寒い朝は嫌い
寒い朝は嫌いだった。うっかり君の温もりを想像してしまうから。もう、別れて一年たったのにな。男って意外と女々しいなと我ながら思う。君はこの寒空のしたで、なにしてんの?片思いには、少し厳しすぎる季節だね。
高良は、いつものようにバイトへでた。午前三時。工場で精肉をするバイト。肉体労働ってやつ。高良は意外と細く見られがちだけど筋肉も体力も人並み以上で重宝される。あるいは、感心されたりもする。バイトの帰り道。高校生の通学者とすれ違う。ちょっとだけ目の保養と思えば、スカートからジャージ……。
(花の十代、無駄にすんなよ)
なんてことを思いながら、アパートに戻ったら、また、一眠りする。
今日の授業は午後だけだ。最近、起きれない生徒のためにモーニングコールサービスが始まった。二十歳すぎがそんなもんに頼るなよとか、勝手に思う。そして高良はふっと思い出した。
『心が傷んできたんだよ。もうこの国に余裕はないのさ』
(今のなし!……どうして、そんな簡単にあの人の一言を思い出すかな、俺)
高良ははっとため息をはいた。それからしばらく雪交じりの雨が降り続いた。そろそろクリスマスも目前となった十二月二十三日。高良はむなしく、ひとりゲームで遊ぶ。明日、飲み会に誘われているが、とても行く気にはならなかった。
ピンポーン
不意にチャイムがなる。誰と大声で呼ぶが返事がない。また、ピンポーンとなる。高良の頭の中で、何かがはじける。この呼び鈴の鳴り方は……。思わず勢いよくドアを開けた。
「や、元気そうだね」
(それは、そうでもないんだけど)
目の前には、きっちりとスーツを着込んだ元カノの可奈子が立っていた。彼女はにきょとんとして言う。
「あれ?お帰りなさいのチュウは?」
どうしてしてくれないのとばかりに、唇を尖らす相手に高良はがくっと力が抜けた。
「チュウもなにも・・・俺たち別れたんだろがよぉ。可奈子さん」
「え?別れてないよ」
「別れたよ。てめぇ、さよならっていったじゃんか」
可奈子は何かを思い出したように、うなずく。
「いったね。確かに、さよならって」
「だから、もう俺たち関係ねぇし・・・」
「そうか、さよならは永遠の別れか」
可奈子は、初めてそんなことを聞いたと言わんばかりの顔でふむふむと何かを納得しようとしていた。
「何言ってんの?」
「いや、見解の相違。じゃない、すれ違いだな。しばらく会えないからさよならといったんだが、またねを略したのがまずかったか」
可奈子はどうしようかと言った。
「どうするもなにも・・・」
未練たらたらの高良はとにかく可奈子を部屋にあげた。玄関でするような話ではないし、他人に聞かれるのも辛い。
「彼女はできてないね」
「悪いかよ」
「いや、ちょうどいい」
そういって可奈子は、高良の膝に乗って耳元でささやいた。
「高良君、お姉さんと付き合いなさい」
高良は腹立たしいやらうれしいやらで、もう何がなんだかわからなくて、どうしようもなくて、可奈子を抱きしめた。
「で、一年間なにしてたんだよ」
「親が倒れたので、介護しにな。会社に頼み込んで一年間休職させてもらったんだよ」
「そういうことは、俺にもちゃんと言えよ」
「そうだね。これからはそうする。一年したら、君もあたしもお互いを忘れてると思ったけど」
違ってたわと可奈子は笑った。その笑顔は、やっぱり一番きれいだと高良は思った。
(完敗だ)
高良は可奈子を抱きしめて、首筋に強く口づけをした。
【終わり】