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ツキミ③

ツキミ視点です。


「待ってくれ! これは何かの間違いだ!!」


 さんざん喚き散らしたのも空しく……死刑判決は覆ることはなかった。

俺は首と胴体が離れ離れになるその日まで、薄汚い刑務所で怯え暮らすことになった。

もう何がどうなっているのか理解ができず、頭がパンクしそうだった。


「ナズ……」


 死刑判決から数週間後……。

俺の元に、面会という形でナズが会いに来た。

俺とナズの間を隔てるガラスにうっすらと映る自分の顔が……ひどくやつれきっていた。

当たり前と言えば当たり前だけどな……。


「少しやせたわね……」


 たいしてナズは……高そうな服やアクセサリーに身を包み、ほんのりと甘い香水が鼻孔をくすぐってくる。

まるでどこぞの貴族令嬢だ……。

あとまともな飯なんて出ない刑務所生活を何日もしてれば誰でも大抵痩せる。


「どうしてだナズ……どうしてあんな嘘をついたんだ?」


 俺はナズに1番聞きたかったことを尋ねた……。

なぜナズが俺を裏切ったのか……その理由を……。


「だって……あぁでも言わないと、アブーの名誉にかかわるじゃない」


「は?」


「アブーが勇者の身であるからと言って、DVのことや軟禁のことを公衆の面前で言ったら……彼の名に傷を付けることになるでしょう?

だからと言って……理由をを説明しない訳にはいかない……。

だから……あなたに全ての罪と責任を被ってもらうことにしたの……」


「何を言って……何を言ってるんだよ!! アブーは君に暴力を振るって監禁までした男だろう?

アブーが怖くて……アブーから逃げたくて……俺の元に逃げてきたんじゃないのかよ!!」


「確かに……最初はそうだったわ……。

アブーが怖くてあなたにすり寄ったのも事実……。

だけどね?……アブーがツキミの部屋に来た時……言ってくれたの。

”俺にはお前が必要だ”って……強く抱きしめながら……」


 俺に話して聞かせるナズの目がやたらとキラキラしていたのはなんとも不気味だった。


「その時わかったんだ……。

アブーは不器用ながらも私のことを愛しているんだって……。

私を殴ったことも……私を軟禁したことも……みんなみんな……裏を返せば愛情表現の一種だったのよ」


「ナズ……何を言って……」


「DVだと思っていた彼の行動は全部……嫉妬よ。

私をほかの男に取られたくないから……不器用な彼は乱暴な行動で私を束縛したかったのよ。

ほんと……愛らしい人だと思わない? ツキミ」


 ナズのこのイカれた感性を理解できる人間が果たしてどれだけいるのか……。

少なくとも俺は……全く愛らしいとは思えない。


「何を言ってるんだ!? 嫉妬だの束縛だの……そんなの暴力を振るっていい理由にはならないだろ!?」


「暴力なんて言い方やめてよ……。 だいたいツキミはどうなの?」


「何がだよ……」


「アブーのことを散々言っていたけど……ツキミは私を大切にしてくれていた?」


「俺は俺なりに君を大切にしていたつもりだったよ。

そりゃ、アブーに比べたら全然頼りないとは思うけど……それでも君を守りたいと本気で思っていた!」


「そんなのツキミが思い込んでいただけでしょう? 私を匿ってくれたことは感謝しているけれど……あなたはそれ以上、私に何をしてくれた?

毎日の食事は貧しいものばかり……服も下着も満足に買ってくれない……。

女性にひもじい思いをさせて騎士として恥ずかしくなかった?」


「それは……」


 俺自身、他の働き口と比べたら多少はもらっている方だが……別に金が有り余っている訳じゃない。

あと、貧しい食事とは言っていたが……俺がナズに持ってきていた食事は一般的なメニューだ。

パンだの肉だの野菜だの……バランスも取れていて十分な量だ。

服や下着も普通に店で売っているものを最低限、買い与えていたんだが……彼女は気に入らなかったらしい。

どうやらアブーと付き合っていることで、普通の感覚が鈍ってしまったみたいだな。


「そもそもツキミは任務だの訓練だの言って……全然私のそばにいてくれなかったじゃない!」


「それは仕事だから……」


「ホント男って仕事を言い訳にするね……見苦しい。

アブーは任務だの仕事だのより、私を優先してずっとそばにいてくれたよ?」


 それはそうだろ?

勇者は遅刻しようがセクハラしようが暴力を振るおうが……何をしても許される。

無論、仕事をドタキャンしたって許される……というか、誰もあいつに文句は言えない。

言えばどんな不幸や恐怖が待っているかわかったものじゃないからな……今回みたいに。


「だいたい守るって言っておきながら……結局私がアブーに見つかった時にいてくれかったじゃない!

あなたの言っていることは全部口先ばっかり!!」


「違う! 俺は本当に……」


「違わないでしょ!? だけどね?……アブーは違うわ。

私のことを真剣に愛してくれている。

不器用な所はあるけれど……あなたと違って私を幸せにしてくれている」


 ナズの言う幸せって言うのは……貴族令嬢のような風貌から察するに金のことだろう……。

本人は愛なんて抜かしているが……愛のある人間はそもそも愛している人間を傷つけるような真似はしないと思うんだがな、一般的に……。


「だからわかったの……私が結ばれるべき運命の相手はアブーだって……。

そして私には……彼の名誉を守る義務があるんだって……」


「その義務が……俺に冤罪を擦り付けることなのか?」


「ツキミ……私のことが好きなんでしょう? 学生時代の時から……。

だったら私のためにこのまま大人しく死刑になってよ。

女のために死ぬなんて騎士として本望でしょう?」


「ふっふざけるなっ!! 君は俺をなんだと思っているんだよ!!」


「なんだとって……私達は幼馴染に過ぎないでしょう?

だから私は幼馴染として……あなたの初恋を良い思い出にするために、体を重ねてあげたじゃない。

その恩に報いろうとは思わないの?」


 体を重ねたんだから死ねって……どれだけ自分に価値があると思っているんだ? こいつ……。


「なんだよそれ……君にとって俺の存在は……その程度のものだったのか?

俺の命よりも……アブーの名誉の方が大切なのか?」


「女々しい事言わないで……男として恥ずかしくないの?」


「じゃあ君は……俺の名誉を傷つけて恥ずかしく思わないのか?

君の嘘のせいで俺は死刑にされるんだぞ!? 君はなんとも思わないのか!?」


「なんにも思わないわよ? 何を言ってるの?」


 目を丸くしたまま首をかしげるナズに俺は恐怖を覚えた……。

こいつの言葉は皮肉でも悪意でもない……本当に何とも思っていないんだ……。

俺に冤罪を吹っ掛けたことも……俺が死刑に処されることも……。


「さっきも言ったしょ?

女のために死ぬのは騎士の本望だって……。

私はあなたにとって初恋の相手でもあり……あなたの”初めて”の相手でもあるの。

そんな女のために死ぬ……これ以上名誉なことはないでしょう?」


「ナズ……」


「世間はあなたをクズな犯罪者として認識しているけれど……私だけはあなたの無実を知っている……。

もうそれだけで思い残すことはないじゃない?」


 勝手に人の未練をなくすんじゃねぇ!!……と言えるくらいに怒れたら良かったんだが……この時の俺は怒りや悲しみで心が深く傷つき……何も言うことができなくなっていた。


「……」


「じゃあ私はアブーの所に帰るわ……。

じゃあツキミ、短い間だったけれど……ありがとう。

私はアブーと共に幸せな人生を歩んでいくわ。

さようなら……」


 そう言ってナズは面会室を出ていった……。

そしてどうしようもない絶望の中に取り残された俺は……。


「ハハハ……」


 空しく笑うしかなかった……。

全く自分という人間がつくづく愚かしく思う。

ナズのような下衆女に惚れたばかりに……冤罪をふっかけられて死刑判決まで下される始末……。

訴訟を起こした所で勇者の権力がある以上……判決が覆ることはない。

そもそも力になってくれる人や頼れる人もいない……。

もう俺の人生は詰んでしまったんだ……。


-------------------------------------


 それから2年の歳月が過ぎた……。

死刑判決を受けた割には長生きしてるなと思うかもしれないが……別におかしな話じゃない。

刑罰とはいえ人を殺す訳だからな……色々と面倒な手続きが必要なんだ。

死ぬのは一瞬だが……死ぬまでの道のりが長い……死刑囚にとってはそれが一番つらいところだ。


「……」


 だがすべてに絶望した俺にとって死は恐怖ではなく、ただの終着点に過ぎない。

もう俺の人生は何の意味も成さない。

誰からも必要とされていない……死んだところで誰も悲しまない。

あぁ……そういえば、何度か父が面会を申し出てきたが、今更あのスケベ親父に会う気はないので俺は拒否し続けた。

どういう心変わりかは知らないが……もうどうでもいい。

何かも……生きていることさえどうでもいい……。

刑務所での孤独な時間とナズから受けた大きな心の傷によって……ひたむきに頑張る俺は死んだ。

今いる俺はただ生きているだけの人間……。


-------------------------------------


 そんな死を待つだけの俺の人生に……小さな光が差し込んできた。


 ガチャン……。


 ある日……俺が入っている牢屋が開かれた。

とうとう死刑が執行されるのか……と軽く考えていると……。


「ツキミさん……ですね?」


 刑務所には似つかわしくない清楚な服に身を纏った若い女が入ってきた。


「誰だ?」


 俺がそう尋ねると、女の横にいる付き人らしきひげの男が声を張り上げた。


「無礼者!! 巫女様に向かってなんて口を効く!! 慎め!」


「いいんです……」


 だがすぐに、女が荒ぶるひげを手で制止する。


「巫女様?」


「改めて名を名乗ります。

私はカルミナ……鏡の巫女と言えばわかりますか?」


 鏡の巫女……。

それはこの国で最も価値のある国宝を国から預かっている女……。

国宝が鏡なので、鏡の巫女と呼ばれるようになっている。

なんでも人の命を吸い取る呪われた鏡だとか……まあ、ありもしないデマだろうけど……。

そのデマを信じている人間がこの国の8割を占めているんだよな……。

そのため、その呪いを封じている鏡の巫女は多くの国民から崇められている。

まあ簡単に言えば、勇者と同等かそれ以上にえらい人だってこと……。

だからと言って、別に首を垂れるなんて面倒なことはしたくない。

俺は胡坐をかいたまま巫女との対話を続ける。


「それはそれは……巫女様がこのような場所にどんな御用でしょうか?」


 適当にそう尋ねると……巫女は1枚の書類を俺に突き付けてきた。


「ツキミさん……本日付けであなたを巫女の騎士に任命します」


「……は?」


 巫女の騎士……名前の通り、巫女を守る専属の騎士。

勇者のような権力や財力なんてないが……騎士からすれば名誉ある称号だ。

突き付けられた書類には……俺を巫女の騎士に任命すると書かれている。

ナズに裏切られる前の俺だったら喜びの涙を流しながら飛びついた話だっただろう……。

だけど今の俺には何の興味も湧かない……。


「せっかくですが、お断わりさせて頂きます。

私はそのような名誉ある称号を得るほどの器ではありません。

そもそも私は死刑になる身……称号など意味がありません」


「それでしたら問題ありません。 あなたの刑はある程度減刑され、死刑は先ほど撤回されました。

少々乱暴な手段を試みてしまいましたが……執行猶予もつけて頂きました」


 1度決まった死刑判決が覆ることなんてそうそうないことだ。

だが目の前にいる女が巫女であれば……あり得ない話じゃない。

巫女が言った乱暴な手段……俺に死刑判決を下した裁判官に圧力を掛けたんだろう……。

そうでなければ、裁判のやり直しもせず当の本人を抜きにしてそんな話になる訳がない。

勇者と巫女の板挟みにされるとは……なんとも気の毒な話だ。


「優秀な騎士はほかにいくらでもいます。

それこそ勇者という最高の騎士がいるではありませんか……」


 死刑判決が撤回されたと聞いても、俺の心は微塵も喜びを感じなかった……。

むしろ天寿を全うするまでの間……どうしようかと悩んでいるくらいだ……。


「私はあなたになってほしいと思っているんです。

それに誤解のないように言っておきますが……これはお願いではなく命令です」


「生憎……今の私は誰の命令も受け付ける気はありません。

金を積まれようと脅されようと……あなたの騎士になる気はありません」


「きっ貴様……黙って聞いておれば無礼にもほどがある!! これ以上そんな態度を続けるつもりであれば、この場で首をはねるぞ!!」


 ひげが俺の態度にキレて腰の剣に手を掛けるが、俺は自分でも驚くほど平常心を保っていた。


「どうぞご自由に……むしろ寿命を待たずに済むのではねて頂けると助かります」


「巫女様……この男に何を言っても無駄なようです。 諦めてほかの騎士を探しましょう」


 称号どころか自分の命にすら関心を持たない俺の態度にひげは呆れた様子で剣から手を離した。


「ダメです……あなたが何を言おうと私はあなたを騎士とした迎え入れます!」


「おっおい!」


 巫女はどういう訳か……俺の腕を引っ張り始めた。

俺をここから出そうとしているのか?

だがいくら刑に服している身とはいえ、細腕の女に力で負けることはなかった。


「うぅぅぅぅ……」


「巫女様、おやめください!」


 幼い子供のようなうめき声をあげながら俺を引っ張ってくる。

ひげが巫女を止めようと牢屋の中に入ってくるが……。


「邪魔しないでください! 命令です!」


 巫女の鶴の一声で何もできなくなった。


「なっなんでそこまでするんだ?」


「今のあなたに話す気はありません……。

とにかく力づくでも騎士になってもらいます!!」


「いててて!」


 力で勝っているとはいえ、腕を無理やり引っ張られたら誰だって痛みを感じる。


「騎士になるんです!」


「ならないって言ってるだろ!!」


 端から見れば巫女が俺を更生させようとしているように見えるだろうが……俺からすれば良い迷惑だ。

何もせずこのままここで朽ち果てたいと言ってるのだから放っておけばいいものを……。

なんでこの女はここまで俺にこだわるんだ?


※※※


「わかった……わかったよ! 騎士になればいいんだろ!?」


 2時間に及ぶ根比べの結果……俺は負けた。

多分、こっちが白旗を上げないと永遠にこの引っ張り合いが終わらないと思ったからだ。


「はぁ……はぁ……やっとその気になりましたか……」


 巫女は汗だくになりながらも勝ち誇ったかのような顔を見せる。

息もひどく乱れていて、いつの間にか壁に寄りかかって腰を下ろしている。

ひげは気疲れを起こしたのか、ケツを天に向けて気絶している。


「では改めて……」


 巫女は息を整えてから立ち上がり、俺に手を差し伸べた。


「私の騎士になってください……ツキミさん」


「はぁぁぁ……はい」


 俺は渋々、巫女の騎士を引き受けることにした。

はぁぁぁ……なんでこうなるんだ?

次話はナズ視点です。

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