ep.2 狐が嫁入り
全体の文章をスマホ用に調整しているのですが、PC利用者が多いようなのでPCでの調整を検討中です。
ご要望のある方のコメントお待ちしてます。
「さ、着きましてよ」
「! これは、すごい。絶景ですね」
煙が晴れるように明瞭になった視界に飛び込んできたのは先ほどのファンタジーあふれる洋風の街並みではなく、一面の紅葉で彩られた神社だった。
千本鳥居から続く石畳に、一片、二片と真っ赤な紅葉が静かに降り落ちている。山間の肌は巨大な木々に覆われて、遠くからは腹に響く滝音が届いてくる。
玉石が散りばめられた土地の中には巨大な溜池があって、錦鯉が時折飛沫を上げていた。
そんな中、浮かれた足取りのレーンシオンは繋いでいた手をちらっと見て、離すでもなく嬉しそうに指を絡めている。可愛いことこの上ないが、見ず知らずの女にそんなに懐いて大丈夫なのだろうか。
「とても素敵です。ここにいる神様は幸せ者ですね」
「そうでしょう! 自慢の神社なんですの」
ムフン、と胸を張ったレーンシオンがとんでも可愛い事件。誇らしげにそびえたキツネミミがピコ! と跳ねて、茜色の髪が袖を伝って風に靡いた。
これだけ綺麗な場所だと確かに自慢もしたくなるだろう。しかし、彼女はどういう立場の女性なのか。ここの神主さんの知り合い?もしくは巫女さん、大穴で御息女だろうか。
すると、周囲をチラチラ見ていたレーンシオンがとある一点を見た後、わかりやすいほどに肩をはねさせた。その反動で繋いでいた手ごと私の腕もぴくんと跳ねる。
何だろうとそちらを見遣ると、なんだかちんまい亀、でも亀にしては大きすぎる、小型のリクガメのような風体の動物がチョコチョコ歩いてくるのがわかった。
甲羅の割れ目部分が金継ぎのようになっていてとってもファンタジー&プリティー。
しかし、どうやらご機嫌はあんまり芳しくない様子である。
「ま、お姫様! お探しいたしましたよ、まったく。供も連れず、どちらに行かれていたのですか」
「おばあさま、ああん、お。怒らないで下さいまし」
何と祖母と孫だったようだ。これには私も相当びっくりする。
でもゲームとはいえ、流石に亀とキツネではファンタジーがすぎる気もするけども。
急展開に目をパチクリさせていると、辿り着いた亀お婆ちゃんは短い前足をテシテシ玉砂利にあてていた。もしかして地団駄?可愛いすぎるね。
ところがそれだけでレーンシオンにはクリティカルが入るらしく、キツネミミがぺそ……と力なく後ろに倒れていた。
「まったく、ご自身のお社を放って遊び呆ける神が何処におりますか! 御神事も滞りがちですし、ばあやはお姫さまをそんな風にお育てし申した覚えは御座いませんよ」
「え」
「でもでもっ、遊んでいた訳ではないのですわ、ほら! ご覧くださいまし、お婿さまも連れて参りましたから!」
「へ」
まって、情報が大渋滞すぎる。
レーンシオンさん、神様だったのか。そして私、婿入りするの?性別めちゃめちゃ女だけども。婚姻の前提が狂いまくりだよ。ていうか、さっき会ったのが初めてですが。
どうしたものかと二人の顔を見比べていると、亀お婆ちゃんがこっちを値踏みするように眺めているのに気づいた。取り敢えず頭を下げると向こうも首をちょっと揺らしたので、どうやら応えてくれたようだ。何にも分かってないけども、お眼鏡に叶って何よりです。
「そち。名は何と申します」
「ええと、京子です。あの、あなたはレーンシオンさんのおばあさまなんでしょうか」
「いいえ。わたくしはクディレン、お姫さま一族に仕えるただの妖です。初代に命を救われた恩があるため、ここでお仕え申し上げております」
「お見知り置きを」と、ゆったりと首を振る亀のお婆ちゃん、もといクディレンさん。
その姿をよくよく見るとその首にしめ縄が巻かれているのがわかった。皺の寄ったきな粉色の肌に、しめ縄の橙色がよく似合っている。
「そうなんですね。実は私、この世界に来たばかりで何も理解できていなくて。レーンシオンさんに神無しであることを教えていただき、ここにお邪魔した次第なのですが」
「……成る程、京子様とやら、ご事情はよおく理解いたしました」
言外に初対面であることを伝えるとクディレンの視線から警戒の色が消え、そのつぶらな瞳が次第に同情と理解の色を帯びた目となった。
反対に、レーンシオンは顔中から汗を飛ばして焦っている。大きな赤い目にグルグルのエフェクトがかかっているように見えるのは気のせいだろうか。
その上焦りのあまりか、私の手はおろか腕まで彼女の胸に抱きよせられている。肩の辺りに何か柔らかい感触があるのは気の所為じゃないよね。ありがとうございます、最高です。
「では、お姫さまからはまだ何も聞かされておられない、という訳で御座いますね」
「はい。実はそうなんです」
すうっと息を吸って、クディレンが口を開く。
「ここは薄野殿、そこに御わすお姫さま一族の、秋を司る女神が代々統治なさって参った神域です。
ご存じではないでしょうが、こちらでは神無しの方というのは大変に貴重な存在でして」
「え、そうなんですか。でも、結構な人数がいるはずですけど」
「ええ。確かにそうで御座います、けれど。神無しの方はその身に強力な可能性を秘めていらっしゃることが殆どです。そのため、神無しであると知れれば国を挙げて歓迎されます」
「へえ、なるほど……」
成る程、このゲームではそういう風にプレイヤーを受け入れているのか。で、それすら知らない私をここに連れてきてしまったのがレーンシオンなんだね。
クディレンの言動から察するに、この世界では自由意志が尊重されるべし、みたいな道徳観念が強いんだろう。だからこそ半強制的に拉致を行ったレーンシオンの行動はいただけないようだ。
「また、それには神々でさえも例外ではありません。気に入ったからといって神隠しなんて、断固として御法度なのですが」
「ウウゥ……、お許し下さいまし」
フウ、と溜め息をついたクディレンがその首をニュッと伸ばして私を見る。爬虫類のつぶらな瞳が、知性ある生き物として深く光った。
そうしてジッと私を見つめてから、クディレンはその首から頭を深く下げた。もし彼女が人型であれば、その姿は最敬礼であっただろう。
「我が主人が、無辜の市民である京子様を神隠しという手段をもってここへお連れしまったこと、深くお詫びいたします」
「……私も申し訳御座いませんでしたわ。一目見た瞬間から、体中の熱が沸き立つみたいになってしまって。でも、急にこんなこと言われてもお困りですわね」
「いえ……」
深々頭を下げたクディレンとちょっと拗ねた顔で、でもちゃんと申し訳無さそうなレーンシオン。この使用人に謝らせ慣れてる感じ、どことなく上質なお嬢さま味がありますね。ウマウマ。
と、しみじみしていたら、目の前に半透明のポップアップが現れた。
《ランダムイベント∶狐の嫁入り を続行しますか?
今後、進行度は変更することが出来ません。
▶Yes 進行度が進みます。
ステータスが『狐の花婿』に変化します。
▶No 始まりの街へ戻ります。
》
成る程。ランダム発生でも否応なく巻き込まれる訳ではないんだね。ありがたいけど、ここで聞くことに何の意味があるんだろう。でもまあ確かに、ゲームを始めたら奥さんが生えてくるなんて、どこの誰も想像出来ないよね。
ま、でも。ここまできたんならYesじゃない?
よし。Yes、とな。
ポップアップの選択肢をタップした途端、私の周囲にキラキラしたピンク色のエフェクトが飛んだ。何か綿あめみたいなふわふわして美味しそうなやつ。
多分これでステータス自体は変わったとは思うけど。ちゃんと言葉でも伝えたいから、レーンシオンに正面から向き直る。
シリアスな場面なのに、彼女のあどけない表情が可愛すぎて表情筋が無くなりそうです。やっぱりこの娘、顔がいい。ルッキズムだなんだって言ってるけど、結局顔がいい女の子って世界を平和にするよね。
「いえ。不束者物ですが、どうぞよろしくお願いします」
「! 勿論ですわ、沢山愛して下さいませね♡」
パッと、それこそ文字通り花が咲くように綻んだその笑顔。長い睫毛がみっしり動いて、太陽もかくやの輝きを放つ。ギュッと抱き寄せられた髪から信じられないくらいのいい香りがした。
「あと、夫婦になったのですから敬語も外して下さいな。名前も敬称は結構でしてよ」
「え」
「ほら、呼んでみて?」
「……よろしく、レーンシオン」
「ええ、よろしくお願いいたします、貴方さま」
破壊力はバツグンだ! もう脳内で勝手にナレーションが流れてしまう。それくらいの威力があった。名前呼びも緊張しちゃうけど、呼んでほしいならそう呼びたいよね。
でも、情報が多くてゴチャゴチャしてきたな。一回ステータスとアバターとか調整したい気がする。ま、取り敢えず。
「レーンシオン。私あとで確認したいことがあるんだけど、どこかに落ち着いて腰を下ろせる場所ってあったりしないかな」
「勿論ですわ。では、一度お社で座ってお話しいたしましょうか」
「うん、ありがとう」
ステータスって、多分UIあるよねえ?
ブクマしてくれた方へ。
そこの方、ありがとうございます。貴殿のブクマが活力になりました。とびきりの感謝を込めてお届けします。
作者より。