ep.4 晴れのち雨、ときどきレベリング
ブクマをして下さる方が増えていて本当に嬉しいです。
いただいたポイントを活力に、これからも全力で書かせていただきます。
健やかに眠るレーンシオンを寝所に残し、私は部屋に面した濡れ縁に座っていた。雲と湿気が作り出す湿度が高い地面の匂いが鼻腔から和やかに香ってくる。
さて。レーンシオンもとい玉藻の前に「強くなる」と宣言したはいいものの、具体的にはどのくらい強くなるべきなんだろうか。
目標だけでいえば、立ってるだけで敵が死ぬような強強ヒーラーなのだが。そうなったら最早ヒーラーなのかも分からないし、いかんせんレベルも何も足りていないということで。
「戦闘について教えてほしいんです、クディレンさん」
「おやまあ。勿論、宜しゅう御座いますよ」
頼りにしたのはお婆ちゃん。初代から今まで何世代支えてきたのかは分からぬが、とにかく百戦錬磨であることは間違いない。この件についてとっておきの人材である。
同じく円座に腰を据えたクディレンがそのつぶらな瞳を緩やかに瞬かせた。
「お姫さまをお助けいただけるとのことで。このクディレンめに為せることがあれば何でもお言いつけ下さいな」
「ありがとうございます。では、早速なのですが、この世界でレベリングをするためにはどうすればいいでしょう。やはり、敵を倒すしか方法はありませんか」
別に戦いたくないわけではないけど、正直戦闘自体に興味は無い。痛そうだし。
なのでもしも代替手段があったらいいなと、こうして聞いてみたのだが。
「ふむ。そうですねえ、やはり戦闘経験を積むことが一番の近道では御座いましょう。スキルなぞも回数を使わなければ伸ばしにくう御座いますし」
ゆったりと頷いたクディレンは、そう言って魔法で濡れ縁の落ち葉を払った。少し前から降り出した天気雨によって庭全体が白っぽく霞んで見える。
吹き飛ばされた葉に雨だれが当たって僅かに光った。
その言葉でちょっとがっかりした私に、彼女は優しく笑って言葉を続けた。
「しかしながら、全く方法がないわけでは御座いませぬ。知の書を読み解くこと、すなわち霊力の籠もった本を読むことでもレベルを上げることが可能です」
「へえ、そうなんですか」
「けれどもそうした書籍の使用には時間がかかりまして、尚かつそれ自体が大変高価な消耗品なので御座います。従って、方法としてはあるのですが、お勧めできるものでは無いのです」
「まあそうですよねえ」
そんな上手い話はそうそうないだろう。
AIならまだしもプレイヤーであれば、時間なんてあって無いようなものである。最悪放置でレベリングが出来てしまう物など、運営も意図して残すわけがないのだから。
「うーん。どうしようかな……」
まあ、迷ったら取り敢えず手を動かしてみるか。
最初に行うのはスキル欄の開示。青磁色のウィンドウが音もなく開いた。
そうして頬杖をつきながら、先ほどの話を思い返す。
おそらくだがクディレンの話を聞くに、レベルを上げるトリガーは主に二つ。
一つは、敵を倒して経験値を得ること。これはどのゲームにも共有していることだが、分かりやすくてシンプルだ。
そしてもう一つ、霊力の込められた本を読むこと。強化素材として消費するアイテムなのか本そのものなのかは図りかねるが、多分戦闘が苦手なプレイヤーへの救済措置だろう。
この一連の流れでレベルを上げるのだけど、はたして自分で作って自分が消費することもできるのだろうか。
「とにかくやってみよう。まずは道具作成、次に……何だろう、エンチャントでいっか。本を作って魔力をエンチャント、と。 お、成功したっぽい」
いくつかのスキルを並び替えて、タップする。すると、パヤパー!という軽快な音楽と共に、うっすら発光する輝く本ができた。続けて二つ目を作ろうとすると霊力不足であるとの警告が出た。
なんとこれだけでレベル一の霊力量では空っぽになってしまうらしい。本自体の材料は初心者配布の分でまだまだ足りているようで一安心だ。
「残念だけど、ま、いっか。早速出来たものを確認しなきゃね」
座った場所の横に現れていたのは、単行本サイズの装丁本。手に持つとややしっかり目の手触りで、厚みはそこそこな印象を受ける。そして極めつけに、出来たときも感じたけどなんだかうっすら光っている。
「うーんと、《レベルの書・い》? レベルの書はいいとしても、い、って何だろ。……もしかしてイロハ表記?」
出来上がったのは待望のレベリング材。イロハなんだとしたら最後はスになるのだろうか。だとすると先が長すぎる。軽い絶望が脳裏を横切った気がした。
まあそれはそれとして、大切なのはその効能。
「よかった、作成者と使用者が同じでも使えるみたい。よし、使用するを選んで。と」
本を手に持って選択肢をタップする。すると、何故かひとりでにページが捲られ出した。
取り落としそうになったので慌てて支えて、マジカルな本をマジマジと眺める。そこには、99/100というページ残量が徐々に減りながら表示されているのが分かった。
でも、ちょっと待ってほしい。
「なんでだ? クディレンの話でもゲーム的にも自然消費させるはずが無いのに」
先ほど聞いた話が正しいのであれば、本は読むという行為を通して消費されるはずである。ところが、私の手の中の本は現在勝手に消費されているのだ。
ということは、何かしらが関わっているはずである。現在アクティブにしているスキル欄をざっと眺めて、私はあることに気がついた。
「! スキルの高速詠唱が適応されてる」
スキル欄の中、使用中のエフェクトがかかる高速詠唱の存在にである。私は自然に高速詠唱は魔法を使うときに役立つスキルだと考えていたが、どうやらその真価はここで発揮されるらしい。
「なるほど。どうりで霊力が回復しないわけだ」
これで一向に自然回復しない霊力の遅さにも説明がつく。使いっぱなしだとおそらく回復が消費に負けてしまっているのだろう。
この前提が正しいとすれば、高速詠唱を止めれば霊力が回復し、本の消費が止まるはずだが。
「おお、止まった。ということは、本当に高速詠唱が働いてるんだ」
僅かに動き出した霊力の数値に満足して、また高速詠唱をアクティブにする。途端に消え去る霊力の儚さに涙が出そうだ。
しかも恐ろしいのは、現在の回復量では足りておらず、そのポテンシャルを引き出せていないことである。
おそらく霊力が必要数に溜まった瞬間に動き出すのだが、連続で稼働するということになると圧倒的に欠乏してしまうらしい。
これで回復が追いついたとき、はたしてその性能はどのくらいになるのだろうか。
「ま、霊力はずっと回復しないけど、これでレベルが上がるのであれば必要経費だな」
軽く溜め息をついて、本に目を通す。自然に捲られるスピードよりも読むほうが早いため、不燃焼な気持ちになることはない。
ちなみに内容は夏目漱石の『三四郎』である。真面目に読むなら歯ごたえがあって面白く、楽をしようとするには重たすぎる。
まったく、ちょうどいい匙加減だ。
「普通に読んでしまった……。意味は分からんかったけど結構面白かったな」
サクサク読んで、無事に読了。読み飛ばしたところもAIによって要約が提示されるため、そこまで違和感を感じることもなく読み終わることが出来た。
「これは新時代の読書方法かもしれない」
割とガチで。
まあ、そんなことはともかく、本題のレベリング材としての能力はどんなものだろうか。ワクワクしながらステータスを確認すると。
「あ。ちゃんと上がってる」
レベルが1から3に上がっていた。けれど、それに伴ってステータスが上がるというシステムでは無いようで、上がっていたのは酷使していた霊力のみ。
「へえ、育った分だけ表示の横の枠が塗られていくのか。分かりやすくていい感じだね」
菱形の枠の中、下方の僅かな部分が濃いブルーに染まっている。これでもっと霊力が増えれば、いずれ回復も追いつくだろう。
「しばらくはこれでレベリングか。ゔう、ちょっと疲れたなあ」
僅かに脳の疲労が蓄積している気がする。うっすら痛む目と脳の奥を宥めるために伸びをして、凝り固まった体をほぐした。
さやさやと揺れる木々が疲労した心を宥めてくれるようである。ボーっと眺めながら、ふと脳裏に閃いたのは怠惰な願望。
「……もしかして、ゲームしてないときでも放置で育成出来たりするのでは」
このゲームであれば出来かねん。そう思い立って、もう一度《レベルの書・い》を作成、使用を選択する。本のページ数がゆっくり減っていくのを確認してウィンドウを閉じる。ここまではさっきまでと同じ、しかし、今度は。
「よし。これで一旦ゲームを抜けてみよう」
メニューからゲームを退室を見つけてタップする。
途端に光りだす体を眺めて、次に空を見上げる。入ったときと同じような星が上から降ってきて、周囲を取り囲み始めた。
「さて、どうなるかな」
不安二割、希望八割でムービーを待つ。次の瞬間、プレイヤーの私の体から、ユーザーの私の体が分離した。本のモーションも変化なし。これは。
ぐんぐん上昇しだす私の意識と、後に残されるのは私の体。ゲームから弾き出される感覚の中で、私は口角が上がるのを止められなかった。
「果報は寝て待て、だよね」
ああ、次のログインが楽しみだ。ワクワクした気持ちのまま、私はゲームからログアウトした。
リアクションを下さる方へ。
いつもリアクションありがとうございます。いただくたびに狂喜乱舞して喜んでいます。いっぱいの感謝を込めて投稿させていただきます。
作者より。




