ツキミ⑧
ツキミ視点です。
「なんじゃそりゃ……」
武闘大会でアブーの野郎に勝利し、勇者の称号を得た俺……。
だが称号なんぞどうでもいい……俺は約束通り、カルミアに俺を死刑から救った経緯を話させた。
そしてカルミアが話し終えた直後、俺の口から出たのは自分でも驚くほど素っ頓狂なセリフだった。
「それがあなたを助けた理由の全てです」
話を聞いている内にうっすらを思い出してきた……。
そう言えば昔……馬車の前に飛び出したガキを助けてやったことがあった……。
まだ世間の荒波に揉まれてない若造だった頃とはいえ……俺は一体何を思ってガキなんぞ助けたんだ?
わからん……さっぱりわからん……。
「というか……そんな昔のこと、よく覚えていたな」
「私にとっては人生を変えた大切な思い出なんです!」
「そんなムキにならなくても……」
最もわからんのは……目の前のこの女の頭だがな。
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こうして俺は目的だった”訳”をカルミアから聞き出した。
内容自体は正直言って首を傾げるレベルだったが……まあこれでスッキリしたからいいか。
なんて思っていたのも束の間……世間ではちょっとした騒ぎが起きていた。
元勇者アブーが騎士団によって逮捕され、裁判に掛けられたらしい……。
今までやりたい放題していたわけだから、罪状は腐るほどあるだろう……。
だが勇者時代に犯した犯罪は国が奴を庇って無罪となっている。
証拠なんてものも闇に葬られただろうから……それらの犯罪が明るみになった所で何もならない。
だが……それで話は終わりじゃない。
風の噂で聞いたんだが……アブーの豪邸に騎士団が突撃し、地下室から監禁されていた女達を救出したらしい……中には死んでいる女もいるとか……。
他にもいくつかの犯罪が騎士団によって面白いように暴露され……アブーはとうとう実刑を喰らったらしい。
まあこれまでアブーの犯罪を黙認してきた騎士団なら、これくらいは造作もないだろう……。
今までやりたい放題だったアブーへの報復ってところか?
奴らもアブーにあやかって……結構やりたい放題していただろうに……勇者でなくなったアブーに用はないってことか……なんとも薄情な連中だ……。
だが……アブーの不幸はこれだけに留まらない。
なんでも、奴に女を寝取られた男達が被害者の会を立ち上げ、アブーを訴えたとか……アブーの奴、目玉が飛び出すほどの慰謝料を請求されているらしい……。
しかも女を寝取られた連中の中には貴族やマフィア等……”一般人”と化してしまったアブーからしてみれば、絶対敵に回したくない連中までいるという……。
おまけに上流貴族だったアブーの両親は、世間からの非難を浴びて没落したとか……。
アブーには居場所もなければそばにいてくれる味方もいない……。
もう奴が勇者に返り咲くことはないだろうし……これまでのやりたい放題な人生を考えたら……天涯孤独なまま生涯を終えるだろう。
まあ俺の知ったことじゃないがな……。
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そしてさらに……アブーの火の粉は俺にまで飛んできた。
『勇者制度の廃止を!!』
『これ以上……被害者を増やすな!!』
アブーに散々苦しめられてきた被害者達が、勇者制度の廃止を国に訴えてきたんだ。
中にはデモの真似事までやらかす過激な連中までいる始末……。
勇者がアブーから俺になったことで、今まで影を潜めていた連中が声を上げたみたいだ……。
正直、舐められているような感じでやや不快に感じるがな……。
まあ当人である俺からすれば、勇者制度が廃止になったところで痛くもかゆくもない。
むしろ余計な重荷がなくなって清々するくらいだ……。
そもそも勇者なんて聞こえはいいが、空想小説のように魔王を打ち倒すだの世界を救うだの……そんな壮大な使命もない……言ってしまえばただのお飾り。
だが頭の固い政治家達や伝統を重んじる国王は勇者制度の廃止を認めようとはしなかった。
そんな頑固な姿勢にキレた被害者達は国中でテロに近いことをやらかすようになり……収集が付かないと判断した国王達は最終的に……。
『勇者制度を改善する!』
という……中途半端な回答を示した、
廃止を提言していた被害者達がこんな回答を受け入れるか?……と思っていると、被害者達は意外にも制度の改善を受けいれたという……。
当の俺が廃止で良いって言ってんのに……なんで無駄に争うのかねぇ……。
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そんな騒動もあって……勇者制度は大きく改善されることになり、勇者の権力は大幅に弱まった。
騎士団のトップであることに変わりないが、もうアブーのようにやりたい放題はできない……。
まあ俺にはどうでもいいことだが……。
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それよりも問題なのは……勇者としてのお務めだ……。
巫女の騎士であった頃の任務は主に巫女であるカルミアの護衛だ。
護衛と言っても、カルミアは外出自体それほど多くないので仕事はほとんどない。
実質ニートに近いな……。
だが勇者であれば……話は大きく変わる。
痴漢や盗みと言った犯罪の取り締まり……賊やマフィアとの交戦……人に害を成す猛獣の討伐……その他雑用等……やることは山のようにある。
アブーは権力を盾にして仕事を全て格下騎士に丸投げしていたようだったが……権力が衰えた今の俺にはそんな芸当はもうできない。
いやできたところで……あの口やかましいカルミアやひげ辺りがガミガミ文句たれるのがオチか……。
「これっ! ツキミ、いつまでゴロゴロしておるんじゃ!
今日も任務があるんじゃろうが!!」
今でさえ、ちょっと昼寝をしようものならひげが説教垂れてきやがる……。
ひたすら任務に明け暮れる毎日に……俺は至極嫌気がさした。
権力が衰えたとはいえ、勇者の給付金はかなり良いし……ある程度のやんちゃなら融通が利く。
でもその分……与えられる任務や責任も多い。
というか……俺に言わせれば報酬と仕事の面倒さが見合っていない。
こんなことなら勇者になんてならなきゃ良かった……。
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「疲れた……」
勇者になってから2年の月日が流れたある日……俺は久々の休日を屋敷の中で満喫していた。
「はぁぁぁぁ……勇者をやめたい……」
もう何度このセリフを口にしたことか……。
勇者なんて今すぐにでもやめたいが……一般的な仕事と違って勇者は自分の意思でやめることはできず、
勇者の座を降りるには武闘大会で負けるしかない。
だけど武闘大会で俺に挑んでくる騎士は、はっきり言ってアブーよりも弱い……。
いっそ、わざと負けようとも思ったが……カルミアにその魂胆を見抜かれ……。
『くれぐれもわざと負けようとか手を抜こうなんて考えないでください。
試合を勝ち進んできた騎士に対して失礼極まりないです!』
なんて強く釘を刺される始末……。
不思議とカルミアの言葉には逆らうことができない。
恐怖というか……本能というか……自分でもよくわからん。
「ツキミ! また昼間からゴロゴロしているのか!?」
リビングのソファで気持ちよくくつろいでいると……鼻息を荒くしたひげが視界に入ってきた。
「たまの休みくらい羽を伸ばしたって良いだろう?」
「貴様は休日など関係なく、いつも羽を伸ばしているだろうが!
やることがないのなら、訓練でもしたらどうだ?」
「断る……面倒臭い」
なんでわざわざ自分からしんどい思いをしないといけないんだよ……。
「全く……だったらせめてワシが用意した見合い写真に目を通したらどうだ?」
ひげは俺の目に触れるよう……リビングのテーブルに大量の見合い写真を置きやがった。
「またそれかよ……何度も言ってるだろ? 俺は結婚なんぞに興味はねぇって……」
「そうは言うが……お前ももういい歳だろう?
そろそろ身を固めんと……勇者として示しがつかんではないか」
「余計なお世話だ」
今まで言う必要がなかったら言わなかったが……俺はこの時点で38歳。
ナズにハメられて死刑判決を受けてから色々あって……気づいたらこの歳になっていた。
世間的に言えばそろそろ家庭を持っていてもおかしくない年齢だろうが……俺にはそんな気はさらさらない。
勇者の称号目当てに女は山ほど寄ってくるが……相手にする気はない。
面倒だしな……。
「それに……お前はまがいなりにも勇者だ。
認めたくはないが……才能にも恵まれている……。
お前のように優秀な騎士は、世継ぎを残す責任もあるんだ」
「知るか……」
俺はひげを無視して懐から取り出したリンゴを軽くかじった。
「きっ貴様! また鏡にお供えする果物を盗んだな!」
「うるせぇな……リンゴくらいでガタガタ言うな」
「情けない! 貴様には勇者としての責任というものが……」
「何を揉めているんですか?」
ひげがごちゃごちゃ言う中……リビングにカルミアが入ってきた。
「カルミア様からも何か言ってやってください!
この男……私がわざわざ用意した見合い写真に目も通さず、挙句にお供え物のリンゴを……」
「またですか……」
呆れたと言わんばかりに頭を手で押さえるカルミア……。
頭を抑えたいのはこっちだ!
「ツキミ。 あなたの気持ちも尊重しますが……じいやの気持ちも考えてあげてください。
それと……お供え物に手を出すのはやめてほしいと言いましたよね?
バチが当たりますよ?」
「あっそ……ガブリッ!」
カルミアはああいうが……このリンゴはお供え物にするにはもったいないほど瑞々しくてうまいんだよなぁ……。
「リンゴの件は不問にしますから……せめて1枚くらいは見合い写真に目を通していただけませんか?」
「いやなこった……。
大体、写真だけで結婚相手なんて決められねぇよ……」
「ですから……お見合いの席を設けて、直接お話をして関係を……」
「人間関係の構築ほど面倒くせぇものはない」
「そっそうかもしれませんが……では、どのような女性が好みなんですか?」
「……面倒じゃない女」
「もっもう少し具体的にお願いします……」
はぁぁぁ……しんどい……眠い……。
いつまでこんな話を続けないといけないんだ?
俺が結婚相手を決めないと終わんないのか?
ダルいな……。
ヒュッ!
「!!!」
俺は持っていたリンゴをカルミアに投げ……反射的に彼女はリンゴをキャッチした。
「じゃあ……お前」
「……はい?」
「結婚相手……お前で良い」
「「えっ?」」
俺の言葉にカルミアとひげは表情を固めやがった……お前らが結婚相手を決めろって言ったんだろう?
「きっ貴様……自分が何を言っているのか、わかっているのか?」
「あぁ……」
「それは……つまりあれか? カルミア様に対するプロポーズか?」
「そうなるな……」
「ななな!! 貴様! カルミア様に好意を抱いているというのか!?」
「さあな……」
カルミアを女として見ているのかと問われれば、正直首を傾げてしまう。
ただ……カルミアとはなんだかんだと付き合いがそれなりに長い。
口うるさいのが玉に瑕だが……その辺の女よりは信用できる。
「まっまさか貴様……見合いするのが面倒だからと、カルミア様に言い寄っているのではあるまいな!」
「……」
こういう時に限って無駄に勘が良いんだよな……このひげ。
「図星か! 貴様という奴はぁ!!」
頭に血が上ったひげがどこからともなく剣を取り出してきやがった。
「どっから出したんだよ……」
「やかましい!! 今日と言う今日は許さん! そこへなおれ!」
ひげ如きに剣を向けられたくらいでは何とも思わないが……こいつの説教はものすごくしんどい……。
これは1日説教コースか?
身から出た錆とはいえ……勘弁してほしい。
「ツキミ……」
「カルミア様! カルミア様からもどうかお叱りのお言葉を!!
いくら勇者とはいえ……このような無礼は許せるものではありません」
ヒュッ!
どういう訳か……カルミアは俺が投げたリンゴを投げ返してきた。
俺がリンゴをキャッチした瞬間……カルミアの口から思いもよらない言葉が出てきた。
「……良いですよ?」
「えっ?」
「私と結婚したいんですよね?……構いませんよ?」
「「!!!」」
俺とひげは口をあんぐりを開き、バカみたいな顔で硬直した。
「私も見知らぬ男性と関係を築くことが面倒だと思っていましたので……。
ツキミが良いのなら……私もあなたで良いです」
言っておくが……俺はカルミアがOKするなんて微塵も思っていなかった。
そもそもあんなプロポーズと呼ぶことすらおこがましい言葉で結婚を決めるか? 普通。
言った当人が言うのものなんだけど……。
「かっカルミア様……ほっ本気なのですか!?」
「冗談でこのようなことは言いませんよ。 ツキミもそうでしょう?」
「うっ!」
「まさか冗談で女性にあのような言葉を掛けるような軽薄な方ではありませんよね?」
「……」
冗談……というか見合いの話から逃げたいだけの言い訳なんだが……カルミアの恐怖心を煽るような笑顔が俺の本音を押さえつけている。
っていうか……カルミアなら俺の本心は見透かしているはずだ……。
それなのにどういう訳でこんなことを言って来るんだ?
理由はわからないが……俺に残された選択肢は……もはや1つしかない。
「あっ当たり前だろう?」
「そうですか……それはよかったです。
これからよろしくお願いします」
「こっこちらこそ……」
ふと我に返ると……俺はいつの間にかソファの上で正座していた。
かっ体がカルミアに忠誠心のようなものを抱いているのか?
はぁぁぁ……俺の軽はずみな発言が原因とは言え、なんでこんなことになるんだ?
「それでは入籍は後日……改めて」
「はっはい……」
こうして俺は自分でも訳がわからないままカルミアと結婚することになった。
この時点ではカルミアのドッキリかとも思ったが……後日本当にカルミアと入籍した……。
世間では勇者と巫女の超ビッグカップルだと大騒ぎになっていた。
詳細なことは省いたが、おそらくこれ以上……ロマンの欠片もない結婚話はないだろう……。
まあ成り行き同然の結婚で戸惑いこそあったものの……不思議と後悔や罪悪感みたいなものは感じなかった。
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カルミアと入籍してから数ヶ月が過ぎたある日……。
「はぁぁぁ……しんど……」
俺は勇者の仕事を終えて、帰路に着いていた。
本当は馬車を引っかけて帰りたいんだが……うっかり財布を忘れてしまったので、徒歩で帰るしかなかった。
俺の不注意とはいえ、なんでこうなるんだよ……。
「ツキミ!!」
重い足取りで帰宅している最中、突然背後から名前を呼ばれ……思わず足を止めて振り返った。
「久しぶりね……ツキミ」
「……ナズ」
そこにいたのは……なんともみすぼらしくなったナズだった。
次話はナズ視点です。
できれば次で彼女の話は終えたいと思います。




