ツキミ①
主人公であるツキミ視点です。
俺の名前はツキミ。
騎士団に所属している見習い騎士だ。
母は俺が生まれて間もなく病死した。
そんなに思い出はないけれど、大切にされていたことはおぼろげながら覚えている。
父は腕の良い鍛冶職人ではあるが、かなりの女好きでしょっちゅう若い女をひっかけていた。
母はそれでも愛想をつかすことはなかったらしいが……あんなエロ親父の何がそんなに良いのか俺にはさっぱりわからない。
そんな軽薄な父親の元にいるのがいやで、俺は騎士団に入ったのを機に家を出た。
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剣を持って悪を討つ騎士……なんて世間では聞こえの良いフレーズをよく耳にするが……実際はどこにでもあるブラックな組織だ。
いじめ……セクハラ……パワハラ……そんなの日常茶飯事だ。
特に俺のような見習いや新米は、上にいる人間にとっては体のいいおもちゃだ。
雑用は全部押し付けられるし……理不尽としか言いようのない訓練を毎日強制しやがる……。
もはや騎士というよりも奴隷だ……。
だが入ってくる給付金は無駄に良いから……スキルも当てもない人間はこの地獄にしがみつくかない。
まあやめたところでこのご時世……スキルのない人間はどこへ行ってもつまはじきにされる。
全く……ひでぇ世の中だぜ……。
でも俺には……金以外にもう1つ、騎士を続ける理由があった。
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俺にはガキの頃から仲が良かった女がいる。
名前はナズ……いわゆる幼馴染ってやつだな。
ナズとは家が近いこともあってよく遊んでいた。
自分で言うのもなんだが……俺は内気な性格で人の輪に入るのが死ぬほど苦手だった。
義務教育なんてもんのために渋々通っていた学校でも、クラスにはなじめずに孤立していた。
そんな俺にとってナズはたった1つの友達であり……女というものを知らない俺にとっては初恋の相手でもあった。
まあ外見はきれいな方だと思うが……特別美人というわけでもない。
なんでナズを好きになったんだ?……なんて聞かれても正直わからん。
一目ぼれって奴は本人ですら理解に及ばない未知の世界だ。
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卒業式当日……俺は意を決してナズに告白しようと思った。
騎士団に入団したら、厳しい訓練や任務でナズと会えるチャンスはそうそうない。
だからチャンスは今しかない!
そう思ってナズを学校の裏に呼び出し……。
「ナズ……君のことがずっと好きだった! どうか俺と……付き合ってください!!」
なんとも味気ない言葉で想いを伝えることができたんだが……。
「ごめんなさい……私、彼氏ができたんだ。 だからツキミの気持ちには応えられない」
「そっそうなんだ……。 差し支えないなら誰か教えてくれる?」
「アブーさん……騎士団に所属している」
アブーは当時、最年少で騎士団の上層まで駆け上がった男だ。
次期勇者候補に名前が挙がっているほどの実力者とまで呼ばれている。
あぁ……勇者って言うのは騎士団のトップのことだ。
年に1度、武闘大会が行われ……その優勝者が勇者となる。
勇者は国王並みの権力と莫大な給付金を手に入れることができる。
一言で言えば最強の勝ち組だ。
「そっそうか……お幸せに」
そんな勇者に選ばれるかもしれない男になんか敵う訳がないと俺は諦めるしかなかった。
なさけねぇかもしれないが、勇者とはそれだけ大きな存在なんだ。
こうして俺の初恋は卒業と共に消滅した……まあ、初恋なんてものは大抵実らないものだ。
これも経験と思って、前に進むしかない……そう自分に言い聞かせる自分が若干みじめに見えた気がした。
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ところが卒業から2年が経ったある夜……俺は寮の自室でぐっすり眠っていた。
日頃から奴隷のようにこき使われるせいで、俺は1度寝るとしばらくは起きなくなる。
そのため、遅刻することも多くなりそのせいで雑用を増やされてしまうんだよな……。
ドンドン!!
「……誰だよ、こんな時間に……」
ドアを乱暴に叩かれる音で俺は目を覚ました。
いつもはこんな音くらいじゃ起きないはずなんだが……どうして目が覚めたのかは今でもわからない。
「ったく……」
とはいえ眠いので、最初こそ無視を決め込もうかとも思ったが……あまりにしつこいので渋々ドアを開けることにした。
「ナズ……」
ドアを開けた先にいたのは……ナズだった。
2年前よりも随分きれいな外見にはなっていたが、その表情はひどく青ざめていた。
「つっツキミ……」
「どっどうしたんだ? 一体……」
「あの……実は……」
「えっと、とにかく中へ入りなよ」
俺はナズを部屋に招き入れ、気を落ち着かせようとお茶を出した。
「急にごめんなさい……」
「それはいいんだけど、一体どうしたの? こんな時間に……」
俺がそう尋ねると、ナズは涙を流しながら事の経緯を話してくれた。
「実は私……アブーに暴力を受けているの」
「暴力?」
「そう……普段は優しいんだけど、ちょっとしたことですぐにキレて私に暴力を振るうの」
よく見ると……ナズの腕や足に痛々しい紫色のアザがある。
顔もメイクでごまかしているが、うっすらとアザが見える。
「それっていわゆるDVってやつだよね? どうしてそんなことを……」
「いろいろきっかけはあるわ。
たとえば男性関係……。
彼……私の友人の中に男がいると縁を切れって怒鳴りつけてくるの。
嫌だと言ったら30分くらい殴り続けられる……。
それだけなら嫉妬によるものだと我慢できるけど……おじいちゃんやお父さんとまで縁を切れって言ってくるのよ?
そんなの異常だと思わない?」
「まあ確かに……」
自分の彼女に男友達がいると聞けば、嫉妬深い男は機嫌を損ねるかもしれない。
でもその対象が、彼女の祖父や父親にまで向けられるなんて……一般的な視点から見て異様だ。
「服も……ちょっと短めのスカートを履いただけで”男に媚びを売る気か”ってお腹を蹴られたわ……。
だから夏場でも……薄着になることすら許されない」
「……」
「今となってはアブーと一緒じゃないと外出すら許されないの……逆らったら、鎖で繋がれて2週間は軟禁されるの」
「それはひどいな……」
「任務で留守をしている間に、こっそり家を出てここまで逃げてきたの」
ここまでくると、嫉妬なんて可愛い言葉で片付けられることじゃないな。
DVの時点でアウトだが、鎖で軟禁までしているとなれば……もはや言い逃れの仕様がない。
普通の相手なら、アザ等の証拠で訴えることができる。
だがアブーにその常識は通用しない。
なぜなら……彼は少し前に勇者の称号を得たからだ。
勇者には一般人にはない強い権力があり、ほとんどの犯罪行為は国がもみ消してくれる。
極端な話……殺人を犯しても勇者であれば無罪となる。
かつて勇者の悪事を露見して反撃した猛者もいたと聞いたが……結果的に勇者は無罪となり、逆に訴えた側が侮辱罪や名誉棄損で逮捕されたらしい。
それほど勇者という称号は絶対なんだ……。
まともに挑んでも手ひどいしっぺ返しを受けるだけ……だから勇者から被害を受けた人間は泣き寝入りするしかない。
勇者には誰にも逆らうことはできない……これがこの世界の常識なんだ。
「だけど……どうにもならないよね? 相手は勇者だもの……。
何をしても、無駄だよね……」
「……」
ナズの言う通り……俺達みたいに権力なんてない人間が勇者に歯向かうことはできない。
情けない話だが……俺に彼女を救うことはできない。
「ごめんね? 話をしたら少しすっきりした。 私……アブーの元に戻るわ。
どうせ逃げても無駄だし……」
俺と話をしたことで現実に目を向けてしまったナズがその場で立ち上がり……。
「それじゃあね……」
全てを諦めたかのような悲しい笑顔で別れを告げ、俺に背を向けて部屋を出ようとする。
それがある意味、懸命な考えと言える。
だけど……それでも……彼女の怯えた目や痛々しいアザを見ると、どうしても放っておくことができなかった。
初めて好きになった女の子だったから……ブラック組織とはいえ人を守るために存在する騎士だから……このまま一生地獄のような生活を余儀なく過ごさなくてはいけない彼女を黙って行かせるわけにはいかない。
「ナズ……待ってくれ」
俺はナズの腕を掴み、そしてこう続けた。
「俺がナズを守るよ……勇者に制裁を与えることはできなくても、君を守ることはできるかもしれない。
頼りないかもしれないけれど……俺なりに精一杯やってみるから……」
「ツキミ……だけど……」
「無謀なことだとはわかっているよ。 下手をすれば罪に問われるってことも……。
だけど……それでも……傷ついたナズを放っておくことはできない。
エゴだろうが偽善だろうが……それが俺の本心なんだ」
「本当に良いの?」
「あぁ……君を守らせてくれ」
「……ありがとう」
こらえきれない大粒の涙を流しながら、ナズは俺の胸ですすり泣いだ。
きっと誰にも言えず、ずっと苦しんでいたんだろう……。
どうしようもないことだとはいえ……こんなことは許されてはいけない……いいはずがないんだ!
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それから俺は……自室でナズを匿う形で同棲を始めた。
いや同棲なんて良いものじゃないけどな……。
とはいえ、寮の自室に一般人を泊まらせるのは規律違反だからほかの騎士や上の連中にバレるわけにはいかない。
不便をかけるけど……ナズには耐えてもらうしかない。
とはいえアブーは莫大な金と圧倒的な権力があるから人を使ってナズを探すなんてことは造作もない。
きっとナズが見つかるのも時間の問題だ。
だけど俺だって何もしていない訳じゃない。
ナズを匿って以降……俺は普段以上につらい訓練に身を置くようになった。
嫌がらせとしか思えない雑務だって文句1つ言わず、黙ってこなし続ける。
なぜそんな従順な姿勢を維持するか……それは勇者になるためだ。
アブーが勇者である以上……俺にはナズを守り続けることはできない。
だったら……俺自身が勇者になって、ナズを守れば良い。
夢物語のような安易な考えであることはわかっているけれど……可能性としてはこれしか方法がない。
どれだけ時間が掛かっても……どれだけ血反吐を吐くような思いをしようとも……諦めるわけにはいかない。
彼女を守れるのは俺だけなんだ……。
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「ナズ……ごめんね。 こんなせまい部屋でずっと1人でいさせてしまって……」
ナズを匿ってから半年が過ぎた……。
どうにか誰にもバレずにいるものの、気は緩められない。
「ううん……私こそ、守ってくれている上に食べ物まで恵んでくれて……なんてお礼を言ったらいいか……」
深夜、みんなが寝静まった頃……ナズは俺が持ってきた食べ物で空腹を満たしていた。
「気にしないで。 俺が好きでやっていることだからさ……」
「はぁ……なんでこんなことになるんだったら、あの時ツキミとお付き合いしていればよかったよ」
「ナズ……」
「なんて……今更こんなこと言ったってなんの意味もないよね」
「そんなことはないよ……」
ナズからの思ってもみなかった言葉に、心の奥にしまっていたかつての想いが蘇ってしまった。
「俺の気持ちはあの時から変わっていないよ……。
俺はほかの誰よりも……ナズが好きだ。
今までも……これからも……」
「ツキミ……」
その日……俺達は引き寄せられるかのように体を重ねた。
初恋の相手との初めての体験……なんとも言えない幸福感に包まれ、俺のナズへの想いはさらに強いものとなった。
”ナズは俺が守る”
その日暮らしでなんの意味も持たなかった俺の人生に……1つの答えが浮かび上がった。
そして勇者となってアブーから彼女を守った暁には、彼女に改めて告白しようと思う。
つらく苦しいだけだった俺の人生に光が差し込み、希望に満ち溢れた未来がわずかに見えた気がした。
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「しまったな……今日は少し遅くなってしまった……。
ナズ、お腹を空かせているだろうし……急がないと……」
この日は無理な雑用を押し付けられたせいで、いつも以上に帰るのが遅くなってしまった。
俺は空腹に耐えていると思うナズのために、疲れ切った体にムチを打って自室へと走った。
※※※
「ナズ、遅くなってごめ……」
ドアを開けて部屋に入った瞬間……我が目を疑う光景がそこに広がっていた。
部屋の中でナズが……男と抱き合って寝そべっていたんだ。
しかもお互い全裸で……よく見ると男はあのアブーだった。
部屋を漂うこの臭い……男ならわかる独特な臭い……。
窓から入る月の光でうっすらと見える……床に飛び散った液体……。
ここまで来れば何が行われていたのか……考えるまでもない。
だが現状……その行為が同意の上なのか否か……まだわからない。
だがナズを心から信じている俺は……これが同意の上の好意ではないと確信していた。
そもそも彼氏とは言え、相手はDV野郎……そんな奴にナズが心を許すわけがない。
「お前……ナズに何をしているんだ!!」
「あぁ? なんだよお前……」
俺が怒鳴り声を浴びせると……アブーが寝ぼけ眼で起きあがってきた。
「お前……アブーだな!? ナズに何をしているんだ!!」
「なにって……こいつは俺の女だ。 俺の女を俺がどうしようが勝手だろうが……」
「ふざけるなっ!! お前がナズにDVしていたのは知っているんだぞ!!
今すぐ、彼女から離れろ!!」
「てめぇ……誰に向かって口を効いてやがる!?」
「そんなことは今、どうでもいい!! すぐに離れろ!!」
「つっツキミ!!」
ここでようやくナズも起き上がった。
俺の顔を見るや否や……。
「これはその……ツキミあの……」
「何も言わなくていい……こいつに無理やり襲われたんだろう?」
「えっと……」
困惑するナズを横目に、アブーは突然腹を抱えて笑った。
「ハハハ!! おめでたい野郎だな……」
「何がおかしい!?」
「わかんねぇかなぁ……お前は捨てられたんだよ、ナズに」
「なっ!」
「ナズは自分の意思で俺と寝たんだ……まあ合意の上ってやつだな」
「そっそんなことあるわけ……」
「事実だ。 ここへ来てナズに1発どうだ?って誘ったら……こいつすぐに俺にケツを向けたんだぜ?
その証拠に、俺達はこうして愛を深めることができている」
そういうと、アブーはナズの胸を揉みしだきながら首筋を嘗め回し始めた。
ナズは嫌がるそぶりを見せるどころか……犬のように舌を出して発情しているように見えた。
「やぁ……アブぅぅぅ……」
「嘘だ!! どうせ勇者の立場を利用して脅しているんだろう!?」
それでも俺はナズを信じた……いやもしかしたら……信じたかったのかもしれない。
ここでナズに否定されたら……俺には何もなくなる……それが死ぬよりも怖かった。
「ナズを……離せぇぇぇ!!」
バキッ!!
俺は怒りに任せてアブーの顔を殴った……だが。
「てめぇ……何しやがる!!」
「ごばっ!!」
所詮は勇者と底辺騎士……力の差って奴が圧倒的に違う。
俺の拳をものともしないアブーに比べ、俺はアブーの拳を顔面で受けたことで床に倒れこんでしまった。
すごい力だ……一瞬世界がグラついたように見えた。
「雑魚騎士の分際で……勇者であるこの俺様に舐めた真似してくれんじゃねぇか!!」
「がふっ!!」
うずくまる俺の腹にアブーは容赦なく蹴りを入れ、俺の上にまたがり……俺の顔をタコ殴りにしてきた。
部屋は一気に血生臭くなり……俺は抵抗すらできず、サンドバックのように殴り続けられた。
「……」
すぐそこで見ているナズは殴り続けられる俺を何もせずぼんやりと見ているだけ……。
止めようとするそぶりすら見せてくれない……。
アブーの言ったことは本当だということなのか?
君はアブーから逃げてきたんじゃないのか?
平然と暴力を振るって軟禁までする異常者を恐れて……。
それなのにどうして……アブーを受け入れたんだ?
君は何を考えているんだ?
一体君は何がしたかったんだ?
どうして君は……俺を裏切ったんだ?
いろんな思いが頭の中をぐるぐる回り……俺の意識は遠のいていった。
アブーの言う通り……まさに負け犬だ……。
次話もツキミ視点です。




