三
☆
守は今日も草原の中にいた。
「菜子、前に話した占い師のこと覚えてるか?」
「覚えてるよ」
守の隣に座った少女は屈託のない笑顔を浮かべながら答えた。
「その人にしたお願いが叶いそうになってるんだ」
「それは嬉しいことじゃないの?」
いや、と首を横に振って答える。
「幼馴染八人と同居っていう――」
守は、お願いした内容、状況を簡単に説明した。
それは、たしかに自分がお願いしたものだが、自分にとってあまり好ましいものではない。
「そうなんだ。それで、今日は何があったの?」
「留学生の尚が、実は幼馴染の奈緒だったんだ。これで、同居する幼馴染が二人目だよ」
今日の出来事を思い出して、ため息をつきながら答えた。
「ねえ、守」
少女は改めて守るに向き直った。
「――同居してる幼馴染って、本当に二人だけ?」
☆
「もう、朝か」
珍しく目覚ましがなる前に目が覚めてしまった。首をひねり窓の外を見ると、完全には夜が明けておらず空には星も見えていた。
「うわ、まだこんな時間かよ……」
時間を確認すると、早朝の四時三十分。予定していた時刻よりも三十分も早く起きてしまった。
しかし、これで二度寝すると朝食の支度が間に合わなくなる可能性があるので、まだ鳴っていない目覚ましのタイマーを止めてベッドから起き上がる。
いつもよりも眠気の残る体を起こすために大きく伸びをして、相変わらず覚えていない夢の内容を考えていると、
――同居してる幼馴染って、本当に二人だけ?
「……へ?」
突然脳裏に声が響いたので、すぐに周りを確認する。しかし、誰かがいる気配はなかった。
おそらく脳が覚醒しきっていないがために起こった幻聴だろう、と思い、着替えるために上着の第一ボタンに手をかける。
しかし何故か先ほどの言葉が引っかかって、着替える気にはなれなかった。
「同居してる幼馴染、か……」
守は小さく呟いて、美紗子と奈緒の顔を思い浮かべる。それにしても、あの二人以外にも幼馴染が交じっている、という意味だろうか。
とりあえず幼馴染の定義をはっきりさせようと、勉強机の方へと向かう。立てかけてある本の中から国語辞典を取り出すと、目的の項目を探した。すると、あまり時間が経たないうちに見つかった。
【幼馴染】――名詞 幼い時に親しくした人
とりあえず、美紗子や奈緒とは幼稚園のときからの付き合いなので、間違いなく幼馴染と言える。
他に、同居している幼馴染は……実は屋根裏にもう一人幼馴染が暮らしていた、などということが無いとは言い切れないが、常識的に考えにくい。
そうすると逆方向から攻めていった方が早いだろう、と思い現在同居している顔ぶれを思い浮かべる。
美紗子と奈緒を除くと、隣の家に住んでいた涼子と杏子、自宅療養という形で萩本家に滞在している早知、あとは正式な家族だが妹の美香も一応候補に入れておく。
その顔ぶれと出会った時期を、出来るだけ正確に思い出していく。ただ、かなり昔のことなので大分おぼろげではあるが。
一番ハッキリしているのは妹の美香だ。父親が今の母親と結婚したときなので、自分が幼稚園の年中、美香が年少の春だったはずだ。最初は義妹ということで距離感をつかめずにいたが、しばらくすると打ち解けられて仲良くしていた。今ではこんな関係になってしまっているが、昔は兄妹仲が良かった方だった思う。
次に正確なのは早知。病院で初めて会ったのは、足を骨折したときなので小一の冬で間違いない。病院での数少ない年の近い相手、ということもありすぐに仲良くなったし、今でも充分に仲が良いといえると思う。
あとは琴瀬姉妹か。かなり曖昧な記憶になるが、たしか二人と知り合ったのは、美香と会うよりも先だったので自分が年少のときだろうか。当時は、家が隣り合わせでは無かったが、美紗子以上に家が近かったので、ちょっとした時間によく遊んでいたと思う。
『幼馴染』の定義にある幼いころというのは、大きく見て小学校低学年くらいだろうから……
「もしかして、全員……」
血がつながっていないとはいえ、戸籍上も家族である美香を含めるのはどうかと思うが、今現在同居しているメンバーは全員『幼馴染』の定義に当てはまっている、と思う。
つまり、あのときのお願いのうち、四分の三は叶ってしまっているということになる。
「この状況は、果たして喜ぶべきか、嘆くべきか……」
喜ぶ、といっても願いが叶ってきていることに対してではない。
守としては、奈緒の正体が分かったときにあと六人を迎え入れる心構えをしていたのだ。しかし既に六人はそろっているので、迎え入れるのはあと二人で済む。
つまり、予想される同居人数が四人も減ったことに対する喜びだ。
「……とりあえず、着替えて下に行くか」
このまま考えていても誰かが答えをくれるわけではないので、考え方が前向きなうちに他の事をすることにした。




