委員会の掟
結局、その日1日の授業の内容は頭に入って来なかった。ため息をつきながら図書塔へ向かうとキルケが先に来ていて、書架から手に取った本を読んでいる。
「あっ、キルケ」
声を掛けると読んでいた本から視線をずらし、笑みを浮かべた。
今日は彼と一緒に青空教室を行う日だ。
「アストレア嬢……あのさ、青空教室へ向かう前にこの学院の委員会の規則について少し話しておきたいことがあるんだ」
真剣な声音に思わずコーネリアス達のことを思い出す。
おそらく、彼が言おうとしているのはその事と関係があるに違いない。
アストレアは力強く頷くとキルケの方へ近寄った。
「今日……コーネリアス先輩にいじめられていたフレイって子……おそらく彼は奴隷なんだと思う」
奴隷。
その言葉にぞっとした。アストレアの出身国、ユーリエフでは未だに奴隷制度がある領地が存在する。同じ人間なのに持つ権利は同じはずなのに、どうして優劣がつけられるのかずっと不思議でたまらなかった。幸い、奴隷制度を歓迎する考え方を持つ貴族とは交流が少なかったおかげで嫌な部分を見ずに済んでいたのだが、この学院でそうした問題に直面するとは夢にも思っていなかった。
「昔、僕等がこの学院に入るよりもずっと昔のことなんだけど。その時はまだ、今みたいに生徒会だけに権力が集中せず、どの委員会にも権力が分散されていた時代にあった闇の制度なんだ」
淡々とキルケは語る。
今のこの学院には、権力争いをしていく中で幾つか委員会がしてはいけない禁止事項が存在するという。そのうちの1つに“人を傷付けてはならない”という事項が含まれている。それが出来上がった原因でもある事件がその時代に起こったそうだ。
貴族の子弟が多いこの学院では、どうしても家柄があまり良くない生徒が餌食になってしまう。それは、憂さ晴らしであったり自分の力を誇示するためであったりと理由は様々ではあるが、没落貴族の子息、平民などは特に狙われやすかった。
暴力、恐喝、そして相手が女性の場合、時には強引に関係を迫ることもあったという。そうした行動の標的になった人物を“奴隷”と呼び、幾つかの委員会では黙認されていたらしい。そして“奴隷”が許される委員会の陰の掟を“奴隷制度”と当時の生徒達は呼んでいた。
そんな中、1人の奴隷が奴隷制度を苦に自殺してしまう事件があった。それ以来、どの委員会でも奴隷制度は禁止され、行った人物には厳しい処罰が下される。
だが、どうにも綻びというものは出てしまうらしく、今回のそれがまさにフレイの“奴隷制度”だとキルケは語った。
コーネリアスの場合、彼の家は豪商トレモイユ家だそうで爵位は持っていない。だからこそ、キルケの“貴族ではない”という発言に言葉を返せなかったのだろう。
しかし、爵位は持たないと言っても豪商トレモイユの名は伊達ではなく、純粋に権力を見るなら子爵クラスだという。つまり、没落貴族や爵位の低い貴族は彼に逆らえない。
そうなって来ると、フレイは彼よりも権力の低い貴族階級出身か、特待生として入学した平民か、そのどちらかだろうとキルケは言った。
「仮にそうだとして彼らが所属している武道委員会はもちろん奴隷制度を禁止しているのでしょう? 委員長は見て見ぬふりなのかしら」
「おそらく知らないんだろう」
「知らない?」
「武道委員会には今、保守派と革新派の2つの派閥に分かれているんだ。革新派は、古くからのしきたりの多い今の武道委員の規約を変えようとする一派で、古くからのしきたりを守ろうとしているのが保守派だ。委員長であるアレス先輩は保守派なんだけど、コーネリアス先輩が革新派を率いているんだ」
つまり、コーネリアスは自分達と対立する一派でもあり、委員長のアレスの弱みを握って優位に立とうとするためにフレイを使おうとしていたのだろうか。
『アレスについて探りを入れて来たのか?』という言葉には、そう解釈できるものがある。
そう考えれば考えるほどアストレアは彼に対する怒りが湧き上がってくる。
内部分裂などは部外者であるアストレアが関与する問題ではないが、少なくともフレイが無理矢理コーネリアスに派閥闘争に巻き込まれかけているのが許せない。
(でも……だからと言って簡単に武道委員会に告げるわけにはいかないのよね)
図書委員と武道委員との繋がりは皆無と言っていい。同盟も条約も結んでいない仲で、いきなりアストレアが奴隷制度があると忠告しに行っても、相手にされないか下手をすれば何かの策略ではないのかと疑心暗鬼にさせてしまうだろう。
穏便にどうにか解決が出来れば良いのだが、何しろきっかけがない。
唸りながら悩むアストレアに、キルケが苦笑しながら青空教室へ行こうと言う。
ここで考えても仕方ないと自分に言い聞かせて、気合いを入れる為に頬を叩いた。赤くなった頬をさすりながら、アストレアはいつもの場所で待っているだろう教え子達の顔を浮かべながら図書塔を出た。
しかし、この後、最悪の形で“きっかけ”が訪れることをまだ彼女は知らない。
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