第二章 炎上はどこで起きているか
この山荘で、二件目の殺人事件が起きた。
一月十六日、午後六時四十五分。
夕食が終わった頃を見計らい、厨房から黒井警部が姿を見せた。オーナー夫妻、香山さんも続く。
……ひとり、足りない。
その事には僕たち宿泊客達も気づいていて、まさか、という憶測を無言で打ち消し合うしか出来なかった。
けれど、この状況は……
オーナーの後ろに居た香山さんが、誰をという事はなく激しい表情で僕達を見返した。
思わずドキリとする。
泣き腫らしたように彼女の目は赤く――そして不思議な色をしていた。ブルーとグリーンの絵の具を混ぜたような。今は、そんな事に気を取られている場合ではないというのに。
「皆さん、既にお気づきかと思いますが」
そんな僕の思考を遮断するように、渋面を作った黒井警部が口を開いた。
一同が、まばたきもせず聞き入る。
ああ。やはり。
被害者は、スタッフの村上梓さんだという。
命からがらこの山荘へ辿りついた僕を、彼女は暖かな笑顔で出迎えてくれた。
妹とも年の近いであろう彼女が。殺人事件の話を聞いて、誰よりも怯えていた彼女が。
『村上さん、でしたっけ。大丈夫かな……心配ですね』
『部屋に居れば安心だろうとか、それはホラー映画なんかでよくある死亡フラグだと思うけど』
数時間前の、自分の言葉がいかに無責任なものであったか。ぐるぐると胸の中を巡る。
ただでさえ、先ほど部屋に差し込まれていた「誰にも言えないメモ」で、この体は震えているというのに。
堀口さん……あの人が、取引相手。
ちらりと視線を投げかけるが、彼は気づきもしない風で警部さんを見据えていた。
「彼女は本日午後一時二十分頃、ここにいる香山理沙さんに伴われて従業員の私室に行きました。 村上さんは事件のショックが相当大きかったようです。酷く怯えていたのは皆さんもよくご承知でしょう」
黒井警部の状況説明が始まり、僕も気を取り直して話を聞く。
もう、僕の頭の中はグチャグチャで、悲しむことに集中できない事が、酷く申し訳ない。
「香山さんが午後二時すぎまで部屋にいて見守っていたのですが、村上さんが熟睡したようなので仕事に戻ったとのことです。そうですね理沙さん?」
「はい……。私たちの部屋にはお風呂がありません。 それでお客様の利用が少ない時間帯で入浴を済ませようと思い、午後四時までお風呂の清掃と入浴を済ませて、それから娯楽室のお掃除をしました。
そのあと、午後五時五十五分頃、センパイの様子を見に部屋に戻ったら……」
説明の途中で、香山さんの目から突然大粒の涙があふれ出した。それでも彼女は唇を噛みしめるように、ただ無言で悲しみに耐えている。
「警部。無理ですよ! もう少し落ち着いてからにしてもらえませんか!」
「いえ、大丈夫です。私は犯人が憎い、だから負けませんっ」
また、あの目だ。香山さんは、真奈さんから差しだされたハンカチで涙を拭いながら、強い眼差しで黒井警部に訴える。
「じゃあ、ゆっくりでいいから続けてくれるかな?」
こういう状況には慣れているのだろう。感情を昂ぶらせる香山さんへ、黒井警部は落ち着いた声で続きを促す。香山さんは、静かに頷くと話を再開した。
「部屋の鍵は、私が出る時に間違いなくかけました。でも、戻ったら差し込んだ鍵に手ごたえがなくて何か嫌な予感がしたの。それで慌ててセンパイのベッドに駆け寄りました。……そしたら……っ」
「私はちょうどトイレを使っていた。悲鳴を聞いて部屋に駆け込むと彼女はベッドの前で呆然としていて、村上さんはすでに息がありませんでした。田村夫妻が来られたので夫人に彼女を委ね、私は現場の検証を続けました」
よく頑張った、黒井警部はそんな風に香山さんの細い背を優しくさすり、言葉を引き継ぐ。
「村上さんはベッドの上に仰向けで亡くなられていました。手による絞殺で、痣の大きさからみて犯人は男であろうと思います。布団はかけられていましたが衣服に若干の乱れがありました。 争ったためか犯行後かはわかりません」
犯人は……男。やはり、今までと同一犯なのだろうか。
「犯人は昼間の話で村上さんが自室で休むことを知りチャンスだと思ったのでしょうな。鍵がかかっていたのに侵入できたのは謎ですが、この手の物理的な鍵は裏市場に出回っている器具を使えば簡単に開けることができます」
鍵といえば、ここはオートロックではなく、昔ながらの外鍵だ。たぶん、スペアキーは事務室あたりに保管されているのだと思う。忍び込んで持ち去る、なんてオーナー達の目が離れている時にしかできないことだし、鍵さえかけておけば部屋は安全だと僕は思いこんでいた。
裏市場に出回っている器具か。空き巣が使うという、ピッキングの用具かな。まさか、そんなものを持ち込んでいる人間が、この山荘内にいるとは考えていなかった。
僕の荷物は無事なのだろうか……。黒井警部の話を聞いて、心配の方向がズレる。
「今回は理沙さんが外から施錠したためチェーンキーがかかってなかった。それで犯人は……おっと」
言いかけて黒井警部は口を閉ざした。香山さんの気持ちを慮ってのことか。彼女は両手を強く握りしめ、涙をこらえている。
「いずれにしても犯行は、午後二時過ぎから午後六時前のおよそ四時間ということです。 犯人は凶悪非道の男です。村上さんのような善良な娘さんを……。ご遺体はオーナーに協力してもらい二号室に安置しています。 あの部屋なら損傷が免れますから……。さて、皆さん……。お話しいただけますかな」
悲しみと怒り、そして戸惑いが食堂内に鎮座する。
「……私と……妻は午後四時まで事務室で仕事をしていました。その後は、夕食の準備のため厨房に」
オーナーが、悲壮な表情で語りはじめる。シェフを目指しているのだという村上さんは、師としてオーナーを慕っていたらしいから、この一件の与える衝撃は今までの比ではないはずだ。その点では、先に宿泊客が被害に遭ったということも、彼にとっては対岸の火事だったのかもしれない。
「……あ、はい……。……わたしは……」
真奈さんは蒼白な顔をして震えている。オーナーに続いて証言をしようとしたところで、良人であるオーナーが守るように肩を抱き寄せた。
「警部、大変申し上げにくいのですが一つお聞きしたいことが……」
「なんでしょう?」
真奈さんを抱きとめたまま、オーナーは黒井警部へ言いにくそうに質問を投じた。
「……昨日殺された女性の衣服は、乱れていたのですか」
「ああ、そういう意味ですか……。まったく乱れはありません。乱暴された形跡はありませんでした」
「ということは、梓は……大丈夫と考えてよいですね?」
「それは私にはわかりません。ただ彼女の着衣はあきらかに……、いや、この場ではよしましょう……。個人の名誉にもかかわる事です」
それは、つまり……そういう事だ。
オーナーは歯を食いしばり、顔を反らす。僕たちもまた、暗澹たる気持ちになる。
冷え切っていた場の空気に、形容しがたい吹雪が荒ぶ。
「……ですから……今回の事件は、連続絞殺魔の犯行だとは言い切れぬのです。むろんその可能性は今も大ですが、もしかしたら今回の事件にかこつけて何者かが梓さんを襲ったとも考えられます。絞殺魔がいることは間違いありませんが、同一犯と断定するのは危険です」
頭が痛い。頭痛薬では治らない類の痛みだ。
「一つの可能性ですが、犯人は寝込んでいる梓さんにいたずらしようとしたのかもしれません。梓さんは熟年の私から見てもなかなか魅力的な女性でした。ちょっとした出来心で室内に侵入したが、騒がれそうになったので思わず首を絞めた。そういうこともあり得ますな」
絞殺魔に見せかけて、か……。そんな可能性に可能性を重ねた推論を立てても、解決は遠のくばかりのような気もするが、全てを断定的に進めるのも危険だろう。
「私自身は午後四時まで食堂にいて山田さんを確認しています。その後、六時までは娯楽室で高嶋さんとご一緒しました。清掃中の理沙さんも同時刻に確認しています。娯楽室では、高嶋さんとゲームをしていました。いやあ、世の中には面白いものがあるものですなあ。思わず夢中になってしまいましたよ。
……おっとこれはいかん。不謹慎ですな」
うん、確かにあの時の警部さんは、子供のようにゲームに熱中していたな……。
思わず、遠巻きに眺めていた香山さんが苦笑していた。そんな、穏やかな時間が今では嘘のようだ。
「刑事生活三十年の私も、これほど残酷な犯人を知りません。村上さんは二十一歳。シェフになることを夢見る善良な女性でした。そんな彼女をいったい誰が殺めたのか……。今度こそ、はっきりさせねばならない。午後二時から午後四時の所在について、各自お答え願いたい!」
気を取り直すように、黒井警部が声を張り上げた。
誰もが言葉を失っている中、僕が顔を上げる。唇をきゅっと引き絞り、腹に力を入れる。
それでも、いざ口を開けば声は情けなく震えるしかなかった。
「は、はは……村上さんが……。そんなまさか、今朝まで普通に……。夢じゃないんですよね、全部、本当に……」
僕からは、事件に関するような出来事は何もない。あの、謎のメモ以外は……。
「昼過ぎからは、オーナーの言葉に甘えて入浴させてもらいました。……ふふ。なんだかんだ言ってた、堀口さんもご一緒でしたよ。それから、松村さんも。スキー場の話とか、天候とか、他愛もない会話をしました」
その後の娯楽室でのことは、先に黒井警部が話してくれている。
簡潔にアリバイ証言を終え、僕は深く息をつく。
そして、こちらをチラリとも見ない堀口さんを、見た。
眼鏡のフレームの向こう、冷淡な瞳は何も語らない。あのメモは、本当に「取引」を指しているのだろうか。
暗号など無関係で、彼が殺人犯……? メッセージは、取引と無関係の罠?
いや、それはない。ないはずだ。呼び出されてまで殺されるいわれはない。
山崎さん、村上さん、共に「部屋に侵入されて」の殺害だった。同一犯ではないにしろ、「そう見せかける」必要があるのは、この山荘自体が現在は小さな密室の様なものだから。
被害者が出る分、犯人は残された生存者へと絞られる。連続絞殺魔であれ、単発的な殺人であれ、手口は似通ったものになるはずだ。
動くしかない。僕は、動くしかないんだ。もしかして、なんて可能性に震えている余裕はない。
真綾。真綾。
お兄ちゃんは、とんでもない場所に来てしまったみたいだ。
真綾は無事か? ……無事だな? 取引のメモは来た。鞄も無事だ。
まずは取引を完了させる。鞄を守る。そして生きて、山荘を出る。
当初の話では、今日中に重沢高原ホテルへ行かなくてはならないハズだったが、取引相手の時間指定が今夜となっている。天候のせいで、変更を余儀なくされたのだろう。そうであれば時間としても余裕ができる。
願わくは――……
誤認逮捕されませんように。連続犯に殺されませんように。
もう誰も、殺されませんように。
「自分の午後の行動ですが、昼の話の後は、先ずは風呂に入りました。午前中がジムだったもので、汗臭くて仕方なかったんですよ」
僕に続いて、松村さんがスッと簡潔な語り口で話を纏める。
松村さんに限った事ではなかった。誰もが事件に驚きつつも、淡々と事情聴取を進めていく。そ、そんなドライなものなの? 慣れてるの?
香山さんも気丈にふるまっているが、真奈さんは言葉も発することができないくらい、ショックを受けているようだった。オーナーが抱き止める腕の中でさえ竦んでいる。うん、それが普通だよね。
身内って奴だ。朝食を運んできてくれた時に微笑んだ真奈さんの優しい表情は、もしかしたらもう見ることはできないのかもしれない……そう考えると、辛い。
連続殺人犯は僕に直接の関わりは無いが、同様に何の関わりの無かった幸せな風景を破壊していくんだ。
僕は名探偵じゃないし妹最優先であることに変わりは無いけど、少しでも早い事件解決を願うようになった。
「なんだか……頭が痛くなってきました。疑い合うのも辛いけど、これが現実、か。こんな現実……」
ぽつりと僕が呟き、そして解散となった。
信じる基準がない。
互いに互いが、そこに居るということだけが現実であり、腹の中は誰にも見えない。見させない。
このまま一夜を過ごすのか。むしろ、一夜で済めばいいんだけど。
食堂を後にしたものの、自室に戻る気にはなれなかった。
深夜には、堀口さんとの取引が待っている。
できることなら部屋に閉じこもっていたいが、そうすると恐怖にとり殺されそうになる。それが僕の弱さなんだろう。
フラフラとフロントロビーに向かい、なんとはなしに雑誌を手に取った。
周囲には誰も居らず、誰かに声をかければよかったかな、なんて思いながらソファに身を沈めた。
重沢高原を特集した旅行雑誌をペラペラめくるが、頭に入ってこない。
青ざめた真奈さんに、別れ際の真綾の表情が重なる。苦しかった。健気な香山さん、料理上手のオーナー。生きている彼らも被害者なのだと思った。
「アリバイなんて」
今朝の、それぞれの証言と同じだ。アリバイがなくても無実の人間は居るだろうし、事件を起こす人間ほどアリバイ作成は念入りかも知れない。
それでも、ヒントにはなるか……。
僕以外の人達は要点だけを話してくれていたから(橘さんは相変わらずだったけれど)、直ぐに思い出すことができる。
えぇと
■松村さん→入浴、調理室
■堀口さん→入浴、調理室
■本村さん→自室、調理室
■橘 さん→自室、調理室
■山田さん→食堂、食堂
それぞれフルタイムで同じ行動をしていたわけではないにせよ、人目を忍んで鍵を開けて絞殺だもんな、短時間で済むはずがない。
松村さんと堀口さんは、僕と入浴時間が一緒で、その後に調理室でも顔を合わせている。知らぬ間に仲良しになったんだろうか。
僕の取引相手が堀口さんであることから、もしかしたら松村さんも何かに絡んでいるのかもしれない。
そういえば『奴ら』は、麻薬捜査官が潜んでいるかもしれないから代役を立てるようなことを言っていたっけ。それが松村さんではないにせよ、宿泊客の中に居るかもしれないってことだよな。僕はどうやって気をつければいいんだろう。
思考が逸れた。
うんと、松村さんと堀口さんは今回の殺人事件とは無関係だと判断して問題なさそうだ。
『今回の件と』……というのが厄介だ。
殺害手口が「手による絞殺」「針金のようなものを使った絞殺」二種類に分かれているからだ。
全てが同一犯か、模倣犯も出ているのか。特に今回の村上さんは、時と場合と状況が悪すぎる……。
気を取り直そう。
夕方からは、やたら調理室に人が集まっているな。調理室って、食堂の奥の……調理室だよね。
衛生法にひっかかるので忍び込まないでくださいね、と証言後にオーナーに釘を刺されていたので、僕は思わず笑ってしまったほどだ。
そんな調理室侵入組の残り二人、本村さんと橘さんは昼過ぎのアリバイ無し、か。
本村さんは女性に不自由しなさそうなイメージだし、橘さんも違う意味で不自由しなさそう。というか人を殺すキャラクターには見えない……。
とりあえず、アリバイが無いものは無いんだから、有る人よりは疑ってかかるべし。
山田さんは、ずっと食堂。前半は警部さんが一緒だった。後半は一人きりか。とはいえ、壁一枚を隔てた先に四人も居るんだものなあ。オーナーたちを含めると六人。
狭い調理室に大人六人、広い食堂に一人。
バランスが悪すぎる構図に、僕は力なく笑い声をこぼした。
「…………?」
集中力が途切れた瞬間、背筋に悪寒が走った。何かの気配だ。
仕事柄、振り向かないまま書類の受け渡しだの情報のやり取りだのすることが多いからかもしれない。
そんな癖がこんなところで、出た。
誰か――
居るんですか。問う暇はなかった。
熱い指先が首に掛った。迷いなく力が込められ、血管を締めあげられる。
「がっ、……」
一瞬にして頭の中が真っ白になった。
白濁した視界には何も映らない。
真綾、
妹の名を、口にしただろうか。
――どうしたの、にいさん
『休みだからってゴロゴロして!』
成長した真綾が、笑いながら僕の部屋を訪れる。つい三か月前まで「お兄ちゃん!」と呼んでいたのに、大学生になったとたん大人ぶって「兄さん」へ変化した。
どう呼ぼうと、何が変わるわけでもないのに。ないのにどこか、寂しかった。
『お前こそ、花の女子大生が日曜日に兄貴の部屋に来てるんじゃないよ。デートの相手も居ないのか』 『ねぇ、兄さん。ギター弾いてよ』
ばか、僕はもう辞めたって言ったろう。
『おにいちゃん、真綾の為に』
「まあや」
自分の声で目を覚ました。
真綾!
咽こみながら周囲を見渡すが人影はない。腕時計を確認すると午後九時過ぎだった。
……なんとか命拾いしたらしい。恐ろしいが今は取引が最優先。警部には明朝話せばいいだろう。
一月十七日、午前零時。
軽いノックの後に、自分の名を告げる。無言のまま、チェーンロックが外れる音が聞こえた。
ドアの隙間から、眼鏡を外した鋭い眼差しが覗く。入れ、と顎で促され、僕は震えながら堀口さんの部屋へ足を踏み入れた。
「『ぼくはつけものがにがてなのに』」
「……あ、はい」
例の、暗号だ。
「遅い。事件が無かったら、どうするつもりだったんです?」
「それは……」
昼食時、タイミングを掴みかねていたことを指している。どうしようもなくてもどうにかするつもりでいたんだけれど。命懸けなのはこちらだって一緒だ。
堀口さんはそれ以上の追求はせず、ス、と整った指先をこちらに向けた。鞄を渡せ、ということだろう。
「…………そちらは」
辛うじて、僕は四文字だけ言葉を発した。鼻で笑われる。
震える手で、似た形状の鞄を交換する。堀口さんは、すぐにその場で中身を確認し、小さく頷いた。
「さ、お薬は渡しましたよ。今夜は早く寝ることですね」
「……は、はい ありがとう……ございます」
嗚呼、なんと物騒なお薬か!
堀口さんの務める製薬会社でどんな商品を扱っているのか理解して、僕は引き攣った笑みでもってその部屋を後にした。
まったくもって、ヨロシクナイ!
導火線に火の点いたダイナマイトを抱えた気分で、僕は自室に向かう。
こんな鞄、すぐにでも放り出したい、いやできない。肌身離さず持っていたい。持っている姿を誰にも見られたくない。
焦る指先で解錠し、部屋に飛び込んだ背中に紙片が舞った。
『松村滋より高嶋篤哉さんへ
僕は状況からあなたがシロだと確信している。お互いの安全の為、次の午前中、同じ場所に集まろう。場所はジムが良いかな。賛成なら、朝食時の会話に軽く臭わせてくれるとありがたい』
夢だったらいいのにと思うことがある。忘れてしまえたらいいのにと思うことがある。
夢でもなければ、おそらく生涯、忘れることはできないだろうということがある。
僕にとっては、今日の一連の出来事がそうだ。
一月十七日。午前六時。
首にはまだ、うっすらと赤く痣が残っている。
声も掠れている。
朝食の前に警部さんへ昨夜の事を話そうと、少し早めに食堂へ向かった。
階段を下りるところから、既に配膳準備の気配が漂ってくる。今日もいい匂い。
「ところで理沙さん。これは事件とは関係ないですが、あなたは……」
「はい? なんでしょう」
食堂内から、黒井警部と香山さんの会話が聞こえてきて、僕は思わず入り口で立ち止まった。
「AK……なんとかという今売出し中の芸能人に似てますなあ。可愛いからモテるでしよう。恋人はいるんですか?」
本当に、事件と無関係だな?
僕が笑いを堪えているところへ、松村さんがヒョイと顔を出し、事態を把握して僕の後ろに並ぶ。
「は? ……あはは、黒井さんってストレートなんですね。私そういう男の人って好きです。えっと、恋人はいません。好きな人ならいますけど」
山田さんが、この場にいなくて良かった! もうしばらく、来ないでいてくれ。
「ほう……好きな人。さぞかしカッコ良い人なんでしょうな。でもどうして付き合わないんですか。
どんな男でもあなたなら大丈夫と思いますが?」
「だって打ち明けようがないんだもの。私の好きな人は怪盗スペードジャック。黒井さんだってご存じでしょう?」
怪盗……スペードジャック? 僕は知らないな。マンガのキャラクターかな?
「怪盗スペードジャック? ああ、昨年突然あらわれて世間を騒がせている悪党ですな。世間は義賊と言って持ち上げ、特に若い子たちはマンガの主人公のように憧れているとか、しかし理沙さん、それは感心できませんぞ。悪党には違いないのですから」
「なになに、主人公のように憧れを集めてるって……はは、やだな~、僕ったらいつの間に」
「橘さん、静かにしてください」
たしかにカッコイイのは認めるけれどもヒーローには年齢制限がある。心は二十歳、身体は三十路の橘さんを制して、僕たちは出歯亀を続ける。
「でも彼が盗むのは自分のためじゃないんです。狙うのも犯罪組織や悪徳政治家やあくどい資産家だけだと聞いています。それを孤児院などの福祉私設に分配しているだけ。悪い人は困るだろうけど喜んでいる人は沢山いるわ。確かに犯罪は良くないけれど彼は正義の人だと思います!」
さすがに、他の宿泊客達も集まり始める。
本村さんは不精髭を撫でながら、香山さんの主張に目を細めていた。
「しかしだな。奴は犯行現場にも金を置いてゆく福祉施設にもトランプカード「スペードのJ」を置いてゆく。要するに目立ちたいだけなのではありませんかな。本当に正義の人ならそんなことはしないでしょう。私に言わせればただのコソ泥より始末が悪い」
堀口さんが鼻で笑い、むっとした表情で橘さんが振り向いた。大人げないです、二人とも。
「それはそうかも知れないけど……」
黒井警部が乙女の話に本気で対応し、香山さんがションボリしたところで僕たちは食堂へ入った。
それにしても……平成の時代に怪盗ねぇ。絞殺魔潜伏に脅える現状には、ほのぼのした話題かもしれない。
僕は朝食の前に黒井警部へ歩み寄り、そっと昨夜のことを話した。なぜ、直ぐに報せなかったのかと怒られた。……当然だ。
しかし、僕は警部さんにさえ話せない後ろ暗いものを文字通りに抱え込んでいる。部屋にしまい込んである。
朝食後、改めて全員へ僕の身に起きた事が話され、事情聴取を受けることとなった。
僕の話を百%信じているわけではない、警部さんの言葉は耳に痛かったが、それくらいで良いのかもしれない。嘘だって吐きやすくなる。
松村さんからのメモも、本当なのかどうかわからない。
信じる基準がない。心から相談できる味方もいない。
でも、理由がなくたって命は狙われる。
ワケのわからないこの状況の中で、それだけがまず一つ、確実なことだった。
襲われた僕自身が知っている。
他の誰が信じなくたって、僕は襲われた。
それが殺人犯であれ、模倣犯であれ、なんだっていい。確実なことは、まず一つ。
「すぐに警部さんへ助けを求めればよかったんでしょうが……。恥ずかしい話ですけれど、あの時は山荘内の誰もが殺人犯に思えて仕方がありませんでした」
ひとりひとりの顔を見ながら、僕は話し始めた。痣を強調するように、時折首に手をやりながら。
「三人以上で待ち合わせるとか、行き先をオープンにしておいた方が安全なのでしょうか」
かちり。松村さんに視線を合わせる。
さぁ、どう出る?
正直言って、探偵ではない僕にも、あのメモは怪しく思えて仕方がなかった。
僕をシロだと思うのなら、他の人はどうだというのだろう。肝心のあなたはどうなんですか? 村上さんの件では松村さんにアリバイがあるけれど、その前の二件は説明がつかない。誰にも証拠がない。
『僕と松村さんが二人きり』というシチュエーションは、できることならパスしたい。
第一、僕には守らなければいけないものがあった。本当なら、ずっと部屋に居たいところなんだ。
けれど、それをここで言うわけにもいかない。
「ところで、その、怪盗スペードジャック。僕はニュースで聞くくらいなんですけど」
いつも通り僕の次に発言をした松村さんの口から、とんでもないことが飛び出した。
いや、怪盗スペードジャックのこと自体は、事件の本題前に警部さんと香山さんが話題に乗せていた。
……義賊。狙うのは犯罪組織や悪徳政治家やあくどい資産家。犯罪……悪徳……あくどい……
ハハハハハ、まさか。まさか!
取引を終え、僕の手に在るのは「お薬」である。最初に持ち込んだ「代金」とて危険であることに変わりはないが、現物である以上、言い逃れはできない。
殺人犯が最低一人、更に捜査官も潜り込んでいるらしいのに、怪盗? ここに?
「今回の殺人事件もその怪盗だったりして! 彼……彼女か分からないけど、人を殺しているんでしたっけ?」
何を言いだしますか松村さん。いっそのこと、その怪盗が麻薬捜査官も兼任してくれたならスッキリしますが。
「殺……って、穏やかじゃないですね。でも、ここには盗むようなものってないでしょ?」
はい、ボクは手ぶらです。アピールしながら、眉をひそめて話に横入りする。
「ああ、僕も怪盗とやらがどんな奴なのか興味ありますねぇ」
乗らないでください、橘さん。先の会話で、香山さんが「私の好きな人は怪盗スペードジャック!」と目を輝かせていたからというのが見え見えです。
「何も盗まず、誰も殺さない怪盗でしたら、ね……」
いかん、本音が出た。
盗まれる、僕がそのことに過敏になっていること……、誰か気付いてしまっただろうか? 不安になったが、話題が不謹慎であるという認識に方向は行っており、切り抜けることができたようだ。
「やっぱり三人以上でいると襲われる心配がなくて安心しますね。まあ身の危険が無いのであれば、できればひとりきりになりたいんですけどね。あ、部屋に戻れっていうツッコミはなしですよ。隣の部屋に仏さまがいると思うと……ねえ」
山田さんが肩をすくめる。そういえば、山田さんは一号室……。二号室が遺体安置所状態で、挟んで黒井警部が居る三号室。一号室の向かいは娯楽室になっているから、これは……本当に同情せざるを得ない。
その後、堀口さんが娯楽室に集まることを提案し、僕はそれに乗っかり松村さんを誘った。具合が悪いので、中抜けするかもしれないことも伝えている。
意外というか、松村さんは反対しなかった。ジムであること、僕と二人きりということに、こだわりは無いのかな?
堀口さんは……昨夜を思い出すと竦み上がるけれど、取引相手であり、秘密を共有している。一緒に居て悪いことは無いだろう。
娯楽室に入ると、堀口さんが一人で洋画を観ていた。相変わらず、パリッとしたシャツを着て。
「あ…… おひとりですか」
鼻で笑われた。見ればわかるだろう、ということだ。
昨日の取引を知られないためと僕自身の不自然な行動を隠すため、僕は堀口さんのアリバイを消してしまった。割りを食う形になったが、そのこと自体は気に留めていないらしい。修羅場慣れしているのか。……そうだよなぁ、別件とはいえ、警察が常に一つ屋根の下なんだ、普通の心臓じゃ耐えきれまい。
「隣、失礼しますね」
反応が無いことを承知しながら断りを入れ、僕はフカフカのソファに腰をおろし、よく解らない洋画を一緒に観賞することにした。詳しくはないけれど、主演の俳優が渋くてカッコイイことと、BGMの良さが印象深い。
ややあって、松村さんと本村さんもやってきた。山田さんは来なかった。
「あぁ、これを観てるのか」
内容を知っているらしい本村さんが、良いセンスだなと笑った。
「ネタバレしないでくださいね」
「知らないのは高嶋さんだけみたいですね」
松村さんがニヤニヤと続ける。……むぅ!
「ラストは泣けます。ハンカチの用意は?」
堀口さんの追い打ちで、他の二人も声を上げて笑った。
昨日は、警部さんと二人で格闘ゲームをやったんだっけ。そう思うと、一日というのはなんて長くて、事件にあふれているものかと思う。
一本目が終わったところで、僕はわざとらしく咳をしながら自室へ戻る旨を伝えた。
鞄が気になる。
朝は、皆の手前「大勢で行動した方が」なんて発言をしたけれど、余り長い時間は部屋を空けていたくない。
娯楽室を出るなり、駆け足で自室に向かった。
ジーンズのポケットから鍵を探る間に、ドアへメモ用紙が挟まれている事に気付く。まさか!
『二人っきりでお話したいことがあります。
午後二時頃に倉庫まで来ていただけませんか? カギは開けておきます:本村』
「本村さん? ……なんで」
娯楽室では、そんな素振りを見せなかった。まぁ、態度を隠すのは堀口さんだって上手いのだから不思議もないが……どういうことだ?
遅れて娯楽室に来たのは、これを挟めてきたからか。
僕自身は、個人的な重要事項・取引を成立させ、後は鞄を守りぬいて高原ホテルへ戻ればいい。取引相手が堀口さんだと解った以上は、他の誰とも深く付き合う必要はない。
しかし、と思う。麻薬捜査官に、怪盗。僕の荷物について気付かれてはいけない人物が居る。怪盗はともかくとして、少なくとも一人は居るんだ。
と、なると、荷物を巡っての脅しか、あるいは――
考えながらドアを開け、そして僕はメモの意味を知った。
無駄に荒らすことなく、ピンポイントで捲られたシーツ。
がらんどうのベッド下。
枕元に置かれたトランプカード――「スペードのジャック」。
僕の部屋に、怪盗が入りました。
「なんだ……なにが、起きて……起きた?」
身体から力が抜けて、その場に膝を着く。
遠く、談笑が聞こえる。あぁ、僕が抜けたことで娯楽室組も解散したんだ。
本村さんへ真意を問いたかったが、今の自分には受け入れる余裕が無くて、急いでドアを閉めチェーンロックをかけた。
落ち着け。考えろ、考えろ。これは対岸の火事じゃない。火は僕の衣服に燃え移っている。
僕が燃え尽きるだけなら良い、でもそれじゃダメなんだ。鞄を、あの鞄を取り返して、戻らないと真綾が!
「だれが……あくとうだって」
僕の弱さは、悪なのだろうか。
妹を人質に取られようが、悪事に手を貸すような真似をしたのが間違いだったか。じゃあ、あの時、僕に何ができた?
悔しくて、情けなくて、涙が零れ落ちる。
夢だったらいいのにと思うことがある。忘れてしまえたらいいのにと思うことがある。
夢を夢として抱き続けていられたなら、と思うことがある。
『まあや、おにいちゃんのギターが好きよ。ねぇ、うたって!』
へたくそなギター、へたくそな歌、それが妹のお気に入りだった。
いつかギターで食べていけたらな。そんな夢を持ったこともあった。
『兄さん、夢だって言ってたじゃない』
『夢だって、言ってたんだよ』
『変なの』
変じゃない、弱いんだ。僕はギターを歌を、諦めたんだ。
諦めて、忘れようとして、……思い出したんだ。
真綾。大事な僕の妹。思い出すたびに付いて回る、大事な夢“だった”ギター。
真綾。僕は後悔しているんだ、ギターを手放したことを。お前にせがまれる度に胸が疼いていたことを、きっとお前は知らない。
夢を叶える方法は一つじゃない。夢の形は不可変じゃない。諦めず、喰らいついて得るものは尊い。
「諦めない……」
諦めるもんか。二度と。もう二度と、だ!
刻限には余裕がある。それまでに鞄を取り返せばいい、それだけだ!
相手が怪盗だろうと、麻薬捜査官だろうと構わない。
涙を拭いて、立ち上がる。握りしめてしまったメモを広げ、ベッドのサイドボードに、トランプカードと並べる。
さぁ、考えを整理しようか。
備え付けのメモ帳とボールペンで、今までの事件を洗い直してみよう。
まず、僕の立ち場で考えなければいけない人物の正体は、以下。
■連続絞殺魔
■怪盗スペード・ジャック
■麻薬捜査官
はっきりしていることは、以下。
■麻薬取引人代行:僕
■麻薬バイヤー:堀口
起きている事件は、以下。
■連続絞殺事件 ※犯人が同一とは限らない
(一)一月十五日 中年男性(針金状のもの):重沢高原スキー場
(二)同日 女子学生(手によるもの):同上
(三)一月十六日 山崎和夫(針金状のもの):朝霧山荘・二号室
(四)同日 村上 梓 (手によるもの):朝霧山荘・従業員私室 (追記:暴行の痕アリ?
(五)同日 高嶋篤哉(手によるもの):朝霧山荘・フロントロビー (追記:未遂
■麻薬取引
一月十六日 高嶋篤哉(買手代理)・堀口瑞人(売手):朝霧山荘・五号室 (追記:誰にも言えない
■盗難事件
一月十七日 高嶋篤哉(人には言えないもの):朝霧山荘・七号室
(追記:「スペードのJ」が添えられていた+本村からのメモ
昨日の夜の動向は、っと。
■松村さん→自室、フロントロビー
■堀口さん→自室、取引(高嶋)
■本村さん→入浴、フロントロビー
■橘 さん→入浴、フロントロビー
■山田さん→入浴、フロントロビー
調理室に続いて、フロントロビーが熱いようです。なにこの密度。僕がロビーで絞められた後?
もしかしたら、僕が立ち去るのを見計らって居座った人がいたのかもしれない。
とはいえ……今朝、ああやって僕が被害報告をしたのだから、誰が真っ先にロビーに居たなんて挙手はしないよな。
……うん? 一覧にしてみて、浮き上がったことがある。
「僕が昨日、ロビーに居た頃……、松村さんだけがアリバイが無いんだ」
アリバイが無いのは堀口さんも同様だが、彼の場合は僕との「取引」が待っている。仮に僕を殺すのならば、部屋へ招き入れた時に殺せばいいし、警告という意味での未遂だったなら、仄めかさなければ意味がない。この事件において、堀口さんの犯行である可能性は極めて低い。
松村さんにアリバイが無いからといって犯人とは限らない。しかし、他の全員がしっかりしている以上、疑いは集まる。
「でも、村上さんの時は、松村さんは堀口さんと一緒だったんだよな」
ずっと一緒だった、堀口さんはそう話していた。まぁあの人の事だから、すべて真実を語っているわけではないだろうけど……。
そこで、殺害方法の違いに着目してみる。
道具の違いが犯人の違い……とも思ったが、村上さんも僕も、人の手。
山崎さん以降は道具を使った犯行が無いから、そこから素手に切り替えた? 僕がひょろっこいから、女子同様に道具を使わずイケると判断された? ……それは癪だな。
でも、松村さんの体格であれば、確かに素手で僕を絞め殺すことは可能だろう。想像してみて泣きたくなった。逆を言えば、堀口さん・山田さんあたりだと難しいんじゃないかなぁ。まぁ、身長差があっても椅子に座ってしまえば関係ないか……。
椅子に座れば体格差は関係ない?
……。なんだろう、変な引っかかりを感じる。
推論ばかりを広げていても仕方がない。アリバイを基に、纏めてみるとこうなる。
■一月十六日発生~山崎さん絞殺→全員アリバイなし
■村上梓さん絞殺 →本村さん、橘さん、山田さんがアリバイなし
■高嶋篤哉絞殺未遂 →松村さんだけアリバイなし
村上さんだけ、違う人物の犯行なのかな?
怪盗については、昼食時に皆の動向を聞いてみよう。
……麻薬捜査官って、どうすれば見つけられるんだろ。僕が一方的に判断して、その人物との接触を避けなければいけないのだから面倒だ。僕は現在「麻薬所持者」(盗まれちゃったけど)であるのだから、話を失敗すれば大変なことになる。
麻薬を盗まれましたー ということを堀口さんに知られるのも……マズイよなぁ。
でも、怪盗の件は僕だけじゃどうしようもない。なんとか言い逃れして、鞄を見つけても開けられることの無いデマカセを用意しておけば切り抜けられるだろうか。
そして、最難関が――奪われた鞄の奪回。
どこを探せばいいんだろうか!
裏市場では、簡単に鍵を開けられる器具が出回っているらしいが、一般人の僕は事務室で合い鍵を
拝借せねばなるまい。そんな時間の余裕は、正直な話、無い。
このメモは鞄の行方の手掛かりとなるのか、あるいは更なる罠か。
僕は本村さんからのメモと、トランプのカードを別々のポケットに押し込む。
深呼吸してから、ドア横にある小さな鏡で情けない自分の顔を見据えた。
高嶋篤哉、二十九歳。
フリーターで、プロを夢見る路上の歌うたい。
それが僕の名前。僕の肩書。
無差別殺人犯に首を絞められるも何とか生還。
追い打ちをかけるように大事なギターを盗まれました。
「本当に……とんだ追い打ちだな」
情けない自分が、情けなく笑った。
今までは妹を無事に取り戻すことを第一に考えてきた。連続殺人なんて、申し訳ないけれど他人事
だった。
――僕は今、事件に巻き込まれている。
遅ればせながら、ようやく自覚ができた。
僕は名探偵ではないし漫画の主人公でもない。頼りに出来る相棒も居ないし可愛い幼馴染も居ない。
それでも、解かなきゃいけない事件なんだ。
事件を読み解き、生き延びろ。奪い返せ。取り戻せ。
さぁ、覚悟は決まった。
時間を確認する。ジャスト正午。
「何が起きた?」
「またかよ!」
廊下のざわめきに気付き、僕はチェーンロックを外した。