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カルミア②

カルミア視点です。

長くなりそうなので区切ります。


 私とツキミは大通りを少し離れ……木陰に設置されているベンチに腰掛けた。


「そこの屋台でお茶を買ったんだ、よかったらどうぞ」


「あっありがとうございます……」


 ツキミからお茶の入ったカップを頂き、胸の内にあるモヤモヤしたものを洗い流すように中身を飲み干した。

別に喉なんて乾いていないのに……やたらと喉が鳴る。


※※※


「私……」


 それからしばらく無言のまま時が流れていき……気持ちが落ち着いた私は自然と口を開いていた。

行き場を失った感情が口から漏れ出るように……私はただただ自分の心のままに言葉を紡いだ。

両親が病弱な妹のことばかり構うこと……両親のために巫女としての修行を毎日頑張ってきたこと……毎日つらく寂しい日々に耐えてきたこと……そしてとうとう、誕生日よりも妹や会食を優先した両親に絶望し、死を選ぼうとしたことを……。


「そうか……」


 ひとしきり話し終えると……ツキミは空を見上げたまま一言だけ呟いた。

至って穏やかな彼の顔が不思議でならなかった……。

巫女と言う単語を耳にすれば……大抵の人は恐れおののいてしまう。

それにも関わらず……彼の目は少しも揺らいでいなかった。

単に鏡の巫女の存在を知らなかっただけか……巫女という単語そのものの意味を理解していなかったのか……。

どちらとも常識的にあり得ないことだけど……怠惰なツキミを知っている今にして思えば、ありうることかもしれない……多分。


「私……どうすれば良いのかわからないんです」


「う~ん……そうだなぁ……俺が思うに、君は少し我慢しすぎているんじゃないかな?」


「我慢?」


「親の期待に応えたいって気持ちはわかるよ?

だけど、自分の気持ちを尊重するのも大切だと俺は思う」


「自分の気持ちを尊重? それって……」


「君が今一番やりたいことって何?」


「それは……その……えっと……」


「ご両親に自分の気持ちを理解してもらうことじゃないか?」


「あの……その……はい……」


「今俺に言ったことをそのまま……いや、ずっと抑え続けていた気持ちをありのまま両親に話すんだ。

君のことを想ってくれる両親なら……君の気持ちを理解してくれるはずだ」


 ツキミの言っていることはシンプルながら正論。

私が両親にありのまま自分の気持ちを伝えたら良い……それだけのこと……。

だけど……伝える勇気が私にはなかった。


「聞いてくれるでしょうか? 私の話なんて……」


「聞いてくれる……いや、強引にでも聞かせるんだ。

血の繋がった親でも……子供のことが何でもわかるわけじゃない。

自分のことはきちんと言葉にしないと……何も理解してくれないんだ」


「だけどもし……2人が私の気持ちを理解してくれなかったら……どうしたら……」


「そうだなぁ……俺が君の立場なら、巫女とやらを降りる」


「えっ?」


「だって……親が自分の気持ちに応えてくれないのに、自分が親の期待に応えないといけないなんて不公平だろう?」


「でも……代々受け継がれてきたお役目ですし……」


「そのお役目っていうのはさ……死にたくなるほど苦しんででもやらないといけないことか?」


「それは……」


「まあ今言ったことはあくまで俺の例えだ。

話を聞くと言った手前でなんだけど……この先どうするかは結局、君自身が決めるしかない」


「はい……」


※※※


 それからしばらく私はツキミとのんびりした時間を過ごし……日が傾き始めた頃に、ベンチから腰を上げた。


「そろそろ帰ります……」


「そうか……気を付けてな。

どんな選択をしてもいいが……自分の人生を粗末にするような真似だけはしないでくれ」


「はい……ありがとうございます」


「それじゃあ……縁があったらまたね」


「はい、また……」


 去っていくツキミの背が小さくなっていくにつれ……小さな寂しさが心にチクリと刺した。

自分の本心をこんなに話せたのは初めてだったから……。

何気ない会話だったけど……私にとってはとても有意義で心休まる時間だった。


-------------------------------------


 それから私は少し重い足取りで帰宅した。

何も言わずに家を出たため……じいや使用人達はすごく心配していて、すごく申し訳なかった。

屋敷には父と母もいて、2人からはかなり叱られた。

幼い娘が勝手に1人で出歩いたんだから……当然だ。


「何かあったらどうする気だ!?」


「あなたは巫女の名を受け継ぐ身なのよ? もっと自分自身の価値を改めなさい!」


 今まで叱られたことは何度かあったけれど……こんなに強く叱られたのは生まれて初めてだ。

私のことが大切だからこそ……2人はこんなに叱ってくれるんだ。

だけど……大切なのは巫女としての私?……それとも子供としての私?

それがどうしてもわからなかった……。


「待ってください!」


 私は両親のお叱りを受ける中で……大声を上げた。

本来であれば……説教中に口を挟むなんて、良くないことだけれど……今回ばかりはそのマナーは無視する。


「勝手に家を出たことは謝ります。

もう2度と、このような真似はしないと……反省します。

でも……お2人に聞いてほしいことがあるんです」


「「!!!」」


 私が突然声を上げたことに驚愕したのか……両親は一瞬黙ってしまった。


「私……お父様とお母様がマツのことばかり構うのがすごく嫌でした!

いつもいつもつらい修行ばかりで……ろくに遊びに行ったこともない!

私が何を言っても……巫女の名を継ぐ者だからって……長女だからって……我慢を強いられるのが本当につらかった!

お2人がマツのことを想って、私に背を向けるたびに……私はマツのことがすごく憎たらしく思えました。

いっそのこと……マツなんて病気で死んでしまえばいいとすら思ったこともあります。

昨日の誕生日……祝ってもらえなかったこともすごくつらかった……私は2人にとってなんなのかわからなくなりました……」


「カルミア……」


「もちろんマツが病弱で心配なのは理解できますし……私自身もあの子を大切に想っています。

巫女の名を継ぐのも私自身の意思ですし……迷いはありません。

でも私は……お父様とお母様にもっと私を見てほしいんです!

もっと私を想ってほしいんです!

そう思ったからこそ……2人の期待に応えたいと思ったからこそ……ずっと耐えてきました!」


「……」


「これからも頑張っていきたいと思ってはいます……。

だけど……だけど……私は2人の娘なんです!

特別なことは何もなくていい……ただただ……私は家族ともっと仲良く過ごしたいだけなんです!

そう思うのは……わがままですか!?」


「カルミア……」


 私は今までずっと堪えていた言葉を勢いのまま全て吐き出した……。

途中から自分で自分が何を言っているのかよくわからなくなってしまったけど……不思議と心が軽くなったような……言葉では言い表せない解放感……。

顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだけど……。


「お父様……お母様……」


「マツ!」


 そこに現れたのは……自室で寝ていたマツだった。


「お姉様の気持ちを尊重してあげてください。

私もずっと……巫女として期待されているお姉様を憎らしく感じていました。

病弱だからと言って何もさせてくれなかったお父様とお母様を疎ましいとすら思っていました。

ただただベッドで横になるだけの毎日が……すごく苦痛でした。

もちろんお2人が私を大切に想ってくださっているのは理解できていますし、体のことを考えたら仕方ないことではあると思います……。

だけど私……もっと自分の思うがまま自由に生きてみたいんです。

病弱だからと言って……何もしない人生を終わりにしたいんです!」


 この時私は初めて……妹の本心を聞いた。

私が孤独でつらい毎日を耐えてきたように……マツ自身も、何もすることができない不自由な毎日をつらく感じていたらしい。

私が勇気を振り絞って本心を話したことで……きっとマツも勇気を出そうとしたんだ。


「……」


「……」


 この日を境に……両親は私達への接し方を改めてくれるようになった。

両親との会話や過ごす時間が少しずつ増えていき……たまにだが家族4人で外出する機会も出てきた。

マツのことも必要以上に世話をすることを控え、無理のない範囲であれば本人の自由にさせるようになっていった。

誕生日もあれ以降、必ず家族4人で祝うようになってくれた。

家族が同じ時間を過ごすなんて普通の事かもしれないけれど……私にとってこれ以上の幸せはない。

そしてこの幸せは……私に勇気をくれたツキミと本心を語ってくれたマツのおかげだ。

もちろん私達の気持ちを理解してくれた両親も……。

ツキミにお礼を言いたくて……あの大通りに何度か足を運んだけれど……彼と会うことはなかった。

探そうにもツキミの住所がわからないので、探しようがなかった。


-------------------------------------


 それから数年の時が流れた……。

厳しい修行のかいあって……私は無事に母から巫女の名を継ぎ……家族とも良好な関係を保っている。

また……幼少期に病弱だったマツの体はあの一件以降少しずつ良くなっていき……今では私と同じく巫女の修行にまで励むようになっている。

もしかすればいずれ……私と同じく巫女の名を継ぐのかもしれない……。


-------------------------------------


 ある日……何気なく読んでいた新聞記事に私は目を奪われていた。


”勇者アブー……傷を負いながらもストーカーを撃退”


 まるで英雄譚のようなタイトル……。

なんでもアブーの恋人がストーカーに拉致され、逆上したストーカーがアブーに暴行を加えたとか……。

最初に聞いた時は、なんの興味も湧かなかった。

勇者アブーはその絶大な権力にあぐらをかいて……殺人や強姦といった犯罪行為を平然と行う悪漢……。

ほんの少し前……数少ない友人がアブーに強姦されて殺されましたのは記憶に新しい……。

結婚間近だった……もうすぐ幸せになれたはずなのに……彼女は婚約者の目の前で犯され、無慈悲にも命を奪われてしまった……。

それほど大胆な犯罪を犯してもなお……アブーは国に守られて罪を逃れてしまった……。

私はこの時……初めて殺意というものを覚えました……。

尊い命を奪っておきながら……罰も受けずにのうのうと生きて、罪を犯し続けるアブー……。

同等の立場にいながら何もできない自分が歯がゆくもありました……。


 ”どうすることもできない”


 私を含めた誰もがそう思うしかありませんでした……。

でもこの時ばかりは……少し違いました。


「ツキミ?」


 事件の加害者として挙げられた名前……それは私にとって忘れることができない大切な名前だった。

そしてその名前の横には……”死刑確定”の文字が並んでいた。


「!!!」


 私は思わず息を呑んだ……。

勇者に対する暴行が一般人より重いとはいえ……死刑なんて重すぎる!

それに私には……ツキミがストーカーと化して女性を拉致監禁するなんて……信じられない、絶対何かある!

私はそう確信し、すぐさま人を雇って情報を集めた……。

すると間もなくこの事件はアブーとその恋人がツキミを犯罪者に仕組んだことであることを掴んだ。

酒場で酔ったアブーが自慢げにペラペラ話していたらしいので自白に近い。

とはいえ、こんなに簡単に掴める事実であれば……騎士団も裁判所も確実に把握しているはずだ。

にも関わらず、全く露見していないということは……国が事実を隠し、それを国民達は黙認しているということ……みんな勇者が怖いのでしょう……。


-------------------------------------


 事実を聞いたとはいえ……アブーの犯罪を立証する証拠はない。

あったところで……国にもみ消されるでしょう……。

巫女が勇者と同じ権力者とはいえ……アブーは人を恐怖で支配している……恐怖に囚われている人間には何を言っても耳を傾けてくれないでしょう……。

でも……だからと言って、ツキミをこのまま見殺しにはできない。

だから私は……裁判所に圧力を掛け、ツキミの死刑を撤回してもらった。

権力を振りかざして下の者を脅すなんて……アブーと同じ手段を使うのはとても心苦しかったですが……これ以外に彼を助ける方法が私には思いつかなかった……。


-------------------------------------


「ツキミさん……ですね?」


 裁判所で手続きを済ませた私はその足で刑務所へと赴いた。


「誰だ?」


 その口ぶりから……彼は私を覚えていないことは察せられた。

それは少し残念だったけれど……そんなことより私は……彼の虚ろな目と魂が抜けたようにやせ細ったその姿に……一瞬言葉を失った。

何もかもどうでもいい……そんな意思が体中からにじみ出ている。

これが本当に……あの太陽のようにキラキラしていたツキミなの?


「ツキミさん……本日付けであなたを巫女の騎士に任命します」


 ツキミを救うには……ただ刑務所から出すだけではダメ……。

遅かれ早かれツキミが出てきたことはアブーにバレる。

そうなったら彼の性格上……またツキミに難癖をつけて刑務所に送り直されるかもしれない。

だからツキミには……身を守るための肩書きが必要になる。

そこで思いついたのは……巫女の騎士……。

直接巫女を守る騎士となれば、騎士団に所属する騎士よりも立場は上。

絶対とは言い切れないけれど……ある程度の安全は確保できるはず……。


「生憎……今の私は誰の命令も受け付ける気はありません。

金を積まれようと脅されようと……あなたの騎士になる気はありません」


 だけど……自分の人生を諦めきっているツキミは命令だと言っても受け入れてはくれなかった。

その頑固な態度に、付き人をしてくれていたじいやまで諦めようと私に促す始末……。

でも私は諦めることはできなかった……。

ツキミは私に勇気を出すチャンスをくれた……だから今度は、私が彼にもう1度立ち上がる勇気を灯す番だ!


「騎士になるんです!」


 私はツキミの腕を掴んで、力任せに引っ張り出そうと試みた。

いくらやせ細っているとはいえ、騎士であったツキミには力で勝つことはできない。

それでも私は歯を食いしばって懸命に彼をこの牢屋から出そうと引っ張り続けた。

我ながらもっと良い方法はなかったのかと問いたくなりそうだけれど……。


※※※


「わかった……わかったよ! 騎士になればいいんだろ!?」


 2時間もの引っ張り合いを制し……とうとうツキミは私の任命を受け入れてくれた。

ものすごく嫌そうではあったけど……それは今はおいておこう……

とにかく彼にもう1度……立ち上がってほしい……それだけが私の願いだった。


次話もカルミア視点です。


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