アブー⑥
アブー視点です。
もうやることもないので、少し雑に終わらせました。
かつては勇者と国中から崇められていたこの俺が……今では危険な脱走犯……全くもって笑えねぇ話だ。
『いたぞ! アブーだ、捕まえろ!!』
『アブーよ! 騎士団を呼んで!!』
見つかっては逃げ……見つかっては逃げ……それの繰り返し……。
金や権力どころか……人権まで失ってしまった俺には……まともに生きてくことすらできない。
日の出ている内はホームレスに紛れて過ごし……夜はゴミ箱に捨ててあったボロイフード付きのマントを羽織って、チンケな店で食い物や水を盗み……最低限の糧を得ている。
『泥棒ぉぉぉ!!』
今まで高級料理しか口にしたことのない俺からすれば……どれもこれもゴミにしか思えないが……俺にはこれ以上どうすることもできない。
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「ハァ……ハァ……ハァ……クソッ!」
感覚もすでに麻痺して、あれからどれだけの時間が経ったのかすらよくわからない。
つらい……苦しい……何度もそう思った。
でも大人しく捕まるなんて考えは微塵も頭を過ぎらなかった。
だってそうだろ?
俺には償わないといけない罪なんて何1つない……。
なのにどうして……俺が刑務所にブチ込まれないといけないんだ?
ありえねぇだろ?
俺が何をした?
女達の拉致監禁?……勇者の俺に選別されたんだぜ? むしろあんな豪邸に住まわせた上にタダ飯まで与えてやったんだ……むしろ感謝されるべきだろう?
じゃあ女をゲーム感覚で寝取ったことか?……あれは女共のケツが軽かっただけで俺は何も悪くない。
そもそも旦那や彼氏が自分の女の手綱をしっかりと握っていれば良いだけの話だ……。
それを俺のせいにしやがって……慰謝料をもらうべきなのは俺だろう?
特にタチが悪いのはナズのクズ親父……1人じゃ何もできねぇからって、負け犬共を引き入れて俺に立てつきやがって……。
数の暴力にモノを言わせて俺をハメやがって……嫁が死んだのは俺のせいじゃねぇってのに……。
全部あいつらの自業自得だ!
だったら殺人?……いや、俺が殺した連中はどれもこれもムシケラ以下のカスばかり……。
人間だなんて呼べるような奴は1人もいねぇ……。
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「やっぱり俺……何も悪くねぇじゃん」
何度過去を振り返っても……俺の人生に非は一切見当たらない……。
むしろ俺は被害者だ……。
ナズを奪われたと逆恨みしたツキミに卑怯な手段で勇者の座から蹴り落とされ……俺のおかげで良い思いをしてきた連中に手の平を返され……世間から罵り声を浴びせられ……挙句に俺はこうして地獄のどん底に沈められてしまった……なんの罪もないこの俺がだぞ?
今の俺ほど不幸……という言葉がふさわしい男はいないだろう……。
「今に見てろ……いつか必ずのし上がって……俺をこの国をめちゃくちゃにしてやる!!」
一見するとどうしようもできないと思うこの状況だが……逆転の可能性はなくもない。
勇者時代に築き上げてきた様々なコネ……その中には大っぴらには言えない連中もいる。
有り体に言えばマフィアだな……。
「勇者にまで登りつめた俺だ……本気になりさえすれば、裏の世界でだって生きていける」
連中とコンタクトさえ取ってしまえば……俺はもう1度、”上”に立つことができる。
その暁には……まずツキミの野郎をぶっ殺してやる!
いや……ただ殺すだけじゃ飽き足らない。
「どうせなら、奴の女房を目の前で寝取って……!!」
夜の街の中でツキミへの復讐をあれこれと考えていた時……突然後頭部に強い衝撃を受け、視界が歪んだかと思ったら真っ暗になった。
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「……こっここは? 俺は一体……」
意識が戻ると……俺は暗闇に包まれた空間で仰向けに寝ていた。
天井からぶら下がった小さな電球がグラグラと揺れながらうっすらと辺りを照らしているが、この暗闇の中では無に等しい。
立ち上がろうとするが……どういう訳か、うまく体に力を入れられない。
「何が……何が起こって……」
「気が付いたかい?」
「!!!」
突然暗闇の中から響き渡った男の声に俺は全身から恐怖を感じた。
暗いせいで相手の顔が全く見えない。
「だっ誰だ!?」
「誰とは悲しいことを……裁判で散々顔を合わせたじゃないか」
裁判?
そう言えばこの声……なんか聞き覚えがある……。
そうだ……この声は……。
「てめぇまさか……ナズの親父か!?」
「どうやら覚えていてくれたみたいだな」
電球の下にうっすらと晒されたナズの親父の顔……。
その顔に張り付いている不気味なほど平穏な微笑みに……俺は心臓が鷲掴みされたかのようにゾッとした。
「なっなんのつもりだ!?」
「なんのつもり?……善良な市民が脱走犯を捕えただけだろう?
もっとも……騎士団に引き渡す気はないがな……」
「どっどういう意味だ!?」
「お前のような人の痛みを全く理解できない人間が……大人しく刑務所で反省する訳がないからな……。
だから騎士団の中でお前に恨みを持つ方に協力してもらい……お前を”わざと”脱獄させてもらったんだ」
「なっ何!?」
「なんだその顔は? まさか自分の力だけで脱獄できたと本気で思い込んでいたのか?
随分可愛いところがあるんだな」
「でっデタラメ言ってんじゃねぇよ!!」
「事実……お前はこうして僕達の手の中にいるだろう?
脱獄することを見越して、僕達みんなでお前をずっと見張っていたんだ」
僕達だと?
そう言えば……真っ暗な上動揺していたので今まで気が付かなかったが……こいつ以外に何人もの人の気配がする。
「そうか……お前がけしかけた負け犬共か。
つくづく陰湿な野郎共だな……そんなんだから女1人も満足させられねぇんだよ!!
それを棚に上げ、寄ってたかって俺を悪く言いやがって……お前らみたいなのを人間のクズって言うんだよ!」
「まさかこの状況下でそんなセリフを吐けるとは思わなかった……さすがは”元勇者”様だな」
「うるせぇよ、カス! 裁判では負けたが、お前らみたいな素人が何人束になろうと俺なら素手で皆殺しにできるんだぜ? 俺がその気にさえなれば……一瞬で終わりだ」
「……」
「もう謝ってもおせぇ……全員この場でブチ殺してやるよ!」
「……ふっ」
「あぁ? 何を笑っていやがる?」
「何も知らないというのは本当に幸せなことだと思ってな……だがお前はそれ以上に愚かだ。
”自分の状況”を全く理解できていないのだからな……」
「何を言って……」
パチッ!
何かのスイッチが入ったような音がかすかに聞こえたと思った瞬間……俺のいた空間は眩い光に包まれ、俺は耐えきれずに目を一瞬つむった。
そして徐々に目が慣れていき、ゆっくりと目を開けると……。
「……」
俺の顔を覗きこむ忌々しいナズの親父の顔がそこにあった……。
「さあよく見てみろ……自分の姿を……」
「うっうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
奴に首を少し持ち上げられ……俺の目が俺自身の体を映し出した瞬間、俺の心にこれまで感じたことのない感情が渦を巻いた。
本来そこにあるはずのものが……長年使い続けてきた”俺の手足”が……無くなっていた。
手は上腕二頭筋の辺りまで……足は付け根の辺りまで……それぞれ切断され、断面には包帯がぐるぐると撒かれていた。
「なっなんだよこれ……何がどうなってんだよ!! 俺の手足はどこに行ったんだよ!!」
「お前の手足は慰謝料代わりにもらったよ」
「はぁ!?」
「どうせお前には慰謝料を払う金も意思も……罪を償う気すらないんだろう?
そんな人間には法律の範囲内の罰なんて意味をなさないからな……だからお前の”人生”そのものを半分もらうことにした。
いやぁ……大変だったよ。
手足を斬り落とすなんて口で言うほど簡単なものじゃないからね。
設備だの医者だの……手配しないといけないことは多かったからな……。
その時間を稼ぐためにお前を泳がせていた訳だが……こうしてうまくいってよかったよ」
「ふっふざけんなっ! お前ら自分達が何をしたのかわかってんか!? 俺の手足を……俺の手足を勝手に奪いやがって……お前ら人間じゃねぇよ!!」
何が半分もらっただよ……手足がないなんて、人生ほとんど終わってんじゃねぇか!!
1人じゃ飯も満足に食えねぇ……トイレもいけねぇ……人の手を借りないと何もすることができない。
こんなの死んだ方がマシなレベルじゃねぇかよ!!
『ククク……』
そんな哀れな姿になった俺を……周囲にいるクズ共が嘲笑いやがる。
こいつら……マジで人間か?
「お前こそ……身勝手な理由で何人もの命を奪い、欲を満たすために大勢の人間の心を傷つけたじゃないか……。
その結果……これだけの数の人間を敵に回したんだ。
人間じゃないのはお互い様だろう?」
「うるせぇ!! お前らのようなゴミクズ共と一緒にするな!! 俺はこの世の誰よりも高貴な人間だ!! そんな俺をこんな目に合わせやがって……お前ら絶対に……」
「だったらその前に……僕達がお前に報いを受けさせてやる」
「むぐぅぅぅ……」
クズ親父はいきなり目隠しと猿ぐつわで俺の目と口を塞ぎやがった。
「どうせこのままじゃ、満足な生活も送れないだろう? だから僕達がお前の”飼い主”を探しておいたよ。 そこでせいぜい残りの人生を楽しんでくれ」
そして俺は……何もわからないまま、またどこかへと連れて行かれた……。
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「おらっ! 何を休んでやがる! さっさとやれ!!」
俺が連れて来られたのはとある違法なサーカス団。
そこは動物ではなく……人間にムチを打って芸をさせる、マフィアが運営するサーカス。
俺は”慰謝料を支払う”という名目で、あのクズ共にここへ売られたんだ……。
毎日毎日……強面の調教師に狂った芸を仕込まされている。
イモムシみたいに床を這いつくばらされたり……天井からロープでつるされてサンドバックにされたり……馬や牛と言った家畜共と無理やりヤラされたり……もう完全に俺を道具としか見てねぇ。
「ふざけんなっ! テメェ俺を誰だと思ってやがる!? 俺は……あぐっ!」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさとやれってんだよ!!」
少しでも逆らえば……なんの躊躇もなくアバラが折れるほどの蹴りを喰らわされる。
こんな奴……手足があれば余裕でぶっ殺せるってのに……ちくしょう!!
弱った人間をいたぶりやがって……こいつら人間じゃねぇ!!
『ハハハ!! 最高!!』
『いいぞ! もっとやれぇ!!』
そんな鬼畜の所業を見物して、腹の底から笑う観客達も……十分人間とは言えねぇ。
しかも俺を見に来る客は全員……俺に被害を被ったと喚き散らしていた連中ばかり……。
どいつもこいつも……まともな神経してるのは俺だけなのか?
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売られてからどれだけの年月が経ったのか……全くわからねぇ。
芸を仕込まれる時以外は檻に入れられているから、今が朝なのか夜なのかすらわからない……。
騎士団がここを摘発するかもしれないという根拠もないわずかな希望を抱いていたが……それも時間が経つにつれ薄れていった。
客は絶えないどころか……俺がここに売られてからサーカスの売り上げは画期的に上がっていっているらしい……。
俺をこんな目に合わせやがったナズの親父も、あれから何度か観客席で俺を嘲笑う姿をよく見る。
マジで救えねぇ……。
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もう俺の人生は詰んでいる……。
身勝手なクズ共のせいで……卑怯な男のせいで……俺の完璧な人生はもう終わっちまった……。
この世のどこにも俺の生きていける場所はない……。
そもそもこんな体じゃ、どこにも行けないがな……。
ならいっそ……この世とおさらばしちまった方が楽だ。
何度もそう思ったが……手足のない俺には人生を終わらせる術はない。
あるといえばせいぜい舌を噛むくらいだが……檻の中では飯時以外、自殺防止用の猿ぐつわを付けられているのでそれも叶わない……。
天寿を全うするまで俺はずっとこのままなのか?
訳わかんねぇよ……なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ……。
……。
……。
あいつのせいだ……。
ツキミ……。
あの野郎が卑怯な手段で俺から勇者の座を奪ったあの瞬間から全てが狂いだした……。
女を寝取られた負け犬風情が逆恨みしやがって……。
このまま俺だけ地獄を味わいながら死んでいき、奴は勇者として称えられながら生きていくなんて……そんなの絶対におかしい!!
俺の何もかもを奪い去ったあの野郎……あいつだけは死んでも許さねぇ!!
あいつの一族末代まで……いや、あいつと関わるすべての人間全員を呪ってやる!!
地獄のどん底にまで……突き落としてやるぅぅぅ!!
次話はツキミ視点とカルミア視点をまとめた最終話にしたいと思います。




