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第二話 経験値も減っていく

 

 

 ▽





 あれから二日が経過して、あの誰にも知られていなかったはずのモザイク状の失敗作の異常は目に見えてわかる程度まで強くなった拍動をしているところをあっさりとメザマレックに発見され、知的好奇心を満たす為の実験用素材として、彼によるマッドサイエンティストじみたしつこい観察を受けていた。



「指でツンツン突付いてみても特に目立った反応は無し。

 話しかけても反応無し。

 生きてるわけではないのか?」


「って、インベントリに入れれば情報は見られるよな、何やってんだ、俺……」


 慣れた手つきで物体Xはインベントリにひょいっと投げ入れられる。



「ふむ、これバンドル可能アイテムなのか。

 しかし表示も数もバグってるとか……」


 慎重にインベントリ内でふたつに分けられる謎アイテム。だが────



「分けたものまで数もバグってますな……物体Xがふたつになったわ……」


 メザマレックはとりあえずひとつをインベントリから取り出し、机の上に放置して、細かい検証は後ですることにしてまずは腹拵えをすることに決めた。

 だが直前で外食するには手持ち金が不足しているかもと思い直し、確認のため再びインベントリを開くと入っているはずである拍動するモザイクもどきはどこにも見当たらなかった。



「あり? 何で────?」


 机の上には物体Xが鎮座している。

 だがインベントリに入っているはずの物体Xは消えている。


 瞬間的には取り乱したメザマレックだが、実際には特になにも損害は無いことを把握した後は逆にこの非日常的現象にムラムラと好奇心が沸いてきた。


 まず彼は同じようにインベントリにモザイクXを入れ、今度は三つに分けてからそのうちのふたつをそれぞれ取り出す。

 これによって万が一のアイテムロストを防止し、思う存分実験に集中することができる場を整えられるからだ。

 次に前と同じようにひとつを残したままインベントリをいったん閉じ、また開いてみる。



「やっぱ消えてるか……」


 そこでメザマレックはしばし熟考をする────



(今はただインベントリに入れた謎アイテムがロストするだけの状況に過ぎない。

 これ自体は普通の人間にはなんら価値を見出せない程度の現象だが……

 俺のような馬鹿と紙一重の自称天才がこんな面白そうな事にそんな結論で全てを終わりにするなんて出来るはずがあるわけないよな。

 とりあえずは遊び尽くすネタを求めて、現象に対して応用が出来ない状態を改善するべきだ……)


(まず現状、まあ、検証結果が少ないという事実があげられる。

 つまりまだこれらの現象に対して自分の結論が下せるほどの材料としての情報が不足しているという事だ。

 ならば最初は色々と試行をしまくってデータ集めをするのが推奨される次の行動となる)


(で、同じ現象が常に起こる、この場合インベントリに入れた謎アイテムが毎回消えるという保証は無い事。

 これに関しては後で何百回か繰り返せば、完全なる確定ではないが応用的試行をする為の軸程度にはなる。

 が、今は謎アイテムの予備もあるし何時でもできるわけで、そこの確定性は大して重要ではない)


(物体Xだけが消えているが、インベントリ内部の他のアイテムは消えていない事。

 これが俺の勘では非常に重要なキーとなると思うのだ。

 素人が単純に考えると、バグアイテムである物体Xがアイテムデータとしての実体を持たないが為の結果のようにも思えるのだろうが、結論を出すにはやはり、関連するアクションを絡めることによる検証結果の多面的取得が望ましいだろう)


(つまり、まず思いつくのは物体Xをインベントリに入れた後にイレギュラーな事態が起っていると予想されるので、入れた後にまた新しく別のアイテムを入れる、もしくは中から引き出すという二つの試行方法に対しての検証だよな)



 インベントリを開け、机の上の拍動するモザイクをひとつ、放り入れる。

 先ほどと同じようにふたつに分けてから予備とするひとつを取り出し、今度はそのまま閉じないで、一番安く売っているポーションをひとつだけインベントリに入れてから閉じて、すぐ開く。



「これはこれは……」


 彼は得られた検証結果、モザイクのみならず追って入れたポーションも消えている事を確認して、唇の両端を上げるような笑みをかすかに浮かべる。

 何故ならこの時点で物体Xが実体が無い故に消えたという仮説が正しい可能性が無くなったからだ。

 つまり、これはより異常な現象が引き起こされている可能性が高いという事にもなる。


 アイテムが消えるのではなく、アイテムが増えたという現象そのものが消えているのだとしたら────逆に《アイテムが減ったという現象も消える》可能性が高い。

 そしてそれは実際にどういう意味合いを持つかだが────


 彼は今度は素早く、予定してあるもうひとつの方法、物体Xをインベントリに入れ予備を出し、更に現在の所持金の全部でもある三百八十ゴールド(アルオン内で牛丼もどき一杯が食べられる程度の金額)を引き出してから、インベントリを閉じて、また開く。



「オホッ、きたこれ!」


 しかして、インベントリの中には物体Xは当然のように見当たらず、だが、引き出したはずのお金は三百八十ゴールドが引き出す前と同じようにインベントリ内にも残っていた。

 そして直前に引き出したお金も机の上にある。


 減ったことが消えるという意味、その答えは《増える》という事実である。



「巻き戻り!

 巻き戻りがきたああああーーーーーーー!」





《巻き戻り》とは何か?


 それを知ろうとする者は、事前に知っておいたほうがよい知識がある。

 ────MMORPGには昔から《裏》と呼ぶにふさわしい世界がある事を。



 どのようなMMOでもある程度ハマった経験のある者は、好む好まざるにかかわらず、《裏》の事情に詳しくなっていくのは避けられないものである。



 例えば、軽いものでは〈ネカマ〉と〈ネナベ〉

 こちらはさほど説明をする必要も無いと思うが、自分の実際の性別とは違うキャラクターでゲームをプレイし、そのキャラクターに成りきってしまう、いわゆるRPGロールプレイングそのものであり、本来は《裏》に識別されるような批難される行為ではない。


 だが、想像してみて欲しい。

 MMOの初心者が何も分からずおろおろとプレイをしている時に、突然、魅力的な異性のキャラクターで甘い言葉で手取り足取り、不慣れな自分をフォローしてくれる人が現れる。

 現実には非常に厳しい、ありえにくい状況だが、MMOの場合はどちらかというとどこにでも存在する、いわゆる普通の出来事である。


 そして仲良くなった二人は、いつでも連絡が取れるように〈フレンド〉というゲーム内での友達の関係を結び、その後、レベルや職業の条件が整ってくれば〈狩り仲間〉として、長ければ数ヶ月、数年といった時間をゲーム内で共に過ごす。


 当然のように好意は膨れ上がり、毎日のように会い、幻想も膨れ上がる。


 そして────破局、その相手が実は《同性》であると知ったときの衝撃────



〈ネカマ〉と〈ネナベ〉の問題点は、他の《裏》要素〈ストーカー〉にも関連してくる。

 何故関連しているのかと言えば、実は〈ネカマ〉や〈ネナベ〉をする人間というものは、同性から見た異性としての理想像をふまえている事が多いという点で、非常に魅力的なキャラクターを演じる事が出来る場合が多いからである。


 むしろ、ゲームの中で非常に魅力的なキャラクターをしている人は、確実に現実とは逆の性別である。とまで言い切る人が実際にかなり多い程、その通説は常識化しているのである。


 それ故なんと、性的な理由で〈ストーカー〉にあうキャラクターの多くは……〈ネカマ〉か〈ネナベ〉である確率も高いという。

 美少女キャラクターを演じる三十路の〈ネカマ〉おじさんが、男キャラクターの〈ストーカー〉を演じる現実の〈ネナベ〉美少女が追いかける……などという筆舌に尽くし難い現象もMMOではありえるというわけだ。


 MMO内での〈ストーカー〉は、実際のストーカーよりは多少は迷惑度が低いにしても、目標となった人がブログなど公的な活動をしていた有名人だった場合、今まで依存していた多くのものを捨てないと〈ストーカー〉との縁が確実に切れないのでその精神的被害は計り知れない。



 また、〈ストーカー〉に関連して出てくる他の《裏》の要素、〈PK〉と〈PKK〉

 ストーキングの原因となる理由が性的なものではなく、単なる感情的なもの、例えば逆恨みなどの場合、《Player Killer》略して〈PK〉と呼ばれる行為へと発展する場合がある。

 目標のプレイヤーがフィールドで狩り行為を行っている時に、プレイヤーを攻撃して倒し、経験値の減少などのデスペナルティを与え、ゲームシステムによっては落としたアイテムを奪い、狩りを邪魔する。

 このように特定個人を集中的に狙って〈PK〉をするのは、俗に〈粘着PK〉とも呼ばれる。

 これらは愉快犯によるものである場合も多い。

 もし上位者から一方的に集中して狙われて攻撃を加えられると、そのプレイヤーはまったくレベリングが出来ないことにもなるので、MMO初心者などは嫌がらせとも言えるその行為に精神的にダメージを負い、引退に追い込まれることも実際少なくはない。


 その悪辣な〈PK〉行為を正義感からか嫌悪し、〈PK〉をする者を倒して邪魔を、もしくは罰を加えることを目的としたのが《Player Killer Killer》略して〈PKK〉と呼ばれる存在である。

〈PKK〉というものは、実はMMO等では独特な立ち位置にあり、〈PK〉と同じように人を殺す、倒すことを目的としたプレイをしているだけあって、正義の行いをしている割には〈PK〉行為に関わりたくない人たちからは白い目で見られることが多い。



 さて、ここまでは《裏》と言ってもあくまで小悪。


 もっと不快で深い《裏》要素の代表とも言えるひとつに──〈チート〉というものがある。

 本来、〈チート〉の意味は〈ズル〉や〈騙す〉などであるが、〈チート〉という言葉を使うにあたって今最もピッタリと来る概念を述べてみると《正当な手段以外での操作によるゲーム内要素の改竄》であろうか。


 言ってみれば要は不正行為なのだが、その中でも、ゲーム中で製作者の意図しない動作をすることを、こちらも《裏》の要素として〈バグ〉と呼ぶが、その〈バグ〉や〈データの改竄ツール〉などの手段で《その人が所持するキャラの能力を強化》したり《強力な武器防具アイテムを楽に入手》したりするのが、一般的な多くの人たちが使う〈チート〉という言葉の認識に近い。


 メザマレックが行った〈バグ〉でお金を増やした行為も、一応〈チート〉と言えるだろうが、こちらはどちらかというと軽いものだと〈バグ使い〉という分類になり、〈チート〉という言葉はもっと──コンピューターに詳しい人の〈データ操作等の技術的な要素〉が絡んだ不正によく使われるようである。



 その技術的な要素を使用する〈チート〉の亜流として更に〈BOT〉もしくは〈ボット〉というものがあげられる。

 これは通常、プレイする人が行うキーボードやマウス操作を、血の通っていないロボット、というよりかプログラムに代行させて、プログラムにゲームをプレイさせるものである。


 非常に曖昧な作業や予想外の事態に対する対処などはやはり人間がやる方がうまいことが多いのだが、ゲームに多い単純作業に関しては、疲れを知らないプログラムの方が長じているので、こちらは人間ではかなわないことが多いだろう。


 一見すると〈BOT〉はゲーム中ではプレイヤーと見分けにくいので、特に気にするほどのことでもないと考える人も居ると思うが、これは現在かなり問題視されている不正行為のひとつで、この〈BOT〉が大量に発生しゲームの狩場を独占してしまい、肝心の善良なプレイヤーがろくに狩りやらのレベリング作業を行えないという問題が多くのゲームタイトルで発生している。


 また、これら〈BOT〉が単純にキャラクターの強化を目的としていない点も更にたちが悪く、実は大抵は〈RMT〉と呼ばれる、現金でのゲーム内通貨やアイテムの売買システムで本当のお金を稼ぐことしか、BOT使用者の頭にはないのである。

〈RMT〉は昨今では身元不詳の外国人達の収入源となったり、色々ときな臭い要素の高いものだったりする。



 そして、サーバーの電源が落ちる、略して〈サバ落ち〉、当て字を使って〈鯖落ち〉と言われる現象によって引き起こされる、プレイした結果が、ある時間からスッパリと消えてしまいモンスターとの戦闘も経験値の取得も、悲しいことにレアアイテムのドロップも無かったことになる────

〈鯖落ち〉後にゲームにログインすると数分から数時間前の状態に全てが戻ってしまう《巻き戻り》というもの。


 これ自体は《裏》の要素というよりは、ゲーム運営会社の方の失態や想定不足のような代物であるのだが、その際に何故か、取引や移動したアイテムやお金が消えたり増えたりすることが度々ある。

 そのうち、消えてしまわずに増えてしまった現象、いわゆるバグのひとつによるもので、これ以外でもバグによるものであれば当てはまるのだが、偶然増えてしまったことも含めて、主には意図的にアイテムやお金を増やす行為などを──〈増殖〉──と呼ぶ。


 アイテムやお金が正規の手段を伴わずに増える、それは素人が聞いても危ういものであると理解するのは容易である。

 なにしろ、重要な要素であるアイテムやお金、現実で言えば品物や現金が無造作に増えるなんてことは、誰が考えてもゲームバランスを壊すのは必定な要素。

 それ故〈増殖〉に関連してくる《巻き戻り》という言葉もかなりきな臭さを含んだものであるのだった。


 それが──個人で好きなときに自由に起こせる現象になったのであれば、なおさらである。





to be continued...



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