5.花
「お前の名前はベルよ、可愛い私のベル――」
たまに見る私の夢。
この夢で起きる時は不思議と涙が溢れるの。顔も見えない眩しい光の中で、私に呼び掛ける優しい声が聞こえて優しい腕に包まれて幸せな気持ちなのに、目が覚めると私は一人なんだって思い知らされるから……。
一人でもないけど、親がいないって意味では一人なのかな。でも、寂しいって思うのは目覚めたお布団の中だけ。起き上がって自分の部屋を出れば「おはよう」って言ってくれるプロメテウスがいる。
神様だって知ったのは、学校でお勉強してる時に同じ名前を聞いて思わず「今日学校でプロメテウスの名前が出てきたんだよ! 一緒の名前なんてすごいね」って言ったら「だって、それ俺だから」って。
それから神様の話をたくさん聞く様になった。お空の上に暮らす神様がたくさんいること、お空の上だけじゃなくて海にも地面の下の世界にもいるんだって。でも、この事は内緒で、他の誰にも言っちゃいけないよって。お約束したから今まで一度も口にしなかったけど、お家ではプロメテウスからたくさん聞けたから私の特別。
その中でも特に、地面の下の世界にいる神様の話しはほとんど無くて、唯一のお話しはこのエティオピアの地を救ったお話だけ。だからかな……話を聞かない分、とても興味が湧いた。神様も知らない神様を知りたいって思い始めたのはいつからだったんだろう。
学校を卒業すると同時にプロメテウスから「仕事は自分の好きな事をしなさい、成人を迎える二年後に大切な話をしよう」って言われたわ。きっと両親のことだろうとは思ってるんだけど……気にしても仕方ないし、好きな事を仕事に出来るなら大好きなお花に関連したものが良いなと思ってプロメテウスに相談して、お花屋さんを開く事に決めたのっ!
お庭にはたくさんの花が咲いているし、なぜか他のお庭よりもお花がたくさん咲くからいつも羨ましがられてた。
お花屋を始めて一年が過ぎた頃、普段見かけない様なマントに深い頭巾を被ってる人がすぐ近くの木陰に座ってるのが見えた。最初は旅人さんかなって思ったけど……辺りを見回して何か探している様な気がした。
ふと、目が合った気がしたけどすぐ俯いたから気のせいかな……でも、なんでだろう……あの奥に隠れた目で何を見ているのかとても興味をそそられて――
それがまさかハデス様だったなんて。
「ベル、お前もおいで。置いていくより連れて行ける方が俺も安心だ」
神様の住む空の上に行けるなんて言葉にならなかった。ちゃんとお留守番出来るって口では言ったけど……本当はとっても嬉しくて、心の中で「やったぁ」って叫んだのはプロメテウスに内緒。神様に会いたい訳じゃないけど、すごく嬉しかったの。
着いた先は、小さなお花や可愛らしい葉が広がる原っぱみたいで、空気がいつもより澄んで感じる。深呼吸すると身体に染み渡るような錯覚さえ覚えた。
ハデス様が神殿に入ってる間、プロメテウスと一緒に辺りを散策して過ごしていたんだけど……枯れかかる花を見掛けて、思わずお世話したくなっちゃって。
「ここのお花達にお水をあげたいんだけど、どこからお水を汲むのかな」
「それならアレじゃないか?」
プロメテウスの指差す先に見える小さな川と、その近くにあったバケツを勝手に借りてしまったのは後で謝るとして、たっぷり水を入れたバケツを運んで来たまでは良かったの。
「手遅れかな〜……頑張れお花〜」
そう話し掛けながら蒔いた水が辺りを潤して浸透していく頃、枯れかけた花が元気を取り戻してパッと背筋を伸ばしたかと思うと、周りの枯れてないお花や葉っぱ達もググっと成長し始めてびっくり!
「あっ、しまった……」っていうプロメテウスの声を聞いて、水やりの手を止めたけど時すでに遅しみたいで……ポンッポンッ蕾だったお花も瞬きする間に咲き始めたら、一気にお花畑になっちゃった……!
「プロメテウス……私ただ枯れたお花にお水をあげただけなのに――」
「これは一体……」
声のする方に振り向くと、神殿から出てきたハデス様が驚いた様に目を見開いてる。どうしよう、余計な事をしなければ良かった……きっと怒られるわ。
「ご、ごめんなさい……ただお花を助けたくて」
俯く私に向かって歩いてくる音が聞こえる。神様のお仕置きは怖いってプロメテウスから聞いてたのに……どうしよう……。
「貴方の力は凄いですね、これはもしかして」
「アイアコス、ストップだ。何か気付いた様だが今は何も言わないでくれ」
私には聞こえない声でプロメテウスが話しを止めてくれたけど、何度も「ごめんなさい、ごめんなさい」って謝った。
そしたらアイアコス様と呼ばれた小さな神様が「花を救ってくれてありがとう、それに周りの花たちが喜んでる」そう言って私に頭を下げたの。思わずプロメテウスを見たら笑って頷いたから、怒ってないって分かって安心したけど……アイアコス様が何を言いかけたのか胸の奥に何かが引っ掛かった気がした。
「ハデス〜!!」
お空の上から聞こえたと思ったら、突然私たちの前に静かに降り立った五人の神様。整った顔立ちに美しい佇まい、圧倒的な存在感、思わず息を呑んだ。男性の神様が三人に女神様が二人、ハデス様のそばに並ぶと余計にここが天界だと思い知らされる様な気分になる。
それはそれは到底敵うはずもない存在。
一人の女神様と目が合って頭を下げたけど、上げても尚こっちを見たまま動かない。刺さるような視線に……やっぱり人間が天界になんて来ては行けなかったんだと俯くしか出来なくて、血の気が引いていくのが分かった。
「――ル、ベル大丈夫か? 慣れない場所に見知らぬ者ばかりで疲れただろう。すまなかった……プロメテウス、ベルを連れて先に帰ってくれ。私は後から一人で降りる」
見上げたハデス様の優しい瞳。
私の異変に気付いてくれたハデス様に救われた瞬間だった。




