05
六月、まだ雨が降り始めていないから今日も休める場所を探していた。
最近は大人しく家に帰らないで寄り道ばかりをする毎日となっている、学校や家が嫌になってしまったわけではないけどなんとなくそうしたくて動いているのだ。
残念なのはどこを探しても先生の家の近くのあそこが落ち着くということだ。
「柘植、待たせたな」
それとあれからはイケない時間が続いている。
こうして毎日、学校以外の場所で会うことになっていた。
流石にこのレベルになってくると片平君にも言いづらくてなにもなかったと言わんばかりの態度でいる毎日になっている。
「今日は少し早かったですね?」
「ちゃんとやらなければいけないことはやってきたからな?」
「え、疑ってはいませんけど」
「そ、それならいいんだが」
先生の家に上がらせてもらって頼まれたからではなく自分の意思でご飯を作って帰る毎日でもある。
内にある作りたい、食べてもらいたいという気持ちが大きくなった結果だけど、家であまり手伝いをしないのにどこから出てきたのかと驚いている自分もいた。
毎日、やってきていたのならわからなくもないんだけどね。
「いつも悪いな」
「気にしないでください、誰かのために作った後にお母さんが作ってくれたご飯を食べられるのがいいんです」
「……どうせ作ってくれたのなら一緒に食べられた方がいいがな」
「流石にそこまでは余裕がありません」
入れようと思えばいまよりも入れられるものの、間違いなく後悔をするから抑えつけてなんとかしている状態だった。
どうせ仲良くできているのであれば私としてもご飯を作ってはい終わりでは寂しい、けど、欲張りすぎてしまえばそもそもこの程度のことすらできなくなるのだ。
「駄目だ……悪いことだとはわかっていてもやめられない」
「諸田先生が後悔しないなら、誰にもバレないここなら問題もないですよ」
「悪魔の囁きだな、そしてあたしはいつも負けるんだ」
これは絶対に送らせないための作戦だった、それで成功している形になる。
だから今日も一人で出られた、夜道を一人で歩いているとテンションが上がってくる謎の毎日――は流石にしつこいか。
あまり関係ないけど母には隠さずに言えているから片平君に隠し続けることになっても疲れたりはしない。
「ただいま」
前からそうだったとも言えるものの、ムイが付いてくる可能性が高くなった。
トイレお風呂部屋と移動すればしただけ付いてくる、寂しいためかあまり家にいないようになって警戒をされているのか、どちらだろうかと考えることも多くなっていた。
ただ鳴かないかわりにゴロゴロと喉を鳴らしているぐらいだから願望も多いけど寂しいからという答えが出そうになったところで止める繰り返しだ。
「あ、さっき言い忘れていたけど片平君が家に来たよ? あとこれを花子に、だって」
「ありがたいけどこれだとまた返さなければいけなくなるね」
髪をまとめるためのヘアゴムだ、学校には使えなくても休日に使うぐらいならいいかもしれない。
ルール的なそれを気にしているだけで誰かが見るからなどと考えているわけではない、そこまで自意識過剰な人間ではなかった。
連絡先は交換できていないから明日お礼を言うことにして早めに寝ることにした、寝ることは得意だ。
「あれ、柘植さん?」
「おはよう、昨日のお礼をしようと思ってここで待っていたんだ」
「はは、教室で待っていればよかったのに」
教室で待っているよりも校門のところで待っている方がなんとなく心臓的によかっただけだ。
こうなることを考えるとちゃんとその日にお礼を言えた方がいい、待っているときは微妙だ。
「ああいう形でやらないと受け取ってもらえなさそうだからお母さんに協力をしてもらったんだ、柘植さんが帰ったときにすぐに出さないでほしいとも頼んだことになるかな」
だから食事や入浴を終わらせたタイミングで言ってきたんだ、誰かが来たのに言い忘れるなんておかしいと思っていたからやっと納得できた。
「今度、ちゃんとなにか頼んできてね」
「なにか協力をしてもらいたいことがあったらね」
これは行けたら行くと同レベルの発言といった感じがする、こちらがなにもできていない間に彼は私に対していいことばかりをしていくところが容易に想像できてしまった。
美味しいと言ってもらうためにも彼で練習――という考えは少しあれだけど、ご飯を自分で作らなくていいというのは大きいだろうということで言ってみた。
「確かに両親の帰宅時間がそんなに早いわけじゃないけど流石に作ってもらうのはね」
「それなら一回作るから見極めて」
駄目なら他の方法を探すしかない、ただその場合でもチャンスは貰えたことになるから掴めなかった自分が悪いで片付けることができるのだ。
動く前に駄目だと止められて終わってしまうよりは遥かにマシだった、これからも継続は無理だとしてもちゃんと挑戦をしてから諦めたいところだ。
「いや、レベルを疑っているわけではなくてさ」
「私の家に来てよ、お母さんのために一緒に作るなら頑固な片平君でも許してくれるよね?」
「頑固ではないけどね」
いや、わざわざ探してきてプレゼントをしてくれた時点で頑固だ。
私もあまり変わらないか偉そうには言えないけど言われても仕方がないレベルではあった。
「それであれが意地を張った結果なの?」
「意地を張ったというか、どうしても返していかないと落ち着かないみたいです」
「花子らしいけど、それで寝ちゃっていたらちょっとあれだね」
実は起きているけど寝たフリをしているのが現状だった。
起きようとしたところで母が帰宅してしまってタイミングを逃してしまった、ただ片平君だって悪いのだ。
何故なら作ったご飯をやたらとゆっくりと食べていたからだ、じっとしていても眠たくならない私でも現実逃避のために寝るしかなかった。
先生とイケない時間が始まってから心臓なんかが普通の子レベルになってしまっている、わかりやすく言うとすぐに慌ててしまうようになってしまったのだ。
「んーよく寝た、あれ? お母さん帰ってきていたんだ、おかえり」
「うーん……五十点、かな」
「わかっていたならすぐに声をかけてよ」
「私的には片平君が花子を起こすというのが一番だったからね」
頑なに「それでも」と受け入れてくれない彼がそんなことをするわけがない。
仮に起きなければいけない理由があったとしても「起こしてしまうのは可哀想だ」などと終わらせていそうだ。
「じゃ、流石にこれ以上はあれなので帰りますね」
「それなら私も送っちゃう」
「ありがとうございます、だけどもう暗いのでい――あ、駄目みたいですね?」
「当たり前だよ」
そうか、必要なのは母性と勢いか。
母は彼から見てどういう風に見えているのだろうか? 娘の私からすれば可愛くてお茶目なところもある人という感じだけど彼からしたら奇麗に見えている可能性もなくはない。
父がいるから好きになっても悲しい結果になるだけなものの、仲良くすることはできる、だから彼がそうしたいなら何度も家に足を運ぶべきだった。
「ふんふふーん」
「お母さんはとにかく明るいです」
「うん、あ、花子と違うから気になるのかな? 花子は主にお父さんに似たんだよ」
「ということはお父さんも静かな人なんですね」
間違ってはいないようで間違っている、父もお喋り好きで基本的には母みたいなテンションでいる。
母と話せるときはわかりやすく出るから安心できるからいい、私といるときは彼みたいに柔らかい表情で自分が話すのではなくて話を聞いてくれる。
どっちも好きではあるけど私的にはわかりやすく参加してきてくれる母の方がいいかもしれない、何故ならこちらの話せることはすぐになくなってしまうからだ。
「あ、たまにそういうことがあるだけでお喋りが好きだからね?」
「なら結局はみんな同じですね」
「花子は聞いてばかりいそうだけどそうじゃないんだね、安心できたよ」
寧ろ彼は聞いてばかりだと答えようとしたら「積極的に喋りかけてくれますよ、あとは積極的に家に来ないかと誘ってきます」と先に動かれてしまった。
家に誘っている理由は気に入られたいからではなくてどうしてもそうしなければいけない理由があるからでしかない、誰かを責めたいなら自分を責めるしかない。
「あーたまに距離感がおかしくなるからね」
嫌ではないから誘っているだけで他の人からすればそのように見えるのかもしれない。
ちなみにこうして言われても直そうとはしていなかった、嫌ではないのなら、家に来てほしいのなら素直に吐いてぶつけるだけ、先生だって正直に吐いているから私が何回もいけているのだ、もしそうではなかったら変な時間はない。
もっとも、教師と生徒ということで、それなりに人気がある先生ということでなかった方がよかったのかもしれない――いや、教師ということを考えれば贔屓的なことをしているいまは間違いなくよくないのだからそうだ。
「諸田先生が相手ならそれでもいいんですけど、僕が相手のときはもっと気を付けないと駄目だよ?」
「「ちなみに、なんで諸田先生ならいいの?」」
「え、それはお互いに求めているからだよ、あ、です」
「なるほどー確かにそれはあるかもしれないねー」
先生は私個人が気になっているわけではなくて私みたいなタイプがいいだけだと思う。
似たような子がいればそっちを選ぶ、はずだ、自分と似たような存在に出会ったことがないから延々に見ることはできない可能性の方が高いけど。
つまり、現れない限りはあのよくわからない状態が続くということだ、私からしたら得でしかない。
「ありがとうございました」
「うん、また家に来てね」
「はい、そのときは柘植さんと遊ぶためにいきます、ご飯を作ってもらったりはやっぱりよくないですから」
それこそ彼みたいな子には初めて出会った。
これまで一緒の空間にいた子などは悪い言い方をしてしまえば厚かましいというか、わがままというか、自分がいま求めていることをはっきりと吐いていたから。
もちろん発言通りそれは私が求めていることではある、なにかをしてもらいたいならはっきり言うべきだという考えは変わらないから矛盾してしまっているけど。
「片平君は手強いね、はっきりと求めてくれる諸田先生の方がいいかもしれない」
「お母さんって急に落ち着くよね」
「うん、切り替えを上手くできないと大変だからね、初めて社会人になったときに頑張って変えたよ」
放課後に求めてくるかわりにお昼休みに来たりすることはなくなった。
だから学校ではしっかり切り替えているということだ、あっちもそっちもと求めるのは危険だとわかっているのかもしれない。
私は多くを求めてしまうからいまから頑張っていく必要がありそうだった。
「諸田先生との件だけど、変なことは考えないでいいからね? 諸田先生が求めているなら、花子が受け入れたいならそのまま動いてあげればいいから」
「本気だったら上手くやらないといけない」
「そうだね、バレたらなにかがあるのは諸田先生の方だからね」
こちらの頭を撫でてから「それでも花子なら上手くやれると思うな」と少し無根拠なことを言われた。
すぐに甘えたくなる人間が、すぐに負ける人間が本当に上手くやれるのか、だけどその気ならやりきるしかないのだ。
「さ、お風呂に入ってからアイスでも食べよう、みんなで食べられるアイスを買ってきたからね」
「うん」
好きな味のアイスは一つしかなくて母に勝負を仕掛けた結果、負けたから普通レベルのアイスを食べておいた。
拗ねたわけではないけどお昼寝をしたとか関係なくもういい時間だから休むために歯を磨いてから部屋に戻った。
ムイのために扉を開けておくと最近はすごい、部屋に戻る前にムイが違うところにいても察知してやってくる。
正直、父もムイのことを好きでいるから合わせてあげてほしいところだった、そんなに心配をしなくたって家の中で弱ったりなんかはしない。
「心配をしなくても大丈夫だよ、花子のことが僕は心配なんだ」
「お母さん、声ですぐにわかるよ」
そもそも猫であるムイが喋ったりするわけがないし、騙せるわけではなくてもやるなら父がやるべきだ。
「ムイばっかりずるいからね」
「普通は逆だと思う」
「それは花子の普通でしょ? 私の普通は娘を取られたくないというそれだよ」
これは自分が親ではないからか、私も結婚をして子どもができれば似た考えになる――ことはないと思う。
家族になってほしくて連れてきた存在に嫉妬なんかはしない、可愛いから仕方がないと片付けられる。
だからやっぱり変な普通だとしか思えなかった。