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229  作者: Nora_
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02

「あー……」


 今日までに結局足が治りきらなくて痛い状態で体育の時間を迎えることになった。

 でもね、演技力はあるから一時間ぐらいはなんとかできる、だから今回も先生にバレることなく終えられた――と考えていたのは演技力(笑)があるはずの私だけだった。

 お昼休みにお弁当を食べていたらいつものようにやって来た先生に指摘されてしまったのだ。

 もうこうなったら逃れられないし、昨日と同じで痛くて走れないから駄目だ。


「はぁ、ちゃんと見ておけばよかった」

「すみません、ただ諸田先生に迷惑をかけたくなかったんです」


 母にも言っていないことを話したら「馬鹿」と真っすぐな言葉で刺されてしまった。


「言葉が痛いです」

「柘植が悪い、無理をして悪化したら困るのは柘植だろ」

「でも、一回は諸田先生が相手のときでも隠し通せたんです、いけるはずだったんですよ」


 そうすれば時間が経過して治るってなにもなかったことになるはずだったのに。


「こういうときのためにも友達がいた方がいいんだ」


 友達がいても言うつもりはないけど。

 だってそうだろう、母にだって言わないのに友達には言っていたらアホだ。

 なんのために隠していると思っているのか……。


「とにかく無理をするな、わかったな?」

「はい」

「話はそれだけだ、さあ昼ご飯を食べるかな」


 って、なんのために隠すのか、心配をされたくないから? そのことでしつこく聞かれるのが嫌だから? 誰かといられることを求めていても面倒くさいことからは避けたいからか。


「あ、そういえば忘れていた、はいこれ、この前家に上がってもらったときに柘植が忘れていった物だ」

「え? これは私の物じゃ――」


 ないですよと言おうとすると顔を近づけてきて「それでも柘植の物ということにして受け取ってくれ」と言われてしまった。

 可愛い花の形をしたキーホルダーだ、私のためにわざわざ探してきてくれたのだろうか?


「内でどうかは知らないがいつも嫌な顔をせずに相手をしてくれるからな、お礼だ」

「ありがとうございます」

「ああ、じゃあこれで戻るよ」


 本当に格好いい人だ、ただ、一緒にいればいるほど先生みたいにはなれないとよくわかっていく。


「柘植さん」

「あ、昨日の」


 お弁当箱を片付けて戻ろうとしたら昨日の男の子とすぐのところで遭遇した。

 昨日しか知らないけど表情が柔らかいからなにを言ってくるんだろうと不安になることはない。


「いつも諸田先生と一緒に食べているの?」

「いつもというわけじゃないけど来てくれるんだ」


 変な関係ではないから隠さなくたっていいだろう。

 

「そうなんだ?」

「うん、心配をしてくれているんだ」

「なるほど、柘植さんはいつも一人でいるからか」


 放課後になってしまえば自分のやりたいように動けるのはいいけどね。

 一人なら一人のメリットがある、少しの寂しささえ我慢できてしまえば、うん。


「いらない情報だろうけど僕も一人なんだ、安定して友達といられたことがないんだ」

「大丈夫だよ、家族と仲良くできていればなんにも問題はないから」

「はは、確かにそうだね、その証拠がいまの僕だからね」


 できれば嘘に嘘を重ねるようなことにならなければもっといい。

 小さな嘘が後々、面倒くさいことになる可能性があるし、多分、嘘まみれの人間ということがバレれば相手も本当のことを話してくれなくなる。


「放課後、ちょっと付き合ってほしいんだ」

「いいよ」

「細かく聞いていないのにいいの?」

「うん」


 友達ではないけどこれで今日は嘘をつかなくて済む。

 自分でしておいてアホだけど気になっていたから助かった、こういうことをきっかけにして一緒にいられるようになれば少なくとも家族相手にはやる必要もなくなる……かもしれない。


「よし、じゃあ付いてきて」

「うん」


 トコトコ歩いて付いていくと普段お弁当を食べているあの教室だった。

 彼は椅子に座ると「柘植さんも座ってよ」と、座ると「窓の外を見ると気持ちがいいよ」と重ねてきた。


「ここだと部活を頑張っている子達は見えないね」

「確かに、だけどなにもなくても落ち着くんだ」


 私的には花を見られている方がいいな。

 そういえば花と言えばこれということで今日貰ったキーホルダーを取り出す、筆箱につけるのもいいけど見ていたら授業に集中できなくなるから鞄につけることにした。


「それ可愛いね」

「この前、教室に落ちていたのを諸田先生が拾ってくれていたんだ、だから戻ってきて嬉しい」


 と結局は嘘をついた嘘つき人間がいる。

 今日はつかなくて済むと思っていたのにアホだ、でも、先生が特定の生徒になんらかの物をプレゼントをするというのはあまりよくないだろうからそういうことにするしかなかった。


「似たようなヘアゴム……? を買って髪の毛を結ってみたりしてもいいかもしれないね」

「あ、私のことか」


 問題にならない程度に洗って適当に拭いて終わらせる毎日だから奇麗とは言えなかった。

 拘っている子達からすればありえないと思う、ただ、そこだけ気にしてもあれだから毎日お風呂に入っておけばいいでしょと開き直っている。


「その方がもっと人が近づいてくると思う」

「髪型を変えてもなにも変わらないよ?」


 証拠は中学生のときの私だ。

 暑かったから夏は可能な範囲でまとめていたけど誰も近づいてきたりはしなかった、汗臭いかもしれないからメリットはあったけど。


「なら僕的にはその方がいいということで」

「ここら辺でまとめてもこれだよ、前髪を上げても同じだから」

「前髪で目が隠れちゃうのはもったいないね」


 ならとそのまま信じて変えたりはしない。

 これでも問題なく見ることができるし、誰かが来てくれても結局最後は去られてしまうからいいのだ。

 なら彼のときも同じようにしろよという話だけど無視はできないうえに受け入れて付いてきたわけだから仕方がない。


「ごめん、知らない男にこんなことを言われても怖いだけだよね」

「ううん、なにも変わらないから寧ろこっちがごめん」

「そんなことはないよ」


 いいのだ、本当にただまとめているだけでしかないのだから。

 でも、このまま続けても謝るばかりになりそうだからやめておいた。




「柘植ー」

「あ、諸――あた……」


 振り向いて歩こうとしたら地面に抱き着くことになった。

 奇麗かどうかは知らないけど冷たくて気持ちがいい……かもしれない。


「だ、大丈夫か? ちゃんと横まで移動してから話しかければよかったな」

「慣れていますから大丈夫です」

「埃がついているぞ、ちょっとじっとしていろ」


 それこそヘアゴムとかリボンなんかよりも埃の方が似合っているかもしれない。


「よし、取れたぞ。あ、それでなんだけど今度――」

「諸田先生」

「ああ、どうした?」


 最後まで聞くことができなかったら残っていたいところだけど圧にしかならないから挨拶をしてから離れた、だって私のときにやられたくないからこれも仕方がない。

 似たようなことが二回や三回と重なることもなく、そもそも放課後になったら会えないままで今日を終えた、あの男の子も喋りかけてこなかったから寄り道をしたというのがいまのことだ。


「甘くて美味しい」


 毎日というわけではないものの、あれから甘いジュースを片手にぼうっとすることが好きになっていた。

 同じ場所というわけではなくてもここからなら花も見えるし、川も見える、ただ水が流れていくところを見ているだけでもいくらでも時間をつぶせる。

 実は先生の家の近くだということ以外はいいことだった。

 だから帰宅しそうな十九時前には立ち上がって家に帰った。


「おかえり」

「ただいま」


 もうご飯ができているから余計なことを言ってやらかすことがないのはいい。

 食べ終えてお風呂にいってしまえば母に対してだけは守れる。


「ねえ花子、もう少しで花子のお誕生日だからなにが食べたいか決めておいてね」

「それなら……」


 なんだろう? 母が作ってくれるご飯はどれでも美味しいからこれ! と言える料理がない。

 なにを作ってくれても嬉しい、安心することができるから今回は母に任せることにした。

 喋る機会ができても嘘を重ねなくて済んだことが嬉しかった、転んだこととかもどうでもよくなった。


「ムイ、閉めるから――ああ、入ったら濡れちゃうよ」


 トコトコ付いてきてくれるのは嬉しいけど入れたばかりだから今日も一緒に、とはできないのだ。


「はは、向こうにいっておけばいいのに」


 止めたらちゃんと扉の向こうでちょこんと座っているだけの彼、ボディガードのつもりでいるのかもしれない。

 構造的に濡れにくい場所なのはいいからささっと洗って湯舟につかる、溶けるとまではいかなくてもあーと声を出したくなる気持ちよさがある。


「花子もう入った?」

「うん」

「じゃ、お母さんも洗って入ろうかな」


 あれ、なんか変なことが起きた。


「ふぅ、気持ちいいね」

「どうしたの?」

「娘とたまにはゆっくり話したかっただけだよ、花子はご飯を食べてお風呂に入ったらすぐに部屋に戻っちゃうからね」


 なんだそんなことか。

 父の帰ってくる時間が不安定でよく二人きりでいるのにそれでは足りないらしい。

 今日は嘘をつかないためにすぐに移動しただけで普段は二人だけなのをいいことに甘えすぎてしまっているぐらいなのに意外だ。


「なにもないならよかった、お母さんになにかがあったら嫌だから」

「なにもないよ、お仕事も楽しいからね」


 いまだってくっつきたくなって結局自分に正直になっている自分がいる。

 まだまだ子どもだ、本当にこのまま三年生になって卒業をしていいのかと考えてしまう。

 まあ、成長していなくても三年が経過したら出るしかないけど、社会人になって上手くやっていけるのかどうかがわからない。


「出よっか、拭いてあげる」

「うん」


 拭いて服を着てからも、部屋に移動してからもずっとくっついていた。

 戻ることを諦めてくれたのか一緒に寝てくれようとしたからそのまま任せた、そうしたら母よりも早く起きることができた。

 起きられたところでなにができるというわけではないけどいい気分になった。


「……おはよう」

「おはよう」


 それでも必要なことをやっていればあっという間に登校しなければならない時間がやってくる。

 くっついていた分、離れたくなかったけど無理やり休んでも母は働かなければいけないから無理だ、だからなんとか抑え込んで歩いていた。


「おはよう柘植さん」

「おはよう」


 校門のところで歩きながらではなかったから私を待っていたことになる。

 なんか気に入ってくれているらしい、それとも先生と同じだろうか。

 先生だけではなくて生徒が動いてくれることもあったから違和感はないけどね。


「あ、やっと会えた」

「それじゃあこれで」

「あ、うん」


 まだまだ早いけど先生のことを気に入っている生徒だって登校してきているだろう、だから焦らなくてもお昼休みでよかった気がする。


「あー……」


 凄く言いづらそう。


「うん、友達ができたみたいでよかったよ」

「この前、話してから一緒にいてくれるようになったんです」

「これで安心できるよ、じゃ、今日も頑張ろう」


 それから今日もお昼休みに先生は来なかった。

 お弁当箱を片付けた際にもしかしたらあれが最後かもしれないという考えが強く出た。

 でも、誰と過ごすのかは任意だ、ましてや先生は担任の先生などといった関係ではないから普通だ。

 寧ろこれまでがおかしかった、これまでとなにも変わったりはしない。

 自慢ではないけど切り替えることは得意だった、いつまでも無理なことに拘って時間を無駄にしてしまったりはしない。

 

「にゃ~」

「こんにちは」


 意外にも逃げたりはせずにそのまま近づいてきてこちらを見てきていた。

 こうして外の子に触れていたらムイに怒られてしまう可能性もあるものの、どうしたって近くにいれば触りたくなる。

 手を伸ばしてみても変わらなかったから撫でていたらゴロゴロゴロと喉を鳴らし始めた猫ちゃん。


「もう少しぐらいは警戒しないとね」


 だけど敢えて意地悪をしたくなんかはないからそのまま撫で続けていた。


「しゃー!」

「うん? ああ」


 私にではなくて後ろに現れた男の子に対して警戒しているみたいだ。

 怖くないよと言ってみたらすぐに落ち着いてくれた、ただ、少し怖いのか私の足の下に隠れた。


「驚かせてしまったかな、ごめんね」

「多分大丈夫だと思う」

「柘植さんにもだよ? これだとストーカーのように見えてしまうよね」

「別に気にならないよ」


 両親に迷惑をかけたりしないならそれでいい。

 彼は横に座ってから「柘植さんがもう少しぐらい警戒しないとね」と、流石に自分が言ったことを真似をされるのは複雑な気分になるとわかった。

 単純に聞かれていて恥ずかしいというのもあるかもしれない。


「諸田先生はなにがしたかったのかな? わざわざ探したぐらいだから柘植さんに大事な用があったということだよね?」

「ううん、私が他の子といられていて安心できたって」

「ああ、ならこれからも僕がいけばもっと安心できるよね」

「無理はしなくていいよ、みんな消えてしまうからいまのままがいいかな」


 誰かといられるようにと求めていることを認めるのはいい、けど、勝手に期待をして去られた後に勝手にがっかりする自分を直視することが嫌なのだ。

 自分のことだから目を背けようとしても絶対に無理だ、だからそうなったときにうわー! と叫びたくなるから対策をする。


「信じられないかもしれないけど柘植さんから離れないと誓うよ」

「なんで? あなたになにもメリットがないのにおかしいよ」

「あるよ、僕だって誰かと一緒にいたいんだ」


 誰でもいいならいいか、私だからとか言われなくてよかった。


「僕の名前は片平遼かたひらりょう、よろしくね」

「柘植花子、よろしく」


 とは言いつつも一ヵ月ぐらいで終わるようにしか思えなかった。

 偉そうだけどそう思われたくないのなら何度も来るしかなかった。

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