07
「夏休みだ」
もう高校二年生だから新鮮さはないけどとにかく始まったことになる。
起きてカレンダーを見る度に呟いているのは両親が仕事で他に誰もいないからだ。
幸い、その状態でも片平君が付き合ってくれているから暇死はしていない。
「「おはよう」」
これもたまたまではなくて約束をしているからだった、八時ぐらいから会ってお昼前には解散を繰り返している。
「あれから諸田先生と過ごせていないんだよね? 自分のことでもないのに心配になるよ」
「でも、それが普通だから」
登校日はあってもちょっと顔を見て終わるだけだと思う、夏休みの期間的に関係をリセットするには丁度いいぐらいだ。
「今日はすぐに解散にはしないで待ってみよう」
「いいけど、ちゃんと飲み物は飲んでね」
ああ、私達が上手くやれていないと泊まることができなくなるからか。
期待をさせてしまったのはこちらだ、それぐらいはちゃんとしなければならない。
ということで朝から先生の家の近くで待っていた私達、が、普通に働いていればお昼に帰ることなんかはできないからとにかく待つ時間が長かった。
ぼうっとしていることが得意な私であってもなにをしているのかと何回かは考えてしまったぐらいには厳しかった。
これも幸い、日陰があったから弱ってしまうことはなかったけど。
「お、諸田先生だ」
わかりやすくトーンが変わる、やはり年上のお姉さん的な先生は男の子からしたら理想の存在なのかもしれない。
待っていたのに会わずに終わらせるわけにはいかないから休む前に先生に近づいた、そうしたら少し驚いたような顔をしながらも「柘植と片平か」といつも通りの感じだった。
「片平、少し柘植と話がしたいからいいか?」
「はい、それではこれで――」
「帰らなくていいよ、ちょっと待ってて」
どうせすぐに終わるから問題はない。
こちらが少し離れて話してくれるのを待っていると「お、怒っているよな?」とよくわからないことを聞いてきた、どちらかと言えば私の行動で先生がわかりやすく行動をしているように見えたからそのまま返しておくことにする。
「え、あたしが怒っているように見えたのか?」
「でも、あれから全く誘ってくれていませんでしたから」
私の中では学校では喋らないというルールがあるから放課後に会えなければ無理だった。
一日や二日ではなく、一週間でもなく一ヵ月ぐらい距離を置かれれば調子に乗っていた私でも流石にわかる、その状態でなにも考えずに近づくなど不可能だ。
今日のこれは片平君のためだ、私は無理でもあの子だけは泊まれるぐらいにはしてあげたいだけ。
「違うよ、柘植にどうやって謝るか考えている間に夏休みに……」
「そうなんですか、ならお互いに勘違いをしていただけですね」
別行動をしている意味もないから戻った。
ただ、やはり先生的にはあまり見られたくないのか上がらせてもらうことになった。
最後までサポートをしろということだろう、こういうことで役に立たないといけない。
「いつお泊まり会的なことをするんですか?」
「ああ、それなら今日からでいいぞ?」
出しておいてあれだけどまた急だ。
それなら一旦は家に帰って着替えなんかを取ってこなければならない、母が参加するようなら母も連れて行こう。
こういうときにやっぱりなしとしたがるのが母ではあるものの、先生には興味を持っているから多分付いてくる。
「わかりました、片平君も大丈夫なんですよね?」
「ああ、片平はどうかは知らないが」
二人で見てみると「僕は泊まりたいです」と今日はどこまでも真っすぐな彼だった――ではないか。
私以外に対してはわかりやすく受け入れる子だ、だからその差が気になったりはしない。
寧ろ理想の状態だと言える、本当にしたいことを隠し続けたところで精神に悪いだけだから。
「そ、そうか、やっぱりなしと断りそうなのに意外だな」
「だって諸田先生ばかり柘植さんを独占するのはずるいですから」
「はは、そういうことか」
うん? 最近のことを考えれば私のことを独占していたのは彼の方だけどね。
というか、私となんかいつでもいられるのに彼も不思議なことを言う。
出会ったからには、一緒に過ごすようになったからにはという考えはこちらにもあるから唐突感や違和感というのはないけど。
「色々と荷物を持ってきます」
「付いていきたいところだがまだ明るいからな」
「はい、わかっていますよ」
あれ、彼は全く動こうとはしないで「気を付けてね」と言ってきただけだ、泊まれることがわかってやっと大胆にやれるということかもしれない。
まあ、どうしようと先生次第だから目的通り、服のために家まで歩いた。
「ついにこのときがきたんだね」
「お母さんも行く?」
「今回はやめておくよ」
やっぱりそうだ。
「じゃ、いってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
次があるなら母にも参加してもらいたかった。
別に慌てているところが見たいなどといった意地悪な考えがあるわけではないけどね。
なんか面白くない、先生と片平君だけが盛り上がっている感じが微妙だ。
連日泊まれているのはいいけどなんのために自分がいるのかがわからない、家事能力なんかを求められているのであればそれはそれでいいのにそれすらもない。
「柘植さん?」
「ちょっと歩いてくる、夜に歩くの好きになったんだ」
「それなら付いていくよ、お風呂に入っている諸田先生にちゃんと言ってからだけど」
自分は言うことを聞いてくれないのにこちらにはこれだ。
珍しく不満が出始めて断ろうとしたところで先生が出てきてしまったから駄目になった、そしてあっさりと許可が出てしまって余計にモヤモヤした。
「これなら参加しなければよかった」
「え、なんで?」
「というか、先生と仲良くしたいなら二人きりにしてあげようか? 私がいる必要とか全くないし」
結局、優先してもらえなくて拗ねているだけでしかないけど気に入らない。
今回だけは利用されたくなかった、あとは見たくないからこのまま帰ったっていいぐらい。
荷物は持っていなくてもこうして外に出てからなら動きやすい、その場合でも大人しく家には帰らずに公園なんかで時間をつぶしてからでなければやっていられないけど。
「それじゃあ意味がないよ」
「そういうことか」
「待って待って、柘植さんは勘違いというか誤解をしているよ」
遮ったりしてきているわけではなくても明らかに口数が多い時点で、という話だ。
先生も仕事で疲れたと言っている割にはとても楽しそうに相手をしている。
空気の方がみんなに役に立っているからあれなものの、私はあの家で学校にいるとき以上に意識を向けられない人間だった。
「流石にこれ以上はやめておこうよ、スマホを持ってきていないから連絡だってできないんだし」
「いいよ、まだまだ体力があるから一人で歩くよ、片平君は帰ってあの人と仲良くすればいいよ」
手を引っ張られても振り向かない、帰らないとは言っていないのだから大人しく見送るべきだ。
「わっ、な、なんて力だ……」
「おお、私の能力も結構悪くないね」
「い、いやいや、あー!」
ずっと離さないからずっと連れていくことになってしまった。
で、簡単に楽しくなったから続けていたら先生の家に着いたのは二十三時ぐらいだった。
問題だったのは扉を開けた先生の方が泣き始めてしまったことだ、だからいまは片平君に任せてお風呂場に逃げてきている。
「なんでって片平君を取られたからか」
あとは教師として生徒が消えたとなったら精神がやばかった、というところか。
「出たよ」
「じゃ、諸田先生のことお願いね、流石に夏にお風呂に入らないで寝るのは無理だから」
お願いと言われてももうすやすや寝ているからなにもする必要はない。
そこまで広い場所ではないからそれなりに距離を作って壁に背を預けて座っていた、電気なんかは先生に合わせて消しているからなにもできないと言った方が正しいのかもしれない。
「ん……」
途中からは意地になっていたからではなくて完全に楽しかったからだ。
やはり夜に歩けることが好きらしい、だからその好きだと知ってしまったタイミングで動いた片平君を責めてほしかった。
私が発言通り、一人だけで歩いていたら流石に二十二時には帰っていた自信がある。
「……柘植、足が疲れただろ?」
寝たらどうだと誘われたものの、首を振っておいた。
「楽しかったので特に疲れてはいないです、片平君の方はどうか知りませんけど」
「この時間まで歩くなんて体力があるんだな、柘植には勝てないかもしれない」
「いえ、それは教師という仕事をしてきた後だからですよ、そうでもなければ体育教師なんですから勝てるわけがありません」
体育の授業を担当しているとき以外はなにをしているのかも知らないけどね。
知っていることはテンションが上がると声が大きくなるところや、好き嫌いがないところや、遠回りなやり方を好むということだ。
まあ、男の子を単体で誘うと誤解されてしまうかもしれないから同性である私を誘うのはおかしくはないのかもしれない。
「だが、まさか涙が出るとは、このことは内緒にしておいてくれよ?」
「そもそも言えません、親戚でもないのに先生の家に泊まったりしたら大問題です」
「そうか」
「でも、先生が遠回りなやり方を選ぶとは思いませんでした、こう、なんでも真っすぐに求めることができるのかと」
何歳になっても乙女ということか。
強い子はいてもその子達だっていつでも真っすぐにとはいかない、何回も壁にぶつかりながら悩みながらそれでもと勇気を出して踏み込むだけだ。
「遠回りなやり方?」
「はい、だって片平君が目的だったのにまずは私に対して動きましたよね?」
「は、はあ?」
「いいんですよ。でも、これならまだ直接片平君と仲良くしたいからだと頼まれた方がマシでした、結局求めていたのはそこだって後からわかると流石の私でもなにも感じないというわけではありませんから」
うん、やっぱり言わないで逃げるというのは私的にはないからそういう点でも落ち着けた。
言いたいことは言えたから黙っておく、隠されたら困るからというのもある。
「はぁ、まさかそんなことを言われるとは」
「だってわかりやすく片平君と楽しそうじゃないですか」
「片平、もしかして歩く前もこんなことを?」
戻ってきていたのか。
というか、彼も異性しかいない空間で上手く寛ぎすぎだ、これは過去に自由にやっていたところが想像できてしまう。
なにか失敗をした結果、人を遠ざけるようになったというだけなのだ。
「はい、つまらなかったそうです」
「そうか、片平を誘ったのは柘植のためだったんだがな」
最初のところに戻ってきた、彼も「僕だって参加した理由は柘植さんと一緒にいるためだったんですけどね」と同じことを重ねた。
「積極的に黙っていたのは柘植なのにな」
「いや、柘植さんはあくまでいつも通りでした、だから僕達が積極的に話しかけなければいけなかったんですよ」
「そうかあ、失敗したなあ……」
適当に言っているようにしか聞こえない。
私に信じてもらいたいならこれから変えていくしかないけど、わざわざそんなことをするとは思えない。
「ただ、僕のせいでもあるんですよね、違うときにしておくべきでした」
「そ、そうしたらあたしが緊張するだろ」
「よく言いますね、これまで二人で散々自由にやってきたんじゃないですか」
「なにもできていないよ……」
寧ろ私にくっつかれて心臓を慌てさせていたぐらいだったからそれは嘘とも言えない。
「この人が大丈夫なら気にしなくていいから、私が大人になればいいだけなんだからね」
「こ、この人……」
「大丈夫です、さあ、今日はもう寝ましょう」
歩いて疲れたわけではないけどいつもなら寝ている時間だから眠たいのだ。
先生には部屋にいかせて今回はこのリビング的な場所で寝ることにした。
「あの……あたしだけが仲間外れか?」
「床が大丈夫ならこっちで寝ればいいんじゃないですか?」
「そっちで寝るっ、一人で寝るとか寂しすぎるだろっ」
「僕はいつも一人でしたけど」
「普通だよ」「普通だろ」
あ、電気を消していても微妙そうな顔をしていることはわかった。
だけどいいだろう、たまには微妙な状態にならなければならない。
普通にしている子ならいいけど彼は何回も私をそういう気持ちにさせてきたからそういうことになる、大人ではないから仕方がないのだ。
「つか、片平の方が露骨だよな」
「そうですか? 僕、自分の求めていることをただ吐いているだけですけど」
「柘植はやらないが」
「僕は友達としていられればいいです、柘植さんを求めたら悲しくなったり疲れたりするだけですよ」
余計なお世話。
気に入らないから手をつねってから距離を作って寝ることに集中したのだった。