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229  作者: Nora_
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09

「来年からは動画でいいや」

「えー柘植さんはあれだね」

「だって人が多すぎるから、それとやっぱり追い出されたことを思い出して気持ちよく見られなかったよ」


 彼と約束をして出たというわけではない以上、いい思い出とはならない。

 帰って話しかけられても一切返事をせずにお風呂に入って寝てやろうと思う、なんなら自宅に帰ったっていいぐらいだ。

 ということでまた泣かれても困るし、ちゃんと連絡をしてから自宅へ移動、入浴後にはムイに任せずに抱いて部屋まで移動した。

 父はいなかったのは母がいないからだ、きっといまの私と同じで内では泣いているのだ。


「「どういうことだ!」」

「うるさいよ、ムイが可哀想だからやめて」

「「うっ、冷たい……」」


 ムイのすごいところは近くで騒いでいようと、いまみたいに一気にやられても逃げるどころかゆっくりと寛いでいるところだ。

 ふむ、やはり人の家よりも自分の部屋が一番落ち着く、もう泊まるのはやめよう。


「それとお母さんはその人とばっかり仲良くしていないでお父さんの相手もしてあげてよ」

「わかったよ」


 意外とあっさり言うことを聞いて出ていった。

 部屋に残った先生はムイの頭を撫でながら「ペットがいる生活も羨ましかったりするんだよな」と呟いている。


「誰もいない時間が多いあの場所だと不向きかもしれません」

「確かにな、帰宅時間も当たり前のように十九時過ぎだからな、そこが柘植が早めに帰ってくるこの家とは違う」

「はい」


 でも、ある程度は自由にできる時間もなければならないから学生の私がいるこの家ぐらいが丁度いいのかもしれない。

 まあ、みんながみんな遅くまで働いてくるというわけではないから誰かが十七時過ぎには帰ってくるところならそこでもいいだろうけど。

 そもそもムイみたいな存在が元気ならご飯と水さえ置いておいてもらえばそれでいいのかもしれないし、必要としていると考えるのはアレか。


「だからこそ柘植がいてくれることが嬉しかったんだ」

「嘘ですよね?」


 忘れずに挨拶とかはしてくれていた、けど、あのときのあれは私が勝手に悪い方に考えているだけというわけではなかった。

 あくまで片平君の、母のおまけという感じ、これも何回も言っているものの、前とは違って別にいいとは片付けられない。

 それは人といることが当たり前になったからだし、この人が相手だからというのが大きい、だからこそ難しくなるのだ。


「な、なんですぐに嘘をついていることにしたがるんだ。本当だよ、家に帰ったときに誰かがいてくれるのは嬉しいだろ」

「母でも片平君でも変わりませんけどね」

「こう言うのもあれだけど違うよ」

「え、差を作ってしまっているということじゃないですか」

「そ、そういう絡み方はやめてくれ……」


 ところでここからどうしたらいいのだろうか? 自然と部屋から出る方法が思い浮かばない。

 というか、地味に初めてこの人に部屋に入られたということだ、母がいたとはいえ、自由にやってくれる人だ。

 結局、十秒が経過する前に恥ずかしくなってきて縮まっていた先生の腕を掴んで出た、いまはからかわれたくもなかったから家からも出た。


「ど、どこにいくんだ?」

「家から離れられればどこでもいいです」

「それならあたしの家――」

「そうですね、夜でもあんまり自由に行動はできませんからね」


 泊まらなければセーフ、そうすれば自分が決めたことを守れる。


「風呂に入ろう」

「え、二人で、ですか?」

「はは、そこですぐに二人でとなるあたりが柘植も面白いな」

「わかりました、それならいきましょう」

「え、あれ?」


 固まった先生の着ている物を全て剥いだうえに隅々まで洗ってあげた。

 気になる人と生まれたときの姿で一緒にいられているという字面だけはいいけど、そこに甘い雰囲気なんか全くなかった。


「な、なあ、これは流石に柘植の――」

「花子です」

「は、花子のお母さんに怒られないか?」


 今更なにを言っているのか。

 そういうことで文句を言う人ならもうとっくに言われているという話だ、厳しい人なら先生の家に上がらせてもらったあのときにチクリと言葉で刺されている。


「怒られませんよ、ムイを愛でているだけです」

「い、いや、それは知らないだけで――」


 うるさいから口を塞いでおいた。

 動いてから会場で焼きそばを食べたということが出てきて気になり始めたものの、もう今更気にしたところで遅いため切り替えて立ち上がる。

 それよりこの人は母と一緒にお酒を飲んでいたはずなのにお酒臭くないのは何故だろうか?


「お酒、一缶とかで我慢したんですか?」

「いや、二缶飲んだ――じゃなくてっ、なんでそんなに冷静でいられるんだっ」

「なるほど」


 なら母の方が強かったりするのかもしれない。

 悪いことは言わないからあの人にだけは勝負を仕掛けない方がよかった。

 ただ、私のことで「それなら勝負」となりかねないのが怖いところだった。




「という感じかな、やっと名前で呼んでもらえるようになったよ」


 それもほとんど無理やりだけどまあ前よりはマシだと言える。


「よかったね」

「進展したから戻ってきなよ」


 結局、先生に頼まれて泊まることになってしまっていること以外はいいことだった。

 ただ、だからこそ泊まってもらいたい、仲間がいてほしい、別に盛り上がってくれていいからそういうことになる。


「んーだけどあの人が求めていないでしょ?」

「私が求めているから」

「柘植さんの家に、ならよかったけどそうじゃないならやめておくよ」


 はぁ、そうだよな。

 だけどこれは彼が悪いわけではないから今回は全くと言っていいほど気にならなかった。

 付き合ってもらっていることには変わらないから彼の行きたい場所に行くことにする、今回は海が選ばれた。

 遊泳禁止の場所というわけではないのに日陰に座ってゆっくり会話しているだけだ、これならまだ真っすぐに水着姿が見たいなどと言われた方が女としてはよかった気がする。


「一年生の頃からあの人と仲良くしていたのは知っていたからね、やっとかって感じだよ」

「でも、一年生の頃はたまに話すぐらいだったよ?」


 先生もいまみたいな感じではなかった、「元気ではないな」とはいつも言ってきていたけど。

 いつから私を気に入って近づいてきてくれていたのかはわからない、意外と最近までなにもなかった可能性もある。

 最初のときにも言ったようにある程度の人気がある人だったからだ。

 多数の生徒と過ごしていく中でビビッとくる生徒と出会って魅力的な存在に対して一生懸命になる――はずだったのに変なことになってしまった。


「それでもあの人の柘植さんを見る目がね、柘植さんも嫌がらずに、どこか嬉しそうに対応をしていたからさ」

「片平君ってストーカーだ」

「それだけ時間があったということだよ、よかった点もあるし、悪かった点もあるよ」


 だったら物凄く退屈な時間を過ごすことになっていたと思う。

 それこそ最近までの私はマイナス思考を積極的にすることはなくても基本的に諦めて過ごしていたからだ、期待をしていなかったからこそ傷つかなかったからそれでも悪いことばかりではなかった。


「ま、私の友達としては君みたいな感じの方がいいかも、変態ぐらいじゃないとちゃんと残ってくれないからね」

「変態って、一緒にいたい子と一緒に過ごしたいと思うことが柘植さんからすれば変態になっちゃうの?」

「うん、だってこそこそしているから、ムイぐらい健全的にやっているなら変態じゃないけど」

「ムイ君には勝てないよ、あの子は本当に君のボディーガードみたいな存在だから」


 とはいえ、彼に対して警戒するとかそういうことではなかった。

 自宅に招いても私達に対するそれと同じぐらいの緩さでいる、なんなら名前を呼んで足を叩けばそこで丸まって寝てくれるぐらいだ。


「でも、名前で呼んだだけじゃないよね?」

「えらく急だね、またここに戻ってくるとは思わなかった」

「柘植さんを見ていればわかるよ」

「君は見るだけで結構わかってしまう変態だ」


 今更、なんで隠したのかという話だけど隠す意味なんかなかったから吐いておいた。

 そうしたら「大胆だね」と口にして笑みを浮かべる、この笑みは嫌いではないものの、ストーカー擬きだから一気に変態のそれに見えてしまうのがなんとも言えない。


「よし、帰ろうか」

「水着を着てとか言わないのもね」

「あれ、僕に見せたかったの?」

「君が私になにを求めているのかがわからない」


 彼は少し歩いてから「あの人がいる限りは求められないよ」とこちらにもちゃんと聞こえる声で呟いていた。


「付き合ってくれてありがとう、それじゃあまたね」

「別に夕方頃までいいでしょ」

「なら柘植さんの家に行ってもいい?」

「よくわからない子だ」


 それが駄目で家に行くのはいいというのは何故なのか。

 ただ、仮になにかしらの気持ちがあった場合は私のしていることは酷いことになるわけで、やはりこれも彼が悪いわけではないか。


「ただいま」

「お邪魔します」


 この時間は母がいないことを彼も知っているのにここには特になにも感じないと。


「はい」

「ありがとう。ムイ君は……お昼寝でもしているのかな?」

「お昼近くはいつもそうだよ、今日はリビングの窓際は選ばなかったみたいだね」


 となると、母達の部屋か開けたままにしている私の部屋か、というところか。

 いやこれは自信過剰や自惚れではなくて本当にそこで多く休むから間違ってはいない。


「これでここに来た意味があんまりなくなったね」

「わざと言っているよね?」

「でも、その割にはなにも求めてこないから」


 本格的には無理でももう少しぐらいは求めてもいい気がする。


「求められたら困るのは柘植さんでしょ」

「花子でいいよ、名前、結構好きなんだ」


 これまでは名前で呼んでもらえる前に去られてしまっていたから逃したりはしない。

 なにかを言いたいなら近づいた自分に言ってほしかった、私はこういう人間だと開き直って生きていくだけだ。


「た、試すのはやめてほしい、いまだって結構頑張って耐えているんだよ?」


 お、この慌てた感じは新鮮だ、もっと見たくなる。


「嫌じゃないなら名前で呼べばいいでしょ、遼」


 少しつまらないのは影響を受けるのは一瞬だけということだ、その証拠に「花子さんは意地悪な子だね」とすぐにいつもの彼に戻っている。


「花子でいいでしょ、それだとトイレの方が浮かんでくるからやめて」


 怪談話に出てくるような存在ではない。

 理想通りにとはいかなかったからあの人に相手をしてもらうことでなんとかしようと決めた。

 でも、彼が帰る前にムイが来てくれてそれだけでスッキリできたのだった。




「お、おいおい、そういうものなのか?」

「え、それはそれ、これはこれじゃないんですか?」

「正直に言わせてもらえば仕事中に片平と仲良くしている自体、気になることなんだが」

「大丈夫です、隆美先生が一人を優先していることを考えれば大したことはありません」

「そ、そういうことじゃなくて……いやまあそうなんだが……」


 同性と仲良くしているわけでもないのに気になるらしい。

 それならと一応こちらも考えてくっついておくことにした、こちらが動くと「お、おい」などと慌ててしまうのが彼女だけど。


「片平が名前で呼ぶのはいいが花子が呼ぶのはなんとかならないのか?」

「そんなことをしたらわかりやすく悲しそうな――いや、そうなっても笑って『仕方がないよね』などと言われそうなので嫌です」

「そうか……動き出す前に止めておくべきだったな」


 私のためにと遼を家に呼んだのはこの人だったのにな、進んでからは色々と変わってくるということか。


「ありがとな」

「情緒不安定ですね」

「だって普通はそのまま受け入れたりはしないだろ」


 普通は求めたりしないからと言ったらいつもと同じになってしまうからそうなんですかねと返した。

 不安そうな顔をしていたから顔を抱きしめることで見ない作戦に切り替えたのだった。

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