ナズ④
ナズ視点です。
一旦区切ります。
「どうしよう……一体……どうしたら……」
お気に入りのカフェで腰を落ち着けてから随分時間が経った……。
入店時に注文した熱いコーヒーは、目の前のテーブルで冷めきっている。
私はコーヒーを1滴も飲まず、頭を抱えて自問自答を繰り返していた。
「なんで……こんなことに……」
アブーという最高の男に巡り会ってからというもの……私の人生は輝き続けていた。
お金……服……アクセサリー……ほしいものは何でも手に入る……。
アブーの独占欲は相変わらずすさまじいけれど……彼には他の男にないものを全て持っていた。
女の欲する全てを手に入れた私の人生……いつまでも続くと思っていた幸せが……わずか数週間で、見る影もなく落ちぶれてしまっていた。
その発端となったのは、今年の勇者を決めるために開かれた武闘大会……。
もちろん私はアブーが優勝し、これからも勇者の座に居座り続けると信じていた……。
それなのに……彼は負けてしまった……思ったよりもあっけなく……。
しかもその相手は……私がかつて捨て駒にしたあのツキミ。
あんな奴が新たな勇者になるなんて……心底信じられなかった……。
でもそれ以上に信じられなかったのが、アブーの逮捕。
彼は大会が終わってから間もなく、騎士団に逮捕され……裁判に掛けられてしまった。
罪状はあまり把握しきれていないけれど……理解できた内容は2つ……。
1つ目は……拉致監禁及び殺人。
初めて聞いた時は耳を疑ったけれど……アブーは私も住んでいたあの屋敷の地下に何人もの女性をコレクション感覚で監禁し……様々な暴行加えていたらしい……。
普段からアブーに地下室へは絶対に入るなと厳重に釘を刺されてはいたけど……まさか女を隠していたなんて……信じられない!!
地下室から助け出された被害女性達のほとんどは精神を病んでまともな生活ができない状態と聞いた。
その中には避妊や行為のために危険な薬物を使用されたことで不妊等の後遺症に苦しむ女や過度な暴力で死んだ女もいたとか……。
まだこの時点で確定した訳じゃないけれど……有罪を受けて刑に服すアブーの姿が目に浮かぶわ。
「ふざけるな……」
私は初めてアブーに強い怒りを募らせた。
あれだけ私の男性関係にとやかく言ってきたくせに……ちょっと男性と話しただけですぐに浮気女と罵って暴言と暴力で私を屈服してきたくせに……自分は何人も女を集めてやりたい放題し、子供まで孕ませていた?……マジでふざけんなっ!!
私は一途に愛されていると思っていたから、あの独占される人生に耐えてきた……。
それが彼なりの愛だと思って……だけどこれじゃあ、ただの暴力……DVじゃない!!
「私は一体……何のためにあの地獄に耐えてきたというの?」
そして2つ目……莫大な慰謝料請求。
あの男は拉致監禁だけに飽き足らず……何人もの既婚女性と不倫関係にあったらしい。
それも1人や2人じゃない……冗談としか思えないほどの膨大な数……。
底辺男から名の知れた上流貴族まで……ありとあらゆる女に片っ端から手を出していた……。
1人1人の金額は大したことないけれど……それが何百……何千と寄り集まってしまったら……いくら金が余っていてもキリがない。
「最低……カス野郎……」
数々の不貞の中で……最も私の心を抉ったのは母のことだった。
アブーは私とツキミとの件で父と母を脅し、慰謝料代わりに母との関係を迫った。
度重なる辱めで母は妊娠し、そして自ら命を絶った……。
つまり……あの時、父と母が言っていたことは全て真実だったということ……。
「おぇ……」
思わず吐きそうになった……。
いくら美人だからって普通……自分が付き合っている女の母親に手を出す?
正気じゃない……ようやく理解した……あの男は勇者なんかじゃない、最低のケダモノだ。
「……」
ほかにも色々余罪はあったみたいだけど……そのほとんどが勇者の権利で免罪された。
でも今言った2つだけでも……アブーにもはや未来なんてものがないは明らかだ。
女にだらしなく……勇者でもなくなった、犯罪者にもう用はない。
アブーが終わった今……私を守れる男はもう1人しかいない……。
「ツキミ……」
そう……アブーを打ち倒し、新たな勇者となったツキミだ。
勇者となればアブー同様、莫大な給付金がもらえるだろうし……ツキミは若々しくて容姿も良いし……。
私の新たなパートナーに選んでも問題はない。
それになんと言っても……私はツキミの初恋の相手であり、童貞までもらってあげた女よ?
そんな女が妻になってあげると言えば、大手を振って私を迎え入れてくれるはず……。
「待っていて……ツキミ……」
私はさっそく……ツキミと会って話をするべく彼に関する情報を集め始めた。
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ツキミと会う……それは想像していた以上に困難なものだった。
ツキミが鏡の巫女の屋敷に居座っていることは知っていたけれど……屋敷がどこにあるのかは誰も知らない。
不用意に巫女が守っている鏡に近づかないよう……国王や一部の政治家にしか、住所は公開していないみたい。
それでもアブーのような遊び人なら探すのも簡単なんだけれど……ツキミはどういう訳か、任務以外で人前に姿を見せない。
任務の際に会えれば良いんだけれど……いつどこで行うかなんて、”立場上”は一般人である私が知る由もない。
昔から真面目だけが取り柄のつまらない男だったけれど……今でもそれは変わらないみたいね……。
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「ちくしょう……仕方ないとはいえ、どうして私が……」
アブーを失って以降……今まで購入してきたブランド品を売ってどうにか最低限の生活は維持できていたけど……それももう限界。
生活費とは別にツキミの情報集めにも使っているから、出費は余計にかさばる。
だからと言って、わずかな給付金のために汗水垂らして働くなんて……無様なことはできない。
ツキミを見つけ出すまでの費用を出してくれる金のなる木が必要だ。
そう考えた時……真っ先に頭に浮かび上がったのは父だった。
底辺な貧乏男だけど……アブーからかなりの慰謝料をもらったはずだし……溺愛する娘が困っているんだから、手を差し伸べてくれるはず……そう思って久しぶりに実家へと赴いたんだけど……。
『どちら様ですか?』
私の顔を見た父が開口一番に吐いた言葉は……あまりにも冷めていた。
かつてのうっとおしい笑顔は消え失せ、能面のような表情が顔に張り付いている。
『どちら様って……実の娘が久しぶりに帰って来たのに……そんな言い方はないでしょう?』
『僕には娘などいません……僕の家族は亡くなった妻だけです』
『いっいじわる言わないでよ、お父さん。とりあえず、ちょっと家にあがらせてよ。 話があるんだ……』
『ここはあなたのようなファーストレディが足を踏み入れても良い場所ではありませんよ』
『なっなによそれ……前に言ったこと気にしてるの? 悪かったわよ……謝るわ』
『心にもない謝罪など必要ない! お前は僕達の言葉よりもあの男を信じたんだ……それがどれだけ僕達を……いや、お母さんを傷つけたか……お前にわかるのか!?』
『死んだ人間の気持ちなんてわかる訳がないでしょう!? それより私、お金に困っているのよ!
お父さん、慰謝料たくさんもらったんでしょう?
私に半分くらい分けてよ!』
『僕達の気持ちをあれだけ踏みにじっておいて……募ってきた親子の絆を金で切り捨てておいて……金に困った途端にこれか!
どこまで救いようがないんだ、お前は!?』
『お父さん……』
『自分から縁を切っておいてお父さんなんて呼ぶなっ!』
『なっ!』
『いつも僕のことを貧乏人だの底辺だの呼んで……そもそも父親だとすら思っていなかっただろう!?
金ほしさに父親呼ばわりされても……気分が悪いだけだ!』
チャリン……。
父は怒りに任せて、数枚の金貨を地面にたたきつけてきた。
『お前が僕達に突き付けた”養育費”……そのまま返してやる。
これが親だった僕のせめてもの情けだ、もう2度と僕の前に顔を見せるな!』
そう言って父はドアを勢いよく閉め……何度呼び掛けてもそれ以降、2度とドアを開いてくれなかった。
何がせめてもの情けよ……これはもともと私のお金でしょう?
恩着せがましい!
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クズな毒親からお金を返されたとはいえ……それも私からすれば心許ない額……。
これがなくなれば……私は無一文になってしまう。
それまでになんとかツキミを見つけなければ……。
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アブーを見限ってツキミを探し続けてから2年ほどの時間が経過してしまった。
毒親からもらったお金は底を尽き、とうとう無一文となってしまった。
ツキミとの再会は叶わず、代わりに耳を疑うニュースが飛び込んできた。
”勇者ツキミと鏡の巫女カルミア、入籍”
ツキミは鏡の巫女、カルミアと結婚してしまった……。
信じたくなかったけれど……国中が2人を祝福する様子を見ていると……それが嘘じゃないと認めざる負えない。
何を考えているのよ……ツキミ!
あんたは私のことが好きなんでしょう?
どうせ私が手に入らないからヤケを起こしたんでしょうけど……私が好きなら一途に私を愛しなさいよ!
アブーといいツキミといい……どうして男という生き物はそんな当たり前のことができないの?
……。
いや……それは今、置いておきましょう……。
重要視すべきなのは、ツキミと会うこと……。
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「ツキミ……一体どこに……!?」
当てもなく町の中を歩いてツキミを探していると……ついに待ちに待った瞬間が訪れた。
「ツキミ!!」
この時点ではまだ後ろ姿しか確認できなかったけど……間違いない!
なんといっても……私はツキミにとって”初めて”の女だもの……。
「久しぶりね……ツキミ」
「……ナズ」
ついに運命の2人が再会した……。
この日をどれだけ待ちわびたことか……。
「待たせてごめんね? 私……ようやく帰ってこれたわ」
「は? 何だよ急に……」
「何って……もう! 私に言わせるつもり?
あなたと結婚してあげるってことよ、嬉しいでしょう?」
「……はい?」
「とぼけなくても良いわよ。 ずっと私のことを想って待っていてくれたんでしょう?
もう大丈夫だから。
私……やっと本当の愛を思い出すことができたの」
「本当の……愛?」
「私の運命の相手はアブーなんかじゃないわ……。
私にとって最高のパートナーはツキミ……あなたよ」
「……」
「私が帰って来たんだもの……鏡の巫女とは離婚して、私と再婚してくれるでしょう?
なんてたって……私はあなたが心から愛している女なんだから……」
ここまで言えば……ツキミは泣いて喜んで、私を迎え入れてくれる。
そう……思っていたのも束の間、ツキミの口から返ってきた言葉は……。
「なんのギャグだ? それ」
味気ない声音につまらないと言わんばかりのツキミの顔に……私は絶句した。
次話もナズ視点です。
次でナズの話を終えたいと思います。




