第一話 マジックポイントも減っていく
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《 ultimate online 》
一昨年の三月に運営が開始されたそれは、多くのMMOの漂流者達に期待されつつ満を持して登場した世界最初のVRMMOである。
今までゲームとはまったく関係の無かった八塚グループが開発をするという事で、当初は否定的な評判が多く、一部マニアの噂になる程度のものであったが、そこはさすが巨大企業といったところか、長くスポンサーをつとめる超人気TV番組「あるある、んなわけねえよ!」中で一大特集を組み、なんと当時の各世代好感度男女ナンバーワンからナンバーテンまでの芸能人とのゲーム中でのデートの権利を得られるという空前絶後の戦略で広告を打ち出してきた。
これには今までMMORPGなどまったく興味の無かった人間も無関心では居られなかったようで、いたるところで人々の話題となり、かなりの高い宣伝効果を生むこととなる。
Twitterでは、「爺ちゃんはお鶴さんと、婆ちゃんは家出将軍を狙ってるらしい。いい年してよくやるよ」などといったつぶやきも見られるようになり、しまいには某巨大掲示板で〈アル夫〉というAAキャラまで生まれていた始末だった。
だが、蓋をあけてみれば目新しいリアリティという新鮮さの要素以外は結局のところ、参加人数の多さに悲鳴を上げる反応の悪いサーバー、一部の心無い人々によるレアモンスターの独占、コンテンツの出し惜しみによる不満、ギャンブル性の高い武器防具のアップグレードによる引退、まともな強さの高レベルモンスターの不在による事実上のレベルキャップ、週に一度のギルド戦は毎回同一の巨大ギルドのみが利益をあげるシステム等、いつもと変わらないMMORPGでの問題点が浮き彫りになり、次第に一部の金に汚い勝利者と、焦燥感にまみれた多くの中高レベル層と、何も知らず初々しい低レベル層の区別がはっきりしてきて、リアルの日常生活と変わらないマンネリ感がゲームを覆いつくした。
とはいえ、そんなゲーム中でも多くの人間がいれば数多くのドラマも生まれる。
多くの退屈の中において多くのプレイヤーが知恵を出し合い、それらがまた新しく一人一人の小さくも輝かしいゲームの楽しみを日々創り出していたのであった。
そんな中で、あるひとりの男もまた不完全燃焼する現状に異を唱え、自分の存在価値を見出そうと意識することで自分なりのプレイスタイルを独自に編み出そうと努力しはじめる。
そう、既にこのとき、運命の歯車は大きく歪んで動き始めていた。
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そして一年後────
ガッチャコン、ガチャコン……
ゲーム内で借りられる住宅の中でも低レベルに位置する下層街の外れ、洒落っ気のひとつもない無骨な石造りの工房から怪しげな物音が響いてくる。
煙突からはモクモクと黒煙がたなびき、時折赤や青や黄色の煙も混じっている。
「うーん。あいかわらず会心の……不出来具合だ…………」
この──よく見れば非常に端正な顔立ちをしているのだが、全身でかもし出す雰囲気が悪いのかどこか野暮ったさを残す、いわゆる残念なイケメンに分類される男の職業は〈ブラックスミス〉
スキル制のこのゲームの中では正式な職業というものは無いので、ぶっちゃけて言うなら『俺は~だ!』と宣言すればどの職業にも就ける、いわゆる只の自称鍛冶屋である。
《 ultimate online 》、略してアルオンにおいて採用されている鍛冶のシステムは、生産者が単純で奥が浅いプレイで飽きてしまわないようにと、通常の鍛冶システムには珍しい、お楽しみ要素とも言われるものが組み込まれていて、必須素材の他に鍛冶中に適当なものを随時加えることにより、ある程度ランダムなアイテムの生成が行われる。
例えば、鉄の剣を製造中に毒草を加えて微毒付与の効果を持つ剣が出来たり、鍛冶と製薬の違いはあるがHPポーションの製造中にMPポーションを添加すると微妙にMPも回復するポーションが出来たりもする。
しかしあくまで得られる効果や変化は微妙かつ微小なことが多く、有用なレシピを発見できたプレイヤーは実際には非常に少なくて、上位武器のエクストラレシピなどは一般に公開されることはまず無いといってもよい状況でもあった。
「はあ……猫ミミヘルムがこんなに作りにくいとかありえないんだけど。
もう少しなんとかならんもんか……
運営もホント気が効かないよなあ……」
バーコードのように横長の毛が縞々に生えた失敗作のミスリルヘルムを部屋の隅に投げ捨てて、冷蔵庫にしまっておいたお手製のラムレーズン味のアイスクリームを取り出し一服する。
味覚信号のフィードバック技術により、現実とさほど変わらない程の精巧な食感が再現されている為、こうした手作りのお菓子作りはアルオンのゲーム内では盛んであり、料理に関わるスキルもそれなりに人気が高く、彼のようにサブスキルとして習得している者の比率は多めだ。
「まあまあの出来だな。
この濃厚なコクはなかなかにミリキ的で美味い。
つうか精神的に疲れたときはやっぱ甘いものに限るな、糖分は脳の栄養って言うし」
しかし男の眉間にはその軟弱なセリフにふさわしくない縦皺が見える。
一応は鍛冶スキルをメインとしてプレイしている身であるが故に、比較的長時間を費やしていて未だ納得の出来る目当てのアイテムを作れていない今の状況は内心、それなりに我慢がならないもののようである。
──そもそも男、プレイヤー名《メザマレック》は実はアルオンの中では殆ど知らない人は居ないという非常に有名な鍛冶師であり、中にはアルオンにおける鍛冶の神として崇拝する者まで居る立場。
上位者故の苦悩、優位な故の矜持は時に無駄とも思われるほどのこだわりを発生させ、大抵は楽しんでやっていた作業ですらいつのまにか苦痛に飲まれていくことになるのが定例である。
だが稀有な才能はそれすらも超えてあらゆる困難を無理やりにも捻じ伏せてしまうのもまた真理。
アルオンでの武器防具生産は、単純に攻撃力や防御力などの基礎的な数値があがる〈ハイランク〉製品の他に、突出した性能を誇る〈ユニーク〉、名前の通り伝説級の〈レジェンド〉、いまだ創られたことも無い〈アルティメット〉という三つのエクストラ品が出来る可能性がある。
そして現在〈レジェンド〉の冠がつくアイテムはメザマレックが作り上げた《アメジストの幻影剣》以外はゲーム中には存在すらしていない。
アメジストの幻影剣は〈レジェンド〉クラスのエクストラアイテムなのだが、実は単なる〈レジェンド〉クラスという事以外にも、アルオンの中では別の意味でも伝説となっている代物である。
それは約半年前の出来事────
週に一度のギルド戦が既にマンネリ化していた時代。
ひたすら利権をむさぼることを目的として結成されたトッププレイヤーの集まりである大手ギルド〈神羅万勝〉は既に一年近くも毎週、城主ダンジョンの専有化を成し遂げていた。
それを快く思わないギルドも実際には数多くあったのだが、〈神羅万勝〉以外のギルドは、かのギルドほどの総合力は持たず、城主ダンジョンの取り合いには他の大手ギルド単体では歯が立たないこともあってか、城主ダンジョンとは比べ物にならないほどの小さな利権であるサブダンジョンの使用権の取り合いで精一杯の状況であった。
結果的にギルド戦は毎回予定調和のように〈神羅万勝〉が多大な戦果を常にあげてきたのである。
だがそんな判で押したようなつまらないゲーム内の状況を憂いた存在────
製作したばかりのアメジストの幻影剣を携えたメザマレックが、普段製作した武器防具を主に卸している中規模ギルド〈Astral light〉に打診をする。
────俺と協力して城主ダンジョンを奪ってみないか、と。
結果的にその試みは見事に成功することになる。
当時まだ誰にも知られていなかったアメジストの幻影剣の《幻影を作り出す能力》は〈神羅万象〉のメンバーを混乱の渦に叩き込んだ。
いままでギルド戦ではただ多人数で囲み単純に攻撃スキルを繰り返すだけでどんな敵も秒殺していたその非常に幼稚でありながらある意味最も効果的とも言える戦法が、メザマレックの持つアメジストの幻影剣の作り出した幻影相手にはまったく効果が得られなかったからだ。
本体が幻影からかなりずれた位置に透明状態で存在し、透明化解除スキル等では解除は出来ず、幻影使用状態のプレイヤーにダメージを与えるには、見当で撃つ範囲攻撃が最も有効なのだが、当時はアメジストの幻影剣の仕様を知るものなど〈神羅万勝〉のギルドメンバー内に居るはずもなく、メザマレックはほぼ無敵状態のままギルド戦の間中、無双をし続けた。
だがさすがに多勢に無勢では、それだけで城が楽に落とせたりはせずに戦況は泥沼状態に陥ったが、〈神羅万勝〉のメンバーの多くがこの混乱状況から脱せず、これはバグかチートの類だと盲信し、運営へ苦情を訴えようとするダレた空気の中、終了時刻ギリギリのところでメザマレックが貸し与えたユニークアイテムを装備した〈Astral light〉のメンバー数人の必死の特攻により城主の座が奪取される。
このギルド戦はそこで終了を迎えたわけだが当然それで事態は終息はせず、メザマレックには〈神羅万勝〉のメンバーからの抗議と侮蔑の、〈Astral light〉のメンバーからは祝福と賞賛の耳打ちの嵐、某巨大掲示板ではこの大事件での事態の分析、罵倒、批難、歓喜、賞賛、擁護、疑問、その他諸々の感情を伴ったレスで勢いよくスレッドが消費されまくり、それぞれのギルドメンバーのブログではチートの証拠だと動画のURLが貼られたり、城主の座の奪取時のスクリーンショットが公開された記事が脅迫じみたコメント荒らしのめにあったりと、ゲーム外での戦いにまで発展して更に混沌の様相を迎える。
翌日の夜にゲームマスター直々の全体チャットでのアメジストの幻影剣についての仕様説明がありメザマレックに対しての正当性が証明されるまで、この騒乱は長くおさまらなかった。
その後、この事件を境にして、メザマレックと〈Astral light〉に触発された数多くのギルドが積極的に城主の座の奪取に挑戦するようになり、〈神羅万勝〉の城主ダンジョンの専有化をかなりの率で阻むようになったのだ。
そして一躍時の人となったメザマレックのその後であるが──────
「そうか! 猫ミミそのものを添加するという考え方が単純すぎたんだ。
なら少し捻って概念の添加……
猫ミミの概念を持ちつつも猫ミミでは無いものを添加すればいい」
まぜまぜ、ねりねり、にょろにょろ、ぽちゃぽちゃ……
「よし、添加物は完成。
後はヘルム用の基礎素材、ミスリル銀千五百グラムと赤魔晶石一個を用意して……」
ガッチャコン、ガチャコン……ピーガチャ、ピーピー、ピーチョ!ピーチョ!
「やばい……なんかヤバイ。反応が超やばい。
やっぱ猫耳麺を添加しちゃったのは発想が斬新過ぎたか?」
「いや、違う、コレは、この今まで見たことも無い反応はきっと〈アルティメット〉だ!
ついに俺の手によって〈アルティメット〉の猫ミミヘルムが出来上がるんだよ!」
────バッフォン!
「え……何これ?…………モ、モザイク?」
わけのわからないモザイク状の失敗作を暫し見つめ数十秒、次に肺の中の空気をすべて吐き出すような深いため息をつく。
「まあ……そんな簡単に出来るわけもないか。
というか、あんなネタ配合で〈アルティメット〉とか出来るわけないよな。
冷静になったらさっきのハイテンションが超恥ずかしいんですけど……」
そしていつものように即座にその産業廃棄物を部屋の隅に投げ捨てて、メザマレックは次のネタ装備の試作に取り掛かる。
だがこの時、このモザイク状の失敗作がかすかに拍動していた事を────今はまだ誰も知らない……
to be continued...
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