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1、開幕

人里離れた山に寂れた小さな聖堂がひとつ。

聖堂の中は質素たるもので、あるのは慈悲深い笑みを浮かべている女神を模して造られた像。

その像を1人の黒髪の男が祈るわけでもなく、ボーと眺めていた。


「準備はできたか、ジロー」


男、山田 次郎は背後から言葉をかけられ、後ろを振り向く。


背後に立っていたのは一人の美女。

鍛練によりひ引き締められスレンダーな身体に、頭の後ろで纏められた金の色を放つ長髪。

凛々しい瞳にはどこか悲しみの色が窺える。


姫騎士、リリアーネ・クロイツ。

魔王を倒すべく、3年間共に旅した大事な仲間だ。

マジもんの第二王女で美人だが、一騎当千の力となる。

旅の最中も何度助けられた事か。


俺はリリー(リリアーネの愛称だ)の顔を見て、苦笑しながら答える。


「おいおい、そんな顔をしかめんなよ。折角の綺麗な顔が台無しだぞ」


「ば、馬鹿者!最後くらい真面目に出来んのか!」


「ハハハ、すまんすまん」


俺の言葉にリリーは顔を微かに赤らめそっぽを向いてしまった。

しかし、「最後」………か

このやり取りも最後となると寂しいもんだな。


今の自分の格好を改めて確認する。

俺が通っていた高校の制服上下セットに学生鞄。

3年前ここに来たときの姿だ。

だが、よくよく見るとズボンの丈が足りない。

時間の経過をありありと感じさせられる。


そんな事を思いつつ、学生鞄とは別に用意しておいたバッグを背負う。

大きなバックはパンパンになり、この世界の土産品やら荷物で満たされている。

大勢の人から感謝のお礼にと半強制的に渡された品々、思い出の品、酒に食い物など。

これでも厳選し減らしてこれだ。


後は魔方陣の所まで移動するだけなのだが、


「……おい、何やっているんだ」


次郎は不意に独り言を発した。いや、己が背負っているバックに向けて言葉を発した。


次郎が問いかけ、しばし待つが返答はない。

次郎はため息を吐き、バッグを地べたに優しく降ろす。

そして、バッグを開けると


「かくれんぼのつもりか、セーラ」


「…………ちッ」


バッグの中には俺が良く知っている幼女が入っていた。

彼女の名前はセーラ・フローダ。

エメラルド色をした髪の天辺からアホ毛がぴょんと跳ねている。


見た目は小学生だが、こんな成りでも俺より2歳も歳上だ。

セーラの御先祖にはエルフがいたらしく、セーラは特にエルフの血が強く出たようだ。先祖帰りと言う奴らしい。

こんなチンチクリンだが魔法のスペシャリストで、魔王討伐の旅を共にした仲間だ。


「……違う。私は高等自立型ゴーレムのセーラⅡ号」


「いや、どう見てもセーラだろ、さっき舌打ちしたし。ってか、何故にⅡ号?Ⅰ号でいいだろ、そこは」


「……Ⅰ号は闘いの末、爆ぜた」


「無駄に壮大だな、おい!一体、Ⅰ号に何があった」


Ⅰ号の話も気になるが、今はそれは置いておこう。

俺はセーラの脇の下に手を入れ、バッグから引っこ抜く。


「……ケプッ」


「…………………」


俺に持ち上げられているセーラは満足そうな顔をし、可愛らしいゲップをする。

気のせいか、いつもに比べて重い気がする。

そういえば、このバックはセーラが入る余地の無いほどパンパンだったはず。

この空いた分は何処にいったんだ。


そう疑問に思いセーラと目を合わせると、当の本人はおもむろにサムズアップし、


「……美味しかった。ご馳走さま」


「セーラ、テメェ!俺が楽しみに取っといた食い物をかってに食いやがったな!」


「ああ~」


楽しみを取られた次郎はブンブンとセーラを振り回す。

だが、それは長く続かず、リリーが次郎からひょいとセーラを取り上げた。


「全く……お前達はどうして毎度騒がしくなるのだ」


「そーだ、そーだ」


「セーラもだ!」


リリーはセーラをネコのように首根っこを掴みながら、俺らに注意する。

これはいつもの如く説教かなと焦ったが、リリーは怒っていた顔から転じてセーラに諭すよう話しかけた。


「セーラ。気持ちは分かるが、あまりジローに迷惑をかけてはならない」


「……分かってる」


セーラはリリーの言葉に顔をしかめ、まるで自分に言い聞かせるように返答する。


セーラは幼くして魔法の才が開花し〈賢者〉と呼ばれる程に天才であり、―――――それ故に孤独であった。

セーラは孤児で親の愛を知らず、周りの人間からの畏怖、嫉妬、不信など負の感情がブレンドされた視線に日夜晒されていた。


だが、勇者召喚で呼びだされた次郎と接っし、セーラは変わった。

笑うことを知り、友達の作り方を知り、そして人の温かさを知った。


次郎も自分が帰ってしまうことで、出会った頃の機械のような無表情に戻ってしまうのではと懸念した。

そんな次郎の顔を見て、リリーは次郎に言葉を送る。


「大丈夫だ、私がいる。心配するな」


次郎はリリーの言葉を聞いて一瞬驚いた表情になるが、すぐに笑みを浮かべる。


「ありがとな、リリー」


「感謝など必要ない。では、行くぞ」


リリーはセーラを降ろし、聖堂の奥へと進んだ。

次郎は少し軽くなったバックを背負い、後を追った。









聖堂の奥には限られた者のみが知る、隠された部屋があった。

部屋には侵入を防ぐための封印魔法が常に厳重に掛けられているが、今はその魔法が解かれている。


次郎達がその部屋に入ると、黒の修道服を着たシスターが一人、手を合わせ神に祈りを捧げていた。

シスターは次郎達が来たのに気づいたのか、顔をあげる。


「待ってたわよ、ジロー君。既にミハナ様に確認も取ってあるわ」


〈聖女〉エレナ・モラレス。

おっとりとした性格だが、怒らせたら半端なく怖い。

そして、何より色々とデカイ。

伸長は俺よりも高く178cm、女の象徴たる胸は修道服を極限まで押し上げ存在を主張している。

擬音で例えるなら、ボン・キュッ・ボンだ。

因みに俺達の中で一番の年長者であるのは確かだが、詳しい年齢は知らない。聞いたら何故か目が1ミクロン足りとも笑っていない笑顔を返された。マジで怖かった。


彼女が聖女と呼ばれる由縁は、最上級回復魔法が使える――――からではない。

その最たる理由は、


「ミハナ様が言うには、魔方陣に乗れば自動的に発動するですって」


そう、エレナ・モナレスは神の声を聞くことができる。

勇者召喚が成功したのも、神託を授かれるエレナがいたからでこそあろう。

因みにミハナ様とは神様(女神)のことだ。


エレナは魔方陣の説明の後、女神ミハナの伝言を次郎に告げる。


「それと、ミハナ様がジロー君に『ありがとう、ごめんなさい』と言っていたわ」


「そうか。ミハナ様には、気にすんなって言っておいてくれ」


(ごめんなさい、ね……)


女神からの伝言に次郎は目を閉じ、これまでの出来事を思い返す


次郎は異世界に飛ばされた当初、女神の事を少なからず恨んでいた。

だが、今ではその感情は殆ど無い。むしろ、感謝すらしている。

この3年間で得られた物は数知れず、そして何より大切な仲間もできた。


過去を振り返った次郎の口からは、自然とその言葉が出ていた。


「こっちこそありがとな、お前ら」


心からの感謝。

その感謝に3人は満面の笑みを浮かべ心底嬉しそうで、―――そして涙を堪え哀しそうな顔で次郎に別れを告げた。


「さらばだ、ジロー」


「……じゃあね。今までありがとう」


「ジロー君、あっちでも元気でね」


3人の言葉を受け、別れを惜しみながらも次郎は複雑な魔方陣の中央に進む。

そして、後ろに振り向いて言葉を贈った。



「運が良けりゃ、また会おうぜ。達者でな!」




その言葉を最後に次郎は盛大な光に包まれ、地球へと帰還した。




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異世界『フォルミナ』

モンスターが存在し、剣と魔法のファンタジー満載の地球とは別の世界。

その世界には、大まかに分けると魔族と人族の勢力が存在した。

しかし、ある時、人族は突如出現した脅威に脅かされることとなる。

魔族側の勢力に『魔王』と名乗る者が現れたのだ。

『魔王』はバラバラであった魔族達を統率し、人族の国へと徐々に進軍を開始した。

戦いは熾烈を極め、拮抗状態からじわじわと人族は圧されていった。

窮地に立たされた人族。

だが、苦難の末に人族はある対抗策を生み出した。


『勇者召喚』


人族の神に祈り、別の世界から莫大な力を持つ者をフォルミナに呼び出す。

そして、その計画は成功し、フォルミナに勇者が降り立った。

始めは戦闘の「せ」の字も知らない勇者であったが、瞬く間に力を身に付け成長し、3人の仲間、〈姫騎士〉〈賢者〉〈聖女〉と共に3年と長い年月をかけ、見事魔王を討伐しましたとさ。



この物語はここまで。

つまりは過去にあった、既に終わったお話だ。

めでたし、めでたしだ。


さて、皆さんも疑問に思っているだろう。

何故に、長々と、こんな終わった話をしているのかと。


理由は簡単、これから語り始める物語に関係するからだ。

実はその物語の勇者、その物語の主人公が彼、高校への入学式に向かっている途中に光に包まれたと思ったら、異世界に召喚されてしまった山田 次郎なのだ。






では、皆様、長らくお待たせしました。

今からお聞かせするのは綴られなかった物語の後の話。



それでは、はじまりはじまり



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