カルミア&ツキミ【完】
カルミアとツキミ視点です。
これで最終話となります。
【カルミア視点】
武闘大会を制し、勇者の称号を勝ち取ったツキミ……。
約束に従って彼の知りたがっていた”訳”を話したものの……何とも言えないと言わんばかりに首を傾げられた時は正直少しカチンと来た。
とはいえ……これでお互いに目的を達成することができた……。
ツキミに敗れ去った元勇者アブーはあれから手のひらを返された騎士団によって逮捕されたらしい……。
勇者でなくなったアブーなんてもう用済みということなのかもしれない……権力と恐怖心で築いていた関係性とは本当にモロいものね……。
裁判の結果、莫大な慰謝料と共に刑務所へ入ることになったらしいけど……すぐに脱走して今は行方知れずらしい……。
風の噂でどこかのマフィアに売られたとか聞いたけど……詳細なことはよくわからない。
いずれにしても……1日でも早く逮捕されることを祈るばかりだ……。
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一方、勇者になったツキミはというと……勇者としてのお勤めを除き、相変わらず屋敷で怠惰な生活を送り続けている。
趣味もこれと言ってなく……彼の興味は食べるか寝るかのどちらかしかない。
『はぁぁぁ……しんどい……』
仕事で疲れた日でも……何もしていない休日でも、溜息と共にこの言葉を彼の口から聞かない日はない。
口癖なんだろうけど……なんだかこの言葉を聞くとこっちまでため息が出そうになる。
屋敷の中ではニート同然とはいえ……勇者のお勤めに励んでいる分はマシ……かもしれないけれど……。
『ツキミ! 今日は騎士団から任務を賜っているんでしょう? いつまでゴロゴロしているつもりですか!?』
『わかった……行くよ、行けばいいんだろ? ったく!』
毎回仕事のたびにこのやり取りをしないと屋敷から出ようともしないので、若干ストレスを感じているのは否めることはできない。
私から自分を助けた訳を聞くという目的を果たしたせいか……最近はますます我が儘になっているように思える。
とはいえ、彼は勇者として優れたな能力を備えていたので……騎士団からも国民からも高い評価を得ている。
態度はアレだけど……情のある人だから周りからはなんだかんだと慕われている。
もちろん私もその1人だ……。
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「うるせぇな……リンゴくらいでガタガタ言うな」
「情けない! 貴様には勇者としての責任というものが……」
「何を揉めているんですか?」
ある日……ツキミとじいやがリビングで言い争っていた。
まあこの2人のもめ事なんて今に始まったことじゃないけれど……。
「カルミア様からも何か言ってやってください!
この男……私がわざわざ用意した見合い写真に目も通さず、挙句にお供え物のリンゴを……」
「またですか……」
事の発端はツキミの見合いとつまみ食い……。
後者は日常茶飯事なのですでに諦めているとして……前者はツキミの今後に関わること……。
結婚に関心がないのはわかっているけれど……今のツキミには重大なことだ。
そもそもツキミは自分の人生にすら無関心な人……。
その原因を作った幼馴染の彼女のことや彼女を奪ったアブーから受けたショックから自分の心を守ろうと……彼は全てに関心を持てないでいるだと私は思う。
ツキミ自身は過去のことなんて気にしていないと言うが……彼のわずかに揺らぐ目を見ると、彼らから受けた傷が今でも心のどこかで残っているんだと……私は思う。
だからこそ……彼には生きていく理由……過去を振り切るほどの守るべきものが必要なんだ……。
「リンゴの件は不問にしますから……せめて1枚くらいは見合い写真に目を通していただけませんか?」
「いやなこった……。
大体、写真だけで結婚相手なんて決められねぇよ……」
「ですから……お見合いの席を設けて、直接お話をして関係を……」
「人間関係の構築ほど面倒くせぇものはない」
「そっそうかもしれませんが……では、どのような女性が好みなんですか?」
「……面倒じゃない女」
また適当な……いや、この人の場合はいくらか本心が混じっている気もする……。
「もっもう少し具体的にお願いします……」
流れに任せて彼にそう問いかけてはみたものの……まともな回答が返ってくるとは思っていなかった……。
多分、これ以上この話が進展することはないでしょう……なんて思っていると……。
ヒュッ!
「!!!」
ソファに寝そべるツキミから突然、つまみ食いしていたリンゴが投げ渡され……私は反射的にリンゴをキャッチした。
「じゃあ……お前」
「……はい?」
「結婚相手……お前で良い」
「「えっ?」」
ツキミの求婚じみた返答に、私とじいやは思わず目を丸くした……。
一瞬、ドキッと感じたのは否めない……。
ただ……ツキミの性格からして……うっとおしいお見合い話を終わらせたい彼の言い訳である可能性が高い。
「まっまさか貴様……見合いするのが面倒だからと、カルミア様に言い寄っているのではあるまいな!」
「……」
案の定……じいやから一言ツッコまれたツキミは押し黙ってしまった……。
まあそうでしょうね……。
だけど……ツキミとの結婚か……。
思えばツキミを引き取って一緒に住むようになってからもう数年の月日が流れている……私にとって、ツキミは恩人でもあり家族でもある。
彼のことは人として好意を抱いているけれど……それが男女の情かと問われたら上手く答えることはできない。
ただなんというか……私にとってツキミは何があっても放っておくことができない人だ。
同情とかじゃない……ただ彼と一緒にいると疲れはするけど、毎日が色鮮やかに感じる。
「ツキミ……」
ツキミと結婚か……イメージが湧くようで湧かないけど……なんだかとても楽しそうに思える。
今よりもさらに疲れるとは思うけど……それ以上にキラキラした何かを感じられる気がする。
「……良いですよ?」
「えっ?」
「私と結婚したいんですよね?……構いませんよ?」
私はリンゴをツキミに投げ返し……彼の”求婚”にOKを出した。
”楽しそう”なんて理由で人生を左右する結婚を決めるなんてなんだか不誠実な気もする。
”何事にも誠実に”という我が家の家訓を守ってこれまで生きてきたのに……もしかしたら怠惰なツキミの影響なのかな?
「まさか冗談で女性にあのような言葉を掛けるような軽薄な方ではありませんよね?」
「あっ当たり前だろう?」
さすがにツキミも冗談でしたと正直に言うことができなかったみたい。
嘘をつくのは良くないけれど……その分は”これから”償ってもらうことにしましょう。
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後日……私とツキミは無事に入籍し、国中から祝福された。
勇者と巫女という肩書き的に大きな結婚なのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない……。
世間では奇跡の夫婦なんて呼ばれているけれど……奇跡なんて呼ばれるようなロマンチックな物語は全くないから、少し胸が痛い。
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「ツキミ。 これから夫婦としてお互いに協力し合い仲ですから……怠け癖を少しでも良いから見直してください」
「……」
「返事は?」
「わかったよ……ったく!」
成り行き同然とはいえ……こうして私はツキミと結婚した。
これからは夫婦として……家族として……彼と幸せに向かって進んでいきたいと思います。
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【ツキミ視点】
「ツキミ!!」
成り行きと勢いでカルミアと結婚してから数日が経ったある日……。
仕事を終えて真っすぐ帰路に着いていると、背後からいきなり声を掛けられた。
「久しぶりね……ツキミ」
「……ナズ」
振り返ると……そこにはナズが立っていた。
アブーの野郎と縁が切れた影響か……随分と小汚いナリをしていた。
いや……汚いのは最初からか……。
「待たせてごめんね? 私……ようやく帰ってこれたわ」
「は? 何だよ急に……」
「何って……もう! 私に言わせるつもり?
あなたと結婚してあげるってことよ、嬉しいでしょう?」
いきなり現れたかと思ったら……いきなり訳の分からねぇことを言ってきた。
「私の運命の相手はアブーなんかじゃないわ……。
私にとって最高のパートナーはツキミ……あなたよ」
ナズの言いたいことを要約すれば……”俺と結婚したい”だ。
しかもあいつの頭では、俺が今でもナズを想っていると設定されているらしい。
勘弁してくれ……。
「つまらねぇギャグを披露したいなら、他を当たってくれ」
すでに既婚者だが、勇者は重婚が認められているので結婚自体は可能だ。
でも俺にはナズと結婚する気は毛頭ない。
裏切られた憎しみとか……冤罪で死刑にされた恨みがないとは言えない……。
だが何より……メンドくさい。
ただでさえ、カルミアという姑みたいに口やかましい女を嫁にしてしまったんだ……。
国が許してくれていても、女房なんて1人だけでたくさんだ。
「なっ何を言ってるの!? あんた私が好きなんでしょう?
あの日の夜だって、アブーから私を取り返そうとしてたじゃない!!」
またその話か……もうつらいのを通り越して飽きすら感じ始めている。
「なんとでも言え。 とにかく俺はお前と結婚はしない……」
俺ははっきりと何度もナズに、好意なんてものも結婚の意思も微塵もないことを告げてやった。
これで諦めてくれるかと思ったら……。
「じゃあせめて私にお金を寄こしなさいよ! 勇者なんだから金なんて腐るほどあるでしょう!?」
次は金を寄こせと来たか……。
「悪いがお前に渡す金はねぇ……話は終わりだ」
俺はナズの面倒臭さと屋敷で待つベッドへの恋しさから、無理やり会話を断ち切っったのだが……。
「あんたが武闘大会でアブーに勝ったりしなかれば……私は何も知らずにただ幸せに暮らすことができた!
あんたがあの夜、私を奪い返してくれていれば……私の気持ちはアブーにブレたりしなかった!
あんたが私を満足させられる男だったら……もっと早く勇者になってくれていれば……こんなことになってなかった!!
何もかも……あんたのせいよ!!」
今度はヒステリックを起こし、公衆の面前であることも忘れてナズが騒ぎ始め……しまいには胸倉を掴んできた。
こんな大勢の人が見ている中でそんなことをすれば……。
「貴様っ! 勇者様に何をしている!?」
その辺を警邏している騎士団に拘束されるのがオチだ……。
もう不要な肩書きではあるが、一応俺は勇者だからな……。
「はっ放せ!!」
ナズは勇者への暴行で現行犯逮捕され……騎士団によって連行されていった。
本来であれば、数年ほど刑務所にブチ込まれた上に高額な慰謝料を請求されるだろう……。
だが俺は幼馴染としての最後の情けと証言の面倒臭さから、今回の件は不問にするよう……騎士団に言いつけた。
これであいつが改心するとは思えないが……もういい加減、頭の中を更新してほしいもんだ……。
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カルミアを結婚してから2年の月日が流れた……。
俺は相変わらず、休日はニート……仕事の日は勇者をやっている。
カルミアの口煩さも結婚してからさらに増し……今では小うるさかったひげが可愛く見えるほど面倒に思えてならない。
『ツキミ! いつまで寝ているんですか!? 今日はお勤めの日でしょう!?』
『休日だからと言って怠けてばかりでは困ります! そんな暇があるなら家事を手伝ってください!』
もう嫁というよりもオカンって感じだ……。
いや……それは結婚前からか……。
でもまあ……うっとおしいとは思っても、不思議と結婚を後悔しない自分もいるんだよな。
カルミアに惚れているのかと問われれば、可もなく不可もなしというのが本音だ。
正直、俺が原因とは言え……なんで俺とカルミアが結婚したのかが未だによくわからん。
だが今日……その意味がわずかに見える出来事が起きた。
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「オギャ―!! オギャ―!!」
「よしよし……」
病室のベッドで上半身だけを起こしたカルミアが1人の赤ん坊を抱きかかえている。
その赤ん坊と言うのは……俺とカルミアの子供だ。
昨夜、陣痛を起こして……早朝に生まれた。
連絡を聞いた俺は、仕事を切り上げてすぐに病院へと向かった。
そこにはカルミアの両親や妹……あとなぜかウチの親父までいた
「なんでいるだよ……」
「テメェの嫁さんから孫に会いに来てやってくれって電話もらったんだよ」
久しぶりに顔を合わせたとはいえ……元々馬が合わない親父とはどうも喧嘩腰になってしまう。
まあ今は、親父なんてどうでもいい。
「えっと……生まれたんだな……」
なんとも他人事のような言葉が出てしまった……出産を終えた妻に対する言葉とは我ながら思えない。
「そうですよ? 私とあなたの息子です」
「はぁ……」
こういう時……父親は手を挙げて喜ぶんだろう……。
俺だって嬉しい気持ちがなくないが……どうにも実感が湧かない。
俺が特殊なのか……大抵はこんなもんなのか……よくわからん。
「しっかりしてくださいよ? これからは夫としてだけではなく、父親としても頑張ってもらわないといけないのですから……」
「しんどいのは勘弁なんだが……」
「しんどくてもやらないといけないんです。
私も精一杯頑張りますから!」
「はぁぁぁ……ところで、名前はどうする?」
「名前?」
「生まれて性別がわかるまで保留ってことになってただろ?
俺にはセンスって奴がねぇからな……お前に任す」
決して名前を付けるのが面倒という訳でじゃねぇからな!
「そうですね……」
窓の外の景色を見ながら考え込んではいるが……子供の名前なんて早々思いつくもんじゃねぇからな……。
なんて思っていると……。
「コスモス……」
「は?」
「ほらっ……窓の外に……」
カルミアに促されるように窓から外を見ると……病院の中庭にある小さな花壇に1輪の花……コスモスが咲いていた。
「あのコスモスのように……愛情のある人間に育ってほしいという意味なんですが……」
「愛情?」
「知らないんですか? コスモスの花言葉ですよ」
「えらく乙女チックだな……」
「ダメですか?」
「いや……ダメなんてことはねぇよ。
じゃあコスモスで決まりだ」
「はい! コスモス……お父さんですよ?」
「……」
生まれたばかりの小さな目……俺は吸い寄せられるかのように……コスモスの頭に手をそっと乗せてしまった……。
なんだかやたらと温かく感じるな……。
「……コスモス」
付けられたばかりの名を口にした瞬間……コスモスがどこか朗らかに笑っているように見えた気がした。
「フッ……」
そう思うと……不思議と口元が緩くなりやがった……。
我が子って奴は……親って奴は……どうにもよくわからん。
でもまあ……。
「悪い気はしねぇな……」
何もない空っぽな俺の人生に……新たな光が灯ったような気がした。
これで完結……と言いたいと事ですが、実はここまでは前半なんです。
後半は別作品という形にはなりますが、ツキミとカルミアの息子であるコスモスが主人公となります。
元々書きたいと思っていたのは後半の方で、前半はツキミにも感情移入できるようにと書きました。
仮のタイトルとあらすじだけさくっと次に載せておきますが、後半は完全なバッドエンドです。




