」
ロランはそう言うと、アストレアの髪をいじりだす。居心地が悪くなっていると、キルケがロランの手を掴み離してくれた。
「アストレア嬢に触れないでくれませんか、ロラン先輩」
「おっと、姫君には騎士さんがいたか……」
手をひらひらさせてアレスの後ろへ移動するロランを、じっとキルケが睨みつけていた。
「アレス様、ロランを縛りましょうか?」
どこからともなく、縄を手に持ったフェデルタがアレスに指示を仰ぐ。
「げえっ、てめえ何て物騒なモン持ってんだ!!」
「ああ、フェデルタやってしまえ。……話がズレてすまない、確かにこの紋章は武道委員のものだ。だが、俺達はやっていない。そうは言ってもお前達からすれば、俺の言う事なんぞ信憑性がないだろう。だからそれを証明するために、という意味合いを含めて俺達は俺達で内部犯を探しておくよ。もし、何かあったらすぐに連絡しよう」
アレスはそう言うと、アストレア達に握手を求める。これが委員会同士の口約束の際のしきたりだ。アレスにお礼を言い、部屋を出た。ふと、フェデルタの怒声とロランの悲鳴が聞こえてきた気がしたが、知らぬふりをしてその場を足早に去る。
「これからどうすればいいんだろう……」
キルケの言葉にアストレアもどう返答していいか迷う。
生徒会の許可が取り消された以上、校外活動を行うことは出来ない。実技大会は開催まで数週間あり、即座に出来る活動でもなかった。しかし、図書塔の蔵書整理を行うだけでは、今以上に生徒会から傘下に入るように圧力がかかるのは明白でもある。
考えているうちに足は自然といつもの場所へと向かっていく。そんな中、廊下の向こう側から見慣れた生徒の姿が目に入った。
癖のある金髪に特徴的なそばかす。そして、傍らには震えながら彼に絡まれているフレイの姿があった。大人しいフレイをいじめていたコーネリアス達だ。
向こうもこちらの姿が見えていたらしく、擦れ違う際に嫌な笑顔を浮かべてこちらに話しかけてくる。
「おやおや、最弱委員じゃないか。校外で読み書きを教えるだなんて、悪あがきをせずにさっさと生徒会の傘下に入った方が良いんじゃないか? どうせ、構成員は増えていないだろうしな」
コーネリアスがアストレアとキルケの姿を見た瞬間、意地の悪そうな笑みを浮かべて嘲笑ってくる。彼の取り巻きがまた、フレイを小突きながら後ろをついていく。
「またあなた達……いい加減にしなさいよ!」
「おい、僕に指図をするな。行こうぜ」
コーネリアスは彼女を一瞥すると、取り巻き達と共にその場を去る。
彼らの後ろ姿を見てキルケの言葉を思い出す。
コーネリアスの奴隷となってしまったフレイは、どんなに辛いことだろう。同じ学院で身も休まることなく毎日を過ごしているのだろうか。この学院では少なくとも身分なんて関係なく、勉強に励むことが出来るというのに。
彼はどんなに心苦しい思いをしているのだろうか。そう考えれば考えるほど、自分に出来ることは何なのか、アストレアは考える。
フレイが今も辛い思いをしているのに『きっかけ』が無いと動けない。
しかし、どうやって作ればいいのかも分からない。
悩んだアストレアは図書塔へ向かおうとするキルケの背中に一声かけ、方向を変えた。
(彼なら……何か教えてくれるかもしれない)
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