カルミア①
カルミア視点です。
私の名前はカルミア。
鏡の巫女としてこの世に生を受けた女……。
一族の女は代々……巫女としての務めを全うすることを義務付けられている。
巫女の務めは国宝である鏡を守り、その魔力を抑え続けること……。
見た目は少し変わった装飾が施された小さな手鏡だけど……これはただの鏡じゃない。
実はこの鏡には……鏡に映った生き物の命を奪う力が宿っている。
そんな馬鹿な話があるわけがない……そう思う人がほとんどでしょうが、その力は確かに存在する。
その昔……鏡の金銭的な価値に魅入られた盗人が多く存在した。
だが盗みに入った者は全員ことごとく、鏡を持ち出すこともできずに原因不明の死を遂げている。
またこれ以外にも、巫女に仕えていた使用人達が掃除の際に鏡をうっかり落としてしまった瞬間、その場で急死した事例もある。
つまり……善悪関係なく、鏡は巫女以外の命を簡単に奪ってしまう危険な代物であるということ……。
そのあまりの危険性を世に知ってもらおうと……当時の巫女は国民達の前で、数百人の犯罪者達全員を鏡で殺すという暴挙に出るくらいだ。
あまりに残虐な方法ではあるけれど……これくらいしなければ、人間というものはわかってくれないというのも悲しい事実……。
そのかいあってというべきか……国民達は以降、その力を恐れて誰1人として鏡に近づく者はいなくなった。
まあ信じなくても、巫女以外の者が鏡に触れれば極刑という法律も存在するので、良からぬことを考える人間はそうそういないでしょう……。
そしてまた、鏡の巫女は鏡の災いから国を守る聖女と呼ばれるようになり……いつしか国王に近い権力者にまでなっていた。
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そんな鏡の巫女の名を現在受け継いでいるのが……私。
古めかしくも貴族が住む豪邸と相違ない大きな屋敷……その気になれば豪遊し放題できる莫大な財力……
常に使用人達が身の回りの世話をしてくれる環境……。
普通の人からすればこの上ない生活……世間ではこういう人生を送る人間を”勝ち組”と呼ぶみたいですね。
他者から見れば恵まれた人生に見えるでしょうけど……どんな人生にだって暗い部分はある。
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私は物心つく頃から巫女として教育される身の上にいた。
教員免許を持つじいやに基礎的な勉強を見てもらい、それ以外は巫女としての力を身に着けるための修行に励む毎日……。
遊びにいくことは許されず、屋敷の外へ出ることもまれな私には……当然友達なんてものはいない。
寂しくないように使用人達が遊び相手になってくれるけれど……私の心には常に冷たいものが張り付いていた。
『カルミア……あなたは巫女となるのです。 みなもあなたには強く期待しています。
その期待を決して裏切らないように』
母から暗示のように何度もかけられた言葉……。
私はみんなのために巫女にならなければいけない……そう強く自分に言い聞かせていた。
とはいえ、巫女以外にやりたいことなんて特になかったし……巫女になること自体に不満はなかった。
ただ……。
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「ではカルミア……私達はマツの様子を見に行きますので、修行を怠らぬようにしなさい」
「はい……。 お父様……お母様……いってらっしゃいませ……」
マツというのは私の3歳年下の妹……。
彼女は生まれた頃から体があまり強くなく……人より病に掛かることが多かった。
この時も……マツは風邪を引いて入院しており、両親は毎日のように見舞いに行っていた。
風邪で入院なんて少し大げさのように聞こえるかもしれないけれど……彼女の体のことを考えたらそれでも不安なくらいだ。
「では行ってくる……」
「……」
娘が病弱なんだから……父と母が心配するのも当然だ。
そう……当然なんだ。
当然なんだけど……私はマツの元へと向かう両親の背中を見るのがいつもつらかった。
両親の前では常に平静を装っていたけれど……本当はすごく寂しかった。
特殊な一族であるがゆえに……私には普通の家庭にあるはずの”温もり”をあまり感じられなかった。
別に両親から愛されていないとか……冷遇されているなんて思っていない。
厳しい所はあるけれど……両親は私のことを大切にしてくれていると思っている。
だけど……親と共に過ごす時間が少ないというのは……幼い私の心を蝕む猛毒だった。
”2人ともっと話をしたい”……”2人と楽しく遊びたい”……”2人とご飯を食べたい”……。
幼い私の心には……両親を独占したいという欲が渦巻き、それと同時に……。
”どうしてマツにばかり構うの?”……”どうしてマツのことばかり気に掛けるの?”
親を独占している妹に対して、激しい嫉妬心を抱いていた。
時が経てば経つほどその思いは強くなっていき……私の心を激しく揺さぶり続けていく。
別にマツとは仲が悪い訳じゃない。
意思が弱くて自分の気持ちをはっきりと口にできない子だけれど……私にとっては自慢の妹だ。
「お父様……お母様……明日家族でピクニックにでも行きませんか?」
そして時々……思いが暴走して、つい口に出てしまうこともあった。
「あなたには巫女としての修行があるでしょう? そんな余裕があるのなら、もっと修行に励みなさい」
「それに……勉学も少し疎かになっていると聞いているぞ?
きちんとした知識と教養を身に付けなかれば、一人前にはなれないんだぞ?」
「そう……ですね。 申し訳ありません」
だけど……私の思いが2人に届くことは1度もなかった。
冷たいと思うかもしれないが……これも仕方ないこと。
本当ならばマツも巫女の名を継ぎ、二人三脚で役割を全うしてほしいというのが両親の本音だ。
でもマツがあの状態であれば……巫女の名を継ぐのは厳しい。
だからこそ……私に巫女の名を継いでほしいと願う2人は、私に厳しく当たっているんだ。
その気持ちも幼心ながら、うっすらと理解していた。
期待されているからこそ……2人は私に厳しいんだと。
わかってはいる……わかってはいるけれど……それでも私は……2人にもっと甘えたかった。
マツのように……気にかけてほしかった……私を見てほしかった……。
”そう思うのは……悪いことなんだろうか?”
どれだけ自問自答しても……その答えは出てこなかった。
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「お姉様……大丈夫ですか? 顔色が悪いように見えますが……」
入院することが多いマツではあったが……調子が良い時は屋敷で読み物をすることもあった。
「ううん……なんでもない。 ちょっと修行で疲れているだけだから……心配しないで」
「そう……ですか。 無理をなさらないでくださいね」
「うん、ありがとう……」
こんな何気ない会話でさえ……私にとってはつらく苦しいものだった。
マツはただ私の身を案じて声を掛けただけなのはわかっているけれど……私は彼女のそんな気遣いにすらイラ立ちを覚えてしまっていた。
私よりもずっと……両親と過ごす時間が長く、愛されていることを実感できるマツ……。
そんな彼女に心配されると……まるでマウントを取られているように感じた。
『あんたはお父様とお母様に愛されてなんかいないの』
『2人が大切なのは私だけ……あんたはただの跡継ぎであって子供じゃない』
『これからも2人は私のことだけを見てくれている。 あんたはずっと1人なんだよ……』
私を見下す声が頭に何度も何度も響いた……。
もちろん、マツは1度だって私をバカにしたことなんてないし……陰口も言わない子だ。
これらは全部……私の嫉妬から生まれたただの被害妄想……。
そう理解しているはずなのに……マツへの妬みや恨みは日に日に強くなっていく。
一体どうしてそうなるのか……自分で自分がわからない。
どうしたらいい?
そう聞きたくとも、聞ける相手はいない。
気の知れる使用人達はたくさんいるのに……私は自分自身の恥部とも言えるこの黒い部分を口にすることができず……ただただぐっと自分の心を抑え続けた。
私は巫女としての役割を果たす事だけを……考えていれば良いんだ!!
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だが……11歳の誕生日を迎えたこの日……とうとう私は自分を抑えきれなくなってしまった。
「お父様! お母様! どういうことですか!?」
私は初めて両親に向かって声を荒げてしまった。
いつもは、巫女としての修行やらマツのことやらが重なって一緒に過ごすことはほとんどない両親だったけど……誕生日だけは必ず私と一緒に過ごしてきてくれた。
両親が私の誕生日を祝い、家族みんなでケーキを食べる。
幼い子供のいる家庭なら至って普通の光景かもしれないけれど……私はそれがたまらなく嬉しかった。
1年に1度しかないことだけど……私はこの日があるからこそ、毎日頑張れた。
だけどこの日は……違った。
父は一昨日から熱を出して入院しているマツの病院に泊まると言い出し……巫女である母はこの日、急遽国王が主催する会食に参加しなければならなくなってしまった。
「担当医からは安静にしていれば時期に収まると言われてはいるが……万が一ということもある。
マツは人より体が弱いんだからな」
「そっそうですが……でも会食はなんて断れば……」
「国王自らが主催する会食です。 欠席するなど無礼でしょう?」
「それは……」
2人の言っていることは理解できる……。
理解できるけど……納得することはできない。
私はこの日のためにずっと……つらい修行や寂しい毎日を我慢してきた。
ただただ家族と一緒に過ごす……そんな当たり前で尊い時間を……夢にまで見た。
それなのに……それが叶わないなんて……嫌だ!!
「わかっています……わかっていますけど……今日は私の誕生日なんです!」
「誕生日なんて来年もあるだろう? 誕生日とマツ……どちらが大切かわかるだろう?」
「でっでも……」
「いい加減になさい、カルミア。 あなたはもう11歳でしょう?
世間から見れば半分大人です。
それにあなたはこの家の長女であり、次期巫女なんですよ?
子供じみたわがままを言うのはやめなさい!」
※※※
結局……私が何を言っても、2人は聞く耳を持ってくれず……行ってしまった。
それでも2人を信じ、ケーキを用意して待っていたが……結局2人は翌朝まで戻ってこなかった。
使用人達が気を遣って私の誕生パーティーを開いてくれたけれど……私は少しも嬉しくなかった。
「お父様もお母様も……私のことを大切に想ってくれていないんだ。
そんなにマツが大切?……そんなに国王との会食が大切?
そうだよね……所詮私は……巫女の名を継ぐだけの存在……。
それ以上でも以下でもない……。
何をしたって……”新たな巫女”としてしか認識してくれない。
巫女以外の何かを求めたら……それは身勝手なわがままでしかない。
じゃあ一体……この空っぽな心はどうすればいい?
家族の愛に飢えているこの心を……どうすれば満たすことができるの?
わからない……わからない……。
私は一体なんなの?
なんのために……ここにいるの?
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「……」
翌日……私は心を満たす何かを求めて……気が付くと共も付けずに町の中を歩いていた。
屋敷には警備の者や使用人がたくさんいるのに……どうやって掻い潜ったのか、自分でもよくわからない。
『ママ! 今日はハンバーグ食べたい!』
『パパ! 公園でかけっこしようよ!』
辺りを見渡せば……楽しそうな笑顔で親に甘える子供がたくさんいる。
みんな私とそう歳は変わらない子ばかり……。
あんな何気ない光景が……私にとって幸せの理想だった。
巫女というのはそんな些細な幸せすら願っちゃダメなの?
長女は何もかも我慢しないといけないの?
そんな人生ならいっそ……。
ダダダダ!!
ふと視線を上げると……大通りを猛スピードで走る馬車が目に留まった。
大通りは歩行者と馬車が入り混じる道……言うまでもなく、馬車と歩行者が接触する可能性がある。
だから大通りで馬を走らせるのは法律で禁止されてるんだけれど……この馬車のようにルールを守らない輩も少なからずいる。
「……」
私はまるで吸い寄せられるように大通りの中央へと歩き……爆走するその馬車の前に立った。
このままここで立っていれば……私は馬に轢かれて死ぬでしょう……。
そうなったらきっと……この苦しみから解放される。
このままつらいだけの人生を歩むくらいなら……何も悪くない妹を憎み続けてしまうくらいなら……いっそ人生を断ってしまった方が良い。
「死んだら2人共……泣いてくれるかなぁ……」
なんて淡い希望を抱きながら目を閉じた……その時!!
「危ないっ!!」
馬車に轢かれる寸前、温かな感触が私の体を包み込んだ。
さっきまで足に感じていた地面の感触がない……。
何が起きたのかと思い……ゆっくりと目を開けると……。
「君、大丈夫か? ケガはしていないか?」
「はっはい……」
若い男性が私の顔を覗きこんでいた。
整った顔立ちに宝石のようにきれいな目……。
一瞬思わず……ドキリとしてしまった。
「なら良かった……」
安堵した顔で男性は抱きかかえていた私の体を下ろしてくれた。
ここでようやく、この男性が馬車に轢かれそうな私を助けてくれたんだと理解できた。
自分から轢かれに行っておいてなんだけど……。
「あの……ありがとうございます」
「お礼なんて良いよ……それより、なんで馬車の前に出たりしたんだ?」
「そっそれは……」
「もしかして……死のうとしたの?」
「……」
「いや……言いたくないのなら言わなくていい。
ただ……もう死のうなんて考えないって約束してくれ」
「……」
彼のその言葉に”はい”と言えなかった。
「……約束できない?」
「……」
「言わなくていいって言った手前でなんだけど……もしも俺で良かったら、話を聞くよ?」
男性のその不器用ながら私を励まそうとしてくれるその優しい言葉と朗らかな笑顔……どうしてかな?
なんだかこの人なら話せそうだと、この時の私は思えた。
「本当に……聞いてくれるの?」
「あぁ……俺で良かったら……」
「……はい」
「じゃあちょっと場所を変えよう……こんな人混みの多い所じゃなんだし……」
「そうですね……」
「あっ! その前に、自己紹介がまだだったね。
俺はツキミ……君は?」
「私……カルミアと申します」
そう……これがツキミとの最初の出会いだった。
次話もカルミア視点です。
彼女の回想がひと段落したら、ナズ視点を書く予定です。




