バスに乗って
あーあ。
ある程度大人になり、自分はすっかり無感動な人間になったものだと思っていたけれど。
やっぱり何年も付き合ってて結婚直前になった男に浮気されて別れるのは辛いものだった。
別れる時も涙の一つ流さず、あらそう、じゃ、お幸せに。大人の余裕で流した。
まさか次の日の夜に一気に辛くなるとは思わなかった。
今思えば今週は不運が積み重なっていた気がする。
いつも可愛がっていた野良猫が目の前で知らない人に連れていかれたのも辛かったし(でも優しそうな人だった。私と違って大切に飼ってくれるのだろう)。
課長に仕事を押し付けられ、結果だけ全部持ってかれたのも苛立った。
久しぶりにあった元彼はすごく幸せそうに彼女の写真を見せてくれ、こんど、結婚するんだと言っていた。
みんなみんな幸せなのだ。
羨ましいとは少し思うが、きっと私にいま大きな幸福が訪れても小心者の私は辞退してしまうんじゃないだろうか。
あー、旅にでたい。海が見たい。冬の日本海。おばあちゃんちの側にあるあそこ。
旅にでたいがもう終電も終わっている。
仕方なく近所のコンビニへ評判の肉まんを買いにふらりと出かけて行った。
「あれ、こんなとこにバス停あったっけ。」
コンビニの帰り、肉まんを頬張りながらふらふらといつもの道を帰ると、バス停があった。
そのバス停はなぜか照明のないこの暗闇でぼんやりと浮かび上がり、その存在を主張していた。
私は惹きつけられるようにそのバス停の側へふらふらとよって行く。
【宵闇バス 目的地行き】
看板にはそう書かれていた。
「宵闇バス?初めて聞いたわそんな名前…新しく増えたのかな?てか目的地行きって目的地が何処なのかわかんないけど何処へ行くんだろ…路線図も無いし…」
キーッ。
「えっ!?」
何時の間にか後ろにはバスが止まっていた。もう深夜なのに。
不審に思うが、それでもちょうど何処かに行きたいと思っていた所である。日帰りできるかな、まあいいや財布があればなんとかなるしキャッシュカードも入ってるからそこで下ろそう。
そんな軽い気持ちでバスに乗り込む。
「おや、珍しい。お客さんなんていつぶりでしょう。お客さん、何処か行きたい場所はありますか?」
「へ?あ…ああ、海辺へ行きたいです」
「ご乗車、ありがとうございます。このバスは海辺行き海辺着です。お降りの際は降車ボタンを押し、完全に停止するまで席を立たないようお願いします。」
客の都合で好きなとこへ行くなんて、タクシーじゃあるまいし。ま、いっか。ここから日本海は遠いから、太平洋か…海辺にいけるだけましか。
客は私しか居ないしタクシーみたいなものだと思って運転手さんに話しかける。
「すいません、このバスいつから運行しているんですか」
「いつからでしたかね…もううーんとむかしだから忘れてしまいました。」
「運転手さんはいつからこのバスを?」
「それもとても昔なので忘れてしまいました…。」
意外。とっても若く見えるのに…いや?おかしい。けど、そもそもこのバスがおかしいの塊だ。気にしないでおこう。
「終点ー終点ー海辺ー。海辺ですー。またのご利用お待ちしております。」
いつの間にか寝てしまっていたようだ。本当に海辺である。
何処か懐かしい風景。
「料金、おいくらですか?」
「340円になります、そちらへどうぞ」
思ったより安い。こんな値段でこれる距離に海辺は有ったっけ。
「またのご利用お待ちしております。ーー宵闇で、会いましょう」
不思議な挨拶に会社のサービスなのかな、と思ってしまう。
バスを降りると、バスは表示を【回送】に変えて音もなく何処かへと消えていった。
「わ、嘘ぉ…」
本当におばあちゃんちの側の海辺みたい。
あ、でも…
「帰り、どうしよう…」
「貴方が宵闇でバスにであったら、是非とも乗ってください。きっと快適で満足できる旅をご約束します」