四
その日の夕方、美紗子は宿題が早めに片付いたので、美香と琴瀬姉妹と共にテレビゲームをしていた。ソフトはいろいろな人気ゲームのキャラクター達を使用できる、横スクロール型の対戦ゲームだ。
「美紗子おねーちゃん強い」
「次は負けませんから」
「望むところよ」
昔からよくゲームをしている自分が勝つのは分かっていたので、自分を一人にして三対一のチーム戦で戦っていたのだが、それでもここまで五ゲームやって美紗子の全勝という成績だった。
「美紗子ちゃん強いんだから少しぐらいはハンデつけてよ」
「それじゃあ……」
美紗子は手に持ったワイヤレスコントローラーのボタンを押して、自分の苦手なキャラクターの所にカーソルを持っていく。
守がいれば自分と別々のチームすることで自分が手を抜く必要が無くなるのだが、宿題が終わっていないので仕方がない。問題数は少なかったが、とき方を知らないとなかなか解けない問題なので、しばらくは降りてこないだろう。尚とはまだ手合わせしたことはないが、ゲーム慣れはしているらしいので、いれば少しは変わるのかな、などと思っていると、風呂場のほうから声が聞こえてきた。
「誰かいるか?」
「何?」
失礼します、と三人に断ってから、立ち上がって風呂場のほうへと向かい、脱衣所の前で立ち止まった。
「どうしたの?」
「早見か。悪いが石鹸が無くなってしまったから、取ってもらえると嬉しいんだが」
「ええと……一条院君だよね?」
思わず聞き返してしまった。状況的に考えても、浴場にいるのは尚以外にありえなかった。しかし、それでも聞いてしまうほどに美紗子は動揺していた。
別に、尚の入浴姿を見たいとか思っている訳ではない。ただ純粋に、動揺していたのだ。
萩本家は無駄に広い。それは脱衣所においても例外ではない。棚、というのは部屋の隅に設置されるものである。つまり、石鹸類の置いてある棚と浴室への距離は、普通では考えられないほど離れているのだ。それ故、取りに行くための作業や手間を考えて、尚は他の人に頼もうと思ったのだろう。
別に手伝いをするのが嫌なわけではない。しかし、内容が内容だ。男子が入浴中の脱衣所から石鹸をとって届ける。普通にこなしても、下着や入浴姿を見ることになりかねない。
これが幼馴染の守だったらまだ構わないが……色々やりなれていると言う意味で。
何かあったところを幼馴染に見られたらたまらないが、理由もなく尚の頼みを断るわけにも行かない。
美紗子がどうしたものかと悩んでいると……
「一条院君、ちょっと待ってて」
思考の末、名案……というより当たり前の思考にいたったので、尚に声をかけた後、今までの思考内容の恥ずかしさを隠すように、早足で階段の方へと向かった。
「守、まーもーるー!」
30分ほど悩んだ末、やっと一問目の答えの輪郭が見えてきたところで、何度も呼ばれる自分の名前に思考が上書きされた。
さすがに頭にきたので、自分の部屋のドアを力任せに勢いよくあけて、一階に向かって叫んだ。
「美紗子、どうしたんだよ?」
「ちょっと、そんな風に開けたらドアが壊れるでしょ!」
下からは、お前はどこの母親だよ、と突っ込みたくなる美紗子の声が返ってきた。というか、だったら呼ぶな。
「おい、用が無いなら戻るぞ」
美紗子は普段ならこういう意味の無い嫌がらせをするようなやつではないが、今日はストレスが溜まっていたのだろう。
守は美紗子の嫌がらせだと判断し、部屋に戻りながらさっき見えかけた輪郭を思い出そうとしていると、
「いいから、ちょっと来なさい」
結局、嫌がらせではなかったようなので、再び方向を変え、急いで階段を下りる。
「どうしたんだよ?」
「遅い!」
階段を下りた先で待っていた美紗子に尋ねると、第一声で罵倒を浴びさせられた後、用件を説明された。
自分から呼んでおいていきなり切れるってどうよ、と思いながら聞いていると、尚が入浴中に石鹸が切れてしまったらしいから取ってあげて欲しい、ということだった。
「そんなの、お前が取ってやればいいだろ」
明らかに理不尽な理由と、問題を解いている途中に呼ばれたのとで、ついつい高圧的な言い方になってしまった。
「バカ、あたしに持ってけって言うわけ?」
「……悪い、わかった」
たしかに、それはまずい。
美紗子にやらせるわけにはいかないので、さすがに引き受けることにした。そんなに時間かかるものでもないし。
さっきの輪郭は既に跡形もなく頭から消えてしまっていたが、早めに考え直せば思い出すだろう、と思い、さっさと終わらせるために風呂場へ行く。すると、美紗子はリビングの方へと行ってしまった。
そのまま脱衣所に入り、奥のほうにある石鹸類が置いてある棚をあさり始める。
「ええと……お、これだよな」
棚から石鹸を取り出すと、浴場の方へと向かう。
浴場の前に立つと、曇りガラスの向こうで、尚が背中を向けて髪を洗っている様子がぼんやりと見えた。
「……入って、いいんだよな」
尚の髪が男子はおろか、一般的な女子よりも長いのと、生来の女性的な体つきのせいもあってか、なんとなく同姓とは思えない感じがした。なので、守はついつい自分に確認してしまった。
「おい、尚。入るぞ」
普通に考えれば問題あるはずがないので、声をかけながらドアを開ける。
「尚、石鹸を……」
ドアを開けたとたんに見えた尚の美しさに、思わず息を呑んでしまった。
濡れているためか、髪にはウェーブがかかっている。引き締まったしなやかな体つきも服が無い分しっかりと見えて妙に意識してしまう。腰のくびれは手で囲めそうなほど細いのに、腰はぷっくりと膨れていて、下手すると美紗子よりも女らしい体格では無いだろうか。
「あ……」
こちらに気づいて振り返った尚と目が合って、お互い時間が止まったように静止した。その間にも、シャワーから出ている水は、静かに音を立ててタイルを打つ。
こちらに向けられた尚の顔は、やっぱり綺麗で本当は女性ではないかと思ってしまうほどだ。さらに、大きく膨らんだ胸がその考えをさらに強めて……胸?
「ま、守……」
やっと状況を理解したらしい尚が、みるみる顔を赤くしていく。さらに握った左こぶしを震わせながら、右手で近くにあった木製の桶をつかんで、
「え……、ちょ、ま……」
「こ……この、痴漢!」
透き通った高い叫び声と共に、尚の手から放たれた桶は、まっすぐに守の顔へと向かっていった。
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また、このたび題名を『ジミ’s×8』から『ジミ’s×8~8人の幼馴染と同居することになりました~』に変更しました。
理由については、活報をご覧ください。
よろしくお願いします。
追記
E☆エブリスタでも連載中です。
そちらもよろしくお願いします。




