ep.6 可愛い子には旅させよ
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「というわけで、ちょっとお散歩に行ってきます」
「そ。そんな、貴方様、危のう御座います! レーンシオンは反対ですわっ」
ムキャ! と頬を膨らませるレーンシオンがこんなにも可愛い。ちょっと潤んだ目がまるで小さな子供のようだ。
レーンシオンはこの後用事があるらしく、私について行けないのがどうやらとても不満らしい。脇息に凭れていた身を起こして異を唱える、可愛い女神に笑顔を向ける。
「ちょっと行ってくるだけだから、ね」
「……もう。仕方ありませんわ、外出を許します。その代わりにこちらをお受け取り下さいませ」
私の言葉にレーンシオンはちょっとむすくれた顔をして、懐の袷から何やら取り出してた。差し出されたモノをよく見ると、鈍色の美しい鍵である。鍵の頭の部分に巨大なルビーが光っていた。
「こちらは私を呼ぶ為の鍵で御座います。スキルから『門』を選択する際に必要と成りますので、ぜひお使い下さいな」
なるほど、女神は格が高いからスキルを使って召喚するときにアイテムが必要になるみたい。ありがたく受け取って使わせてもらうことにした。
腰元に鍵を取り付けていると、何やらレーンシオンがうきうきした顔で扇子を振った。
おっと、これはプチイベントの気配。
「あとは外出なさるとのことでしたら、その御召し物も変えたほうがよろしいでしょう。お似合いですけど、私の関係であることが分かりにくう御座いますから」
どうやらこの行動で衣装イベントのフラグが立っていたようだ。
私の今の服は初期衣装のシャツにズボンだし、確かに着替えた方が浮かないかも。
ご機嫌なレーンシオンが扇子を振ると、紙の式神達とクディレンが衣紋掛けと着物を持って現れた。見るからに豪華な服、オシャレな服、カラフルな服が山のように積まれている。
待って、これが全部候補なの?
反射的に、じわ、と腰を浮かした私の両肩を掴んだのはレーンシオン本人で。
「ささ、お似合いのものを探しましょう♡」
にこ! と笑うその可愛さの前に、否やと言える覚悟なんてあるはずが無かった。
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はたして、服が決まったのはそれから五、六着目にさしかかった頃。そろそろくたびれてきた背中をグッと伸ばして、手にしたのは白の水干。下に濃い青の袴を合わせてレーンシオンの前に立つ。
「これ、結構いい感じかも。どうかな?」
「ええ。大変お似合いですわ! さすが私の見込んだ御方で御座います」
胸元と袖の菊綴がゴールドとホワイトでスタイリッシュな印象である。
全体的に青色で纏められたこれを、ここでの普段着にすることにした。髪の毛はざっくりローポニーで結んで、レーンシオンが選んだ水引で飾る。
愛憎多めな女神様の思いやりが、こんなにも可愛いらしくて堪らない。
「決まりだね。これにしよう」
ようやく決まった服にそっと胸を撫で下ろして、来ていた初期衣装を装備欄に入れる。
アバターと装備が別になっていてよかった。ちょっとだけ補正された体力と霊力を眺めていると、レーンシオンが控えめに肩を叩いてきた。
「あと、こちら良かったらお使い下さいな。装備用のアクセサリーなんですけど、お好きな場所に転移できるようになりますので」
どうぞ。と渡されたのは小ぶりな丸鈴が一つ付いた朱色のチョーカーだった。
ありがたく装備してみると、一気に首元が華やかになる。見た目がちょっと飼い犬か家猫のようだけど、まあいっか。
しかし。チョーカーを一旦外そうとしたところ、何と装備が外れない。
突然の出来事に瞠目した私の首を、レーンシオンの細い指がチョーカーごと引っ張った。そのまま顎クイのような形で、グッと上を向かされる。
もともと背の高いレーンシオンに対して、自然と背伸びをするような状態になって。
相対するのは、ちょっと熱を帯びた彼女の目。
「見立てた通り、よくお似合いですわ」
「ッぅ、く」
「本当はここに置いて離したくなぞないのです。これを見る度、どうか私を思い出して下さいませね」
ツ、と首筋をなぞって色気たっぷりに囁かれたその言葉に私の肩が跳ねたのは、はたして恐怖か、それとも期待か。どちらにしろ、にんまり笑ったレーンシオンには適うはずも無いのだけど。
「……ん、ちゃんと戻って来るから心配しないで」
そう言って微笑めばレーンシオンは毒気を抜かれたように瞬きをして、チョーカーから手を外す。
重ためな愛も本物だけど、動機は本当に心配の気持ちからきているのだろう。
実際、チョーカーの性能も申し分ないし、レーンシオンが心配しているようなことはきっと起こらないと思うけどね。
むしろ、私の関心は素材がきちんと手に入るのかどうかにある。現状欲しいのはランクの高い本を作るための素材と、ポーションの材料なんだけど。
ご機嫌レーンシオンをなでなでしながらマップを開く。どうやら既にこのお社がホームに設定されているようで、帰ること自体は簡単みたい。
「うーん。なんにも分かんないし、取り敢えず近場のところから手を付けていくか」
レーンシオンの話だと、このチョーカーのおかげで行きたいところへひとっ飛びらしいし、ちょっと遠出してみるのもアリかもしれない。
色々悩んだ結果、最初に足を向けることにしたのは。
「うん。やっぱり無難なところでいこう」
レーンシオンと出会った街の周辺、『シラクサの丘』である。基本的にスライムが生息している土地で、他にも低級の敵が湧くようだ。
「じゃあ。行ってくるね」
「ええ、行ってらっしゃいまし。ご武運をお祈りしております」
「ありがとう。転移開始、と」
決定すると、シュワン、という効果音がして、視界が体から弾き出されて三人称視点になる。あ、レーンシオンが手を降ってくれてる。可愛すぎ。
可愛さに撃ち抜かれながら物理的に自分を客観視していると、体全体が光の粒になって上昇していくのが見えた。
そして。
パーティクルと化した体が完全に消えた後、周囲の光景が揺らした水面に映る景色みたいに溶けて変わっていく。
そうして様変わりした光景の中に光の粒が私の体を構築して、視界がまた一人称視点へと戻ってきた。
この時間にして二秒ほどの僅かな間に、転移は終了したのである。
「おお、あの時の街だ。なんにも変わってるはずもないけど、変化はなさそう」
視点が変わったからちょっと違和感はあったけど、体も無事に動いたので何よりだ。私は手のひらを何度かグーパーさせて、改めて辺りを見渡した。
パッと見はイギリスの田園風景のような、石垣と野原で構成された街である。建物や建造物はファンタジーなのだけど、印象としてはとても素朴な懐かしさのある風景だった。
「さて、早速スキルを使ってみようかな。手頃な敵は……、あ。スライム」
「ぷ、ピムョ」
ちょうどよくポップしたスライムに向かって職業スキル、『五芒符術』で攻撃を仕掛ける。
攻撃、を。
……ぐぬぬ。
「悔しい、エイムがない」
ぴょんこぴょんこ跳ねるスライムに、一枚のお札を当てることがこんなに難しいことだったなんて。幸いにもリロードは無限に出来るから焦らずにいくべき、なんだけど。
当たらないという事実に何だか冷静さを欠いてしまい、結局スキルがレベルアップするまでスライムと戯れる羽目になったのだった。
『スキル∶五芒符術 がレベルアップしました。詳細を確認してください』
『五芒符術』
↙ ↘
『ロックオン』 『三枚のお札』
∶5ポイント ∶5ポイント
∶対象をロックし、攻撃できるようになる。
∶一度に三枚の札を飛ばすことができる。
「この前のレベリングの本二冊分でレベル上げといてよかったな。これで『ロックオン』を習得して、と」
ためらうことなく『ロックオン』を選択してスキルを発動する。すると、眼前にスコープのようなエフェクトが煌めいて、スライムの姿がその中心に捉えられた。
「喰らえ、スライムくん。五芒符術、発動」
「! ぴ。ぷゅ」
黄金色の軌跡を描いて、手から放たれたお札がスライムに直撃する。こうして散々逃げ惑ったスライムは、僅かな鳴き声とともに消滅した。
「ふむ。スライムの素材がドロップして、霊力も上がってる。結構リターンがいい感じだし、この調子でちょっと頑張ってみるか」
その後はエイム補正のおかげでサクサク進み、私は街から離れた草原の奥へと足を踏み入れた。
風景は低木から次第に鬱蒼とした森へと変わっていく。そうしてスライムにお札を当てるのにも慣れた頃。
「なんかすごい綺麗なスライムがいる」
木立から現れたのは、一匹のスライム。
他と異なるのは、そのデザインだった。
小さく透明な体は青空に飛ばしたシャボン玉みたいな輝きで、動く度に光鱗が跡を引いている。あまつさえ、その身の中心には黄金の星が光っていた。
どうやら星スライムは、何かから逃げているようで、スライムの背後の茂みが激しく揺れている。何だか物々しい事案だなあと、一連をボヤッと見つめていると。
「わ。え、こっちに向かって来てる?」
ぐんぐん近づくスライムに、揺れる茂み。
イベントは嬉しいけど荒事は勘弁して欲しい、私のそんなささやかな願いはどうやら成就しないようです。
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