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第三話 AGIも減っていく

 

 

 ▽





 三百八十ゴールドを七百六十ゴールドに、七百六十ゴールドを千五百二十ゴールドに。

 こつこつ、こつこつと増やしていく。


 普通の人であればみみっちいと感じる行為であるが、彼──メザマレックは知っていた、これがそう手間をかけずにすぐに大金へと至ることを。

 問題は元の値ではなく、倍率なのである。



(一を倍々に増やしていくと十回目で千二十四、つまり約千倍になる。

 そうすると二十回では千の千倍である百万倍、三十回だと十億倍になる計算だね。

 ま、ただの累乗なんだが、やばすぎる倍率だよな

 元が三百八十ゴールドなら三十回の繰り返しで三千八百億ゴールドになるのか)



 入れては出して、入れては出してを繰り返し、お金を増やすこと数十回────

 手元には《龍貨》と言われる、アルオンの中では一億ゴールドの価値がある貨幣が出現した。



「おお、お久しぶりだな、龍貨を見るのは」


(ここしばらくネタ装備つくりにこだわってまともに稼げなかったからな、前にこいつを手にしたのは先月のなかばぐらいか?)



「しかし……このままなーんも考えずに増やし続けていいものか。

 好奇心が先へ先へ進めと促すんだが、どう考えても不正行為だし……ちょいと、いや、かなり複雑な心境だ……」


(単にヤバい行為ってこともそうなんだが、資産を無制限にまで増やすってことは強さにも影響するってことで、気づきにくいところでゲーム性が薄れるデメリットがあるんだよなあ)



 ────チート行為で不正な、比類ない強さを手に入れたものはほぼ例外なく、短期間、長くても一年程度でそのゲームからは離れていく。

 何故なら人は、それぞれが自覚しているよりも、自分の意義というものに貪欲で、退屈を嫌い、更に無謀だからである。


 はじめからレベルがMAXでザコ敵どころかボスキャラまで全部一撃で倒せるような、バランスの崩壊した無意味なゲームを長くやり込む人が居ないように、人は自分の強さを求めつつも絶対的強者で居られる世界には居続けられない。

 弱いもの虐めが大好きな腐った人間ですら、最初は蟻相手でも満足できたのが小動物相手になり、犬猫相手になり、更には自分より立場の低い人間を相手にと、段々と自分の強さのみならず、《相手の強さすら望んでいく》

 そしてそういう者は、最後は無謀にも相手の精神が病んでいるのを察知できずに手を出して、サクっと刺されるか、ひ弱に見えても賢い人間に裏から手をまわされて殺されることになる。


 そこまで極端な結果が待っていないにせよ、飽きない世界には必ず自分にとって計算しつくせない要素である強い敵が存在するのが常である。

 その代表であるのが人間として重要な、人との繋がり〈人間関係〉であり、人間全部の共同体である《社会》だ。

 MMORPGにおいてゲームバランスが崩壊するほどの強さを手に入れても、飽きが来るのが多少間があるのは、ゲーム中における〈フレンド〉や〈狩り仲間〉に対し、異常な強さを隠しつつ自慢するという矛盾行為で、周りの人間との距離に完全な亀裂が生じるまでのタイムラグのせいであって、自分が、不正行為を認めない世論というものには勝てないと自覚するまでである。

 強さを自慢したいが、自慢できるような公正な強さではない──強さを得た起点が不正行為で、得たいものが《正当な行為で育まれた強さに対する賞賛》、すなわち《名誉》であれば、望んだその時点で負けは決まったようなものだ。

 得たいものを得る為の過程を仮にレース、競争として、その競う基準が単なる強さであることは比較的多いが、全てではないのだ。

 人の欲求というものは単一な要素のみを手に入れて満足できるほど単純なものではない。



 実際にメザマレックがゲームマネーやアイテムを無制限に増やしたとして────

 まず第一に、狩り仲間などから高く売れるレアアイテムが出る狩場などに誘われてもまったく意欲が出ず、例え義理で参加しても気分が乗らないので普通よりも作業的になり、毎回仲間との狩りに付き合うのが苦痛になる。

 狩り中にレアドロップが自分に来ると、大して嬉しくもないのに周りに合わせるために白々しい喜びの演技を延々と続けなくてはいけないめにもなる。

 かといって、それを気楽に譲ろうとするとなると、遠慮された場合にはその相手の清廉さに自分との距離を感じて罪悪感が湧き上がり、また逆に気楽に受け取られると毎回譲るのを期待されるようになり、仲間がアイテム狙いのハイエナのようなつまらない人間にしか感じられなくなってくる。


 ただでさえ、MMORPGは〈多人数同時参加型〉と言われるだけあって、《人間》の要素が重視されるゲームである。

 ゲームマネーやアイテムに対しての意識、精神的な温度が周りの人間と差がありすぎると、一緒に居て楽しいと思える知り合いは作りにくくなり、〈人間関係〉の要素は失われるものだ。

 楽しみの鍵となる要素が存在しないゲームなど、もはや無意味そのものと言ってもいい。



「やっぱこれは引退覚悟で踏み出すしかないってことかね」


 だが今この時、彼にはもう、まだ作ったことのない〈アルティメット〉への興味以外はさほどアルオンのゲーム中にはこだわりが無かった。そして〈レジェンド〉をつくった経験から〈アルティメット〉は単に普通にプレイしている間にはおそらく作ることは無理であることも理解していた。

 それ故に、選択するはただひとつ────



「進むしかないよな。

 道の果ては汚物か、それとも神か────」





 ▽





「これで所持金カンストの一兆ゴールド。

 確か今の〈RMT〉の相場だと日本円で百三十万程度だっけ?

 売って現金でも稼ぐという手もあるが…………いや、さすがにそこまで人として落ちるのは駄目だな。

 今んとこ理不尽なほど金に困ってるわけでもないしな」


(当面の資金も出来たことだし、これから俺のするべきことは多分〈アルティメット〉作成のための素材集めなんだろうがあまりにも困難すぎて、これだけ規格外のバグ使いとなった今でもまったく先が見えないのはなんともいいがたい……

 オークション、露天、取引掲示板、自力採集、場合によっては〈RMT〉で買うって手段もありだろうが……)



 以前に彼が〈レジェンド〉クラスであるアメジストの幻影剣を作った時には殆ど引退覚悟でレアアイテムを五個、製造中に添加した。

 それらの多くは高価であるという他に、入手困難という性質も持っていて、たまにオークションには出ているものもあるが、資金が多い現在でもそこまで簡単に手に入るものではない。

 しかも欲しいものは更に上位である〈アルティメット〉の素材アイテムになりそうなものという漠然としたアイテム群であるので、突き詰めていくと〈非常に入手しにくいものをきりがないほどの多種類欲しい〉というとんでもない条件なのである。



「まあ……悩んでても仕方ないしー?

 まずは自力採取を楽にする為に──現状の最強武器防具を出来るとこまで精錬してみるかね」


 廃材処理用の薄汚れた麻袋に龍貨五千枚、つまりさっき増やした内の五千億ゴールドをインベントリから出してバラバラと詰めていく。

 多少重くて取り扱いにくいが、特に問題なく麻袋の七分目まで詰め終わる。

 そして部屋の隅に適当に置いておく。

《増殖》行為にはインベントリを使用するので、何らかのミスやトラブルで巻き込まれて資金が消える可能性を考慮しての彼なりのリスクの分散である。


 次にアメジストの幻影剣と、武器防具に使うアップグレード用の課金アイテムである《精錬のピコピコハンマー〈プラチナ〉》と《破壊抑止券〈精錬レベル二十まで有効〉》の三つを床下の隠し金庫からゴソゴソと取り出す。

 後者のふたつ、課金アイテムの入手方法は本物のお金で買うのが普通だが、ゲーム内での稼ぎの多いプレイヤーはゲームマネーを使い、露天や直接取引きなどでこれらの課金アイテムを現金を使わずに手に入れることが多い。


 ちなみにゲームマネーのみで課金アイテムを入手し、まったく本物の現金を使わずにゲームをし続けるような人を〈無課金プレイヤー〉などと呼び、その大抵は現実で定職についていないニートの率が高めなので、社会人プレイヤーからは侮蔑の意味も多少込めてそう表現される。

 メザマレックなどは普段はゲームマネーで課金アイテムを入手し、たまに足りない分を現金で買い足して使う、いわゆる半課金プレイヤーに分類される。



 そうして作業に必要なアイテムを揃え、初期準備として《精錬のピコピコハンマー〈プラチナ〉》と《破壊抑止券〈精錬レベル二十まで有効〉》をインベントリにさっと入れる。


《精錬のピコピコハンマー〈プラチナ〉》は精錬の為の必須アイテム《精錬のピコピコハンマー》の強化──課金アイテム版。

 精錬の成功確率を十倍にまであげることが出来る高性能の課金アイテムである。


《精錬のピコピコハンマー》は、クラスとしては〈プラチナ〉が最高級品で、他にアルオン内でゲームマネーで販売されている〈ゴールド〉〈シルバー〉〈アイアン〉等があるが、このうち〈ゴールド〉は実際にはまず使用されることがないものだ。

 何故かと言うとゲームマネーでNPCの販売額が二十億ゴールドと、他と比較して値段が異様に高いわりには成功確率は〈プラチナ〉の半分の性能である五倍である設定の為である。

 対して〈プラチナ〉の取引相場はその時のゲームマネーと現金、いわゆるリアルマネーとのレートによって変動するが、今のところは約十億ゴールドほどといったところ。

 当然のように〈ゴールド〉の《精錬のピコピコハンマー》を使用する人はまず居ない。

 あるとすれば、無課金プレイヤーがどうしても今精錬がしたい時に露天をまわっても〈プラチナ〉が手に入らないような状況のみであろう。

 とはいえ、MMOにおいてレートは大抵はどんどんとあがっていくものであり、いずれは《精錬のピコピコハンマー〈プラチナ〉》も二十億、三十億と出さないと買えなくなると予想されるので、今後もそうであるとまでは言い切れない。


 他の〈シルバー〉と〈アイアン〉であるが、〈シルバー〉はNPCから高値で買ってまで使うほどでもないが、ドロップアイテムとしてそれなりに市場に出回ることがあり、露天で安価で買え、〈アイアン〉はNPC価格が千ゴールドとかなり安いために低レベルの武器防具の精錬によく使われる、といった感じである。



《破壊抑止券〈精錬レベル二十まで有効〉》の方は、精錬失敗時の破壊を無かったことにしてしまう、ある意味チート級の課金アイテムで、その性能の分、値段も高く、《精錬のピコピコハンマー〈プラチナ〉》の約二倍の価格である。

 実はこのアイテム、サービス当初は存在しなかった課金アイテムであるのだが、半年ほど後に実装した当時は、ひたすら高額課金させる気が満々なこのアイテムの特色に、さすがにどのようなプレイヤーからも運営の守銭奴振りが丸見えになり、殆どが非難轟々という評価であった。

 が、時間がたつにつれて、それもおさまり、今は普通に市民権を得ている。

 その理由のひとつは、やはりその性能が望まれているアイテムであると言うのが正しいだろう。

 多くの、プレイ時間を課金額で埋め合わせようと考えるトッププレイヤーたちは、最初のうちは周りの人に迎合して「あれは無いよねー」などと話を合わせつつも、結局は裏でコッソリと使いまくってしまうのだ。

 日本と言う金満社会人の多い国では仕方のないことではあるようだが。


 ちなみに今現在のアメジストの幻影剣のレベルは八で、そこまで全て彼はこの《破壊抑止券〈精錬レベル二十まで有効〉》を用いてレベルをあげている。

 精錬レベル八は低くもないが、高くもないと言った程度のレベルである。

 しかし以前に精錬をした際には、メザマレックの資金力ではこれ以上の精錬レベルにするのは《破壊抑止券》を用意できなかったので無理だった。

〈レジェンド〉クラスの武器であれば精錬失敗による破壊など目もあてられないし、そもそもあってはならない。

 当たり前だが今回も彼はレベル二十までこれを使用する算段だ。



 いったんインベントリを閉じてからまた開き──巻き戻りの元となるモザイクXを入れて《精錬のピコピコハンマー〈プラチナ〉》と《破壊抑止券〈精錬レベル二十まで有効〉》を取り出して、更に予備のモザイクXも分けて取り出し、また閉める。

 精錬用の予備スロットを開けて《破壊抑止券〈精錬レベル二十まで有効〉》をセットし、ついでに龍貨一枚も願掛けで入れておく。

 右手には《精錬のピコピコハンマー〈プラチナ〉》、左手にはアメジストの幻影剣を持って、しばし息を呑む。


 薄紫の透明な刀身を輝かせるアメジストの幻影剣、メザマレックは自分の子供に向けるような慈愛に満ちた目でしばしそれを眺め────右手を大きく振りかぶって《精錬のピコピコハンマー〈プラチナ〉》をピコっと打ち付けた。


 途端、少し間の抜けたようなファンファーレが鳴り響く。



「おお、一撃で成功か!

 おーっし、気分が乗ってきたぁ!

 どんどんいくぜ! 目指せ! レベル二十!」



 もう一度っと、開いたインベントリの中には、当然のように先ほど使ってしまったはずの《精錬のピコピコハンマー〈プラチナ〉》と《破壊抑止券〈精錬レベル二十まで有効〉》が存在していた。





to be continued...



 ▽

 

 


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