カルミア③
カルミア視点です。
何度も書いている所は省略しました。
色々強引ではありましたが……どうにかツキミを巫女の騎士に任命し、彼を我が家に招き入れるところまできた。
だけど、それで終わりという訳じゃない。
私の身を守るため……そして自分の命を守るため……彼には強くなってもらう必要がある。
「それではじいや……お願いします」
「かしこまりました……」
私に長年執事長として仕えてくれているじいやはかつて騎士団の教官だった経歴がある……。
数多くの英雄を生み出した実績はあるが……そのあまりの迫力から鬼教官と恐れられていた。
年齢を理由に教官を辞め、古い知り合いだった祖父が彼を迎え入れたらしい。
私はその腕を見込み、じいやにツキミを鍛えてほしいと頼んだ。
教官時代の血が騒ぐのか……頼んだ際に口元が緩んでいたように見えた。
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「これっ! 何をサボっている!? さっさと訓練に戻らんか!!」
「うるせぇ! 毎日毎日かったるい訓練なんてやってられるか!!」
じいやに訓練を頼んだのは良いものの……ツキミは訓練に対して非常に消極的だった。
ちょっと目を離せば居眠りをしたり……家の冷蔵庫から食べ物を漁って盗み食いをする始末……。
そのたびにじいやが怒鳴り散らすものの……ツキミにはあまり効果がないみたい。
『騎士になることは承諾したが、面倒な訓練までやるとは言った覚えはない』
注意するたびに、ツキミは口癖のようにそう反抗してきた。
だけど騎士にとって日々の訓練は重要不可欠なもの……”訓練を怠れば騎士は腐敗する”……じいやは常々ツキミにそう言っていた。
だけどそんなじいやの思いは……ツキミには全く届かなかった。
なので仕方なく……私は見張りとしてツキミの訓練に付き添うようになった。
巫女としてのお務めもあるので、いつもではないけれど……。
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惰眠を貪り……反抗的で訓練も真面目にしようとしない騎士。
それだけ聞けば、どうしようもないと思うかもしれない……。
正直言って、最初は私も……今のツキミに騎士なんて務まらないのではないかと思っていた。
だけど……。
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「じいや……訓練の結果はどうですか?」
訓練を始めてから数ヶ月後……。
私はふと、じいやにツキミの訓練について尋ねた。
「そうですな……長年教官をやってきましたが、あそこまでやる気もなく反抗的な騎士は初めてです」
「はぁ……そうですか……」
思わずため息がついてしまった。
彼を助けたいがために巫女の騎士に任命したものの……現状がこれではかなり絶望的かもしれない。
「ただ……」
「ただ?」
「ツキミには……騎士として優れた才能があるように思えるのです」
「才能?」
「実は今……私が彼に課している訓練はかなり高レベルな内容なのです」
「どういうことですか?」
「初めは新人レベルの基礎的な訓練を課していたのですが……続けていく内にツキミの身体能力が飛躍的に上がっていきまして……私も彼に合わせて訓練内容のレベルを徐々に上げていったのですが……現在はベテラン騎士ですら根を上げるほどの訓練を受けているんです」
「そうなんですか?」
「はい……。 最も……先ほど息も上がらず訓練を終えていましたので、このさらにレベルを上げないといけないようですが……」
見張りとして付き添っている私も、ツキミの訓練は何度も目の当たりにしている。
身の丈以上の大きな岩を持ったまま広大な草原を何度も走り回ったり……複数の屈強な男達に取り囲まれたまま素手で圧勝したり……目隠しと耳栓をした状態で飛んできた石を感覚だけで回避したり……100メートル先のリンゴを石でできた壁を貫いて矢で射抜いたり……。
よくよく考えたら常人離れした内容なのに……どうしておかしいと思わなかったんだろう?
見ている内に感覚がマヒしていたのかな?
「それほどツキミはすごいのですか?」
「一言で申し上げると……”あり得ない”ですな。
成長速度も並外れていますが……底知れぬ身体能力にセンス……百発百中の弓の腕……すさまじい早さで与学習する知力……どれを取っても常人をはるかに超える才能であることは間違いありません。
まさしく天性の才能と言えるでしょう……」
鬼教官と呼ばれていたじいやにここまで言わせるなんて……ツキミはそんなにすごい才能があるということなの?
「正直……あれほどの才能をなぜ騎士団が埋もれさせていたのか……全く理解できません」
「……」
じいやは理解できないとは言っているけれど……私はなんとなくわかる気がする。
今の騎士団は表面上は法と秩序を守る正義の軍隊と装ってはいるけれど……実際の内情はひどく廃れていると耳にしている。
女性囚人への性的暴行……違法なギャンブルや薬物……犯罪者との賄賂等……法や秩序とは無縁な無法地帯と化しており、私に言わせればマフィアや賊と大差ない。
許されるのであれば、騎士団の本性を暴露してやりたいけれど……法律上、騎士団の内部情報は決して漏らしてはいけない。
破れば国家への反逆と見なされて厳しく罰せられる……それは巫女である私も例外じゃない。
犯罪への取り締まりはいい加減なくせに……国や政治が絡むと徹底する……騎士団という組織そのもののせいで、アブーという悪漢を勇者にしてしまったのかもしれない……。
そんな環境では……どんな騎士だってまともに成長することはできないでしょう……。
「いずれにしても……このまま訓練を積み重ねていけば……一騎当千の猛者となるでしょう……」
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じいやのその言葉通り……ツキミの実力はどんどん上がっていき……ついには建国記念パーティーにて国王暗殺を未然に塞ぐという快挙を遂げた。
前代未聞の暗殺事件を勇者アブーや名のある騎士達がいる中……ツキミは1本の矢で暗殺者を抑えた。
ツキミの名はこの一件で一気に広がり……国王からも称賛のお言葉を直接頂いた。
名誉なことだけど……ツキミ本人は”周囲が騒がしい”と疎ましそうな顔をするだけだった……。
まあ彼らしいけど……。
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さらに……ツキミは国王から年に1回開かれる武闘大会への参加を推薦された。
勇者を決めるこの大会……騎士にとっては参加するだけでも大変名誉なことだ……。
『冗談じゃねぇ! なんで俺がそんなメンドくせぇ大会に出ないといけないんだ!!』
訓練や仕事にすら渋い顔をするツキミが、大会への参加を拒否することは察していた。
本当は無理に参加させたくはないのだけれど……私はどうしてもツキミに参加してほしかった。
ここ数年……アブーは武闘大会で勝ち続けている。
多くの強者達が彼に挑んでいったが……誰1人として勝つことはできなかった。
故に……アブーは今でも勇者の座にあぐらをかき、やりたい放題している。
そのせいで……どれだけの人達が涙を流し……人生を歪まされたことか……。
悪漢とはいえ……その実力は本物なんだ……。
でもツキミなら……アブーを倒せるかもしれない。
いや倒せる……ただの直感だけど……私はそう思えてならない。
だけど……権力や名声に興味がないツキミにとって、大会に参加する理由はない。
『なんでそこまで俺を参加させたいんだ?』
ツキミのその問いかけに対し……私は自分の正直な気持ちを述べた……。
アブーに辱めを受けて殺された友人のような犠牲者を……これ以上増やしたくない。
私はその思いを彼にぶつけた……。
『もしかして……俺の死刑を撤回したのもアブーを引きずり下ろすためか?』
『否定はできません……だけど、それだけが理由ではありません』
『じゃあなんだよ?』
『……』
『わかった……大会に参加してやってもいい。
だけどその代わり……その理由とやらと教えろ。
それが条件だ……』
ツキミは私が自分を助けた理由と引き換えに、大会への参加を承諾してくれた。
別に理由なんて隠すこともないと思ったけれど……ツキミがこの理由に関心を持っていると感じた私はとっさに口ごもった。
これが参加を促す材料になる……そう思ったからだ。
我ながら腹黒いなと思う……。
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そしてツキミは武闘大会に参加した。
使用できる武器は木剣のみだが、ツキミ自身は弓使いで剣は不得意らしい。
本人は期待するなと言っていたけれど……実際に試合を見ているとそれは意地の悪い皮肉にしか思えなかった。
『勝者……ツキミぃ!!』
彼の超人的な身体能力の前に、対戦相手達は圧倒されていった。
『しんどい……ダルい……』
手傷すら負っていないにも関わらず、試合が終わるたびに死にそうな顔でベンチに寝そべる彼の姿に何度か憤りを感じた。
ブツブツ不満を漏らす割には息も上がっていないし汗もかいていない……。
他者を寄せ付けない実力があるというのに……この怠惰な性格が私の不安をぬぐい切れない要因となっていた。
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どうなることかと冷や冷やしたが……ツキミは無事に決勝戦を制し、勇者アブーへの挑戦権を得た。
ここまで圧勝だったツキミだけれど……次の相手はあのアブー……。
ツキミでもどうなるかわからない……。
参加を頼んでおいてなんだけど……せめてツキミが大きなケガをしないよう祈ることしか私にはできなかった。
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「えっ!?」
ところが試合直前……試合で使用する木剣が全て破壊されるという前代未聞の事件が起きた。
スタッフ達からは外部犯の仕業だと説明されたが……木剣は大会運営が厳重に管理している……詳細なことはわからないけれど、素人がどうこうできるレベルではないというのは私でもわかる。
そもそも木剣なんて壊した所で、犯人にとっては何のメリットもない。
あるとすれば……それはただ1人……アブーだ。
彼ならスタッフを脅迫して木剣の破壊を命じられる。
木剣を失えばツキミは丸腰……対してアブーの木剣は別に管理されていたので無事……試合なんて到底無理だ。
証拠がないとはいえ、これほどはっきりとした事件だというのに……誰1人としてアブーに疑いの眼を向けることはなかった。
無理もないことだとは思うけれど……これではここまで頑張ったツキミの頑張りが報われない。
でもだからといって……ツキミを無謀な試合に出すわけにはいかない。
口惜しいけれど……試合は辞退するしかない。
そう思っていた私だったけど……控え室から出てきたツキミがとんでもないことを言い出した。
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「試合には出る」
ツキミは小さな棒切れでアブーに挑むと言い出した。
いくら実力があるとはいえ、アブー相手に無謀すぎる!
「何を言っているの!? そんな小さな棒でアブーに敵う訳がないでしょう!?」
「敵うかどうか決めるのは俺だ、お前じゃない」
私が何を言っても、ツキミは聞く耳を持ってくれなかった。
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「そんなに俺と試合したいなら別にかまわねぇぜ?
そんな棒切れでこの俺を本気で負かせると思っているならな……」
リングに上がるツキミをアブーは盛大に笑い飛ばしていた。
自分が命じておいて……どこまで卑劣なの?
「試合開始!!」
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そして試合の結果……勝利を手にしたのはツキミだった。
彼は持っていた棒切れをダーツのように投げ、アブーの脳を揺らして昏倒させて試合を制した。
まさかそんな方法で勝つなんて……私は開いた口がしばらく閉じれなかった。
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そして武闘大会を制したツキミは新たな勇者となり、敗北したアブーは勇者の称号をはく奪された。
本当に勝ってしまうなんて……信じていなかった訳じゃないけれど、信じられない。
「ZZZ……」
勇者の称号を得たにも関わらず、ツキミは勇者専用の控室で惰眠を貪る始末……。
しかも、表彰式に対しても面倒だと言うだけでベッドから降りようともしない。
ホント……よくこんな人が勇者になれたものだ……。
「見つけたぞぉ!!」
ツキミを強引に連れて行こうとした時……アブーが控え室に入ってきた。
彼はツキミを負け犬と罵るばかりか卑怯者と非難してきた……一体どの口でそんなことが言えるのか、私は内心呆れ果てていた。
しかもあとから知ったことだけれど……アブーは自身が使っていた木剣に鉄を仕込んでいた。
もちろんこれはれっきとした不正行為であり、露見すれば厳しい罰を受けることになる。
「ひぃぃぃ!!」
言いたい放題言った後、ツキミに襲い掛かかろうとしたアブーだったが……試合でも軽くあしらわれていた彼に敵うわ訳がなく……最後は逃げるように立ち去っていった。
その姿を見て少しスカッとしたことは誰にも言わないでおこう……。
「それと約束通り、俺は試合で勝ってやったんだ……。
あの話を聞かせてもらうぜ?」
もちろんツキミとの約束は守る……。
表彰式を終えて帰宅した私は、ツキミを救った訳を全て話した。
そして話し終えた彼の開口一番の一言が……。
「なんじゃそりゃ……」
だった……。
次話はナズ視点です。
既存の話は省略していき、さっさと転落人生に墜ちてもらいます。




