06
「夏になったら私は健康的に肌を焼くんだ」
「諸田先生の肌は白いので意識して焼けるようにしたら酷いことになりそうです」
「大丈夫だ、酷くなるタイプじゃないからな」
それなら安心だ。
ちなみにこちらは日焼けをしたくないから頑張って日焼け止めをいっぱい塗ろうと思う。
あと、個人的にはあまり夏になってほしくなかった、何故ならすぐに夏休みがきて暇な時間が多くなってしまうからだ。
昔なら適当にぼうっとして過ごしているところだけどもう同じようにはできない。
「柘植は遠慮をしないで片平を誘うんだぞ? 一人でいたら駄目だ」
「相手をしてくれますかね?」
「してくれるよ、寧ろ片平の方から近づいているぐらいなんだから」
依然としてなにかをしたいということは聞いてくれないけど話は聞いてくれる子だ。
「諸田先生は?」
「……こうして放課後に過ごしている時点でわかってほしいが」
「ならよかったです」
ただこれでよし、安心できるとはならない。
教師の仕事は夏休みにもあるし、片平君だって暇な時間が多いわけではないだろうからだ。
また、会ったら会ったで上手いことを言えたりするわけではないから相手を楽しませられないということも気になる、自分のことだけを考えたら一緒にいられるだけで得なんだけど。
「そうだ、可能ならでいいんだが泊まりにこないか? 一人だとあれなら片平も連れてきていいぞ?」
「いいんですか? それなら母と片平君に言ってみます」
あ、だけど前とは違っていい点はちゃんと隠さずに言えるようになったことだ。
願望かもしれないものの、先生との話をする度に嬉しそうな顔をしてくれるからこちらとしてもついつい調子に乗って続けてしまうのが最近のことだと言えた。
それともちろん誰かに聞かれている可能性もあるからあの子と二人きりのときにしかしていない。
「片平が無理だったら柘植のお母さんでもいいぞ」
「諸田先生も大胆ですね」
「だ、だって柘植と仲良くするならお母さんとも上手くやっていないと駄目だからな」
「わかりました、帰ったら話をしてみます」
緩くお喋りをしてある程度のところで家に帰った。
父と楽しそうに会話をしていた母の邪魔をするのは悪いからご飯を食べてからお風呂に入って部屋に戻る前に動くことにした。
ムイとなるべくいさせてあげたいという考えもある、やはり独占はよくないから。
でも、独占と言えば先生を独占してしまっているわけで、一緒に過ごしておきながら考え込んでしまうときもあった。
「入ってこないでどうしたの?」
「諸田先生とのことだよ」
微妙なタイミングで考え込んでしまったことになる。
「ああ、上手くいっていないのかな?」
「それより諸田先生が泊まりに来ないかって言ってくれているんだ、お母さんは大丈夫?」
これだと紛らわしいか。
母も勘違いをして「うん、あのとき言ったけど大丈夫だよ?」とあっさり答えた。
だけどそうだよね、まさか自分も誘われているとは――あ。
「あ、お母さんがだよ?」
「え、私? なるほど、これは決めにきたってことか。わかりました」
そしてここでも勘違いをしてくれた母がいた。
しかし、こちら的には本当のところがわかった気がしたから落ち着けた。
まだムイとのんびりしていた父に挨拶をしてから部屋に移動して休むことに。
残念な点は母が既婚者だということだろう、まあ、既婚者ではなかったら私がいなくてきっかけもなかったわけだから先生的にはなんとも言えない感じだと思うけど。
「片平君、私はついにわかったよ」
「うん、それで答えは?」
「あの人の目的は私のお母さんだったんだよ」
ちょっとあれなものの、指を真っすぐに伸ばしながら言わせてもらった。
あれ、何故か彼は苦笑い、それから「柘植さんは一人でいたからそこらへんのことがよくわかっていないんだろうね」と一人で納得していた。
「あ、それとあの人が片平君にも泊まりに来ないかって言っていたよ?」
「いいのかな?」
「片平君が大丈夫なら一緒にいこうよ」
「わかった、夏休みが少し楽しみになったよ」
今日はマイナス寄りの表情になることが多いな。
実は私と同じでほとんど家にいることになるからかもしれない、それかもしくは、親戚の人達と集まることによって休まらないというところかな?
私は気にならないけど毎年、夏になったら向こうにいっているぐらい、中には苦手だと感じる人がいてもおかしくはない。
「それ以外の日でも一緒にいたいかな」
「それなら来てくれればいいよ」
「連絡先を交換しようよ」
「いいよ」
メール機能を利用しているわけではないからミスのしようもないけど試しに送ってみた、そうしたらすぐに『よろしく』と返ってきたから目の前にいるのに不思議な気分だった。
「迷惑にならない範囲で送らせてもらうね」
「うん、すぐに返せなくてもちゃんと返すから安心していいよ、そういうのはちゃんとしているから」
「それはわかるよ、だって律儀に返そうとするもんね」
「当たり前だよ」
前にも言ったようにしてもらうだけしてもらって終わりにはできない。
私と一緒にいたいならもう少し受け入れるようにしないと疲れてしまうだけだと言いたかった、で、我慢をするのも違うから言っておいた。
彼はまた苦笑いをして「柘植さんらしいよ」と返してきたのだった。
「柘植もそうだが、片平も誘えば簡単に参加するというのはどうなんだ?」
「普通のことじゃないでしょうか、誘われてなにもなければ受け入れますよ」
物凄く嫌な子が相手でもない限りはそうだ、少なくとも私はこれまでそうやって生きてきた。
残念ながらちゃんと受け入れていても長続きするのかどうかは別なんだけどね、人間関係は難しい、私がすぐに諦めるぐらいには大変だ。
「だが、一応教師なんだがな……」
「諸田先生がそれを言うのはおかしいですね」
教師だからと線を引くなら中途半端なことはやらずにもっとわかりやすくやるべきだ。
幸い、この時間がなくなっても寂しくなって一人で潰れてしまうような人間ではないから心配なんかはしなくていいと言える。
なくなったら求めるようになってしまった分、辛いけどなんとかできないわけではないのだ。
それにどうせ自分のことだからすぐに次を探してしまうというのもあった。
「え、ちょ、真顔でそんなことを言ってくれるなよ……」
「事実ですからね」
やめたいならはっきりと言ってくださいと吐いて待つ、すると先生は頭を掻いてから「柘植が嫌じゃないなら続けたい」と返してきたから頷いた。
「よし、じゃあそのときのために頑張るよ」
「私も頑張ります、課題なんかをやりながら諸田先生を――なんですか?」
「名前でいいだろ?」
「なら隆美先生と呼びます」
「ああ」
先生の方は変えるつもりはないようで柘植呼びのままだった。
でも、名前かそうではないかで特になにが変わるというわけではないから気にならない。
あとこの関係についてはなにかが起きない限りは変えるつもりはないからごちゃごちゃ引っかかってしまうこともなくなってしまっていた。
「ただ、少し緊張している自分がいる、まだゆっくりお話ししたことがないからな」
「お母さんはふわふわなので大丈夫ですよ」
「ふむ、柘植が大きくなったと考えればいいのか?」
「それは少し違いますね」
私が母みたいな年齢になってもいまみたいにある程度は一定のテンションでいるだけだ。
暗くもならないし、わかりやすく明るくもならない、ただやらなければいけないことをやるだけの人間だ。
「確かに柘植のお母さんは身長も高いし、明るいし……」
「なにもなければ私はこのままです」
「でも、その柘植だからこそ気に入っているわけだからな」
待った、なんでそんな話になっているんだろうか。
母の話であって私がどうこうという話ではなかったはずだ、先生も母と似て面白人間なのかもしれない。
「やばい、心臓が飛び出そうだ、そこからでもわかったりしないか?」
「ちょっと失礼します、うん、慌てていますけど大丈夫です」
「な、なにをしているんだっ、離れろっ」
「あ、目視ではわからないので安心してください」
逆になにをそんなに慌てているのか。
それからも大暴れといった感じだったから逃げ出てきた。
「そういうことか」
許す人間と許さない人間がいるというだけか。
母は娘ということで受け入れてくれているだけ、もっと仲良くなれなければ受け入れないという単純な話だった。
これは私が悪かったから明日謝ろう、連絡先を交換しているわけではないから誘ってくれれば、だけど。
被害者面をしているわけではないものの、ムイが今日も優しさを見せてくれたから甘えておくことにした。
「こうしてみたら諸田先生に怒られちゃったんだ」
胸から顔を離しても先程と変わらない表情でこちらを見ているだけ、わからないか。
「ムイもせめて友達がいてくれたらよかったのにね」
それかもしくは家族とか、誰もいないときに相棒的存在がいてくれるだけで違う。
ところでこの子は誰もいないときにどういう風に過ごしているのか、監視カメラとかはないけどカメラを設置して確認をしたくなる件ではあった。
頼むために母のところに戻る――は冗談で、ムイがせめて一緒にいられるように同じ空間に存在しておこうと思う。
「んームイはちょっとお肉がついちゃったね」
「そう? 最初と同じで細いけど」
「いやいや、見てよこのカーブを」
「私もご飯を食べた後はカーブになるよ」
更に言えば細かったから少しぐらいお肉がついていたってその方が健康的だ。
「私はなりません、何故ならいまでも肉体管理を頑張っているからです」
「偉いね」
「も、もうちょっと笑みを浮かべて言ってほしいけどね」
片平君とちょっとお散歩でもしよう。
いきなり言うと断れなさそうだから交換したのをいいことに携帯で頼んでおいた。
「これで大体一キロぐらいかな?」
「付き合ってくれてありがとう、私は買わないけど終わったら飲み物を買わせてもらうからね」
「え、いいよ、僕だって最近は運動不足だったからありがたいぐらいなんだよ?」
出たこれ、やっぱり彼は大人しく受け入れてくれない。
過去に受け入れ続けてしまったから大人に近づくにつれて気を付けているということなのだろうか? お礼をできないこちらとしては気になるから特例ということにしてくれないだろうか。
「お腹が空いていればご飯をもっと美味しいと感じながら食べられるのがいいよね、つまり、メリットがあるんだからそのうえでお礼をする必要はないんだよ」
「片平君のそういうところは嫌い」
「いやいや、柘植さんも負けていないって、素直に受け取ろうとしないでしょ?」
私でも負けるよ、だって私はそのときに一ミリでもなにかができれば受け入れるんだ。
その点が彼とは違う、動いておきながら相手からのお礼は受け付けませんなんて本当に初めてだ。
「慣れている分、あんまり歩けている感じがしないね、GPSとかで計ったらいっぱい歩いても二キロでしたとかになりそう」
「それでもいいよ、ちゃんと動けたということが大事だから」
「そっか、そうだね」
これから彼の方が誘われる可能性もあるから家を教えておくことにした。
紹介したようなしていなかったようなという曖昧な状態だったからスッキリした、彼は「諸田先生の家にいくよりは柘植さんの家にいけた方がいいけどね」と珍しく素直になった。
それならと母も喜ぶだろうから連れていくと今日は早めに帰ってきてくれたからよかった、母作のご飯はちゃんと食べていくからこれはもうそのようにしか考えられなかったけど。
「ただ仲良くする分にはお母さんが目的でもいいよ?」
「なにを言っているのか……例えばいまみたいに気に入っていなくても諸田先生は心配して一緒にいただろうね」
こちらの肩に手を置いてから「友達としていたいけど心配というそれが大きくなるよ」と残して歩いていった。
残念ながら待ってみても出てこなかったから先生の家に移動する、が、今日はこちらも駄目なようで(昨日のあれのせいの可能性が高い)諦めるて帰るしかなかった。
「ただいま」
「にゃ~」
「うん? ムイはそっちか」
「おかえり、友達の家の子なんだけど元気で大変でね、もう興味深々で歩き回るから疲れちゃったよ」
どうやら明日からお出かけするみたいだからもう預けにきたらしい、それといつもとは違う友達さんみたいだった。
「よろしく」
「にゃ~」
ムイは鳴かないから鳴く子は新鮮だ。
で、ムイが関係しているのかトコトコこの子も付いてきて不思議な時間だった。
ただ、先生といられなかったこともなんとかなるぐらいにはいい時間だった。