ep.3 ステータス変更は女神とともに
皆様のおかげで、先日ランキングに入ることが出来ました。心からの感謝でいっぱいです。
ご期待に応えるべく全力で書き続けてまいりますので、ぜひポイント、ブクマお気軽にどうぞ。
「ステータス、ステータス……。あ、これか」
あの後案内されたのはレーンシオンの治める社の本殿。格式高い門幕のついた引き戸から入ると、そこは巨大な日本家屋の設えが広がっていた。
吹き抜けのような小高い天井を支える梁にも拭き上げられた床にも埃一芥すらなく、濡れ縁から入る陽光が室内へ穏やかに差し込んでいる。 明るく長い廊下の奥には、風に棚引く几帳の影すら見えるほど。
外観からは想像できないほどの広大な室内で、クディレンが淹れてくれたお茶を飲みながら円座に座って庭を眺める。
ちなみにレーンシオンは羊羹を食べてご機嫌みたい。美味しい? そっか、よかったね。
「何かこのUI、めちゃめちゃデスクトップパソコン味があるな」
そして、私が現在見ているのはステータス画面そのものである。
巨大で不透明なウィンドウは貝のように上下に分かれていて、それぞれのパーツが緩やかに明滅している。穏やかな青磁色の画面が爽やかな見た目でいい感じ。
本当に操作感といい見た目といい、重力と大きさの制限を取っ払ったPCのような取り回しである。脳波とリンクしてるからか使い勝手は段違いに良いけれど。
「ふうん、ステータスに明確な数値は出ないタイプか」
風情があってそれも素敵だよね。というわけで、私の現在のステータスはこんな感じ。
《レベル1》 『職業 = 未選択』
【体力/HP =並】 ◇
【知力/INT =並】 ◇
【筋力/STR =並】 ◇
【霊力/MP =並】 ◇
『ステータス』
狐の花婿 = あなたは神の好い人である。
愛せよ、さすれば愛されん。
『スキル』
未選択
なんてシンプル。ていうか、職業もスキルも未選択だ。これはすぐに直さなきゃ。
「取り敢えず職業……。あ、タップできた」
空欄がピカピカ主張してきていて非常に分かりやすい。選択肢が山のようにあるけど、実はもう決めてあるんだよね。女神、和風、とくれば。
「よし。陰陽師に決定して、と」
「陰陽師になさるんですの?」
「! びっくりした。…そうするつもりだったけど、イヤ?」
「嫌、と申しますか。うー……ん」
けぷ、と羊羹を平らげたレーンシオンがいつの間にか隣に並ぶ。竹を割ったような性格の彼女にしては珍しく、どうやら何かが気に食わないようだ。
数秒の逡巡の後。
彼女は何やら指を空中で引っ掻くような動作をして、その白薔薇の手をパキンと鳴らした。
次の瞬間。その音に呼応したように、ブワ、と質量のない風が吹いて紙吹雪が部屋を舞う。どこか光を織り込んだみたいな輝きのそれらは部屋中の蔀を下げて、几帳を寄せて手繰っていく。
私の手を取ったレーンシオンはその中をまっすぐ進み唯一几帳の開いた畳へ押し倒した。敷かれていた布団のおかげで痛みは無かったけど。
おっと。待って、ここって。
「ふふ。怖がらないでくださいましね」
「レーンシオ。ゥむ、ッ」
咄嗟に起き上がろうとするが、のす、と柔らかな体積が倒れた上半身にめり込むように乗せられた。
連れ込まれたのは寝所である。外光を閉め切って仄暗い布団の上、ほぼ床ドンのような体勢でレーンシオンが微笑んだ。 茜色の艶髪が、カーテンのようにくらくらするくらい色っぽく垂れ落ちている。暗幕から浮き上がるような真っ白な指が、私の目の下をスルリとなぞって。
彼女の大きな紅色の瞳と静かに視線が交差した。恐怖は感じていない、はずなのに。じっとり背筋が濡れるような、ある種の緊張感と恐怖心が腹の奥で燻り始める。
やおらに口火を切ったのは彼女からだった。
「ね、貴方様。レーンシオンは可愛いでしょう? そうあれかし、と育てられましたから」
「……」
「何にも知らない貴方様だから愛おしくって、その分、とっても憎いのです」
「……!」
遠山の眉根を切なく歪めた彼女が、そう、ポツリと呟いて。
重たく薄い溜め息を吐いたレーンシオンの赤いアイラインが、薄闇の中で怪しく輝きを持ち始める。
そのまま顔から肩、腕を伝って彼女の纏う光が黄色から赤、そして橙へと変幻する。私の頬骨に冷たい手のひらをあてたまま、レーンシオンは大きく瞬きをした。
その瞬間。
几帳がブワッ! と膨れ上がるような圧力とともに、彼女の持つ狐の尾が九つに破れた。
同時に茜色の髪がホワイトベージュのグラデーションを伴って、床へ垂れるほど長くなる。大きなケモミミの根元に紫水晶の飾りが顕現して、一際パッと輝いた。
「レーンシオン、いや。あなたは」
「どうぞご照覧下さいまし。私は秋好女神当代がレーンシオンにて、字名を玉藻の前と申します。以後お見知り置きを、貴方様」
現れたのは、まさに女神。
レーンシオンが秋の乙女であれば、この女性は黄金の大地そのものである。慇懃無礼なその出で立ちは、上に立つ者特有の存在感を放っている。
しかし、その凄まじい美貌の奥に、微かに先ほど見せた怯えの影があった。
「これは私の真の姿。その性質として狂乱と盲愛を抱える傾国の女神。この姿こそわが一族の血、歴史そのものです。
……ですが、年月が経るごとに凶悪になるこの心に耐えきれず、私は新たに私という人格を創り上げました」
ふむ、つまり。
玉藻の前とレーンシオンは共に女神自身でありながら意識的には異なっていて、でも人格的には同じであると。ううん、難しい話だ。
「それが怖い?」
「ええ。……私を受け入れて下さった貴方様を、穢して、汚して、同じところまで落としたい。今は違くとも、きっと私(玉藻の前)はそう願ってしまう」
指甲套を嵌めた指が、私の唇をゆったりとなぞる。熱で潤んだ傾国の顔で、カリッと耳朶を柔く掻かれた。
ゾワリと肌が粟立つような違和感が背筋を上ってうなじの辺りに蓄積していく。頬が上気する感覚の中で、それでも決して彼女から目を離さない。
私に態度にキュッと唇を噤んだ玉藻の前の表情が、次第に悲痛へと歪んでいく。
「陰陽師とは私達と共にあるもの。魔を祓い、互いに助け、拠って立つ者で御座います。ですが、今まで私達を救うことができた者はただ一人もおりません」
「……そうだったんだね」
「助けてほしいのに、壊したいんです。このような浅ましい性根を身に宿して、いまさらどの面を下げて救いを待つことが出来ましょうか」
そう言って打ちひしがれる玉藻の前の俯いた表情は分からない。だが薄暗い寝所でシャンと伸びた背筋が、哀れなほどに美しい姿だった。
その背後から母を、祖母を、子供を、助けられなかった娘達の泣き声が聞こえるようで。その身を焦がして食い潰す宿命を、誰が子に引き継がせたいと考えただろうか。
私が、彼女たちのためにできることは一つだけだ。
「……ならば、私があなた達の血を治めてみせよう」
「!」
「絶対、救ってみせる」
茜色の頭をそっと撫でる。天使の輪の浮かぶ髪はサラサラで、こんな状況でも愛おしい。だって要するに、可愛い花嫁がちょっとバイオレンスだったってことでしょう?
「大丈夫、だいじょうぶだよ」
この私に任せなさい。
きゅ、と息をのんだのは玉藻の前か。彼女の、レーンシオンの、帯電地域みたいな高圧力の覇気が引いていく。圧力でバチバチに高まっていた室内の空気が、次第に静かな山林の気配で満ち始めた。遠くで蔀が上がる音がしている。
「分かりましたわ。あなたを、ヒカリを信じます。私が次にお会いするのは、おそらくレーンシオンが望んだ時になるでしょう。その日まで、ごきげんよう」
「うん。玉藻の前もお元気で」
最後の閃光が空中に解けた。ぱしゅう、と僅かな音を残して、最初の女神との邂逅は幕を閉じたのだった。
「大丈夫? レーンシオン」
「む。むりですわ、動けませんの」
へた、と仰向けになった私の体に倒れ込むようにレーンシオンが崩れ落ちた。何となく見慣れたその姿にホッとして、私は彼女の体を整えてやる。
できるだけリラックス出来るように細い体を寝かしつけながらステータスを開いた。
職業の欄から、決定を選ぶ。
《職業を 陰陽師 に決定いたしますか?
今後、職業は変更することができません。
▶ Yes 陰陽師になります。レベルは1からです。
▶ No 職業選択画面へ戻ります。
》
「嬉しいです。いつまでも楽しみにお待ちしておりますわ」
「うん。ちょっとだけ待っててね」
というわけで。ステータス、更新!
New!
《レベル1》 『職業 = 陰陽師』
【体力/HP =並】 ◇
【知力/INT =並】 ◇
【筋力/STR =並】 ◇
【霊力/MP =並】 ◇
『ステータス』
狐の花婿 = あなたは神の好い人である。
愛せよ、さすれば愛されん。
New!
三千世界の待ち人 = あなたには使命がある。
忘れぬかぎり、永遠に。
『スキル』
未選択
これでピコピコ光っている欄はスキルのみ。職業スキルは枠が三つ、あとはフリー枠で十個の空欄があるようだ。
「スキルは無限に入手できて、アクティブにできるのが今のところは全部で十三、ってことかな」
おそらくこれは成長と共に使用可能枠が増えていくシステムとみた。流石に三つでは戦闘なんて心許ないのではないだろうか。
しかし、私は前線を張りたいタイプではないので、アタッカーよりもヒーラーかサポーターが適正な気がする。 取り敢えず陰陽師らしいものと、後はひたすら支援職っぽいものを取得してみよう。
「こんなものでいいか。なかなか時間がかかったな」
というわけで、最終的なステータスはこちら。
《レベル1》 『職業 = 陰陽師』
【体力/HP =並】 ◇
【知力/INT =並】 ◇
【筋力/STR =並】 ◇
【霊力/MP =並】 ◇
『ステータス』
狐の花婿 = あなたは神の好い人である。
愛せよ、さすれば愛されん。
三千世界の待ち人 = あなたには使命がある。
忘れぬかぎり、永遠に。
New!
『スキル』
五芒符術 (job)
門へと続くもの(チセ・エカノク) (job)
大興城にて(ル・メウナタラ) (job)
・自動回復 - 体力
・自動回復 - 霊力
・範囲ヒール
・範囲バフ - 攻撃力上昇、攻撃速度アップ
・ダメージ肩代り
・シールド付与
・召喚
・調伏
・高速詠唱
・スキルリピート
結構いい感じに仕上がったのではないだろうか。
職業スキルは悩んだ結果、攻撃と支援のバランス型で構築してみた。以下は読まなくてもいいスキルの詳細である。
一つめは、攻撃手段としてお札を投擲してダメージを与えるスキル。アクティブにした途端、腰の辺りに御朱印帳の細いやつみたいのが出現した。
二つ目は、『門』というものから、妖を呼び寄せて攻撃するスキル。これは悪いことが出来そうでワクワクの予感。
最後の三つ目には、結界を張って継続バフとヒールを仲間に与えることができるというスキルを選択。やっぱり荒事はしたくない主義なので。
詳細終わり。
全てが終わった安堵でホッと溜め息をついて隣を見ると。どうやらレーンシオンも落ち着いたようで、すやすや寝息をたてて眠っていた。
あどけない頬にかかった乱れ髪を整えてあげると、微睡みの中で微笑んだらしい。その様子は、やっぱり年頃の女の子然で。
「ふふ。……おやすみ、レーンシオン」
彼女が起きたら外の様子を確かめに行こう。そう決意して、私も穏やかな微睡みを楽しむことにした。
ポイントを入れてくださった方へ。
ありがとうございます。あなたのおかげでランキングに入ることができました。本当に嬉しかったです。
作者より。