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229  作者: Nora_
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04

「ありがとう」

「うん」


 どうせ「ううん、ありがたかったよ」などと言われてしまうだろうからごめんと謝ったりはしなかった。

 やはり詳しくないから大して役には立てなかった、ただ横にいただけとも言える。

 すぐに別れられたからなんとかなったものの、そうではなかったら珍しくダークな私になっていたところだった。


「あ」


 今日は目がよく乾燥する、それでポロっと涙が出てきた。

 目薬なんかは普段から使っていないから家にはない、だから薬局にいって買ってきた。

 家に着く前に入れてみたけど気持ちがよかった、それで少しだけ移動できなくなったけど。


「大丈夫?」

「あ、はい、目薬を入れただけなので」


 勘違いさせてすみませんと謝ってから離れた。

 わかりやすく暗いわけでも明るいわけでもない道を歩いていく。

 この時間だと先生と会うこともできないから待ってみようかとまで考えてやめた。


「ただいま」


 ん? もう帰宅していてもいい時間なのに母はいないみたいだとすぐにわかった。

 それならとご飯を作ってしまうことにする、母のご飯が食べられないなどと言っていないでたまには役に立たなければならない。

 これは片平君に対して大してなにもできなかったということも影響していた、それがなかったらやっていなかったかもしれない。


「ただいまー」

「おかえり」

「あ、ご飯を作ってくれたんだね、ありがとう」


 じっと見ていたら「お友達に急に呼ばれてね、片付けを手伝っていたんだ」と、聞きたくて見ていたわけではないけど少し得をした気分だった。

 普段から過ごしているから急に変なことを言い出したとかそういう認識にはならないし、大人のいまでもちゃんと友達がいることを羨ましく思う。


「中学生の子がいるけどずっと喋っていたよ」

「真似をできなくてごめん」


 一生見せてあげられないと断言してしまってもいい、私だってハイテンションになることはあるけど常時明るくいるのは無理だ。

 母はこちらの頭を撫でてから「んーあの子にはあの子の、花子には花子のいいところがあるからいいんだよ」と言ってくれた、ただただ優しい笑みを浮かべていた。


「ちなみに花子のいいところはこうしてご飯を作ってくれたり、お母さんにちゃんと付き合ってくれることだよ」

「今日ぐらいしかしていないけど」

「それはいいの」


 嫌味とかわざと悪い方に考える必要はないか。

 ご飯を作ったなら後片付けまでやるべきだと思うから洗い物もやらせてもらっている間にお風呂に入ってきてもらうことにした。

 終わって入ろうとしたところで父が帰宅したから譲っておく、入ることができればそれでいいから二十二時までに済ますことができれば気にならない。

 同じく母のことが大好きなムイは先程からずっと甘えっぱなしだ、そのムイによくこちらも甘えるから彼が息子で私が娘、妹というところかもしれない。


「花子も来て」

「うん」


 付き合ってくれる限りはずっとくっついているのが最近の過ごし方だと言える。

 ただ、ムイが遠慮をして離れていってしまうからそこが可哀想だった、グイグイいくぐらいでいいけど無理か。


「甘えたいけどムイが可哀想」

「でも、近くにいるから気にしなくていいと思うよ。ムイ、あ、ほら、ちゃんとこっちを見てきているけどじっとしているのはムイでしょ?」

「ムイはお兄ちゃんだから妹の私に譲るしかないなくなっているというか」

「ははは、ムイがお兄ちゃんか、確かに賢い子だから悪くないかもしれないね」


 母はこちらの頭をまた撫でてから「私がいない間はムイに花子のことを頼もうかな」と冗談なのか本気なのか曖昧な発言をした。


「本当は花子に甘えたいんじゃない?」

「そんなことはないと思う、ムイ、あれ」

「はは、やっぱりそうだよ、可愛い妹とは仲良くしたいんだろうね」


 これだと母的には面白くないのではないだろうか、という考えが面白くないか。

 とにかく普通に座った私の足の上に座ってきてゴロゴロと喉を鳴らしているムイがいる、男の子でも女の子でも変わらない奇麗な顔でこちらを見てきている。

 本当に鳴かない子だから頭を撫でても同じように存在しているだけだけど、私はお喋りをすることが好きだからここも真似をできる点ではなかった。


「でも、お兄ちゃんとばかり一緒にいるようになったらお母さん、寂しくなっちゃうよ」

「それなら大丈夫、私はまだまだ子どもだから」

「はは、それなら安心できるね――あ、だけど同じ大人の諸田先生にも負けそうなんだよね」


 あれからゆっくり過ごせていないからいまぐらいで止まるはずだ。

 逆に優先されて仲良くできてしまっても気になってしまうからこれぐらいがいいのかもしれない。


「今度、話し合わないといけないかも」

「大丈夫だから気にしなくていい」

「冗談だからそんなに不安そうな顔をしないで花子」


 どんな顔をしていたのかはわからないけど冗談ならよかった。

 距離を置いていることをわかって行動しないと危険だった。




「あ、寝ちゃったか」


 放課後の教室で一人勉強をしていたら負けてしまったみたいだった。

 現実逃避や単純に眠たかったからなどと色々と理由を探してみても全部当てはまるような気がするからこれだという答えを出せなかった。


「あ、諸田先生」


 なんとなく片平君の真似をして窓側の子の席に座らせてもらって見ているとせっせと草を抜いている先生を発見、もう勉強をやりたい気分ではなかったから荷物をまとめて移動をする。


「諸田先生」

「柘植か、まだ残っていたんだな」

「はい。ここの草、伸びましたね」


 そこまで拘りはないものの、私の身長もこれぐらいの成長速度であってくれたらと考えたときはあった。


「ああ、雨が降ったから成長したみたいだ、気になったから抜いていたんだよ」

「手伝います」

「そうか? なら頼むよ」


 細かく広範囲だから邪魔になってしまうこともない、軍手なんかも渡してくれたから多分戦力になれる。

 抜いて捨ててを繰り返していると段々と楽しくなってきて速度が上がっていく、ただ引きちぎっては意味がないからしっかり丁寧に根っこから倒していく。

 ここが戦場なら無防備な背中を晒しているということで――テンションがおかしくなっている、やはり現実逃避をしたかっただけらしい。


「っと、二馬力になると全く違うな」

「ぶつからなくてよかったです」

「あたしもそうだよ。さて、片付けたらジュースでも飲むか」


 嫌な予感がしたから中途半端で申し訳ないけど帰ろうとしたのに駄目だった、腕を逃さないぞと言わんばかりの、だけど優しい力で掴まれてしまっている。


「なにも受け取らないで帰ると思っていたからすぐに動けてよかったよ」

「なにもよくないです、これでは諸田先生的にはマイナスなことしかありません」

「なんでだ? 草を抜けて気持ち良くなったし、手伝ってもらえたから時間だってそうかからないで済んだんだぞ?」


 細かくて広範囲は正確ではなかった、言ってしまえばもうほとんど終わりかけていたところでいいとこ取りをしたようなもの、これでなにかを貰ってしまったら気になって寝られなくなるから駄目だ。


「これでいいだろ? あ、ほら」


 お礼をしてから結局は負けて受け取ったら「はは、物凄く嫌そうな顔だ」と笑われてしまい顔が熱くなった。

 ただ、そういう人並の変化はするということでその点は落ち着けた、それでも熱いままだから早く歩き出して冷ましたかったけど。


「諸田先生は優しくて意地悪な人です」

「意地悪か、あたしが本気を出したらこんな程度じゃ済まないぞ」


 あれ、今日の先生も普段とは違うのかもしれない。

 真顔だ、いつもなら笑って乗っかったり流したりしているところで低めのトーンで返してきた。


「でも、その諸田先生を見ることはないですね」

「どうだろうな、あたしもそこら辺にいる人と変わらないからな」


 重ねてみてもこの前の母みたいに笑いながら冗談だと言わない。


「諸田先――」


 人の声が聞こえてきたためかこちらを隠すようにしてきた。

 すぐに「悪い」と謝ってくれたけどやはりらしくなかった、だって変なことをしていたわけではないのだから過剰な反応だ。


「ほら、意地悪だろ?」

「意地悪と言うよりはよくわからない対応です、抱きしめるぐらいの距離感でいるところを見られた方が不味いと思います」

「あー……咄嗟に動いてしまったんだ、まあこれは……違う理由からでもあるが」

「違う理由ですか?」


 一気に普段の先生に戻ってしまった。

 それを求めていたからいいと言えばいいけど、差が凄くて笑いそうになってしまう。


「……柘植を見るとたまに猛烈に抱きしめたくなるんだ」

「私を見たらですか?」


 え、母みたいに母性があったりとか……はないか。


「どうぞ」

「だ、駄目だろそれは」

「ここなら誰もいませんし、二人だけの秘密にしておけばいいと思います」


 そしてちゃっかりこちらも抱きしめさせてもらえばいい。

 実は調子に乗らないようにしていただけで先生にもしたいと考えてしまっている自分がいたのだ。

 こういう話が出てそれでもなしと抑え込めるような人間ではない、だからこれは私のわがままということにしてしまえばよかった。


「私が勝手にやったこと、諸田先生は勝手にくっつかれたということで終わらせてください」


 すぐにくっついて、なにかを言われる前に離れて逃げた。

 最近の私は贅沢思考だった、それでやっておいて心臓を慌てさせたアホだった。

 教室に戻った際に一人だけ疲れていたからもし午前中とか午後だったらおかしく見えたと思う、全く意識をされていない可能性の方が高いからただただ自意識過剰ということで終わってしまうかもしれないけど。


「なにかがあったんだね」

「うん、あ、じゃなくてまだ帰っていなかったんだ」


 反応しておいてあれだけど声をかけられるまで意識がいっていなかったから独り言とかを吐いていなくてよかった。


「うん、適当に歩いて結局、教室が一番ということで戻ってきたんだ」

「なら一緒に帰ろう、最近は誰かといたいんだ」

「はは、わかった」


 なんか隠したくなかったし、利用されているといったような考えもしてほしくなかったからなにがあったのかを教えておいた。


「おお、積極的だね」

「でも、やっておいてあれだけど無理やりはよくないから」


 あ、先生の抱きしめたくなる発言は言っていないけど。


「んー勝手な想像であれだけど柘植さんは無理やりやったりはしていないと思うな、多分だけどちょっとなにがあったのかを変えて話しているよね?」

「甘えん坊で自分勝手だから本当のことしか言っていないよ?」


 いつでも柔らかい表情でいてくれるのはいいものの、逆に手強い存在だった。

 母みたいにわかりやすく感情を出してくれた方が言いやすい、合わせやすい。


「なら僕的にはそう見えたということで終わりにしよう、少し変えられていたとしても教えてもらえて嬉しいよ」

「こんな話を教えられても困るかもしれないけど、片平君にはいつも優しくしてもらっているから」

「そっか」


 巻き込んだ……は違うとしても今回も私のことで時間を使ってもらったことになるから彼のために動きたいと言っておく。


「それなら一緒に勉強をしてほしいんだ、一人だとついつい外ばかりを見てしまうからね」

「わかった」

「勉強が終わったらアイスでも食べようか」

「甘いのが好きだから食べたい」


 飲み物でもいい、甘い物なら大歓迎だ。


「今日買うのでもいい――あ、誕生日プレゼントとして買わせてよ」

「あれ、誕生日だって言ったかな?」

「実は家に上がらせてもらったときに柘植さんのお母さんが教えてくれたんだけど……なんとなくこれまで出しづらくてね」

「そういうことか、だけどそれを貰ってしまったらその分だけ返さなければいけなくなるからいいよ」


 一緒に勉強をするだけで返せているとも言いづらいけどなにも動かないよりはいい。

 出会ったばかりだからおかしいとかそういう考えはなかった、返すのが大変になるから止めるのだ。


「ちょっと寂しいからアイスぐらいは買わせてくれないかな? だってほら、お母さんの件でお世話になったわけだから受け取る資格はあるでしょ?」

「それだって付き合ってもらっているお礼だよ?」

「え、延々平行線になってしまうね、よし、それならアイスを半分ずつ食べよう」

「それならお金を払うよ」


 ちゃんと食べる分を払っているのであれば遠慮をしたりはしない。

 だけど彼的にはどうしてもアイスを私に買いたいみたいで学校から少し離れた場所で動けずにいた、なんとかしてくれたのは仕事から帰ってきた母だった。

 母はコンビニでアイスをちゃんと二つ買って私と彼に渡してきた、母からならということで簡単に受け取ってしまった自分が恥ずかしかった。

 色々と言っておいて結局それかと、その程度かと冷たい誰かが見ていたら言われてしまう件だ。


「だけどこれだと僕がなにかをできたわけではないですよね?」

「大丈夫、片平君がよければ花子と一緒にいてあげて、それだけで力になるから」

「そうですか」


 少しずるい気がするけどそうだと言っておく。

 あ、ちょっとどころかかなり不満そうな顔だ、これはちゃんと二人きりのときに話し合わなければいけないかもしれない。

 それでも今日は母が来たことで諦めるしかなかったのか挨拶をして別れただけだった。


「お母さんはお邪魔だったかな?」

「ううん、あのまま続けていても延々平行線だったから助かったよ」

「素直に受け取ってもよかったと思うけどね」

「お世話になってばかりだから返してからじゃないと駄目なんだよ」


 返せたら私だってずっと頑固に対応をするわけではない。

 だって甘いから、勢いでやられたら大体は負ける。

 少し矛盾しているものの、せめて先生と片平君にだけはすぐに負けたりはしないようにしたかった。

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