一
「お邪魔しまーす」
「……はぁ」
守がリビングのドアを開けると、菜子が守の横を通り抜けた。当たり前のように中に入っていく菜子の様子に、疲れのせいもあってか守の口から自然と溜め息が漏れた。
中をみると、美紗子、芽衣、梓の姿が無くなっていたが、奈緒たちはそのままリビングに残っていた。
「ただいま」
「守、お疲れ様ですわ」
守が先ほど座っていた位置に腰を落とすと、テンションの低くなっている守の様子を見て、奈緒が代表して守にねぎらいの言葉をかけた。
その間にも、菜子が梓がいたのと同じ席についた。
菜子の見た目の年齢は守達と変わらないぐらいだろう。顔はやや童顔気味、髪は二つに分けたものを前に垂らしそれをそれぞれ包帯のようなもので包んでおり、長さは胸くらいまである。また体の回りが不思議な色の幕で覆われていて……いや、きっと気のせいだろう。
全員が口を閉ざして菜子を見つめる中、守は代表して質問を投げかける。
「……で、お前は本当に菜子なのか?」
「そうだよっ」
菜子から相変わらずの無邪気な返事が返ってきた。
一応の確認の結果、目の前の少女は毎晩夢の中で会話していた相手である菜子――伏祇菜子で間違いないようだ。身元以外は不明な点ばかりだが……。
「ねぇ、おにーちゃん」
「――ん? どした?」
杏子に呼ばれたので、守はいったん思考を中断して、杏子の方へ向く。
「それで、このおねーちゃんは誰なの?」
「ああ――」
確かに今の会話だと周りが状況についていけないだろう。
とりあえず菜子の紹介を済ませようと、手で菜子を示して、
「えっと、こいつは――」
「いいよ、守。自分でするから」
守が何から話せばいいか迷っていると、菜子が守を制して立ち上がった。それと同時にその場にいる全員の視線が菜子へと集まる。
「はじめまして。伏祇菜子です。守とは毎晩、夜を共にしている仲です。よろしくお願いします」
菜子が話し終えると、横から突然重圧を感じた。
恐る恐る顔を横に向けると、今にも噴火しそうな様子の奈緒が目に入る。
直後、奈緒は机を叩きながら勢いよく立ち上がった。
「守、これはいったい――」
「ちょっと、それってどういうことよっ!?」
ドタドタ、という慌ただしい足音と共に、リビングに駆け込んで来る人影。それを見た奈緒が、言い掛けていた言葉を打ち切った。
対する人影――美紗子は息を乱していて、如何に勢いよく飛び込んで来たかを伺わせる。その表情は怒りによるものではなく、ただ純粋に無視できない言葉が聞こえたので駆け込んできた感じだ。
美紗子があまりにも慌てた様子なので、守は席を立ち上がり美紗子の方へ向かう。
「美紗子、落ちつ――」
「守っ!」
美紗子を落ち着かせようと声をかけたが、突然迫ってきた美紗子の手に肩をつかまれた。
普通に逃れようとすれば逃れられただろう。しかし目に涙がうっすらと浮かんでいる美紗子を見て、守は動くことができなかった。
「今の嘘よねっ!? 嘘って言って、守!」
そのまま美紗子に、強く肩を揺すられる。段々と美紗子の親指が守の喉まで行き、力を込めているためか強く締め付けられる形となる。
「――ねぇ、早く返事しなさいよっ!」
「……っく、おい……美、紗……子…………」
このままでは身が持たないので返事をしようと努力をしてみるものの、のどが締め付けられているためか上手く声が出せない。
ついには意識が朦朧としてきて、だんだんと目の焦点が合わなくなってきた。
「止めなさい、美紗子!」
「このままだとお兄ちゃんが死んじゃいますっ!」
どこかから聞こえてきた声とともに、肩から手が放れ、守は床に倒れ込む。
すると、テーブルの方から何人かが駆け寄ってきた。
「おにーちゃん!」
「しっかりして!」
「まーくん!」
駆け寄ってきた三人が守に声をかけ――意識を保てずに、守は安らかな眠りに落ちた。
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