ナズ①
ナズ視点です。
私の名前はナズ……。
生まれた頃から不幸のどん底に沈んでいた女……。
私を不幸に引きずり込んだのは私を生んだ親だ。
私の母は生まれこそ一般家庭だけれど……まるで女神のような美貌の持ち主だった。
通り過ぎる男から続々と声を掛けられ、1児の母とは思えないほどの若さを保っていた。
そんな母から生まれたからか……私もそれなりに容姿が良かった。
母は家事や育児をしっかりとこなし、しかも家に入る金を少しでも増やそうと内職までしている。
まさに良妻賢母な女性だ……。
だがそんな母の最大のミスは……父と結婚したことだろう。
父は、ハゲ……チビ……ブサイク……貧乏と男として最悪な要因がこれでもかと揃っていた。
誰にでも優しいという面は評価できるが……逆に言えばそれしか取り柄のないゴミだ。
父と母は幼馴染同士らしく……腐れ縁から結婚まで発展したらしい……。
まるで脳内お花畑な女が妄想する夢物語みたいな話ね……。
2人は今でも仲が良く、近所でもオシドリ夫婦だと言われている。
でも私からすれば……美しく若々しい母がゴミクズな父と夫婦生活を続けているのか理解できないし、こんな男が自分の父親だと周りに思われることが物心つく頃から屈辱だった。
しかも雀の涙な父の稼ぎのせいで私は何かと我慢を強いられる生活を送らされることが本当に嫌だった。
お母さんほどの美貌があれば、いくらでも男を乗り換えられるはずだ……。
だから私は……何度もイケメンな金持ちと再婚してほしいと母に頼んだが……母は頑なに拒否した。
『ナズ……お母さんはお父さんのことが好きだから結婚したの……。
その気持ちは今もこれからも変わらない……。
もちろんお父さんも気持ちは同じだよ?
だから私達のために一生懸命……働いてくれているの。
いつもいろんなことを我慢させているのは申し訳ないけれど……頑張っているお父さんのことを悪く言うのはやめてね?』
その都度、母は頭の悪い言葉を私に掛けてきた。
はっきり言って意味不明だ。
だって……男が働くなんて当たり前のことでしょう?
父親が家族のために働くなんて当然すぎて感謝の気持ちすら抱いたことはない。
男が働いて金を稼ぎ……女が家を守る……それこそが古来より伝わる男女の正しい姿……。
それができず、母に共働きをさせている父は救いようのないクズだってこと……。
”好きだから一緒にいる”
なんて子供じみたくっだらない理由で、しっかりと現実を見ようとしない母も相当ヤバいけどね……。
浮気の1つでもしてくれたら望みはあるのだけれど……母は父一筋で浮ついた話が一切ない。
ホント、理解不能すぎてドン引きする……。
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だから私はいつからか母を当てにするのをやめ……自分自身で幸せを掴むことを決意した。
決して母のような底辺人生なんて送らない!
そう思った私は、私にふさわしい男を学生時代から選出し始めた。
条件は6つ……。
イケメン……金持ち……高身長……細身な筋肉質……頭脳明晰……清潔感がある……。
言ってみてなんだけど……私って思ったほど欲がないわね……。
だってそんなの……男として当たり前に備わっているでしょう?
むしろこれくらいの条件を満たせない男なんて男じゃない……口が利けるだけのサルよ。
だけど悲しいことに……この世のほとんどがサルばかり……男として認識できる存在はごくわずかというのが現実なのよね……。
『ナズさん好きです! 付き合ってください!』
『僕とどうか……恋人同士になってください!』
学校で何人かの男に告白されたけど、どれもこれもサルかそれ以下のカスばかり……。
ホント……誰かサルはみんな死刑って法律でも作ってくれないかしら?
それなら簡単に良い男と出会えるのに……。
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だけど……そんな私にチャンスが訪れた。
「やぁ君! こんなところで何をしているの?」
ある日……たまたま町に出ていた私に声を掛けてきた男……それが後に私の最愛の人となるアブーだった。
「あっあなたは……アブーさん」
当時……アブーは若くして騎士団の上層部に立つ騎士だった。
容姿もイケメンで高身長……色気のある筋肉質な体だった。
身に着けている服やアクセサリーはどれもこれも高級品で揃えている……彼の財力がどれほどのものか、一目見てわかる。
騎士団に所属しているため、腕力や知力は言うまでもない。
しかも勇者候補として名が挙がっていて……世間でも注目を集めている。
もしも勇者になれば……一生生活に困ることがない金が手に入る。
まさに私が求めていた理想の男性だ。
「これからちょっとお茶していかない? おごるからさ」
「はっはい! 喜んで!」
そんなありきたりなナンパが私達の出会いだった……まあ男女の出会いなんてこんなもの……。
恋愛小説のようなロマンチックな出会いを求めている方がおかしいの。
それよりも大事なのは……アブーという最高の男性をものにすることだけ。
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それから私とアブーは何度かデートを繰り返し……ついには初めての夜を過ごした。
「ねぇアブー……私達、本格的に付き合わない?」
アブーに純潔を捧げた夜……私は彼にそう提案した。
「そうだな……まあ体の相性も完璧だし……付き合うのも悪くないか。 いいぜ? 付き合うか!」
「やった!」
こうして私とアブーは正式にお付き合いを始めることになった……。
アブーは父のようなクズとは比べ物にならない完ぺきな男……そして近い将来、勇者となる男……。
生涯のパートナーとしてこれほど私にふさわしい男はいない。
フフフ……まさかこんなに早く、夢が叶うなんて思わなかったわ。
私は母のように愛だの想いだのくだらない幻想に執着しない堅実な女……。
だからこそ……人生を成功させることができた……。
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そんな私には……昔から仲良くしている幼馴染の男の子がいた。
名前はツキミ……。
彼はそれなりにイケメンで、容姿がまあまあタイプだったから仲良くしていた。
だけど片親なせいか……経済面は私の父と相違なかった。
騎士団志望ではあるけれど……能力的にアブーのような優秀な騎士と比べたら話にならない。
「ナズ……君のことがずっと好きだった! どうか俺と……付き合ってください!!」
義務教育を終えて学校を卒業したその日……私はツキミに呼び出されて告白された。
なんとなく私に気があることは察していたけど……内気なツキミが告白してくるなんて思わなかったわ。
「ごめんなさい……私、彼氏ができたんだ。 だからツキミの気持ちには応えられない」
当然私はツキミの告白を断った。
何しろアブーという最高のパートナーがいるのだから……ツキミ程度の男じゃ乗り換えるメリットが一切ない。
「そっそうか……お幸せに」
ツキミはそう言って私の元を去っていった。
そしてこれ以降……彼との関わりはなくなった。
顔や容姿は好みだったから……セフレ的な立ち位置にして付き合えばよかったのかもしれない。
そう思うとちょっともったいないことをしたかな?
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学校を卒業した私は就職せず、実家を離れてアブーが暮らしている豪邸に引っ越した。
その際、両親に私とアブーのことを初めて話した。
2人共どういう訳か、私達の仲をかなり渋ってたけれど……私の意思が固いことを伝えると、私の幸せを優先して最終的には黙って見送ってくれた。
そこはまるでお城のような広さで、高そうな絵画や骨董品があちこちに並べられていた。
雇われメイドを数人雇っているので、ご飯やお風呂の用意もみんなやってくれる。
だから私は何もしなくても生きていけるって訳!
これこそ勝ち組人生だわ!
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だけど……そんな順風満帆な人生に……影が入り始めたのはアブーと同棲を始めてから数ヶ月後……。
アブーは騎士団全員から認められ、ついに勇者の称号を得ることができた。
やっぱり思った通り……アブーは最高の男よ!
「おいナズ! 今日誰とどこにいやがった!?」
ある夜……帰宅した私をいきなりアブーが怒鳴りつけてきた。
「どこにって……今朝言ったでしょ?
友達とご飯食べに行くって……」
「男と一緒にいたんだろ? 俺は見たぞ!?」
「男って……女の子もいたわ!」
ご飯を食べに行った友達グループは男女混合ではあるが至って健全な関係だ。
第一……いくら面食いな私でも勇者であるアブーを裏切るほど馬鹿じゃない。
そんなことをすれば……慰謝料どころか終身刑を言い渡される可能性が高い。
馬鹿な話と思うかもしれないけれど……勇者の絶大な権力があればこそ……成り立つ話だ。
「お願い信じて! 本当にみんなとご飯を食べに行っただけなの!」
「そうか……なら金輪際そいつらとは会うな。 もちろん電話や手紙でのやり取りもダメだ」
「そんな……女子もダメなの!?」
「当たり前だ! 男と飯に行く尻軽女共と一緒にいれば、男が寄り付くだろうが!!」
「そんなこと……」
ボカッ!!
アブーのめちゃくちゃな論理を否定しようとした時……彼に思い切り殴られ、その衝撃で床に倒れてしまった。
「俺に逆らうんじゃねぇよ……お前は俺の所有物だろうが!!」
「やっやめて……」
それから2時間もの間……私はアブーからのひどい暴力に耐えた。
何度もやめてって言ったけど……全然聞き入れてくれなかった。
「わっわかりました……あの人たちとは縁を切ります」
ひとしきり殴られた後、私はアブーの命令を聞きいれた。
これ以上何か言えば……彼に殺されると本能的に悟ったからだ……。
「最初からそう言えばいいんだよ、カス!」
アブーはそう吐き捨てて私の顔を踏みつけて自室に歩いていった。
取り残された私はそばにあった等身大の鏡で自分の姿を見た。
私の整った美しい顔はボロボロで、腕やお腹にアザができている。
体中にズキズキとした痛みを感じる……どこか骨折していなければ良いのけれど……。
「痛い……」
痛みを堪えながら私もこの日は自室に戻ることにした。
アブーのしたことは完全なる暴力だけれど……私は彼を訴えようとは微塵も思わなかった。
そんなことをすればアブーは私を見限って別れを切り出すかもしれないからだ。
せっかく手に入れたこの幸せを自分自身で捨てる訳にはいかない……。
それに……アブーは勇者。
どんな根拠を示そうと、勇者の絶大な権力で裁判に圧力を掛ければ判決なんてどうにでもなる。
つまり……訴えを起こすことは私にとってデメリットでしかないんだ。
このくらいのこと……水に流して忘れるのが賢明ね……。
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この日以降……アブーはことごとく私に暴力を振るうようになっていった。
その主な理由は私の男性関係……。
とはいっても……別に深い仲という訳じゃない。
男友達や学生時代にお世話になった先生のような仲の良い人達はもちろん、挙句に行きつけのレストランに勤めているウェイターのような友人ですらない男性にすら会うのを禁じられた。
それはつまり……自分以外の男性とは一切関わるなということだ。
『いっいくらなんでもそれは……』
いくらなんでもやりすぎだと思ってそう言い掛けたものの……。
『口答えしてんじゃねぇよ!』
そう言われてまた暴力を振るわれるのがオチだった。
時には首を絞められて気を失うことさえあった……。
もうここまでくると暴力を越えて殺人の域に当たるだろう……。
だけど彼を訴えることはできないし、このことを誰かに相談する訳にもいかない。
でも外に出ている限りは男性との関わり合いは少なからず起きる。
そんな当たり前の事すらアブーは認めようとせず……。
『しばらくここで頭を冷やせ』
ある日……とうとう私はアブーに監禁されるようになった。
最低限の食事こそ与えられたが……鎖で自室に繋がれたり……地下室に閉じ込められたりと……私が命令通りに動かないと、彼は何日も私を監禁するようなってしまった。
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暴力による支配……監禁による心の縛り……。
もういっそ、家から出ない方が幸せになれるのではといつからか思うようになっていた。
アブー以外の男に会わなければ良い……言ってしまえばそれだけのことだ。
だけど……私にはどうしても関係を断つことのできない男がいた……。
『ナズ、元気にやっているか?』
それは父だ。
父は定期的に手紙や電話で連絡を私に寄こしてくる。
ここから実家までは馬を使っても3日掛かるほどの距離があるため、直接会いに来ることができない分……回数はそこそこ多い。
その内容は体を壊していないか?……寂しくないか?……困ったことはないか?……とか、私を気遣うようなことばかりを聞いてくる。
でもその気遣いは私にとって、迷惑でしかない。
そもそも引っ越しを機に、私は父をいないものとして記憶から存在そのものを抹消している。
こんな連絡さえこなければ、あんな人生の汚点みたいなゴミ……とっくの昔に忘れている。
だけどないがしろにはできない……。
そんなことをすれば、父も母も不審に思ってここまで来るかもしれない。
そうなったらあの空気が読めない父だ……アブーに余計なことを言うに決まってる。
『元気にしてるよ』
私は当たり障りのない言葉で父をごまかすことに徹底した。
だけどそんな父とのやり取りが気に入らないアブーは……。
「おいナズ! 親父と縁を切れよ!」
父親と縁を切れと迫るようになった。
だけどそんなことはできない……。
アブーとの生活を維持するためには……。
「さっさすがに無理よ。 お父さんなんだし……」
「はぁ? お前俺より親父の方が大切なのかよ!」
「そうじゃないけれど……でも……」
「黙れっ!!」
私の本心なんて知りもしないアブ-は私の言葉を聞き入れず、結局暴力に訴える始末……。
だけどほかの男とは違ってなかなか関係を断とうとしない私にしびれを切らした彼はとうとう護身用の剣まで手にし……。
「俺の言うことが聞けないのなら……いっそ死ぬか?」
剣先を私に向け、嘘偽りのない殺意まで向けて来る。
「ひぃ……」
命の危機を感じた私はもはや”はい”というしかなかった……。
だけど剣まで出されるとなれば、いくらなんでも許容範囲を超えている。
もはやいつ本当に殺されるか……わかったものじゃない。
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アブーとの未来よりも我が身の安全を優先したいと思った私は、アブーが任務に出た夜を狙って家を出た。
それは良いものの……勇者から自分を匿ってくれるもの好きなんてそうはいない。
両親なら守ってくれる可能性はあるが……あんな貧乏な家に帰るなんて私のプライドが許さない。
考えをあぐねて途方に暮れた私の脳裏にふと蘇ったのは……。
「ツキミ……」
かつての幼馴染だった。
ツキミなら私を匿ってくれるはず。
なんたって私にベタぼれだったんだから……。
それに彼は騎士団に所属していると聞く……。
あんな貧乏な実家よりはまだ安全だ。
私は考え……騎士団の寮へと走った。
場所はアブーに騎士団の本部に連れて行ってもらった時に見たことがある。
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どうにか寮に赴いた時にはすでに深夜を回っていた。
私は部屋のネームプレートを頼りにツキミの部屋を見つけた。
コンコン……。
しばらくノックを続けると……。
「ナズ……」
ツキミがドアを開いてくれた。
相変わらずのイケメンだ……。
服装や部屋は貧しくて目も当てられないけれど……。
「えっと、とにかく中へ入りなよ」
私は彼の言葉に甘えて部屋の中に入ることができた。
やはりツキミは私に未練があるみたいね……。
次話もナズ視点です。




