六
「行かせません!」
走り抜けようとした男の足を引っ掛けた後に、すかさずかかと落としを打ち込む。
そして男が気絶したのを確かめる前に、拳を次の相手の鳩尾に入れた。
今ので二十人目くらいだろうか。それ程の相手を倒したのに、相手の勢いが収まる様子がない。
そうしているうちにも、迫ってきた二人の男を回し蹴りで同時に凪払う。
「さすがに、きついですね」
あまり戦闘中に弱音を吐きたくはないが、吐かずにはやっていられない。
戦況は奇跡的と言えるほど上手くいっていた。外傷も骨折などはなく、擦り傷だけですんでいる。
「お前ら、何でメイド一人相手にてこずってんだ!」
リーダー格の男に怒鳴りつけられ、何人かが一斉に襲いかかってきたのを回し蹴りで一掃する。
この男もこちらが優勢になっている理由の一つだ。何も考えず怒鳴りつけるので、そのたびに相手の士気が落ちていくのだ。
しかし、一向に敵の数が減る様子もない。
暫く殴り合いが続いた後、ある物音を境に硬直状態だった戦況が一変した。
「さすがにこれは……」
黒服勢の後ろにタイヤが地面とこすれる音がして黒いワゴン車が停まり、中から何人かの黒服が降りてくる。
さすがの芽衣もこれには苦笑を隠しきれない。
「でも、やることは変わりません」
所詮この程度の相手など、数が増えても変わりはしないのだ。
そう自分に言い聞かせ、迫ってくる敵を薙ぎ倒す。
二、三人倒したところで、違和感を覚えた。
相手の勢いが明らかに減っていたのだ。気がつけば、地面に転がっている人の数も増えている気がする。
ドンッ! という車のドアの開く音が聞こえたので後ろを向くと――それとは反対側から殺気を感じて再び向き直る。するとナイフを持って飛びかかってくる大柄の男がいた。
自分の対応が遅れたのを悟ると、右手を前に持ってきて反射的に目をつぶる。
それと同時に、何者かが自分の横を走り抜けた。
「おだ、まり、なさい!」
三度の鈍い音と共に聞き慣れた声を聞き、瞑っていた目を開く。
「……奈緒様?」
すると予想通り、目の前には男ではなく見慣れた少女が立っていた。
疲れと安心のあまりその場から動けずにいると、さらに後ろからも足音とともに聞き慣れた声が聞こえてくる。
「芽衣、大丈夫?」
「美香様! 早知様まで…………」
自分を抱き締めてくれる主人の温かさにつられ、目からは自然と涙が零れてしまう。
そうしているうちにも奈緒の指示により、奈緒の私設部隊の黒服たちがヤクザの黒服たちを縛り上げ戦場は一気に沈静化した。
芽衣は温かい主人の腕の中で、ひとしきり今までの辛さを体の外に出した後、もう一人の大切な人の顔を思い出して奈緒の元へと駆け寄る。
「奈緒様、守様はご無事なのでしょうか?」
「芽衣、助けてもらっておいて、ありがとう、の一つも仰いませんの?」
奈緒に睨まれて、自分の無礼を反省して頭を下げる。
「ありがとうございました。しかし……」
「分かってますわ」
奈緒はそんなに気分を悪くはしていなかったようで、部下らしき黒服からノートパソコンを受け取る。
「守は一応、無事ですけど……」
「これは……」
奈緒がパソコンの画面をこちらに向ける。その画面を見た瞬間、奈緒が言葉を濁した理由が分かった。
画面にはボロボロの守と震え上がる杏子、それをなだめている涼子、それに二人の黒服の男が立っていた。
「最悪の状況ですけど、相手に戦う気が無いのが唯一の救いですわね」
奈緒が説明している間にも、黒服に殴りかかった守が逆に蹴り飛ばされる。
たしかに黒服に戦意は無かった。もし戦意があったならば、守は既に立っていないだろう。
しかし助けに入れる状況でも無かった。下手に舞台を突入させれば、相手の戦意を煽って取り返しのつかないことになりかねない。
銃を使えば簡単だが、いくら一条院の戦闘部隊とはいえ、日本で発砲したらどうなるかは分からない。
となると建物の上から奇襲をかけるしかない。行き止まりの入り口には、あつらえたかのようにビルが両脇に建っている。奇襲にはもってこいだ。
ただし問題は、ビルがどちらも五階建てということ。下手すれば地面に身を打ち付けて死にかねない高さだ。訓練を受けているとしても、一般人の戦闘員にできるはずがない。今の満身創痍の体で成功させられる可能性は低かったが、芽衣は反対されるのを覚悟で守達を助ける最善の方法を切り出した。
「奈緒様、わたくしが――」
「分かっておりますわ。あまり気乗りしませんけど、他に方法がありませんし。行きますわよ!」
パチンという、奈緒が指を鳴らす音を合図に、頭上からヘリが舞い降りた。
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