08
「帰らなくていいって言ったのに」
「でも、柘植が起きる前に何度も『また柘植さんに会いにいきますから』って言っていたぞ」
「なんでそれを私に言わないんだろう」
でも、もういないならごちゃごちゃ考えても意味はない。
それでも二人きりになればなにができるというわけではないからまた寝転んだだけだった。
毎日、家に帰って誘っているものの、母が一切参加することを選んでくれないことがいまは気になることかなと内で呟く。
「柘植は祭りとかには行っていたのか?」
「お祭りの日はいつも家でのんびりしていました」
一緒に盛り上がれる友達もいなかったし、そもそもこちらがあまり興味を持っていなかった。
ただ、それは一人だったからだ、一緒にいける存在がいるいまなら変わっていく。
「残念ながら一緒に見て回ることはできないからな、片平に頼んでみるよ」
「それならここでお祭り的なことをすればいいと思います、会場で買うよりも安く済みそうです」
あの子が大人しく受け入れてくれるとも思えないからね、期待をすることの全てが悪いわけではないけどこれぐらいでコントロールをしておかなければならない。
「おいおい、そんなのでいいのか? それだとそれっぽい物を食べているだけで普段と変わらないぞ」
「いいんですよ、なんのためにここにいると思っているんですか」
「え? あたしが誘って柘植が受け入れたからだろ?」
「隆美先生はなんのために誘ったんですか?」
「そ、そんなの柘植と仲良くしたいからだろ」
こちらの頭に手を置いてから「柘植は意地が悪いな」と言ってきたけど、意地が悪いのは正直この人の方だった。
私がつまらないと感じるなんて相当なことなのに私のためとか言ってなかったことにしようとしている。
「私だって気になる人から誘われて喜んでいました」
「そ、そうか、ならいい関係だな」
「でも、一時期は片平君のことしか頭にありませんでしたけどね」
「だからそれは勘違いだって」
どうだか。
体を起こして母に挨拶をするために移動を始めた。
学校がない日でも早寝早起きを心がけているから――昨日は違ったけど慣れていて起きられているからまだまだ時間的には早い。
顔を見せるのも仕事から帰宅してからにすれば邪魔をしなくて済むとは考えていてもやはりこちらも母の顔が見たいから仕方がないと開き直っていた。
「お母さん?」
私の中では早めというだけで母なら普通に起きている時間だ、それなのにいないから心配になっているとトコトコとムイが歩いてきた。
「おはようムイ、お母さんがどこにいるのか知らない?」
お、歩き出したから付いていくと何故か流しの前で寝ている母が。
「お母さん起きて」
「むにゃむにゃ……不良娘なんて知りません、私の家に女の子は住んでいません」
「お母さんが女の子の時点で矛盾しているよ」
「はぁ……」
母は「普段から掃除をして奇麗にしているけどちょっと気になるね」と変なことを言っていた、だったらやらなければいいのにと返してほしいならそのままぶつけるけど、どうなのだろうか。
「え、片平君は帰っちゃったの?」
「うん、大人の対応をできなかった私も悪いけど余計なことを考えて行動をするのが片平君だから」
まあ、私といても疲れてしまうだけみたいだから? こちらがいないときにこっそりと先生と仲良くするだけだろう。
「そうなんだ、なら今日からお世話になろうかな」
「ムイはどうするの?」
「夜だけお世話になるよ、お父さんが帰ってきたらムイを任せてお母さんも行きます」
ならいまは無理だから戻ろうか。
ゆっくりする前に先生は仕事で家から出ていってしまうからすぐに一人になった。
文句を言っておきながら誘うわけにもいかないから一人でじっとしているとインターホンが鳴って玄関に向かおうとしてやめる。
聞かなかったフリをして目を閉じているとブーブーと携帯が鳴って結局、出ることになったけど。
「嘘じゃなかったのかな?」
「柘植さんが相手のときに嘘をついたことはまだないよ」
「じゃ、鍵も貸してもらっているから閉めて歩こう」
目的地なんかはない、ただこの前みたいに会話をしながら歩くというだけだ。
夏でも時間が早くて暑いというわけではないから落ち着く、あのときと同じような距離を歩こうものなら大変なことになるだろうけど程々にしておけばいい時間の使い方となる。
あとは少しぐらいは彼が言うことを聞いてくれるようになれば完璧な時間となる。
「帰らなくてよかったんだけど」
「柘植さんのためにしたんだよ」
「私のためになっていないよ、別に片平君だけが悪いわけじゃないけど」
ぶつけなければよかった、だって変な選択をすることはわかっていたのだから悪いのは私だ、本当にこういうところだけはまだまだで直さなければいけないところだと思う。
「少しでも前に進めたらいいかもね」
「それならあの人的に夏休みが終わっちゃうよ、だからどうなっても片平君の勝ちってことだよね」
「勝ち負けがしたいわけじゃないけど、柘植さんとあの人が楽しそうにやれているなら僕的にはそれでいいから」
「なにそれ、どこ目線なの?」
「僕目線だよ」
これも予想できたことだ。
だけど想像通りすぎるのもそれはそれで微妙だった。
結局、あの人に追い出されてよくわからない不思議君とお祭りにいくことになった――のはいいけど、残念ながらはぐれてしまった形となる。
そこまで広いわけではなくても人は沢山来ているわけで、延々とすれ違いになりそうだったから段差に座って時間をつぶしていた。
「見つけたっ」
走って探していたのか。
「なんかごめんね」
「な、なんで?」
「私がいなければここに来なくて済んだわけだから、君ってほら、私以外から頼まれると断れないからね」
「ふぅ、別にそんなことはないけどね、寧ろお祭りの日に柘植さんと一緒にいけて嬉しいぐらいだけど」
最近はお世辞マシンになってしまったらしい。
じっと見ていたら「これを食べようよ」と焼きそばをくれた、ここで休むまでにいくらするのかは知っていたからお金を渡す。
で、今回も戦いが始まったわけだ、ここで素直に受け取るなら彼ではない。
「うん、できたてってわけじゃないけど美味しい」
「気に入らない」
彼が必死に誘ってきて私が仕方がなく受け入れたのならともかくとして、そうではないなら自分の分は払おうとして当然だ。
「まあまあ、とりあえず食べなよ」
「絶対に食べない、これはあの人にあげる」
「わ、わかったよ、受け取るから食べて」
「はい、最初からそうしなよ。いただきます」
よかった、こうして目の前に食べ物があるのに食べられないでお祭りの時間が終わるなんてことにならなくて。
焼きそばの方は美味しかった、みんなが買いたがる気持ちもわからなくはない気がする。
でも、追い出されたことを思い出して微妙な気持ちが戻ってきた、あの家には母もいてゆっくりするらしいものの、今回も余計なことをしたくなる行為だ。
「よし、後はここでゆっくりしようかな」
「もったいないよ、興味があるなら行ってきたらどう?」
ここまで来ておいて勝手に一人で帰ったりはしないよ。
払ったとはいえ、焼きそばを買ってきてくれたのもあるから尚更そういうことになる。
彼が意地でも受け入れないように(今回は折れたけど)私だって貫き続きたいことがあるのだ。
「ううん、柘植さんが付き合ってくれないだろうからここにいるよ」
「付き合うから行きたいなら行けばいいよ」
「いや、それならここで付き合ってほしい」
出た、これが彼の貫き続けたいということなら否定をするのもあんまりだけど……。
「数日離れてわかったことだけど、二人といられない時間は寂しいことがよくわかったよ」
「私だってそうだよ、だから結局はごちゃごちゃ言いながらも感謝しているんだよ?」
話し相手がいてくれることのありがたさがよくわかった。
もう変わってしまったから昔の私みたいにはできない、わかっていたはずなのに改めて一人になってから強くそう感じたのだ。
「そうなの? なんか出たときから微妙そうな顔をしていたけど」
「それは家でいいって言ったのにあの人が聞いてくれなかったからだよ」
「ああ、それは柘植さんのことを考えてしてくれたんだよ」
どうだか、私からすれば大人だけで盛り上がりたいから追い出されたようにしか見えない。
母と会うことになるとわかって緊張していた先生は一瞬で消えた、母が行くと決めた日なんて真夜中まで盛り上がっていたぐらいだ。
近くでお喋りをされているからと寝られない人間ではないものの、なんだったのかということが気になって寝られなかった。
で、こちらには影響を与えておきながら自分達はすぐに気持ちよさそうに寝始めて流石にむかついたぐらい。
「また戻ってきてよ」
「ごめん」
「なら付き合って、その場合はちゃんとしたいことにも付き合うから安心してよ」
「いいよ、それなら花火を見て帰ろう」
それは当然だ、中途半端なところで帰ったら意味がない。
お酒を飲んで盛り上がっているあの二人のところにすぐに戻ったって空気的な存在になるだけだ、可能な限り外にいなければならないから助かった。
「実はさ、中学生のときに失敗をしてから少し怖くなって一人でいたんだよ」
「一年生のときもそうだったの?」
意識をして行動をしていなくても変わらない状態だった自分はどうしたらいいのかわからなくなる。
でも、誰かといられる嬉しさに気が付いてしまったという微妙な状態だ、なんとかするためには誰かといるしかないからまた頑張ろうとする自分が出てくるかもしれない。
「うん、喋りかけてきてくれた子はいたけど踏み込んだりはしなかったよ」
「いまも変わっていないね」
「まだ怖いからね、だけど柘植さんと一緒にいると落ち着くんだ」
よく言うよ、疲れるだけとか言っていたくせに。
それに多分、その子達と同じぐらいにははっきりと言うタイプだから変わらないと思う。
だというのにこの発言は同じ失敗を重ねようとしているのではないだろうか?
「待った、警戒をしないで近づくのは危険だよ、そのときと同じ失敗をしてしまうかもしれない」
「でも、恋のことで失敗をしたわけじゃないよ?」
「え、そうなの? 私はてっきり女の子関連のことで失敗をしたんだと考えていたけど」
「残念ながら意識をして行動していなくてもそこは変わらないよ」
そういうことらしい。
疑っても仕方がないからそういうことにして前に進めたのだった。