二
「……南條早知です。学校に通うのは初めてなので、わからないことも多いと思いますが、助けてくれると嬉しいです……」
早知の同居が決まった翌日のこと。教室の前では、今にも消え入りそうな声で早知が自己紹介をしていた。
その姿は、頑張って話している、と言う表現が一番当てはまりそうだった。
本人も言っている通り、今までは長い時間病院から離れられなかったため、通信制の高校に所属していたらしい。その為、生まれて始めて着たらしい制服は、まだ着られているといった感じだった。清潔感溢れるショートカットや、杏子にも負けない外見年齢の低さ、守ってあげたくなる容姿や雰囲気は、相変わらず普通に見れば癒し効果抜群だ……普通に見れば。
そう、病院での生活が長かったためか、早知は色々な知識が変に偏っている。どういう風に偏っているかは……昨夜の登場シーンで察していただきたい。付け加えると、その知識が発揮される時には、性格が百八十度変わったりする。それは本人が意識しているわけではなく、自然となってしまうらしい。
内心で応援しながら早知を見ていると、早知は一旦悩んだ後、言葉を続けた。
「あと、マー君……あ、守君の家に住ませてもらってます。よろしくお願いします」
いらない爆弾発言をしやがった。言わないように言っておかなかった自分にも非が無くはないが。
早知がお辞儀をして、自分の席へと向かう。場所も自分と近い所なので、何かあればすぐに助けに入れそうだ。
担任の佳奈子は、早知が席に着いたのを確認してから、口を開いた。
「それでは、一時間目の準備を始めてください」
佳奈子の言葉を最後に休み時間へと入る。
すると、待ってました、と言わんばかりの勢いで浩太がやってきた。
「お前は、どれだけの女子同居すれば気が済むんだよ」
「別に、俺が望んでしてるわけじゃないし」
「だったらオレに代わりやがれ!」
相変わらず、浩太がこちらの苦労をわからずに突っかかってきた。
これ以上浩太の相手をしていると疲れそうなので、ふと早知のほうに目を向ける。早知は何人かの女子に囲まれていて、おどおどしてはいたが上手くやっているようだった。
「おい守、何かハーレムを作る方法があるなら教えてく……げふ」
「その辺にしとけよ。守も困ってるだろ」
面倒くさいので、浩太の話を右から左へと受け流していたところ、大樹が助けに入ってきてくれた。その横には尚の姿もある。
しかし大樹に殴られたにもかかわらず、まだ懲りていないらしい浩太は、さらに迫ってくる。
「守、何かコツがあるんだろ」
「ねーよ、そんなもん」
ない……よな。
ここまで立て続けに同居者が増えると、先日の占い師の件が原因ではないかと疑いたくなる……が、あの時に言ったのは、幼馴染との同居であって、その条件に当てはまるのは美紗子しかいないから大丈夫……なハズだ。第一、他に幼馴染なんていないし。浩太や大樹も一応は幼馴染だが、守の願いは八人の女子の幼馴染と同居することなので、この二人は関係ないだろう。
ここで下手に感づかれても困るので、とりあえず話をそらそうと試みた。
「第一、尚がいるんだからハーレムじゃないだろう」
……のだが、明らかに失敗した。
「……そう、だよな」
傍観していた尚が、突然話しかけられたことに驚いたのか、妙にはっきりしない答え方をする。
「尚よ、オレはわかっているぞ。お前が実は男装した女子で、守と結婚するために留学してきた事ぐらい」
「そんなことあるわけ――」
――ないよな、と続けようとして思わず言葉を呑んでしまった。
尚を見ると、顔がだんだんと青くなっていってきていて、口をパクパクさせていた。さらに、額からは変な汗が出ている。
これはさすがにまずいと思い、尚を保健室に連れて行こうと席を立って、
「おい、な――」
「あんたたち、ちょっといい?」
突然、美紗子が会話に入ってきた。
「おお、ついに本妻がハーレムに立候補か?」
「……ゴホン。ええと、来週の水曜日のことなんだけど――」
美紗子が一瞬黙った後、咳払いをして話を続ける。
――って、否定しろよ。まあ、同居しているのは事実だけど。
「ってことなんだけど、都合の悪い人いる?」
「俺は大丈夫だぞ」
「あ、オレも」
「俺も大丈夫です」
「僕もだ」
尚の調子もよくなったようで、普通に答えていた。
美紗子が話した内容は、尚と早知の歓迎会についてだった。先ほど早知の周りを取り巻いていた女子から話が始まり、クラス全体で開いてくれることになったらしい。自分のためではないが、自分の友達、そして家族のためにこういうことをしてくれることは、とてもほほえましく感じる。
「それじゃあ、多分水曜日になるから、しっかり予定を空けときなさいよ」
「了解」
美紗子はそれだけ言い残し、女子の輪のほうに戻っていった。




