不穏な気配①
「あー、今日はキルケ兄ちゃんのカノジョが先生なんだなー!」
「センセー、いつケッコンするのー?」
「はいはい、恋人でもないし、結婚もしないわよ。それより前回やったところを復習するから、わたしの後に続いてね」
キルケが作ってくれた黒板にアストレアは、学院から借りてきたチョークで文字を書いていく。
読み書きを教えるために使っているこの場所には、壁も屋根もないので、雨の日や風が強い日は出来ない。晴れた日にしか行わないのでいつしか“青空教室”と呼ぶようになった。青空教室の生徒ははじめ、キルケの友人バリンしかいなかったが、真面目に受けているバリンを見て興味を持った他の子供たちも参加するようになってきた。
今では4,5人の子供たちが集まっている。随分と賑やかになった青空教室では、キルケとアストレアが先生となって彼らに読み書きを教えた。それ以外にも、魔法が得意なアストレアは魔法学の入門を、剣が得意なキルケは木の棒を使って剣術を教えていた。子供たちを触れ合う時間はとても新鮮で、学院の授業とはまた違った面白さがある。少しずつ、賛同者が増えれば良いと思っていた。
お互いどちらかがどうしても都合が合わない場合は、予定が空いている方が先生をしている。
段々と子供たちと接していくうちに慣れてきて、今では子供たちのそんな冷やかしも、真に受けることなく聞き流すまでに成長したとアストレアは思っていた。
「でもさ、お姉ちゃん。キルケ兄ちゃん、お姉ちゃんのこと褒めていたよ」
ふと、バリンが手を挙げて言った。この青空教室では、他の学院と同じように答える時、意見を言う時は手を挙げてから発言するように言っている。初めの頃は、みんな言いたい放題で大合唱みたいになり収拾がつかなかったからだ。
「え、ええ、何て言っていたの?」
バリンの言葉に思わず動揺するアストレア。別に動揺することなんて無いはずなのに、と思いながらも心臓は正直に鼓動する。
最近はどんな些細なことでもキルケに関して胸が脈打つようになっていた。
「お姉ちゃんはとっても優しくて、正義感溢れる人だって」
バリンはそう満面の笑みを浮かべて言う。しかし、アストレアは気持ちを子供たちの前で隠そうと興味のない振りをする。彼らに弱みを握られたら散々からかわれた挙句、キルケに言われるからだ。
「そ、そうなの……」
「あ、お姉ちゃん顔赤いよー!」
「ほんとだー、りんごみたーい」
「こら、みんな騒がない! 授業を始めるよ」
図書塔から持って来た、使い古された随分昔の読み書きの教科書を広げながらアストレアはバリン達に授業を進める。
黒板とチョークがぶつかる音が響く中、アストレアは何かが違うと本能が告げているような気がした。誰かからの視線を何となく感じた気がして、後ろを振り返る。
しかし、目の前にいるのはバリン達だけだ。気のせいかもしれない、とアストレアは自分に言い聞かせ、授業に集中しようとする。
(きっと気のせいだわ……ちょっと過敏になっているだけよ)
アストレアは自分にそう言い聞かせ、敏感な生徒達に見透かされないように笑顔を浮かべた。
*
青空教室を始めて数日が経ったある日。運悪く、朝からずっと雨が降っているせいで今日の授業は中止になった。アストレアは寮の門限まで図書委員の仕事をしようと、扉を開ける。図書委員の仕事は主に図書塔の管理だ。この学院の委員会にはそれぞれ持ち場があり、持ち場の管理をすることが第一の仕事なのだ。それをしなければ、校内外問わず活動をすることが認められない。
アストレア達は最も弱小なので持ち場の管理を他の委員会以上にきっちりこなしておかないと、生徒会に睨まれるのである。それを避けるためにも、毎日キルケと2人で或いは交代制で図書塔を掃除したり、書架を整理したりしているのだ。
そんな中でも、まず図書塔にやってきて行うのはポストの確認だ。ポストというのは、他の委員会からの文書が入っていることがあるため、まめに確認することが必要になってくる。極稀に生徒達からの意見が書かれた紙も入っていることもあるため、ポストは来る度に確認していた。
普段は図書塔に来る人自体、少ない為ポストの中身はない事が多いのだが今回は違った。真っ白な紙に差し出し人も書かれていない手紙が入っていたのだ。
もしかしたら生徒達からの意見が書かれているかもしれない、とアストレアが中身を見るとそこには乱雑な字でこう書かれていた。
『早く降伏しなければお前らの大事な物を壊す』
降伏しろ、というのは生徒会の傘下に入れということだろう。
つまり、これを書いたのは生徒会なのだろうか。そうだとしたらこんな卑怯なことが許されるはずがない。アストレアは沸々と湧き上がる怒りを感じた。
「アストレア嬢早いね」
タイミング良くキルケが図書塔にやって来た。アストレアは慌ててポストに入っていた手紙をキルケに渡した。彼はじっと文面を見ていたが、やがてそっと口を開く。
「もしかしたら、委員長の君が狙われる可能性があるかもしれない」
「でも、ここにはお前らのって書かれているわ。わたしが狙われるとはまだ……」
「そうかもしれないけど、校外学習で実際に君は狙われただろう? これから何が君に降りかかるか分からないんだ。これから僕が一緒に居るようにするから、単独行動は控えて欲しい」
真剣な眼差しでそう言われ、アストレアは頷くしかなかった。同時に心の隅でどんな理由でもキルケと共にいられる時間が増えることに喜んでいる自分がいたことに気付く。
恥ずかしくなって体中が熱くなる。キルケに悟られないようにアストレアは黙々と書架の整理に取りかかった。
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