プロローグ〜俺の願いは、八人の幼馴染と同居することだっ!
この作品は、しばらくは以前投稿していたものを再投稿する形となります。
それは、高校からの帰り道のことだった。
「で、どこに向かってるんだ?」
萩本守は、少し前を歩いている幼馴染に声をかける。
「今、流行の占い師のところよ」
声をかけられた幼馴染こと早見美紗子は、肩まで伸びた髪を揺らしながらこちらを振り向いて答えた。熱心に話しているのは、噂好きの本領発揮といったところだろうか。
「何でこんなときに」
正直、守としては今日は寄り道をしたい気分ではなかった。幼稚園のころからの幼馴染である――というよりも腐れ縁といった方が正しい――美紗子の誘いだからこそついてきたが、他の連中だったら迷わず断っていたところだ。
守の気が立っている原因は、昨晩に起こったひとつの出来事にある。隣の家が火事で全焼したのだ。消防士たちの必死の消火活動により、自宅への飛び火は免れた。しかし、昔から近所づきあいのある姉妹が煤をかぶって救助されるまでは、頭が真っ白でどうにかなってしまいそうだった。そんな出来事の次の日に普通にしていろ、という方が無理である。
新学年というまだ慣れない環境での疲れが、より一層守の不機嫌さを助長していた。
「あんたが沈んだ顔をしてるからよ。その占い師は願い事もかなえてくれるらしいから、ちょうどいいと思って。でしょ?」
器用にもこちらを向いたまま後ろ向きに歩いている美紗子が答える。
普段は自己中で特に守に対してはろくな事をしない美紗子だが、今日ばかりはこちらに気を使ってくれているようだ。つまり、守がその占い師に、火事にあった姉妹にいい事が起こるようにお願いをしろ、とでも言いたいのだろう。実に、美紗子らしい言い方である。
「ありがとな」
そんな、美紗子の内心を読み取って守が礼を述べる。
この場合は内心を読む、というよりも状況判断に近いか。この幼馴染でもこの状態の人間を放っておけるはずが――
「かっ、勘違いしないでよ! 占い師にあんたが不幸な目にあうように頼んで、それが実現すれば、沈んだあんたを見て溜まったあたしのモヤモヤを晴らせるし、噂も体験できて一石二鳥だと思っただけなんだからっ!」
――あった。
しかも、今日は一段と凄い内容だった。
美紗子は顔が赤くなるほど必死に、守を不幸に陥れる願い事の全貌を話している。
性格はこんなんだが、大きな目を始めとする整った顔立ちは、結構可愛い方だと思っている。流れるようなきれいな髪も、左側の耳の上でチョコンと赤いリボンで止められた髪が動くさまも、守としては見ていて微笑ましい。背も女子としては平均くらいだし、胸も弱点とならないくらいには育っている。
それなのに、美紗子には何故か未だに彼氏がいない。去年だけで二桁をいく数の男子に告白されているのだが、すべてその場で迷いもせずに断ったらしい。今も含め一緒にいることで和んでいる自分がいるので、誰とも付き合わずに自分といてくれることは嬉しいし、誰かと付き合われたら堪ったものではないが、なぜ美紗子は彼氏を作らないのだろうかというのは未だ解決することのない守の疑問だ。
こんな美紗子の様子を見ることが出来ただけでもついてきたかいがあったので、今日はそのことについては深くは考えないようにしておく。決して自分がマゾという訳ではなく、いつもどおりの幼馴染の様子を見ることが出来たからだ、という意味であることは言っておこう。
「あ。あれよ、あれ」
話すのをやめて前を向いた美紗子は、道の先を指差した。守が指差す先に見たものは、『占い』と書かれた布をかけた机。そしてそこに座っている一人の女性だった。頭には布を被っているが、髪の長さや体格から女性だと判断できる。
「ああ。でも、噂になってるって言う割には人がいない気がするが……」
「だって、学校の中だけだし。雑誌が何度か取材に来たらしいんだけど、何故かその時にはいた事がないんだって」
「へえ……」
不思議なものもあるものだな、などと思っているうちに話題の人物の前にたどり着く。
「あなたの隣の家は、昨日火事にあいましたね」
守たちが一言も言葉をかけていないにもかかわらず、突然告げられた。しかも内容に間違いはない。どうやら腕が立つという噂は本当らしい。
しかし、守はというと、話しかけられた内容よりもその人物の声への違和感で頭がいっぱいになっていた。
どこかで聞いたことのある声。会ったことがないが、どこかで、しかも、毎日、話している気がする。火事のあとも、相談を持ちかけた相手だったと思う。しかし、どこで会ったのかは思い出せない。
「その家の人達は、家族4人全員が生き残り、今はホテルに滞在している。違いますか?」
これも事実だった。だが、そんなことはどうでもいい。
何故その声で話す? しかも、その声で自分をあざ笑うかのように、クスクスと笑っている。
「それで、私にその方達を幸せにするようにお願いに来た。そうですよね? できますよ、私なら。何でも実現することが出来る力を持っていますから」
たしかに、そのつもりだった。だが、最後の言葉にイラっときた。自分の知っている声で、しかも大事な声で、自信満々に話している女性。そのことが許せなかった。そして、その自信を砕いてやりたい。その気持ちが次第に強くなっていく。
「残念だが最後のは違う」
強く言い返した、相手に負けないように。
「では何を?」
女性があごに右手の人差し指をつけ、首をかしげる。
「願いは、八人の女子と同居することだ」
何故、それが口を突いたのかは分からない。これなら実現させられない、直感的にそう思ったからかもしれない。
「どのような女子でもよろしいのですか?」
相変わらず気に障る話し方だった。
「それじゃあ、実現できないこともないからだめだ」
「あらあら、ではどのような女子を?」
「幼馴染だ」
これも、直感的に出た。
「分かりました。では、もう一度しっかりと言い直してください」
しかし、女性は自信を持った様子でそういった。
それに負けないように、守は高らかに宣言した。
「俺の願いは、八人の幼馴染と同居することだっ!」
このとき、この発言が意味することを誰も予想していなかった。ただ1人を除いて。
以前投稿していた分のストックが切れるまでは、夜の10時か12時、1時を目安に毎日1話づつ投稿していきたいと思います。