◇小噺 ログアウト後の出来事
微妙に百合風味です。内容的には無くてもよいので、苦手な方はぜひご自衛お願いします。
レーンシオンは頬を撫でる風の香りで目を覚ました。自身にかけられた暖かな掛け布団とは反対に、その隣はひんやりと冷たい。どうやら愛しのかの方は起き出しているようだ。
(京子様、どちらへ行かれたのでしょう)
彼女が居ないことに少し傷んだ胸へ手をあてて、レーンシオンは寝所を抜け出した。きょろりと部屋を見渡すと、向かいの濡れ縁に人影が見えた。
浮足立つ心と足の赴くままその隣に腰を下ろす。
「読書をなさっているのですか」
緊張で赤くなる頬を感じながら、レーンシオンはそう声をかけた。ちょんと摘んだ京子の服裾に、少しのあざとさと可愛さを自覚して。
(こうすれば、貴方様は困ったように笑いながら、こっちを見て下さるでしょう?)
まるで生娘の恋心のように、幼く想い慕うレーンシオンの希望はその次にあっさりと裏切られた。
レーンシオンの戯れに気づいた京子は彼女へちょっと目を向けて微笑んだ後、あろうことかまた読書へ気を向けてしまったのである。しかもその眼差しにはレーンシオンが恋焦がれる、あの親愛のこもる輝きが映っていなかった。
そうして、衝撃で固まったレーンシオンに一瞥もくれず、京子は淡々と書物を読んでいる。これは京子の動きをトレースしたAIによる動きであった。
そうした理由も露知らず。とはいえゲームキャラクターのレーンシオンが決して理解せしべからざる真理であるのだが。
(これは、あの方ではない)
レーンシオンはすとんとそう思って、不思議と凪いだ面になった。腹の中の熱が波の引くように緩やかに消えていくのがわかる。
彼女は落ち着いた心持ちになって、京子の顔をじっと見た。熱心に本を読むその横顔が知らない人のようだった。茫漠とする胸にサラサラと風が木々の間を渡る音が静かに染み込む。時折京子がページを捲る音が、二人きりの濡れ縁に落ちた。
しばらく傍らでその姿を遠く眺めていたレーンシオンは、唐突にパッと腰を上げて京子の側までにじり寄る。愉悦の色がその頬に赤く光っていた。
そうして近く、鼻先と鼻先がぶつかる2センチ前の距離まで急接近する。
「普段であればこんなにも見守ることは叶いませんものを。……」
そう呟いて、レーンシオンはそっと息をついた。
京子の艷やかな黒髪が湿気の高い空気に揺れる。薄青の、灰がかった目が文字を追って細かく動いている。その眼差しを、息づかいを追いかけていけるのは今この時だけ。
そうして呼吸で薄く動く肩や、血色も透けそうなほど真っ白い肌理を眺めていると。
「うう、ん」
「!」
京子はパタンと本を閉じて伸びをすると、うつらうつらと舟を漕ぎ始めた。そうしてフッと息を吐いて本格的に居眠りを始めたのである。
ちょっとだけ前傾姿勢の、胡座をかいた姿がなんだかとっても可愛くて。レーンシオンは思わずその姿を後ろから抱きしめた。
トン、トンと鳴る鼓動を感じながら、薄い体をキュッと掻き抱く。きっと強すぎると京子が痛がるから、力加減は汗をかくほど慎重に。
「……本当に愛しい御方。ここでその臓腑を暴いてみても、きっと貴方の肉は優しい色であるのでしょうね」
ひんやりサラサラの絹の手触りの奥で、すべやかな少女の肌をなぞる。少年にも似た体格の、確かな筋肉すら愛おしい。女神の勘で血の流れすら掌握しながら、それでもレーンシオンは少女だった。
それこそ己の抱いた色欲が、純然な暴力の想いであると勘違いしてしまうほどに。
「本当に、愛おしい人」
レーンシオンはそう言って京子の顔を横から覗き込んだ。逡巡は、刹那にもみたない僅かな時間。
ふに、と少女の頬と唇が触れた。
その唇には触れることの出来ない斜め後ろからのキスである。その正面は、いつか貴方が起きている日に。
「お慕い申しておりましてよ」
茜色の想い風が吹く。
ログインした京子が、己の膝に横たわって顔を見上げるレーンシオンに驚くのはもう少し後の話である。
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